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光のもとでⅡ-1 作者:葉野りるは

七夕祭り(07/07)

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Side 司 01-01話(♡)

 六月の終わり、俺は兄さんの不在を確認してから義姉さんを訪ねた。
「あっれー? 司が来るなんて珍しいね? 楓さんに用? でも、今日は楓さん夜勤でさっき出たところだよ?」
 玄関で俺を見た途端にずら、とここまで話すのは旧姓東果歩――今は藤宮果歩。兄さんと結婚して俺の義姉になった人。
 弾丸トークなら嵐にも引けを取らない気がする。
「義姉さんに訊きたいことがあって」
 義姉さんは一拍置いてから、
「なるほど……。楓さんには聞かれたくないことなんだ? だからこのタイミング? でもさぁ、高校生のくせに私の論文の資料をいとも簡単に見繕ってきた司が私に何を訊きたいの?」
 若干棘のある物言い。
 俺が何も答えずにいると、
「了解了解。とりあえず上がったら?」
 と、家へ上がるよう促された。
「司はコーヒーだよね? できれば自分で淹れて。私が淹れてもいいけど薄くなるか濃くなるかは責任持てないよ」
 そんなことを言われて淹れてもらうのを待つ人間はいないと思う。
 キッチンへ入ると、今までとはだいぶ様相が変わっていた。
 兄さんしか住んでいなかったとき、この家にはキッチンツールなるものは揃っていなかった。が、今は必要最低限プラスアルファくらいには揃っているように見える。そして、ところどころに女子が好みそうなアイテムが鏤められていた。
 自分にコーヒーを淹れる傍らで、義姉さんはリンゴジュースを冷蔵庫から取り出しグラスへ注いでいる。
「食事、摂れるようになったんですか?」
「あぁ、悪阻? 前ほどひどくはなくなった。でも、食べられるものと食べられないものはキッパリ分かれるね。未だにご飯は炊きあがる匂いですら無理っ」
「兄さんの食事は?」
「楓さんは気を使って病院の食堂で食べてきてくれるの。それに私、料理はあまり得意じゃないし、きっと食堂のほうがレパートリー豊富よ」
 それもどうかと思うけど……。
「出産が終わって落ち着いたら、お義母さんに料理を習う約束してるんだ」
 義姉さんは嬉しそうに笑った。

 飲み物の用意が済んでリビングへ行くと、そこも今までとはかけ離れた雰囲気になっていた。
 もともとある家具の配置が変わったということはない。しかし、今まではかけられていなかったソファカバーやクッションカバーが全面に「女子」を主張してくる。
 義姉さんは自分を飾らない性質ではあるが、色はピンクや赤といった「女子らしい」ものを好むらしい。
 まるで女子の部屋――。
 そんな部屋に免疫はないし、ピンク色のソファに掛ける気にもならず、唯一何も変わっていなかったダイニングのテーブルセット、モノトーンの椅子を引いた。
「私はソファに座ってもいい? こっちのほうが楽なの」
「どうぞ」
 義姉さんはソファに座ると、
「で? 司が私に訊きたいことって何?」
 義姉さんは心底不思議そうな顔をしていた。
「……妊娠して、得たものと失ったものを知りたくて」
「……は?」
 二度口にするのは躊躇した。しかし、義姉さんからは無遠慮な視線を注がれ続けている。しだいに恥ずかしく思えてきて視線を逸らすと、
「ぷっ! 何を訊かれるのかと思ったらそんなことっ。全く予想してなかったわ」
 あはは、と義姉は大口を開けて笑う。
 上品には程遠い。けれど、裏表のない対応に少しほっとしていた。義姉さんは、きっと誰に対してもこうなのだろう。
「妊娠して得たものと失ったものかぁ……。まだどれがどうでこれがこう、とは言えないかなぁ」
 そんなふうに言うものの、現時点でわかっていることを話してくれた。
「失ったものはあると思っていた未来。得たものは楓さんとの未来。子どもがいる未来」
 漠然とした物言いではあったが、変に細かく話されるよりもわかりやすい。
「あると思っていた未来っていうのは、司も知ってのとおり、私、就職が決まってたから本来なら社会人一年生になるはずだったのよ。その未来が変わった。妊娠が発覚した当時はどうしても未来が変わることを受け入れられなくて、今まで想定もしていなかった未来が確立されたことに不安がいっぱいだった。でも、今はちょっと違う」
「どういうふうに」と問うまでもなく、義姉さんは続きを話しだす。
「結婚して出産しても仕事はできる。何歳でスタートするかが変わるだけ。私はウィステリアホテルの内定をもらっていたわけだけど、もともとオーナーを通した縁故だったこともあって、就職時期が先延ばしになっただけ。そういう意味ではラッキーだったなと思ってる。だから、実際には何も失ってないのかもしれない」
 でも、それは義姉さんが大学を卒業する年に妊娠が発覚したから、という気がしてならない。
「もし、高校生の身分で妊娠が発覚したら――?」
「え……?」
「義姉さんの場合は大学を卒業する年の妊娠発覚だったからそう言えるんだと思う。もし、高校生だったら同じことは言えない。違いますか?」
「……そうね。今の私が高校生だったら、妊娠がわかった直後はもっと動揺したと思う。出産を目前にした今だって、こんなあっけらかんとしていられたかは謎。だって、高校は中退する必要があるだろうし、友達とは明らかに違う道を進むわけだからさ。それに、今以上に世間の目を気にしたとも思う。でも――」
 義姉さんは途中で言葉を区切り、こう続けた。
「……でも、勉強なんてやろうと思ったらいつだってできるんだよ。それこそ、いつでもどこでもね。高校や学校と名の付く場所でしか勉強ができないわけじゃない。でしょ? 仕事と同じよ。何歳になろうと、やりたいことはいつだってできる」
 その言葉を聞いて、自分が欲する答えではないことに気づく。
「司はどうしてそんなことを訊きに来たの?」
「翠に言われた言葉を理解するため。それより、まだ質問の途中なんだけど」
「……はいはい」
「兄さんとそういう関係になったとき、こういう未来があるっていう懸念はなかったわけ?」
 義姉さんは非常に嫌そうな顔をして俺から視線を逸らした。
「痛いとこ突いてくれるじゃない……。まさか、初めてのエッチで妊娠すると誰が思う?」
 そこまで詳しい事情は知らなかった。初めての行為で妊娠ってどこまでついてないんだか……。さらには、妊娠する事態など全く予想していなかったであろう言い分。
「翠は行為に及ぶ前から考えてる」
「……はいはい、あんたのかわいい翠葉ちゃんはとってもいい子だものね」
 一見して翠に対するあてつけのような返答だが、この義姉は翠のことをえらくかわいがっている。そこからすると、間違いなく今のあてつけは俺へ向けてのものだろう。
「なんていうのかな……。たぶん、私と楓さんは……というより、私は――かな。司と翠葉ちゃん、楓さんほど真剣に考えて行為に及んだわけじゃないってことは確か。楓さんも、まさかこの一回で妊娠するとは思ってなかったんじゃないかな。でも、妊娠したとしても動じないだけの覚悟は持っていた。私は……正直言って持ってなかった。そういう温度差は妊娠が発覚してから嫌というほどわかったわ」
「……それが、義姉さんが動揺した原因?」
「かもしれない。あのときは、楓さんに人生を台無しにされた気さえしてたからね。そういう行為に踏み切ったのは自分自身にも関わらず」
 義姉さんは過ぎたこと、とでも言うかのように、クスクスと笑って話す。
「ねぇねぇ、まさか翠葉ちゃんとそういう関係になりそうなの?」
 ニヤニヤと笑う口元が最悪。その表情から唯さんを連想するくらいには最悪。
 訊きたいことは粗方訊けたから席を立とうとすると、
「嘘うそっ! からかったりしないからもう少し話し相手になってよ」
 義姉さんを一瞥すると、
「本当に! からかったりしないってば!」
 懇願してくるので、もう少し留まることにした。
「何、翠葉ちゃんってこんなことまで考えてるの?」
「考えていると思う。子どもができたとしたら中絶するのは嫌だって……。それから、今はまだ高校生でいたいからって」
 義姉さんはきょとんとした顔の末に、頭を抱えてしまった。
「そっか……いい子って本当にそこまで考えるんだ。なんていうかさ、ゴムじゃ一〇〇パーセントの避妊はできないよ。それは、私が自分で立証しちゃったしさ。でも、そんなに確率が高いわけじゃないと思うんだよ。だから、そこまで考えなくても大丈夫じゃないかな、と思うんだけど……司少年、どう思う?」
「右に同じく……。そんな確率が高かったら避妊方法として確立していないと思う」
「だよねだよね……。その辺、翠葉ちゃんわかってるのかな?」
「一回のセックスで妊娠する可能性は二十パーセントから三十パーセント、正しくコンドームを装着した場合の避妊率は、低く見積もっても九十パーセントから九十五パーセント――この程度の知識は授業で習う。たぶん、その三十パーセントや五パーセントを重く受け止めて真面目に考えているんだと思う」
「そうかぁ……そんなに心配しなくても大丈夫だよ、とは言えない身になってしまった私としては苦しいところだわ」
「さらに、三月までピルを服用していたけど今は服用を中止している」
「なんてこと……。ピル服用してたらまず間違いなく大丈夫だったのにね。……で? 司はどうするの?」
 どうする、か……。
「今は翠が何をどう考えているか、そのあたりの理解に努める。そのうえで対策を練る予定」
「……ふーん。強行突破はしないんだ?」
「怖がらせたくはない」
「……そういうとこ、優しいよね」
 それは違う。俺はただ、翠に距離を置かれたくないだけだ。
 翠に恐れられたくない。翠にとって恐怖の対象にはなりたくない。ただ、それだけだと思う。
「しゃーない! かわいい義弟のためだ。おねいさんが一肌脱ぎましょ!」
「は?」
 妙にやる気満々のこの義姉は、いったい何をしようというのか。
「実家でやる七夕祭り、翠葉ちゃんも来るんでしょ?」
「来ると思うけど……」
「そのときにそれとなく話してみるよ」
「いや、そういうのいいから」
「遠慮しなくていいってば」
「いや、本当に。変に口を挟まれるほうが迷惑だから」
「何よその言い方」
「俺は知りたいことがあったから訊きに来ただけで、そういう余計なことを望んでいるわけじゃないから」
「余計なこととはひどい言いようね」
「余計以外の何ものでもないから。翠との問題は翠と話し合って解決するから口出さないで」
「……わかったわよぅ。でも、翠葉ちゃんがそれっぽい話振ってきたら話すからねっ?」
「……それなら別にかまわないけど。頼むから余計なことはしないで」
「はーい」
 ぶすっとした義姉を放置して、俺は兄さんの家を出た。






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