CAPTURE + 23
「バレンタインってのは、やっぱり男にとって夢見るときですよね」
二月十四日、午後六時。わたしら女は多忙な日である人もあれば、そうでない人もいる、そんな日。当然、わたしは後者の人間に所属していた・・・・・・昨年までは。そんなことを考えていたら、夕食中の和泉君がふと思い出したかのようにそんな発言をしたので焦った。
「・・・・・・・・あー、慶介君。コレ」
食卓で渡すのも味気ない気がしないでもなかったが、とりあえず本命用に作ったチョコレートを慶介君に手渡す。顔を赤くして「あ、ども」と言って受け取るのを見ていると、こっちも赤くなってしまう。素直に感情が表れる(つまりウソもつけない)この性格こそが慶介君の良さであり、わたしを安心させてくれる一番居心地のいいところなのだ。
「若いってのはいいなあ」
遠い目をした店長は、悲しそうにうつむいた。
「枯れた台詞ですねえ、店長。ちゃんと店長たちの分もありますよ」
「お、そうか。ありがとう」
面倒なので結局その場で全員に渡すことになってしまった。拓、店長、和泉君。三人にそれぞれチョコレートを渡すと(勿論市販の既製品)軽くだが礼も返ってきた。
「いやいや。お礼なんてどうでも・・・・・・・ホワイトデーには何かくださいよ」
「「「・・・・・・105円のチョコレートになにをお返ししろと?」」」
「高い物」
わたしが言ってのけると三人は一斉にチョコレートをつき返してきた。和泉君にいたっては触れてすらいなく、ハンバーグを食べるのに使っていた箸を駆使して汚いものを押し返すようにわたしの手元へと運んだ。
「いや〜な返し方するじゃないの・・・・・・・・・・・・」
「僕が一番に手にするのは樹ちゃんのに決まって」「和泉〜っ♪ぷれぜんとふぉーゆー!」
残念無念。和泉君の手に最初にすぽりと収まったのは、由紀ちゃんのチョコレート。
『いるかあああ!!!!!!!!しかもこれビターじゃねえーかああああ!!!!!僕は甘党なんだよ苦いの嫌いなんだよ・・・・・・・っていうかこれ、カカオ90%かよ!!!!!!!食うのに適さねええ!!!!!!!!!』
チョコレートは壮絶な押し付け合いの末、由紀ちゃんがもって帰ることとなった。しかしわたしは見た。巧妙なスリでも真似できないほどに絶妙、且つ大胆に。チョコレートが和泉君の学生カバンに押し込まれるところを。・・・・・・・しかし、由紀ちゃんはなんだな、ここで夕飯食うことにも抵抗がないのか・・・・・・・結構ずうずうしいんだな。
そうこうしているうちにやがて、食事は終わった。
「さて、皿洗いは私か。じゃあな」
当番制でやる皿洗い、今日は店長の番だ。そして夕飯を食い終わったあとは、大抵全員が帰路に付く。まあ、わたし、拓、麻衣子ちゃんはここに住んでいるのだが。
「じゃ、おやすみ」
帰る用意をしている慶介君。残り三人は既に店外に出て歩き始めていたのだが、なぜか慶介君はのろのろゆっくりと支度をしていた。やがて、常に持ち歩いている医療用具のセットをしまい終えると、店の入り口がある一階へと降りていった。この店は三階建てで二階に食堂と拓・麻衣子ちゃんの部屋、店長の部屋がある。三階は一部屋だけでそこがわたしの部屋なのだが、バレンタインにも関わらず部屋にも来ずに降りていくので、わたしは少し残念に思った。
「ん、じゃあ見送るよ」
「ありがと」
店の入り口が開くと寒風が身に染みた。寒いのでドアを手早く閉めようとすると、慶介君がドアの間に頭を挟んでしまった!
「いでえっ」
「あ!ごめん!!っていっても頭出す方が悪いでしょ!!」
慶介君は首だけ店内に入った状態になり、わたしが慌ててドアを開くと首を押さえながらまた店に入ってきた。
「忘れ物でもしたの?」
「あのさ・・・・・・わざわざ支度を遅くして、みんなと顔合わせないようにしてたのに、気づいてくれないのかな」
「・・・・・・?」
なにかしたいことでもあるのかもしれないが、さっぱりわからない。なにがしたいんだ?
「チョコレートのお礼・・・・・・っていってもまだ食べてないけどさ。まあ、お礼を行為で示そうかと思ってさ」
すっ、と慶介君の顔が近づき、そして、・・・止まった。眼鏡を外してぶつからないようにして、それからまた顔を近づけてくる。
「ん」
しばらくしてから互いに引いて、わたしは唇に手を添える。全身が熱をもったように感じると、そのままだと間がもたない気がしたので、肩に羽織っていただけの黒いカーディガンに袖を通して間を保った。
「じゃ・・・・・・・帰るよ」
「待って」
口を突いて出た言葉に、慶介君もわたしも怪訝な顔をした。繋げる言葉が見つからなかったが、すぐに体は反応した。
「部屋、寄って行かない?」
「はい、愁お兄ちゃん」
「ありがとう!これさえ貰えれば他の子に貰ったのはいらない!!!」
「手作りだから、美味しくないかもしれないけど・・・・・・」
「味の批評は多少はさせてもらうけど、作ってくれたことが最重要。気持ち、こめてくれたでしょ?」
・・・・・・・・・・ウ、・・・・・・・・・・・・・うう、・・・・・・・・・・・・・ウがアアあーーーーー〜っ!!!!!!!なんなのっこの甘い空気!!ちくしょーちくしょ〜ちくしょ〜〜っ!!!和泉はわたしのは放り捨てたのにっ!なのにっ!!あの子のは別物なのかあーーーーっ!!!!!『作ってくれたことが最重要』?わーたーしーのーはー・・・・・別計算かあーーーーーーっ!!!!
「・・・・・・あ、忘れてた・・・・・・」
「何?どうかしたの、樹ちゃん」
「マフラー」
二人で使える長〜いマフラー・・・・・・・?!!なにそれ!!羨ましい!!卑怯!!互いが互いの体温を感じられる、ってか!!!ずるいずるい!!!わたしの入る隙、時間が経つにつれてどんどん無くなってるじゃないのっ!!!!
「あったかいね」
「うん」
かーーーーーっ!!くーーーーーーーっ!!な・に・よ・コレーっ!!!!はたから見れば仲良し兄妹、ってとこだろーけど、事情を知ってるとここまでイライラさせられるなんて〜っ・・・・・・・・・・・・・くう・・・・・・・・
「・・・?まだ余るね・・・・・・由紀さん、由紀さんも巻く?マフラー」
「勝者の余裕かっ!!?いいよもう!!覚えてろよー和泉ィーーっ!!絶対、ぜーったいに明日の朝後悔するからなーっ!!!うわーーーーーあん」
これは敗者の逃亡じゃない!勝利への退行なのだ!!うわくぁーん・・・・・・・
食後。お兄さんと共用の部屋に戻ると、あたしはチョコレートを取り出した。
『お兄さん、コレあげる』・・・・・・・・・こんなのダメか。じゃ、『おにいちゃんのために精一杯作ったよ♪』・・・・・・うざったい言い方になる・・・・・・
「くれよ」
「・・・・・・・・は?」
お兄さん、急に話かけてきてなんですか?
「チョコ。用意してあるんだろ?ま、無いなら俺の自意識過剰がたたった、ってことで。今の話は無かったことに」
こうも直球で恥ずかしいこと言われると、こっちもやり辛い。と言って、渡さないなんてのは最悪の極みだ。
「あ、あるわよ。おいしいの作ってあげたから。コレ」
「さんきゅ。・・・・・・この場で食っていいか?」
「いいけど・・・・・・・・。」
あたしがそう言うとお兄さんは包みを丁寧に開き、中からチョコレートを取り出した。
「美味しい?」
「まあまあだな・・・・・・・言っちゃなんだけど、市販の奴を溶かして何種類かブレンドしたろう」
当たってる・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・気まずい。
「バーナ、平治ミルクチョコレート、GARS。その三種類にココア、コーヒーの粉を混ぜて、市販の型でハート型に作った・・・・・・当たり?」
当たってる・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・なんでわかるの!?
「ま、舌は肥えてるからな。甘い物も好きだし」
読心術使うの、やめてほしい。
「・・・・・・失格?」
「味は市販の奴だしな。まあ、カカオから作れなんて日本では言えないし、なにより、『作る』『渡す』の行程が大事だろ。俺は行動的に見れば良かったと思う」
「フォローになってないし」
アハハ、と笑うと、あたしたちはそれぞれ寝ることにした。ようし、やってやろうじゃないか。来年は、カカオマスを入手するところからやってやる。
甘い物は好きではない。私が好むのは苦い煙草だ。昔から、銃から立ち上る煙と生傷に包まれた私に、好意を抱いて接するものはあまりいなかった。そうしたワイルドさを好んで接してくる者が多い国もあったが、大半は恐れ慄き、去っていった。
「105円のでもまあいいさ」
お返しのときの値が怖くて仕方ないがな。
でも、怖がらず恐れず私と接してくれる人に貰えた物には、返すだけの価値がある。
人と接することをもう少し、好きになってみてもいいのかもしれない。
師匠には出来なかったことだ、弟子である私がやれることを見せてやればいい。
「人と接する、か」
翌日。目覚ましで身体を大きく伸ばすわたし。ふと手を挙げようとすると、わしゃ、と何かブラシのようなものに触れた。
「うわあっ!」
慶介君の、頭。
「・・・・・・・・あれ?おはようございます・・・・・・眼鏡、どこだ?」
もぞもぞと動くと毛布から這い出し、眼鏡を取ってようやくわたしを視認する。んー?とでも言いたそうに口を「ヘ」の字に曲げ、目をごしごしと擦っている。
「あ、実さん」
あ、そうだった。昨日は慶介君を泊めていったんだったか。寒いから、とか適当な理由つけて、一緒のベッドで寝たんだった。・・・・・・うん、別にそこまでへんなことはされてない。一緒に眠ってただけだ。付き合い始めて一ヶ月、慶介君はそうした素振りは全くと言っていいほど、ない。ひょっとしてわたしに興味が無いんじゃないかと不安になっていたのだが、昨晩背を向けて寝ていると、慶介君の手が後ろから回ってきて・・・・・・ごにょごにょ。一線は踏み越えてないけど。ちっ、ヘタレな。
「朝、どうします?」
「え?ああ、わたし、作るよ」
「手伝いますよ」
そうして二人でキッチン(三階の自室にはトイレとキッチンが付いていた)に立ち、朝ごはんを作る。なんか新鮮だなー、新婚ってこんなんかな?
朝食に味噌汁とご飯、めざしを食べて二階に降りると、店長が一人で食事を作っていた。洋風のブレックファスト、フレンチトーストと目玉焼き、サラダにヨーグルト、フルーツ各種。栄養バランスも良さそうだ。
「あれ?店長。朝は拓と体術とかの特訓をしてるんじゃないんですか?」
「ん、今日は石垣クンが寝ててな。私は一人では特に何もする意味がないから、トレーニングもナシ。・・・・・・あれ、慶介クンがいるのかね。あー、昨晩は何かあったのかな?目の下にクマが出来ているが」
「・・・・・・・あれかなっ、朝までずっと」
「してません」
「チョコレートよりもわたしをいただいて、とかっ」
「言ってません」
「『鼻血はチョコの食いすぎで、そういうんじゃないっ』とか」
「あるわけない」
「じゃあ・・・・・・・・」
「由紀ちゃん・・・・・・・・・・・私の言葉につなげてどんどん過激になってるんだが。やめろ」
ひょっこりと階段のところから顔を出した由紀ちゃんが、店長の言葉に過激なワードを付け足していた。ちっ、と舌打ちすると、由紀ちゃんは食堂まで近づいてきて、椅子に座った。
「てっきり和泉君のところに行ってると思ったんだけど」
わたしがそう言って由紀ちゃんをじろりと睨むが、こっちを見ていないのかまったく動じない。
「和泉?あの小さい彼女が朝ごはん作りに来ててさっ。わたしも何か作りに行くつもりだったのに、入れない雰囲気だったから」
「・・・・・・・・和泉君、ヘンなことしてないといいけど・・・・・・」
「おはようございまーす」
あ、来た。
「・・・・・・おはようございます」
妬けるね。夫婦で出勤ですか。
「なにかあったんですか?あ、由紀いたの」
「う〜っす。和泉、朝ごはんはどうだった?」
直球でこういうの訊くかな、普通・・・・・・・・・?
「ん?ああ、樹ちゃんが作りに来てくれたから。旨かったよ」
「ふ〜ん・・・・・・・・そうですかっ」
「そうだよ」
神経を逆撫でするようなことを平気で言うところが、和泉君の悪いところだ。知らず知らずに人を傷つけるあたり、天然のSなのかもしれない。
「おはよ・・・・・・・・・・」
「ございます・・・・・・」
こっちも二人で来るんかい。拓、目の下にクマが出来てるよ。麻衣子ちゃん、髪ポニテにしてないせいかすっごい違和感があるよ。おまけに寝癖ひどいし。
「シーフ・・・・・・・・朝食はなに?」
「朝寝坊して特訓してないから腹もへってないだろう。トレーニングをこなしてくるまでは渡さない」
「そりゃないよ」
口ではそう言いつつ、拓は一階に降りて、ランニングに向かった。聞くところによるとランニングは隣町まで走るそうなので、往復の距離は5、6キロになるだろう。いつ帰ってくるのやら。
「さてさて、じゃあ残った全員で朝食を食うか」
「あ、わたしたちはもう上で食べたんで」
わたしはそう言って店長たちに別れを告げ、わたしは予備校に、慶介君は高校に向かった。まだまだ三年生、卒業と一緒に医学部に入れるのだろうか。
「じゃ、ここで」
「うん」
駅で離れて別方向へ向かう。どことなく、寂しい。
「ま、でも大学は同じトコ狙ってるし(学部違うけど)」
来年は一緒に行けるだろうか。
登校中。途中まで樹ちゃんと、意図せずして由紀も一緒に登校。
「・・・愁お兄ちゃん、食べてくれた?」
「うん。なんか、細かい装飾があって壊して食べるのが勿体無かったけど、美味しくいただかせてもらったよ」
「和泉〜。わたしが作ったのは」「食ったけどもノーコメント」「・・・・・・・・♪」
由紀、こんな扱いをしても嬉しそうなのは逆に怖いよ。いぢめられるのが楽しいか?
「じゃ、行って来ます」
「おう」
「いってらっしゃい」
登校。あたしは樹たちと違って少々遠い私立の中学なので、電車を使って登校する。そのためいつも朝は一人だ。でも今日はお兄さんが予備校に行くので途中まで一緒に来てくれる。
「っかしいなあ。」
「なにが?」
「なんでもない」
う〜ん・・・・・・昨日のチョコには夏に事件を起こした媚薬を入れたハズ・・・・・・なんでお兄さんは無事なのか・・・・・・。
「シーフに忠告されてな、解毒薬を飲んでから食った」
読まないでほしい、いらないところまで。
「そりゃ失礼」
だから読むな。
私って、店に一人が多くなってきた気がするんだが。気のせい、だよな。そうだよな。とても店長とは思えない、ぞんざいな扱いになってきてる気がするが、違う、よな。
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