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光のもとでⅡ-1 作者:葉野りるは

紫苑祭準備編(09/14~10/29)

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Side 翠葉 04話

 物事が決まってからのスケジュールは思ったよりも過密なものだった。
 紅葉祭のときと変わらないと思ったけれど、よくよく考えてみたらずいぶんと違う。
 応援団の練習を歌の練習に置き換えると、新たに加わったのはふたつ。
 ダンスの練習と衣装の製作。それらが加わるだけでぐっと負担が増えたように思う。
 それでも、私が出る競技の練習は応援団とダンスのみ。ほかの人と比べたら間違いなく楽なはずなのだ。
 月水金は授業のあとに一時間半応援団の練習に参加して、帰宅したら少し休んで夕飯を食べ、お風呂に入ってから会計の仕事、そのあとはツカサと勉強。
 火曜日は病院へ行って、帰宅したら少し休んで夕飯を食べたあとにお風呂。会計の仕事のあとはツカサと勉強。
 これらをクリアしつつ、そこまで得意ではない裁縫という作業をしなくてはいけない。
 事態を知った高崎さんが里実さんに話してくれて、ミシンを借りられることになった。しかし、長ランの内布とハチマキの生地には刺繍を施さなくてはいけない。その部分だけはどうあがいても自分の手でするしかないのだ。
 里実さんは手先が器用らしく、「手伝おうか?」と申し出てくれたけれど、ジンクス如何どうあれ、この作業を人にお願いするのは気が引けて、私は口元を引きつらせながら「自分でがんばります」と答えるに留めた。
 縫い物の作業にかまけて会計の作業が滞るのは絶対に許されない。かといって、ほかの組の団長であるツカサの長ランが期日までに作り上げられないのも困る。
 私は相馬先生にごめんなさい、と思いながら、日をまたいでも縫い物をする日々を過ごしていた。

 そんなある日、応援団の練習で貧血を起こした私は保健室へ運ばれた。
 単なる貧血だったら良かったのだけれど、思い切りブラックアウトして意識を失ってしまったのだ。
 意識が戻ったときには情けなさでいっぱいだった。
「副団長なんて務まらないよ……」
 泣き言が口から漏れる。
 紫苑祭では、紅葉祭以上に体力を求められている気がしなくもなく、そんな渦中に自分が立っていることが分不相応に思えてきてしまったのだ。
 曲を考慮してもらったダンスも、今となっては週に数回ある練習が負担でしかない。
 シャッ――カーテンが開き湊先生が顔をのぞかせる。
「起きた?」
「はい……」
「何泣いてんのよ」
「……私、副団長なんて無理です」
「そんなこと言ったって、もう決まったことでしょ?」
「そうなんですけど……」
「衣装作りだって始まってるんだろうから、今さらあーだこーだ言うほうが迷惑よ」
 その言葉に、ぐ、と堪える。
 そうなのだ。状況的にはすでに引けない場所まできている。断るならば、任命されたあの時点でしっかり断らなくてはいけなかった。
 悔いるくらいなら踏ん張れ――。
 一度奥歯に力をこめ、
「先生、私、帰ります。帰って仕事しなくちゃ」
「……がんばりなさい。でも、根詰めすぎないように」
「はい……」

 保健室を出ると、応援団が集まるグラウンドへと向かった。
 観覧席から赤組の様子をうかがっていると、私に気づいた風間先輩がみんなに休憩を言い渡して抜けてきてくれた。
「もう大丈夫?」
「はい。ご迷惑をおかけしてすみません……」
「急に倒れるからびっくりしたよ。ま、今日は暑かったし初めての屋外練習だったしね」
「本当にすみません……」
「いいよいいよ。あ、咄嗟に飛翔が頭かばってくれたから大丈夫だとは思うけど、頭痛かったりしない?」
「……大丈夫です」
「そう、なら良かった。ま、ちょっと座ろうか」
 言われて観覧席に腰を下ろすと、
「飛翔に聞いたんだけどさ、生徒会の会計の仕事、ほぼほぼ御園生さんに振られてるんだって? もしかして応援団と会計、衣装作りで結構負担になってたりする?」
 こういうとき、どう答えたらいいのかな。
 事実は負担になっている。けれども、すべては自分が引き受けたものなのだ。
「御園生さん、深呼吸」
 何を言われたのかと顔を上げると、
「ほら、吸って……吐いて……吸って……吐いて……」
 言われるままにそれらを繰り返すと、
「もう一度訊くよ。今、結構しんどい?」
 きっと、ここで虚勢を張るよりは認めてしまったほうがいいのだろう。そうしたら、何か打開策を考えてもらえるかもしれない。でも、それは甘えじゃないだろうか――間違いなく甘えだ。打開策は自分で考えるべきだ。
「御園生さん、本当のところを教えて」
「……ちょっと、つらいです」
「うん。それ、ちょっとじゃないでしょ?」
 その言葉に何も言えず、目に涙が溜まり始める。と、風間先輩の手が頭に乗せられた。
「よしよし、がんばってたね。でも、このまま進めるのには問題あると思うんだ。だから、どうしたらいいか考えよう?」
 風間先輩は二メートルほど離れた場所にいた飛翔くんを呼び寄せた。
「やっぱ御園生さん、結構いっぱいいっぱいみたい」
「……でしょうね。会計の仕事をひとりでこなしてるうえ、衣装作りもあるわけですから」
「その会計の仕事ってどうしてそんなことになってるのさ」
 その質問に飛翔くんは口を閉ざした。
 飛翔くんは、私が会計を担ういきさつや現状を良くは思っていないのだ。
 私はおずおずと申し出る。
「あの、それも私がいけないというか……」
「ん?」
「去年の紅葉祭のとき、私が生徒会できちんと機能するための規約が作られたんです」
 それらのいきさつを話すと、
「なるほど……それに加えて、今回は出る競技種目が少ない御園生さんに大半が振られてたわけね」
 そう言ってくれた風間先輩に対し飛翔くんは、
「紅葉祭や紫苑祭における会計は確かに大変です。でも、手分けしてやれるなら、別にひとりが負う必要はないはずなんですけど……」
 明らかに不服だと言われている。
「それらひとりで請け負って、挙句体調崩してるんじゃどこになんの意味があるんだか……」
 言っていることが正しすぎて何を言うこともできない。
 どうにかしてすべてのことをクリアしなくては――。
「会計、今からでも四人で回せばいいだけじゃない?」
 淡々とした飛翔くんの言葉に、私は瞬時に反応していた。
「それだけは嫌っ」
「嫌とかそういう問題じゃないと思うんだけど」
「それでも嫌なの。……だって、優太先輩が言ってたもの。私が会計の作業をするから副団長の仕事ができるって」
「それ、あの時点ではって話だろ? 今となっては状況が違う。あんただって副団長を任されてる」
「そうなんだけど……組別のスケジュールが出来上がっている今、みんなにお願いなんて――」
「そうやって自分追い詰めて、人に迷惑かけてどうしたいの?」
「飛翔、言いすぎ」
 風間先輩が間に入ってくれたけれど、飛翔くんは意に介さない。
「自分、本当のことしか口にしてません」
 そうなのだ。飛翔くんは正しい。
 緊迫した空気の中で息が上手に吸えなくなりそうだった。
 このままここにいたら間違いなく過呼吸を起こすだろう。そんな自分がまざまざと想像できて、
「あのっ、大丈夫なのでっっっ――すみません、今日は帰りますっ」
 私は荷物を持って早足で更衣室へ向かった。

 桜林館の外周廊下を歩いていると、
「翠」
 顔を上げると目の前にツカサがいた。
 瞬時に察する。黒組が桜林館で練習していたのだと。
 ツカサの顔を見たら泣いてしまいそうだった。
 今ここで泣くのだけは嫌で、無言で通り過ぎようとしたけれど、それを逃してくれるツカサではない。
「なんでそんな顔――」
「今は何も訊かれたくないっ。何も話したくないっ。それからっ、今日は勉強見てもらわなくて大丈夫だから来ないでっ」
 そう言ってツカサの手を振り切った。
 更衣室に人がいたらどうしようかと思ったけれど、中途半端な時間帯に人がいることはなく、ガランとした一室にほっとする。
 ほっとしたら涙が出てきて、何度も何度も手ぬぐいで涙を吸い取った。






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