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光のもとでⅡ-1 作者:葉野りるは

新たな友人(07/24)

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Side 翠葉 03話

 お茶の準備が整うと、四人揃ってリビングへ移動した。
 リビングは正方形に近い形をしていて、左半分がテレビやソファなどがあるくつろぎスペース。右側には小さなグランドピアノと、スコアを収めた本棚が陣取っている。
 リビングもダイニングも、やはりカントリー調でまとめてあった。
 その中に立つ柊ちゃんにはとてもしっくりくるのに、一八〇センチを超える聖くんが立つと、小人の家に人間が入り込んでしまったように見えなくもない。
 そんなことを考えていると、
「御園生、翠葉――御園生さん、翠葉さん、翠葉ちゃん……」
 聖くんが念仏のように私の名前を呟き始めた。
「何ブツブツ言ってんだよ」
 佐野くんが軽く蹴りを入れると、
「いや、苗字も名前もきれいな響きだよなぁ、と思って。御園生さんって呼んでみたけど、翠葉さんも捨てがたくてさ」
 真面目な顔をしてそんなことを言われたから、私は思わず笑ってしまった。
「そんなたいそうな名前じゃないよ。名前でも苗字でも、どちらでも好きなほうで呼んで?」
「学校ではなんて呼ばれてるの?」
「んー……翠葉、翠葉ちゃん、翠ちゃん、御園生さん、御園生っち……? あ、あとは翠」
「はい、最後のは却下ー」
「「え?」」
 私と聖くんが佐野くんを見ると、
「スイだけは特別でしょ? あれは藤宮先輩だけの専売特許。間違いなく、ほかの男がスイって呼んだらあの先輩いい顔しないってば」
「……そう、かな?」
「絶対にそう」
 確か、以前唯兄と久先輩にも似たり寄ったりなことを言われた記憶がある。
 複数の人に同じことを言われたら、取り下げずにはいられない。
「なんか、だめみたいなので、スイだけはなしの方向で……」
「何なにっ!? その藤宮先輩って翠葉ちゃんの彼氏なのっ?」
 柊ちゃんが右脇からピョコ、と顔を覗かせた。
 小動物っぽい動きに、衝動的に頭を撫でたくなる。
 我慢できず、キラキラと目を輝かせている柊ちゃんの頭を三回撫でた。
「翠葉ちゃん……柊は質問の答えが欲しいです」
「あ……あの、えと……はい。私をスイと呼ぶ人はお付き合いしている人です」
 こんなふうにツカサのことを話したことはなくて、なんだか妙なドキドキ感が胸を襲う。
「藤宮先輩って言うからには、藤宮財閥の人間?」
 聖くんが佐野くんに尋ねると、「ですです」と佐野くんは短く答えた。
「その人、全国模試がトップの人だよねっ!?」
「そっ」
「うちの先輩がさ、満点なんて採られたら勝ちようがない、っていつも嘆いてるんだ」
「そうなん? 藤宮先輩は学内テストもいつも満点。失点したことが一度もなくて、長期休暇中の課題を一度もやったことのない超人。俺から言わせたら宇宙人。因みに、御園生も文系以外は満点採る嫌みなやつだよ」
 佐野くんの言うことは間違ってはいないけれど、若干ひどい紹介のされ方な気がしてしまう。
「翠葉ちゃんは理系なの?」
「どちらかというと理系のほうが得意、っていうだけだよ」
「じゃぁさじゃぁさ、取引しませんか?」
「取引……?」
「そっ! 私、理系が壊滅的にだめなの。いつも聖に教えてもらってなんとか平均点前後を採れる程度。だから、夏休みの宿題、理系科目見てもらえないかな? その代わり、私はソルフェージュを教えてあげる」
「本当っ!?」
「ソルフェなら任せてっ!」
 利害が一致し、毎週日曜日は柊ちゃんとお勉強をすることになった。
 これからずっと日曜日がレッスンの日になるなら、高崎さんに観葉植物のことを教えてもらうのは土曜日になるのかな……。あ、でも、夏休み中は曜日問わずお手伝いできるかも……?

 しばらく互いの学校の話をしていると、ごく自然に進路の話へと話題が移る。
 当初、柊ちゃんは幼稚園の先生になりたかったという。しかし、倉敷芸大には音楽教育学科幼児教育専攻といったものがないため、大学を卒業したところで幼稚園の先生にはなれないらしい。また、そういった学科があっても柊ちゃんが学びたい声楽を専門的には学べないのだとか。結果、音楽教室でリトミックを教える、という目標を見出し声楽を受験することに決めたらしい。
 聖くんの進路は佐野くんと同じで教育学部みたい。
「聖くんもピアノを弾くのに芸大じゃないんだね」
 何気なく口にした言葉だった。すると、
「音楽の道に進むか悩んだ時期はあったよ。でも、やっぱり音楽を仕事にしたくなくてさ」
 その言葉は、私の胸にチクリと刺さった。
「御園生さん?」
「翠葉ちゃん?」
 聖くんと柊ちゃんに顔を覗き込まれ、私は苦笑を返す。
「あのね、私、芸大に行ったとしても、その先にピアノの講師になりたいとかハープの講師になりたいとか、そういうことは全く考えていないの」
「それは奏者になりたいということ?」
 聖くんに訊かれて首を振った。
「違うの?」
「うん。まだ、将来なりたいものが決まっていないの。目的もなく進学なんて考えられないから、本当は進学するつもりはなかったのだけど、両親が好きなことを勉強していいって言ってくれて……。それで好きなものを並べて悩んでいる状況」
 言いながら、藤宮だけが特別なわけではなく、ほかの高校に通っている人も、将来のことをきちんと見つめて進路を決めているのだな、と痛感する。
 みんなはいったいいつから進路を意識し始めたのだろう。
 私は――高校に入ったばかりの頃は一週間先、一ヶ月先のことを考えることもままならず、将来のことまで考えが及ばなかった。そんな中、二年次の選択を前に悩み、そこでは答えを出すことができずに得意な理系へ進んだにほかならない。
 聞けば、支倉高校は二年次のクラス編成が受験に直結しているという。柊ちゃんは芸術コースの音楽を選択して、聖くんは理系の国公立受験組。
 ふたつの高校を並べてわかることは、二年になる前には将来を意識して取捨選択を始めるということくらい。
「ほかには? 芸大のほかには何を考えてるの?」
 聖くんに訊かれてほかのふたつを口にすると、聖くんと柊ちゃんは口をポカンと開けていた。佐野くんはもともと知っていたこともあり、私の隣で控え目に笑っている。
「三つとも畑違いだけど、なんていうか『感性』が問われるもの、っていう意味では同じなのかもね」
 聖くんの言葉に少し驚く。そんなふうに考えたことはなかったから共通点があるとは思いもしなかったのだ。
「それに、『感性』っていうなら、御園生さんは講師よりも奏者気質なんじゃないかな?」
「そ、奏者なんて無理っ。私、人前で何かするのはとても苦手だし、コンクールで評価されるのも苦手だものっ」
「でも、大学に入ったら常に評価はつきまとうよ? それこそ、今勉強している数学や現国がピアノだったり歌、ハープに変わるわけだし」
 柊ちゃんの言葉がズシリと肩に乗る。
「そうなんだよね。まずは受験の時点で点数をつけられたり評価されるわけで、すでに受難が始まっているというか……」
 ますますもって芸大が無理な進路に思えてくる。
 レッスンを始めると決めたそばから挫折感が漂うのってどうなのかな。
 安易に考えているわけではない。でも、細かな部分をとって見るだけでも、柊ちゃんより浅はかな行動や選択に思えるのだ。
「御園生、まだ時間はあるよ」
 じっと話の行方を見守ってくれていた佐野くんの言葉に救われたくて、救われなくて。
 時間があったとしても、このままの私では到底答えなど出せそうにはない。
 考えなくちゃ……。もっともっと考えなくちゃ――。
 内へ内へと考えが向いているところ、
「チョーップ!」
 柊ちゃんからかわいいチョップが飛んできた。
「翠葉ちゃん、考え始めると周りが見えなくなるタイプでしょ?」
 コクリと頷くと、聖くんと柊ちゃんが顔を見合わせて笑った。
「そういうのわかるけど、こういうときこそ周りを見ないとだめだよ」
 聖くんの言うこともわからなくはない。わからなくはないけれど、不安になればなるほど内へ内へと考えがめぐってしまう。それを強制的に遮断する方法など知らない。
 お風呂に入れば少しは気分転換ができるけれど、それは一時的なものにすぎない。
「あのさ、うち、音楽教室でしょ? しかも、両親と従姉が音楽家。さらには、音楽家を派遣する事務所も兼ねてたりするんだよね。だから、俺たちは音楽についての職業を小さい頃から目にする機会があったんだ。見て知っているから柊は音楽の世界を選んだし、俺はやめた。そういうの、ここに通ってくれば御園生さんも見られると思うよ。あとは簡単なアルバイトなら紹介できるし」
 音楽の世界……職業……アルバイト?
「柊も俺も、教室でバイトしてる。子連れの人がレッスンに来れば、子どもと遊ぶのも仕事のうち。あとはレッスン時間の調整や、入会手続き、その他雑用。こことは別で、ピアノのショールームでピアノを弾くアルバイトもある。そういうのを見たりやったりしながら過ごせば何か見いだせそうじゃない?」
 あまりにも多くのものを提示されて、頭の中が整理できずにいた。
「御園生御園生、呼吸止まってるから」
 佐野くんに肩を軽く叩かれ、はっとする。
「あのっ……」
「「はい」」
 聖くんと柊ちゃんの声が重なり、にこりと笑顔を返される。
「色々勉強させてください」
 言って頭を下げると、
「「うん、任せて!」」
 ふたりは声を揃えて請合ってくれた。
 植物については高崎さんが見にきていいと言ってくれているし、カメラに関してはウィステリアホテルのカメラマンたちが話を聞いてくれる。さらには職場見学もさせてくれる。そのうえ、音楽方面の仕事を見る場も与えられた。
 ……私、ものすごく恵まれているのかもしれない。
 夏休みは体調の許す限り、たくさんの職場を見て回ろうかな――。






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