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光のもとでⅡ-1 作者:葉野りるは

海水浴(08/20)

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Side 翠葉 02-03話

 海を引き上げたのは三時過ぎで、別荘でざっとシャワーを浴びてからの帰宅の徒についた。
 帰りの車の中では寝ていたため、桃華さんと佐野くんがいつ降りたのかすら気づかず……。
 重だるい疲労感を抱えて帰宅すると、家ではお母さんとお父さんがビール片手にお好み焼きを作っていた。
「三人とも手洗ってテーブルに着きなさい!」
 陽気なお母さんの指示に従い、荷物を片付けるのもそこそこにテーブルに着いた。
「翠葉、ちゃんと日焼け止め塗った?」
「うん。でも、ちょっと焼けちゃった気がする。首は大丈夫だけど頬がヒリヒリしてる」
「それに比べて唯……どうして男のあなたが真っ白なままなのよ。海に入らなかったの?」
「いんやいんや、ちゃんと入ってきましたよー。もう、髪とかごわっごわだったもんね。柔肌な俺は、リィより入念に日焼け止めを塗っただけですよぅ」
「おぉ、蒼樹はそれなりに焼けたなぁ……」
 お父さんの言葉に、
「皮、剥けるかな?」
「消毒薬塗っとけー」
 そんな会話をしながらホットプレートを囲む。
 ご飯の時間はいつだって和やかで笑顔が絶えない。そんな家族が集まる時間が好きだと思う。

 夏休み中はマンションにいたり幸倉へ帰ってきたり、とちょっと落ち着かない過ごし方をしていた。
 本来なら、幸倉で過ごすのが自然なのだろう。けれども、フロアハープをマンションへ運び込んでしまっている都合上、ハープの練習やレッスンにはマンションを使う必要があった。
 そして、レッスンや病院へ通うにも、高崎さんのお仕事をお手伝いするにも、ウィステリアホテルへ行くにも、アクセスのしやすさはマンションのほうが上だったのだ。
 だから、学校へ通っているときとは逆で、夕方になると唯兄と私が幸倉へ帰り、家族五人揃ってご飯を食べる。そして、翌日の予定に合わせて私は幸倉に泊まったり、マンションへ戻ったり――そんな日々を送っていた。
 お母さんも夏休み中は幸倉に滞在。また二学期が始まるころにマンションへ戻ってくる予定。
 自宅が二箇所あるのは変な感じがするけれど、拠点となる場所が二箇所あることで、私は難なく生活することができるのだ。
 静さんやお母さん、お父さんに心からの感謝を――。

 ゲストルームに帰宅してお風呂から上がると、私は自室ベッドの上で携帯とにらめっこをしていた。
 いつかけてきてもかまわないとは言われている。でも、やっぱり電話をかける前は緊張してしまう。
 ツカサが出たら何を話そう……。
 普通に考えたらその日の出来事、海水浴の話をするのが自然だろう。でも、ツカサがいなくて秋斗さんがいた海水浴の話をするのはどこか気まずい。
 ほかに何があるかな……。
 ツカサの教習場の話を訊く? でも、聞いたところで私にわかる話はない気がするし……。
「……天気の話」
 スタンバイモードになっていたパソコンを立ち上げ、即座に天気予報を表示させる。
「明日は晴れ。最高気温三十四度。このあと一週間はずっと晴れ……」
 ……天気予報の話をしたら気づいてくれるだろうか。話がしたいだけ、声が聞きたいだけ、と。
 勇気を出して電話をかける。と、三コールののちコール音が途切れた。
『はい』
「……こんばん、は」
『こんばんは』
「……今、電話してても大丈夫?」
『問題ない』
「……今、何してた?」
『ネットでニュースを見ていただけだけど?』
「そうなんだ……。あ、天気予報見た?」
『いや……見てないけど』
「あのね、明日は最高気温三十四度で、このあと一週間は天気が崩れることはないみたい」
『……そう』
「うん……」
 どうしよう……。このまま行くと、「携帯電話は通信機器だから」と言われてしまう。
 次の話題を探していると、
『今日、海水浴行ったの?』
「行ったっ」
 慌てて答えたら声が大きくなってしまった。
 手に汗を握る状態で、ツカサの次の言葉を待ち受けていると、
『そういえば、翠って泳げるの?』
 投げかけられた問いに撃沈する。でも、話題がまったくないよりはいいのかもしれない。
「……ツカサには知られたくなかったのに」
『あぁ、泳げないんだ?』
「でもっ、今日、浮けるようになったし、息継ぎはできないけど泳げたものっ」
『息継ぎができないって、それ泳げたうちに入るの?』
「意地悪……」
 すると、携帯の向こうからクスクスと笑い声が聞こえてきた。
「……笑った」
『あ、悪い。翠が拗ねてるのが目に浮かんだ』
「違う。どうしてっ? どうして自然に笑っているときはいつも電話で、ツカサが目の前にいないのっ? ずるいっ」
『ずるいって言われても……』
「……会いたいな」
『合宿始まってまだ五日なんだけど』
「わかっているもの。あと九日は会えないのでしょう?」
『……三十日、藤倉に帰ったらマンションに顔出す』
「うん……」
 いつもならここで電話を切る。でも、もう少し話していたい。けれども話す内容がない。
 嘘……。話したいことはある。でも、その内容をなかなか口にできないだけ。
『今日、何かあった?』
「えっ、どうしてっ!? 何もないよっ」
『その慌てっぷり、絶対おかしいだろ。それに、何もなければ電話なんてしてこないんじゃない?』
 確かに、いつもと変わりない日を過ごしていたら、電話をかけようとは思わなかったかもしれない。
 今日は、離れているにもかかわらず、日がな一日ツカサのことを考えていた。でも、何かあったか、とそこをつつかれると苦しくもある。事実、何があったわけではないのだから……。
『何があった? 秋兄が絡むこと?』
 こちらを探るような声音に困ったな、と思う。
「……本当に、何もなかったの。ただ、私が個人的に気になることがあるだけ」
『気になることは?』
 ツカサのこと……。ツカサのことしかない。
 訊いてしまえば楽になるのかもしれない。でも、訊くに訊けないのだ。
 秋斗さんに「話してごらん」と言われてすべてを話せなかったように、ツカサに対しても、全部を話すことはできない。
 ツカサが「不安」を打ち明けてくれたら話せる。でも、きっと話してくれることはないだろう。
 それとも、インターハイ最終日のあの日――。

 ――「俺の知らない翠を秋兄が知っているのは許せそうにない。でも――これ以上の翠を秋兄も知らないのなら、もう少し待てる気がする」。

 あの言葉こそがカミングアウトだったのだろうか。
「……ツカサ」
『何?』
「……不安になること、ある?」
『何に対して?』
「……私に対して」
『……ものすごく色々あるんだけど。何、それ、今言ったら全部どうにかしてくれるの?』
「えっ?」
『前からくどいくらいに言っているのに、相変わらずうっかり立ち上がるのとか、気づいたら発熱してるのとか、風邪が治ったかと思ったそばから違う風邪引いてたり、気をつけろって言ってるのに熱中症になってたり。翠の頭は自分の健康における学習能力が低すぎやしないか?』
 言われていることに心当たりがありすぎて、これまた何も言えなくなってしまう。でも、これは「不安」ではなく、「不満」ではないだろうか。
 そんなことを考えていると、
『……っていうのは本当だけど冗談。翠が知りたいのはそんなことじゃないんだろ?』
 全部わかっていて今のくだりがあったのかと思えば、自分が一段と情けなく思える。
『秋兄のこと?』
「…………」
『沈黙は肯定だから。……でも、この話は帰ってからにしよう。電話じゃなくて、会って話したい』
「……わかった。あと九日間がんばってね」
『あぁ。じゃ、おやすみ』
「おやすみなさい」
 携帯をサイドテーブルに置いて、ベッドに転がる。
「秋斗さんもツカサも、どうしてこんなに勘がいいのかな」
 まるで隠し事ができる気がしない。でも、ツカサの「不安」に対して話す機会が得られたのは良かったのかも……。
 プライドの高いツカサのことだから、すべてを話してくれることはないだろう。それでも、今の電話でツカサの中へ一歩踏み込むことを許された気がする。
「あと九日間……長いな」
 でも、月末には会えると思うと、少しだけ元気が湧いてきた。
 明日はソルフェージュとピアノのレッスンの日。帰宅したら学校の宿題を仕上げよう。
 夏休み中のノルマを終えれば最終日にはツカサに会える。ご褒美があると思えばすべてがんばれる気がした。






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