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無職転生 - 蛇足編 -  作者: 理不尽な孫の手
ルーシーとパパ
5/32

5 「ルーシーの入学初日 後編」

 道を歩く。

 出来る限り、人通りの少ない道を。

 それでも、さすがに注目されている気がするのは、俺が今、変装をしているからだろう。

 気のせいというやつだ。


 他人は、それほど他人に興味はない。

 いや、でもやっぱり、チラチラとこっちを見ている奴が多い気がする。


 それも当然か。

 オルステッドがこの町の郊外に事務所を作ってから、しばらく経った。

 その姿を見たことのある者は少ないが、姿を知っている者は大勢いる。

 黒いヘルメットに、白い上着。

 今の俺の格好は、オルステッドの象徴だ。

 そんなのが道を歩いているのだから、注目されるのも当然だろう。


 むしろ、今の状態だと呪いも無いし、人々に良い印象を与える可能性もある。

 なら、大通りの方に行ってみようか。

 昔のように、良いことをしてイメージアップを図ってみようか。

 大通りの方が、学校までも近いし。


「うん、それがいい」


 一石二鳥だ。

 オルステッドの評判をよくすることは、俺にとってもプラスに繋がる。

 そうだ、今度『龍神祭』として、皆で黒いヘルメットに白い上着を着て、踊り狂う祭りを提案してみようか。


 そう思って、大通りへと足を向ける。


「うおっ!?」


 と、その瞬間、俺はくるりと回れ右して物陰に隠れた。


 ちょうど、見覚えのある赤い髪が大通りに姿を現したからだ。

 赤髪に引き連れられた、白く大きな犬の姿もあった。

 ついでに、犬の背中には二人の子供の姿もあった。


 エリスとレオだ。

 レオの上に乗っていたのは、ララとアルスか。

 レオの奴、俺との散歩は逃げたくせに、エリスとの散歩には行くのか。

 いや、俺とのは違うか。

 あれは散歩のフリをした自己満足だった。

 エリスとレオがやっているのは、ナワバリの見回りだ。


 しかし参ったな。

 こんな所でエリスに遭遇するとは。

 いや、エリスなら言いくるめられるだろうか。

 そうとも、二人で一緒にルーシーを見に行こうじゃないか。


「……」


 でも、この格好はどう説明しよう。

 いきなり斬りかかられたりしないだろうか。

 それに子どもたちも心配だ。

 俺は今、ハッキリ、悪いことをしている。

 シルフィとの約束を破っている。

 そんな情けない姿を、子どもたちに見せるべきか?

 否だ。


 ……。


 考えてみると、やっぱりよくないよな。

 こんな、変装までしてさ。

 やっぱり、帰った方がいいよな。

 一時の気の迷いで、ここまで来てしまったけど、

 家で待っていて、シルフィと一緒に帰ってきたルーシーを迎えてやるのが一番ではなかろうか。


 …………。


 ああ、でもやっぱりルーシーの晴れ姿を見たい。

 ワガママだ。わかってる。

 でも、シルフィの言いたいこととは違うのだ。

 決して、ルーシーを信用してないから、こんなことをしているわけではない。

 ルーシーを陰ながら助けるためにこうしているわけではないのだ。

 約束する。

 神に誓う。

 もしルーシーが泣きそうになっていても、俺はその場では手助けをしない。

 家に帰って、ルーシーから話を聞いて、その時に助けてあげる、教えてあげるんだ。

 いいね、ルーデウス君。

 それがラインだ。

 シルフィとの約束を破らないラインだ。

 今、シルフィとの相談なしに勝手に決めてるけど、それを守る限り、俺はシルフィとの約束を破ったことにはならない。

 それでも、事が終わったら、ちゃんとシルフィに話して、謝るんだ。

 実はルーシーの授業姿がどうしても見たかったから、見に行きましたって。

 ごめんなさい、我慢できませんでしたって。

 いいね? できるね?

 素直に怒られることはできるね?

 よーし、いい子だルーデウス。


「ワンッ! ワンッ!」


 む、どうやらレオが俺に気付いたらしい。

 鼻をひくつかせて、こっちの方を見てる。


「何よ、どうしたの?」


 エリスも気付いた。

 別に見つかった所で困ることは無いが、そもそもこんな格好をしているのを説明するのも長くなる。

 引き止められても面倒だ。

 ここは迂回していくことにしよう。


「そこに隠れている奴、出てきなさい!」


 と、思った時にはもう遅い、エリスにも見つかってしまっていた。

 目立つ格好はこれだから……。

 さて、どうしよう。

 出るか、出ないか。

 出たとして、どう説明する?


 いや、でも、うん。

 まだ距離は遠い。

 遠目なら、バレないはずだ。


「……」


 半身だけ姿を出す。

 腰の剣に手を掛けたエリスに、しっぽを振るレオ。

 そして、その上、レオにまたがるララと、ララに抱きかかえられるように座るアルスと目があった。

 二人はきょとんとした顔で俺を見ていた。

 純真な目だ。


「オルステッド……?」


 エリスが怪訝そうな顔をして剣から手を離した所で、俺は踵を返した。

 さりげなく。

 ただ道端で見つけただけだよと言わんばかりの動作で。


「……ちょっと待ちなさい」

「っ……!」


 エリスが呼び止めてくる。

 バレただろうか。

 エリスも剣王だ。

 前剣神とほぼ対等に戦えるほどの猛者である。

 物腰を見れば、一発でオルステッドではないと看破するのではなかろうか。


「いえ、気のせいね。やっぱりいいわ。行くわよレオ」


 だが、俺が立ち止まるとすぐにそう言って、そっぽを向いて歩き始めた。

 レオは俺の方をチラチラと見ていたが、追いかけてくることはなく、エリスに追従した。

 作戦は成功だ。


「……」


 ふと、レオの上に乗る、ララとアルスに目があった。

 ボーッとした顔のララに、きょとんとした顔のアルス。

 彼らはレオの背に乗りながら、俺を見ていた。

 二人に見送られるように、俺はその場を後にした。



---



 学校に到着した。

 俺は正面門を避け、塀を乗り越えて中へと侵入した。

 そして、そのまま学校の教室を目指す。


 あまり授業には参加していなかったとはいえ、数年は真面目に通った学校だ。

 一年生が授業をしている教室の場所はわかる。

 俺は校庭で授業をする生徒や、授業の合間に歩きまわっている生徒の目を避けつつ、一年生の教室を目指した。


 ここも変わらないな。

 俺が卒業してから何十年も経ったというわけではないが、本当にそう思う。

 ただ、やはり見慣れぬ生徒が増えた。

 心なしか、俺が通っていた頃より、長耳族や獣族、小人族といった種族が増えている気もする。

 魔族も結構多いか。


 食事の席でロキシーに聞いたが、最近の生徒会のメインメンバーの中に、長耳族と小人族の族長筋が入った、というのが主な理由らしい。

 人間族以外の種族の発言力や立場が強くなり、結果として各国からの他種族の入学が増えたのだ。

 アリエルが生徒会長だった頃には、見られなかった光景である。


 他種族が増え、しかしそれほどでかい顔をしすぎていないのは、ノルンが生徒会長だった頃の名残だろう。

 彼女は、基本的に種族差別を許さなかった。

 それが、今の学校の空気感になっているというわけだ。

 魔法三大国の一部の貴族が眉を顰めているらしいが、個人的には鼻が高い。


 そんな風に考えながら廊下を歩いていて、ふと曲がり角に差し掛かった時、


「むっ」

「あっ」


 ちょうど、曲がり角の先からきた人物とハチ合った。

 その人物は、五人の生徒を引き連れていた。

 否、引き連れていたというより、まとわりつかれていた、といった風情か。

 まとわりつくというと、なんだか嫌な感じだが、要するに生徒に人気があって、一緒に歩いていた感じだ。

 生徒側がノートを手にしている所を見ると、どうやら授業で分からない所があって、それを聞いている所なのだろう。


 とても感心な事だ。

 そうだな、その人に聞けば、なんでも答えてくれる。

 そして、その人が口から発するのは、真理だ。

 まぁ、たまに間違ったことも言ってしまうが、その間違いも含めて真理だ。

 君たちは、啓示を受けているのだ。

 リベレーションだ。

 その人の言葉ほど心に響き、意味を持ち、力となるものはない。

 生徒たちよ、君たちは今、その言葉を真摯に受け止め、意味をよく考え、人生に活かすべきなのだ。

 生徒たちよ、君たちは今、とても幸福なのだ。


「…………オルステッド?」


 その人物は、やや眠そうな目を訝しげにひそめた後、俺を見上げた。

 数秒で、その瞳が見開かれる。


「いえ、ルディ? ルディですね。ルディでしょう?」


 さすがはロキシー。

 その慧眼、ごまかせるものではなかった。


「……なぜ、わかったのですか?」


 それでも俺は聞いてしまう。

 愚かな俺は、真実を知らずにはいられないから。

 わかっている。聡明なロキシーのことだ。

 特に理由もなく、真実にたどり着いてしまうだろうことは。


「そんなの、この町で、そんな格好オルステッドのまねができる勇気があるのは、ルディだけだからに決まっています」


 理由はあった。

 流石ロキシーだ!


「このことをオルステッド様は知っているのですか?」

「ええ、一応。オルステッド様からの提案ですので」

「そうですか……なら、意味があってのことなんですね」


 ロキシーは頷いて、俺の格好をじろじろと見た。

 何か、いい方向に勘違いをしてくれた気がする。


「……」


 しかし、いいのだろうか。

 俺はロキシーをだますのだろうか。

 一時のワガママのために、ロキシーに嘘をつくのだろうか。

 それでいいのか?

 ルーデウスよ、それでいいのか?


「いえ、意味があってのことではないです」


 いいわけがない。

 俺がロキシーに嘘をつけるわけがない。

 シルフィやエリスに嘘をつくのと、ロキシーに嘘をつくのでは意味合いが違うのだ。

 重要な局面でロキシーに嘘をつくのは仕方がないが、コレは違う。

 もしここで嘘をつけば、次の瞬間、20年ぐらい未来から俺が飛んできて、俺に岩砲弾を打ち込むだろう。

 あるいは、この瞬間、アイデンティティを失った俺は、手足の先からグズグズに溶けて不定形の存在に落ちぶれるだろう。


「では、なぜそんな格好を?」

「その、ルーシーを見たくて……」

「……見たくて? シルフィと、約束したのでは?」

「ルーシーを陰ながら助けるとか、過保護に育てようって言うんじゃないんです。

 ただ、その、ただ、授業中にどんな風か、見たくて……」


 しどろもどろにそう言うと、ロキシーはじっと俺を見上げた。

 責めるような目だ。

 周囲の生徒たちも、唐突の事で戸惑っている。

 申し訳ない、申し訳ない。


「……わかりました」


 しかし、ロキシーはふと視線をゆるめた。


「ちゃんと手助けせずに見守るというのなら、わたしは見なかった事にします。

 オルステッド様が学校に視察にきていた、ということにしておきます」

「先生……!」

「今回だけですからね」

「もちろんです。帰ったら、シルフィにも謝ります」

「それがいいでしょう」


 お許しをいただけた。

 もはや俺はロキシーに頭が上がらない。

 これからは一日に五度、ロキシーのいる方角に向かって三度礼拝しよう。


「では、私は次の授業までにこの子たちに勉強を教えないといけないので……ちなみにルーシーの教室はわかりますね?」

「はい。もちろんです」

「では」


 ロキシーはそう言って、俺の手を一度だけギュっと握ると、廊下を歩いて行った。

 生徒たちは「今の誰なんですか!?」なんて言いつつ、それを追いかけていった。

 大人気だ。

 当然だろう。

 俺の先生だ。


「よし」


 気合を入れなおして、俺は廊下を歩き始めた。



---



 教室に到着した。

 俺は廊下側から教室を覗こうとして、やはり廊下はまずいかと思い、外に回った。

 オルステッドが覗きをしているなんて噂が立ったら、我が社の命運にも関わるからな。


 そう思い、教室の窓の近くに衝立を作り、周囲から見えないようにして窓に……。


「……あれ? 普通に視察と称して授業見学という形でもよかったか」


 ロキシーが許してくれたんだから。

 普通に許可を取って見ればよかった気もする。

 ジーナスあたりに事情を話せば、それっぽくしてくれるだろう。

 失敗したな。


 まあいいか。

 ひとまず、俺はルーシーの姿を見られれば、満足だ。

 そう思い、俺は千里眼を開眼しながら、中を覗いた。


 机の並ぶ教室。

 一年生と思わしき生徒たちがズラりと並んでいる。

 大半は15歳を超えた大人。

 少数ながら、10歳前後の子供もいるが、7歳ぐらいとなるとほぼ皆無だ。

 7歳ぐらいに見える子も、ほとんどは小人族だろう。


 普通の人間に、魔族、長耳族、小人族、獣族。

 優しそうな顔をしたやつ、平和そうな顔をしたやつ、生意気そうな顔をしたやつ、いっぱいいる。

 教室の後ろの方に座っているのは、冒険者あがりだろうか、怖い感じだ。

 ああいうのに絡まれてイジメられないだろうか。

 いや、いくら奴らでも、7歳の子供をイジメるなんてことはないはずだ。


 しかしルーシーはどこに……。

 ああ、いた、一番前の席に座っていた。

 さすが俺の娘だ。

 一番前に座るなんてやる気まんまんだな。


 と、思ったが、どうやら机がでかすぎるのが問題らしい。

 机が大きすぎるので、前が見えにくいのだ。

 真面目な顔で先生の言葉を聞き、ノートをとっているが、机の高さ的に少し辛そうだ。

 帰ったら座布団か何かを持たせるのがいいかもしれない。


 隣に座ってるのは、10歳ぐらいの少女だ。

 小人族だろうか。

 いや、感じとしては人族だ。

 髪が整っている所をみると、貴族だろうか。

 彼女は時折、ルーシーに話しかけては、自分の魔術教本を眺めている。

 ノートを取る、という文化は知らないようだ。


 ルーシーは真面目な顔で彼女の魔術教本を指さしつつ、何かを言っている。

 小声なせいか、よく聞こえないが、何かを教えているのかもしれない。

 さっそく年が近い子と友達になったのだろうか。

 なれたのだろうか。


 まだ授業初日とあってか、先生の方も大した授業をするつもりはないらしい。

 黒板の内容を見るに、あくまで魔術の初歩の初歩から始めているようだ。

 ルーシーにとっては、もう何年も前に通りすぎた道だ。

 楽勝だろう。


「せんせい!」


 と、思ったらルーシーが挙手をした。


「何かね?」

「総魔力量は一生同じではなく、子供の頃に魔術を使えば増えると聞きました。先生の言ってることは違うと思います!」


 学校で教わる内容と、シルフィやロキシーから教わる内容は少し違う。

 でもねルーシー、そういうのは、あんまり言わない方がいい時もあるんだ。

 自分の考えが間違っていると指摘されて、いい気分になる先生はそうそういないからね。


「君、名前は?」

「ルーシーです。ルーシー・グレイラット」

「グレイラット……というと、ロキシー先生の所の娘さんかね?」

「はい!」

「なるほど、君は幼い頃から英才教育を受けているようだ」


 教師の瞳が光る。

 この教師、まさかとは思うが、ここでロキシーをディスったりはしないだろうな。

 まさか、娘の前で親をディスったりはしないだろうな。

 俺は今日は我慢すると決めているが、決めているが、明日から君の夜道がデンジャーゾーンになるかもしれんぞ。


「確かに、一部ではそういった説も出回っている。

 確かに、君の父君や、母君はそうだったかもしれない。

 あるいは、君の父君の弟子である、ジュリエット殿もそうだったかもしれない。

 だが、真偽のほどはまだまだ確かではないのだ。

 君の父君や母君、ジュリエット殿が特別だったのかもしれない。

 魔族や獣族は適用外かもしれない。

 あるいはもしかすると、君の父君やロキシー先生が勘違いをしているのかもしれない。

 十分な検証はなされておらず。私はその研究に携わってはいない。

 ゆえに、私は『総魔力量は一生同じだ』と教えるのだ。

 私自身がそうであったからね」


 教師は滔々と語る。

 ルーシーに言い聞かせるように、あるいは自分に言い聞かせるように。

 ルーシーは真面目な顔でそれを聞いていた。


「諸君らも聞いてくれ。

 これから先、諸君らは様々なことを学ぶだろう。

 魔術のこと、魔術以外のこと。

 在学中に、あるいは学校を卒業した後でも、学ぶだろう。

 学校にいる間、私達は魔術師の先達として、様々なことを教える。

 諸君らはその教えを君は信じてもいいし、信じなくてもいい。

 間違っていると断じて、間違っていることを証明してもいい。

 そしてもし証明することができたのであれば、今度は君たちが私達に教えてくれ。

 それが本当に正しいのだと、納得させてくれ」


 ふむふむ。

 柔軟性の高い思考を持っているようだ。

 まぁ、悪い先生じゃなさそうだな。

 むしろ、いい先生かもしれない。


「以上だ。ルーシー君、何か質問はあるかな?」

「ありません! ありがとうございました」

「はい。では座りなさい。授業の続きをしよう」


 教師はにこりと笑って、ルーシーを着席させた。

 すると、周囲から拍手が湧き起こった。

 ルーシーはぎょっとした顔で背後を振り返り、顔を赤くして俯いた。


 いいんだよルーシー。

 君は今、正しいことを言ったんだ。

 本当に正しいかはさておき、正しいと思った人たちが拍手をしたのだ。

 だから胸をはりなさい。


 と、思っていたら、隣の子がぽんぽんとルーシーの頭をなでて、何かを言った。

 するとルーシーは顔を上げて、にこりと微笑んだ。

 うんうん。

 うちの子と仲良くしてくれ。

 喧嘩してもいいから、仲良くしてくれ。



---



 それからしばらく、俺はルーシーの授業風景を見続けた。

 いい教師、悪い教師がいた。

 だが、ルーシーは臆することなく教師に質問し、疑問をぶつけた。

 教師は答えたり、はぐらかしたり、時にはルーシーの間違いを指摘しながら授業をつづけた。


 ルーシーは目立った。

 七歳の少女が、意欲的に授業を受けるというのは、珍しいことだろう。

 昼休みにお弁当を食べる時にはルーシーの周囲には人だかりが出来ており、夕方になる頃にはルーシーは人気者になっていた。


 彼らはルーシーを取り囲み、様々な質問をしていた。

 親のことに、家族のこと、住んでいる場所のこと、ルーシー自身のこと。

 まさに人気者だ。


 中には、俺の娘と知って取り入ろうという者もいるのだろう。

 だが、それでもいいのだ。

 人の出会いは一期一会、出発点は打算でも、終着点は様々だ。

 長い人生、悪い子との付き合いも少しはあった方がいいのだ。


「ふぅ」


 最後の授業が終わった。

 俺は満足だ。

 ルーシーは初日から学校生活に馴染めていた。

 もちろん、心配していたわけじゃない。

 なにせ、シルフィの娘で、ロキシーとエリスと三人がきちんと教育したのだ。

 何の不安要素もない。


 いや、まぁ、不安要素があるとすれば、俺の娘だってことか。

 学校初日から端っこの席で、寝たふりを続けるような学校生活を送る可能性もなきにしもあらずだった。

 いや、実際にはそんなことはなかった。

 これから先、辛いことはあるかもしれないけど、きっと大丈夫だ。


 あとは、毎日学校にいき、楽しい思い出を作ってくるルーシーの話を晩飯の時に聞くだけでいい。

 俺は今日の光景を思い出しながら、にこやかな顔で美味しくご飯を食べることができるだろう。


 さぁ、帰るか。

 とりあえず、上着とヘルメットをオルステッドに返そう。

 そう思い、俺は衝立となってた土壁を魔術で解除した。


「……あ」


 土壁の向こう側には、一人の女性が立っていた。

 白い髪に、スレンダーな体。

 動きやすいパンツルックで、上半身はノースリーブ。

 肩から伸びる白い腕は腰に当てられ、その顔はムッとした顔を作っていた。


 シルフィだ。


「ごほん……何用だ」


 精一杯、オルステッドの声音を使ってみた。


「ルディ、なんでこんな所にいるのかな?」


 もちろん、無駄だった。


「いや、あの……シルフィエットさんはどうしてここに?」

「ララが、散歩の途中でお父さんを見たって、顔を隠して変な格好してたって」

「ああ…………なるほどねぇ」


 レオか。

 レオが裏切ったか。

 奴は目で見ず、鼻で俺の存在を捉えたのだ。

 あるいはオルステッドの臭いも混じっていただろうが、レオが俺がいるといえば、ララが気付く。

 レオとララは意思疎通できるって話だったしな。

 どうりで、ララが俺の方をじっと見ているわけだ。


「……そんな格好までして」


 シルフィの肩がわなわなと震えている。

 これはお怒りだ。

 シルフィは怒るとすごいんだ。

 具体的には言えない。

 言えないが、シルフィが怒り、不機嫌な時は大抵俺が全面的に悪い時なので、家中から批難の視線が突き刺さる。

 とても居づらくなるのだ。

 それと、一週間ぐらい、夜は一人で寂しく寝る事になるかもしれない。


「そんなに、ボクとルーシーが信用できないの?」


 シルフィの目から涙がこぼれた。

 アカン。

 これはアカンやつだ。

 怒るよりアカンやつだ。

 ひとまず、俺はその場に正座した。


「いや、違う、違うんだ。ただ、俺はルーシーの勇姿を見たかっただけなんだ。

 授業中に、先生にズビシっと質問をして、勤勉に勉学を学ぶルーシーの姿を見たかったんだ。

 俺は、ほら、その、あんまりさ、ルーシーを育てる場にさ、参加してないからさ」


 しどろもどろに答えると、シルフィは泣きながら俺を見た。


「ほんとに?」

「はい。ただ、我慢できずにやってしまったことでもありますので、今回のことも、すべて終わったらシルフィに言うつもりでした」

「…………それは嘘でしょ?」

「本当です。謝るつもりではいたんです」

「そんなに、ルーシーの授業を見たかったの?」

「はい」


 そう言うと、シルフィは手を伸ばし、俺を立ち上がらせた。

 もう、泣き止んでいた。


「じゃあ、ボクが悪かったんだね、ルディがそこまで見たいって思ってるのに、見ることすらダメって言ったから」

「いや、シルフィは何も悪くないよ。俺もあの場では納得したんだから」

「うん…………あっ」


 などと話していると、ふとシルフィの視線が上を向いた。

 しまった、という顔をしている。

 振り返ってみると、理由がわかった。


「あー……」


 いつしか、教室の窓から生徒たちが覗いていた。

 その中には、ルーシーの姿も当然のようにあった。


 ルーシーは少しだけムッとした顔で、俺とシルフィを見ていた。



---



「あのね、今日はね、ベリンダちゃんって子と仲良くなったんだよ」


 結局、俺とシルフィはルーシーと仲良く三人で帰ることとなった。

 ルーシーの手を握りながら、三人で並んで、だ。

 ルーシーは俺がきたことでまたむくれてしまうかと思ったが、そんな事はなかった。

 初めての学校が色々と楽しかったらしく、一つずつ説明してくれた。


「ベリンダちゃんはね、ラノア王国の大臣さんの娘さんなんだって。

 小さいけど賢いから、学校に入れられたんだって言ってた。

 学校で一番になって、お父さんを見返すんだって」

「へぇ、すごいねぇ」

「あとね、一番最初は青ママの授業だったよ。青ママは最初、みんなにバカにされて、私ぷくーってなっちゃったけどね、青ママがね、ちょっと魔術を使ってみせると、みんなシンとなってね、青ママがね「ま、私の授業を聞く聞かないはあなた方の自由です」って言ったの! かっこよかった!」

「その話、晩御飯の時に青ママにしてあげようね。きっと喜ぶよ」


 予定は狂ったが、しかし、これはこれでいいものだ。

 ルーシーの手を握り、シルフィと並んで歩く。

 道に横一列になって歩くのはよくないことだが、何、気にすることはない、ここは俺の町だ。


「ルーシー、学校は楽しかったかい?」

「うん!」


 ルーシーはとても嬉しそうに頷いた。

 それを見て、俺は思った。

 何の心配もなかった、と。


「ね、パパ。ルーシー大丈夫だったでしょ?」


 まるで俺の考えを読み取ったかのように、ルーシーはそう言った。


「ああ、大丈夫だったね。偉いよ」

「さすがパパの娘でしょ?」

「あはは、パパなんかよりずっと凄いよ」


 ルーシーは立派だった。

 どこからどう見ても立派だった。

 それに対してパパはどうだい。

 ぜんぜん大丈夫じゃなかった。

 保護者が必要だ。


「ところでルディ」


 ふと、シルフィに指をさされた。


「ん?」

「いつまでその格好でいるの?」


 俺は自分の姿を見下ろした。

 分厚く白いコートに、黒いヘルメット。

 未だに俺はニセオルステッドのままだった。


「明日返すよ」


 まぁ、うん。

 明日で問題ないだろう。

 今日中に返すとは言ってないし、オルステッドも急ぎじゃないはずだ。

 それにしてもこのコート、生地がいいな……。

 感じとしては赤竜の皮に似てる気がするけど、アイシャあたりに聞けばわかるだろうか。


「……ところでルーシー」


 そう思った時、ふと、俺の中で疑問がわいた。

 一応、確かめておこう、という程度の小さな疑問だ。


「なーにパパ」

「問題だ。パパの髪の色は何色でしょう」


 もちろんこの質問はルーシーを信用していないわけじゃなかった。

 念のためだ。


「茶色!」

「正解だ。ルーシーは賢いなぁ。これは将来に期待できる。さすが俺の娘だ」

「も~、バカにしないでよ~」


 ちょっとむくれるルーシーに笑いつつ、俺は幸せな帰路についたのだった。


「でもルディ、約束は破ったんだから、三日は我慢してもらうからね」

「はい」


 ちょっと我慢することになったが、俺は幸せなのだった。



---



 翌日。

 町中において、奇妙な噂が流れた。

 オルステッドがルーシーを狙っている、というものだ。

 まぁ、俺があんな格好をして歩いていたせいだろう。

 人の噂は75日。

 それが事実無根だということは俺はもちろん、シルフィもうちの家族全員も知っていることだから放っておこう。


 なんて思いつつ、コートを返しに行ったら、オルステッドに怖い顔で睨まれ、弁解に一苦労することになってしまったのだが……。

 それはまた別の話である。

オルステッドのコート:材質は古代白竜の皮。とてつもなく強い魔力を宿しており、高い防御力・魔法耐性を持つ。経年劣化せず、破れても自己修復する。古代白竜自体はもう存在しないため、ユニークアイテム。

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― 新着の感想 ―
ルディの親バカさがすごいなと思ってたら社長のコートの性能ヤバすぎてびっくりした
[気になる点] オルステッドじゃない服装で変装すればいいのに
[良い点] 笑いあり涙あり感動あり、そして最後にオルステッドのロリコン疑惑?というオチまでついて、楽しく読めました(笑)
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