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光のもとでⅡ-1 作者:葉野りるは

願い事(08/08~08/11)

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Side 翠葉 01話(♥)

 それはインターハイ一週間前のこと――。
「ツカサ、どうかした?」
 手に本を持っていたツカサは、本を読むでもなくぼーっとしていた。
 らしくないな、と思って顔を覗き込むと、目が合った次の瞬間にキスをされた。
「……どうして、キス?」
 単純な質問。
 ぼーっとしていたのに、どうして突然キスだったのだろうか、と思っただけ。
 すると、
「したくなったから」
 返ってきた答えも同じくらい単純なものだった。
 いつだってツカサの考えていることはわからない。でも、この日はいつも以上にわからなかった気がする。
 じっとツカサを見ていると、
「そのままでいるとまたキスするけど?」
「えっ、あ――」
 ツカサから離れて口元を押さえる。
 別にキスをされたくないわけじゃない。でも、なんとなく、の行動。
「翠、インターハイで優勝したら、の約束、覚えてる?」
「え? あ、うん。覚えてるよ?」
「……ならいい」
「……本当にどうしたの?」
「なんでもない」
 ツカサは少し眉間にしわを寄せ、どこか困惑している表情に見えた。でも、私はそれほど深刻に考えるでもなく、ツカサと交わした約束を思い出しては「どんなお願い事なのかな」とぼんやりと考えていただけ。
 そんな私はあとでとても驚く羽目になる――。



 当初、インターハイには唯兄が一緒に来てくれるはずだった。最初の二日間は一緒にホテルに泊まってくれたのだけど、急ぎの仕事が入ったらしく、三日目の朝には帰ってしまった。
 三日目からツインルームにひとりで泊まることになったものの、隣がツカサの部屋ということもあり、さほど緊張することも、完全なひとりになることもなかった。

 四日目の試合でツカサの優勝が決まり、ついさっき閉会式を終えホテルへ帰ってきた。
 お互いシャワーを浴びて少し休んだら、ホテル内のレストランへ夕飯を食べにいくことになっている。
 髪の毛を乾かし終わりベッドへ横になるも、未だ興奮冷めやらぬ脳は眠らせてくれそうにはない。
 私は携帯を手に取りツカサに電話をかけることにした。
 三コール鳴らすと通話状態になり、
「ツカサ、寝てた……?」
『いや、起きてるけど……?』
「……あの、とくに何があるわけじゃないの。夕飯までにはまだ時間があるけれど、どうしても眠れそうにはなくて……だから、ツカサの部屋に行ってもいいかな?」
『かまわない。来れば?』
「じゃ、今から行くね」
 連日の試合でツカサが疲れていないか、と少しだけ心配したけれど、ドアを開けてくれたツカサはとてもさっぱりとした顔をしていた。
 そんな顔を見ると、何度でも「おめでとう」を言いたくなる。
 部屋に入ると手近な場所にあったベッドへ腰掛け、再度「優勝おめでとう!」と声をかけた。
 抱きつきたい気分だったけれど、それはちょっと我慢。
 ツカサは私の前に立ち、
「翠、約束覚えてる?」
「え?」
「優勝したら願い事、っていうの」
「あ、うん。覚えてるよ。願い事って何?」
 私にきけることだというので、それはそれで楽しみにしていた。
 ツカサの目をじっと見ていると、
「翠を抱きたい」
 少し言いづらそうに口にしたツカサを不思議に思いながら、座っていては抱きづらいだろうか、と立ち上がる。
「いいよ。でも、そんなことでいいの?」
 ツカサはいつものようにそっと抱きしめてくれた。
 ツカサの腕の中で、何度も「おめでとう! おめでとう!」と心の中で唱えていると、
「こういう抱くじゃなくて、翠が欲しい、って意味なんだけど……」
「え……?」
 ツカサの顔を見上げると、
「性行為……の意味」
 性、行為……の、意味――。
 私はしばらく瞬きも忘れてツカサの目を見ていた。
「願い事はきいてもらえるの?」
 次なる言葉が降ってきて慌てる。
 ツカサのことは大好き。信用も信頼もしている。でも、まだ行為に及ぶ覚悟はない。
「ツカサ……ごめん。この願い事は――きけない。まだ、怖いの……」
 もう何度こんなやり取りを繰り返しただろう。そろそろ呆れられてしまうだろうか。愛想を尽かされてしまうだろうか。
 様々な不安が頭をよぎる。それでも、この願い事だけはまだきけない。
「抱きしめることとキスは?」
「……ドキドキはするけど、大丈夫。でも性行為は――」
 ふと気づけば「怖い」の種類が増えていた。行為に対する「恐怖感」と、この話をするたびに拒む私をツカサがどう思っているのか。後者のほうが気になって仕方がない。
「……怖いから、嫌なんだけど、でも、そしたらツカサは――私のこと嫌いになる? 愛想を尽かす? また、距離を置く……?」
 そのどれを考えても不安で涙が出てくる。と、ツカサに再度ぎゅっと抱きしめられた。
「嫌いにはならないし愛想を尽かすこともない。でも、距離を置くことはあるかもしれない。自分を抑えることができないなら、そういった関係を翠が望んでいないのなら、距離を置きでもしないと翠を守ることができないから」
 自分が拒んでいるのだから距離を置かれてしまっても仕方がないのかもしれない。そうは思うけれど、以前のように距離を置かれることを考えると、ひどく悲しく思える。
 距離は置かれたくない、と言いたくて言えない現状に、またしても涙が溢れてきた。
「翠……距離を置かないための予防策」
 え……?
「予防、策……?」
 ツカサはこくりと頷いた。
「キス、したいだけさせて」
 言われた意味が一瞬理解できなかった。
「キスだけは、俺の好きにさせてほしい」
 キスだけなら大丈夫。でも、「好きにさせてほしい」とはどういうことをいうのだろう。
 疑問に思いながら、コクリと頷く。と、
「翠、携帯貸して」
 すぐにわかった。バイタルの設定を変えるのだと。
 設定が済むと携帯は窓際のテーブルに置かれ、ツカサは戻ってくると顔中にキスを降らせた。
 額、こめかみ、目の縁、瞼、頬、耳たぶ、首筋――最後に唇を塞がれ、いつものようにキスを受けていると、ツカサの舌が進入してきた。
 そんなキスをツカサにされるのは初めてで、ツカサの胸に添えていた手に力が入る。
 執拗に歯を舐められ歯茎を舐められ、舌を絡め取られては吸い付かれる。
 力が抜けて後ろのベッドに尻餅をついてもなお、ツカサはキスをやめなかった。
 角度を変えては何度も何度も口付けられ、しだいにふたりの息が上がり始めた。
 少し荒っぽく感じるキスも初めて。
 でも、不思議と怖くも嫌でもなかった。求められることを嬉しいとさえ思えた。
 キスをされたままベッドに押し倒されたときにはびっくりしたけれど、ツカサは約束どおりキスしかしなかった。
 首筋や鎖骨、胸元にキスをされるのはひどく恥ずかしかったけれど、決して嫌ではなかったし怖くもなかった。
 次はどこにキスをされるのか、とドキドキしていた。
 ツカサもドキドキしているのかな……。それとも、私だけ……?
 目を開けてツカサを見ると、「嫌?」と訊かれる。私は首を振り、
「……すごく恥ずかしくて、ドキドキしているのだけど……ツカサは?」
 小さな声で尋ねると、
「確認したければどうぞ」
 差し出された左手首に指を添える。と、いつもより早い脈を感じることができた。
「満足?」
 訊かれて、私は照れ笑いを返した。
「嫌じゃない?」
 首筋にキスをされながら訊かれ、
「キスなら大丈夫」
 でも、不安に思うことはある。
「ツカサは……? ツカサはこれで満足できる……?」
 ツカサが感じている欲求は私にはわからないものだから、訊くしかない。
 ツカサはキスをやめて私の目をじっと見下ろす。
「……デリカシーの欠片もないことを訊く」
「え……?」
「秋兄と……秋兄とはどこまでの関係?」
「……どこまでの関係って……何?」
「……つまり、キス――それ以上の関係なのか、ってこと」
 私は絶句した。
 まさかそんなことを尋ねられるとは思っていなかったし、ツカサがそんなことを気にしているとは思ってもみなかったから。
「どこまで?」
 問い質す視線は少し厳しく鋭いものだった。
「キス……キスマークつけられただけ……」
「キスって……今日、俺が初めてしたようなキスのこと?」
 それはつまり、深く口付けられたのか、ということだろう。
 コクリと頷き、
「でもっ、本当にそれだけっ」
「本当に? ……身体に触れられたことは?」
 身体……? ……抱っこされたり抱きしめられたことはあるけど、それ以外なんて――。
「あ――あの、……お仕置きって、今のツカサみたいにキスをたくさんされたことがあって、そのときのバイタルをみんなに知られるのが恥ずかしくて泣いちゃったことがあるの。そしたら、秋斗さんが私の隣に横になって抱きしめてくれた。そのときに、頭や背中をずっとさすってくれていたのだけど……でもっ、本当にそれだけっ」
「なら、俺にもさせて」
「えっ?」
 ツカサは私の隣に横になると、私の首下に腕を通して強引に身体を引き寄せた。そして、右手で頭や背中を撫で始める。
 秋斗さんに撫でられているときはお母さんのお腹にいる赤ちゃんみたいな気持ちになったけれど、今はそんな感情からは程遠い。
 顔はこれ以上ないくらいに熱を持ち、身体はしだいに縮こまり筋肉は硬直していく。それに気づいたのか、
「……怖い?」
 ツカサは動作を止めて私をうかがう。
「怖くは、ない……。でも、心臓が潰れそう……。さっきよりも心臓がドクドクいってて、どうしよう……」
 涙が零れる。と、ツカサは唇を寄せ涙を吸い取った。
「……大丈夫。これ以上のことはしないし、落ち着くまでは何もしない……。抱きしめるだけだから」
 そう言うと、ツカサは私をさらに引き寄せ、頭や背中を撫でる動作はやめてくれた。
 どのくらいそうしていたのか、気づいたときには心拍が落ち着いてきて、エアコンのきいた室内が肌寒く感じ、ツカサに触れている部分があたたかくて気持ちよくなる。
「本当だ……少し落ち着いてきた」
 ツカサと視線を合わせると、ちゅ、と目の際にキスをされ、再度髪の毛を梳かれたり背中をさすられる。
 ぞくぞくとするようなくすぐったい感覚はあるけれど、嫌ではなかったし怖いとも思わなかった。
「秋兄とは本当にこれだけ?」
 コクリと頷くと、ツカサにぎゅっと抱きすくめられる。
「ツカサ……?」
「……俺、独占欲強いのかも」
「え……?」
「俺の知らない翠を秋兄が知っているのは許せそうにない。でも――」
 言葉の続きを待っていると、腕の力が少し緩められた。
 そっとツカサの顔を見上げると、
「これ以上の翠を秋兄も知らないのなら、もう少し待てる気がする」
「ごめん……。いつも訊かれるたびに拒んでて、ごめん……。でもっ――」
「わかってる……。翠が怖いって言うなら待てる限りは待つ。それで嫌いになったり愛想を尽かしたりはしないから心配しなくていい。でも、何かしら交換条件をもらわないと俺も我慢はできないから」
「……それが、これ……?」
「そう。……きっとこれからもこんなふうにキスをすることがあると思う。でも、これだけは拒まないで」
 私はコクリと頷いた。
「それから……少しずつでいいから、翠にも心の準備をしてもらいたい」
 それはきっと、「性行為」への心がまえ――。
 待ってもらうばかりじゃだめ。怖がっているだけじゃだめ。前に進む努力をしないと。
 きっと、ツカサとなら大丈夫……。
 私は一大決心をしたつもりで、慎重にコクリと頷いた。
「ありがとう……今はそれで十分だから」
 そう言うと再び、優しいキスが降ってきた。






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