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光のもとでⅡ-1 作者:葉野りるは

海水浴(08/20)

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Side 司 01話

 今日、翠は海水浴へ行く日だったか――。
 もし自分が藤倉にいたなら無理やりにでも違う予定を入れたものを……。
 ……単純な話、水着ほど軽装になる翠を視界には認めたくなかったし、そんな姿を秋兄やほかの男にだって見せたくはなかった。
「行かなくていいものを……」
 行くか迷ってるとは言っていたが、たぶん周りの人間に引っ張り出されていることだろう。
 発起人が海斗だった暁にはどうしてやろうか……。

 午前午後、座学と技能教習が終われば自由時間になる。その時間を使ってほかの講習者と友好を深めようとする者もいれば、俺のように部屋に篭る人間も少なくはなかった。
 夕飯とシャワーを終えてニュースに目を通していると、ここ数日音沙汰のなかった携帯が鳴り出した。
「翠……?」
 電話に出ると、ぎこちないイントネーションで「こんばんは」と言われる。
 相も変わらず電話というツールが苦手なのか、別に問題があるのか――。
『今、何してた?』
「ネットでニュースを見ていただけだけど?」
『そうなんだ……。あ、天気予報見た?』
「いや……見てないけど」
 記憶が確かなら、しばらくは天気が崩れるようなことはなかったはず。
 翠は、その代わり映えしない天気予報を教えてくれた。
「……そう」
『うん……』
 会話はそれで途切れてしまう。
 いつもなら、「通信機器」であることを指摘するわけだけど、「天気予報」を持ち出されたらそこをつくこともできない。
 俺たちにとって「天気予報」とは、言わばコードネーム的なもので、「話す事柄はないけれど、声が聞きたい」そんなときに使われるものだから。
 ニュースの話でも、自分の教習の話でもなんでも良かった。それでも、「今日」という日にかかってきたのなら、やはり「海水浴」に関することを訊くべきかと思い話題を振る。
 行ったとわかっていながら、
「今日、海水浴行ったの?」
『行ったっ』
 どうしたことか、やけに大きな声が返ってきた。
 それほどまでに緊張しているのもどうかと思う。
 そんなことを考えつつ、翠が海に行ったとして何をしているのか、という疑問に行き当たる。
 ……激しい運動はできないはずだけど、波間に浮かぶくらいのことはできるのだろうか。
「そういえば、翠って泳げるの?」
 問いかけから数拍置いて、
『ツカサには知られたくなかったのに』
 実に残念な声が返ってきた。
「あぁ、泳げないんだ?」
『でもっ、今日、浮けるようになったし、息継ぎはできないけど泳げたものっ」
 必死になって口にしている様が目に浮かぶ。
「息継ぎができないって、それ泳げたうちに入るの?」
『意地悪……』
 拗ねている様までありありと思い浮かべることができて、思わず声を立てて笑った。すると、
『笑った……』
「あ、悪い。翠が拗ねてるのが目に浮かんだ」
『違う。どうしてっ? どうして自然に笑っているときはいつも電話で、ツカサが目の前にいないのっ? ずるいっ』
「ずるいって言われても……」
 そんなのいつだってたまたまなのだから、文句を言われても困るというもの。
『……会いたいな』
 しおらしい声に心が満たされる。
 自分も早く会いたいと思ってはいる。でも、素直になれない俺は現実しか口にしない。
「合宿始まってまだ五日目なんだけど」
『わかっているもの。あと九日は会えないのでしょう?』
 翠の声を聞きながら、もっと残念がってほしいと思ってしまう。でも、あまり意地悪をしすぎるといつか自分に返ってきそうだから、
「三十日、藤倉に帰ったらマンションに顔出す」
『うん……』
 この時点で少し違和感を覚えた。
 いつもなら、このくらい話せば「じゃぁ切るね」と言い出す。が、今日はまだその言葉が出てこない。
 もとより、電話が苦手な翠が、メールをすっ飛ばして電話をかけてくること自体にも違和感はあった。
 これは――。
「今日、何かあった?」
『えっ、どうしてっ!? 何もないよっ』
 ……絶対に嘘だろ。ここまで嘘をつけない人間も珍しい。
「その慌てっぷり、絶対おかしいだろ。それに、何もなければ電話なんてしてこないんじゃない?」
 翠が電話をかけてくるときはたいてい何かがあったとき。もしくは声が聞きたいとき。
 後者の場合なら、さっきの時点で通話を切っただろう。切らなかったということは、何かがあったのだ。それも、「何もない」と否定したくなる内容の出来事が。
 海水浴へ行ったメンバーでそんな出来事を起こせるのは秋兄しかいない。
「何があった? 秋兄が絡むこと?」
 ほぼほぼ確信を得た状態で尋ねると、
『……本当に、何もなかったの。ただ、私が個人的に気になることがあるだけ』
「気になることは?」
「…………」
 翠の「気になること」は実に厄介だ。いつだって突飛なことを考えてはひとり空回っていることも少なくない。
 電話をかけてきてくれて助かった。そんなものは、早いうちに芽を摘むにこしたことはない。
 どうやって聞きだそうか考えていると、
『ツカサ……』
「何?」
『……不安になること、ある?』
 思いもしないことを尋ねられ、今度は何を考え始めたのか、と頭を抱えたくなる。
 そんな思いは即座に捨て、もう少し建設的な会話になるよう努めるべき……。
「何に対して?」
『……私に対して』
 意味はすぐに理解した。けど、
「ものすごく色々あるんだけど。何、それ、今言ったら全部どうにかしてくれるの?」
『えっ?』
「前からくどいくらいに言っているのに、相変わらずうっかり立ち上がるのとか、気づいたら発熱してるのとか、風邪が治ったかと思ったそばから違う風邪引いてたり、気をつけろって言ってるのに熱中症になってたり。翠の頭は自分の健康における学習能力が低すぎやしないか?」
 テンポ良く、言いたいことを連ねてすっきりした。けれど、電話の向こうの翠はだんまりだ。
 あまりにも空気が重いから冗談を口にしたつもりだけど、翠には冗談すら通じない。だから俺は、冗談であることまで口にしなくてはいけなくなる。本当に翠には甘いと思う。
「っていうのは本当だけど冗談。翠が知りたいのはそんなことじゃないんだろ?」
 またしても無言。俺はわかっていながら、
「秋兄のこと?」
 さらなる沈黙にどうしてやろうかと思う。
 今、俺たちが手にしているものは通信機器で、「伝える」という行為をしないとまるで意味を成さないものなんだけど。
「沈黙は肯定だから。……でも、この話は帰ってからにしよう。電話じゃなくて、会って話したい」
『……わかった。あと九日間がんばってね』
「あぁ。じゃ、おやすみ」
 携帯を切ってベッドに転がる。
「鈍感なくせに、変なところで鋭い……」
 俺がずっと抱えている「不安」を翠なりに感じとったのだろうか。そのうえで、今日何があったというのか……。
 御園生さんと唯さんが一緒だったのだから、秋兄に変なことができるとは思わない。でも、ふたりきりになる機会があったとしたら――? そんなチャンスを秋兄が逃すとは思えないし……。
「……聞き出すだけ、今聞き出したほうがよかったのか?」
 これでは残り九日間、俺が気になって仕方がない。でも、この手の話は顔を見て話したかった。たとえ、格好悪い自分を見られることになるとしても――。
 翠は気づいているのだろうか。俺が抱える「不安」が、言葉を変えると「嫉妬」になることを。
 たぶんだけど、気づいていない気がする。






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