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光のもとでⅡ-1 作者:葉野りるは

十八歳の誕生日(06/05)

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Side 翠葉 02-01話

 マンションに戻ってくると、エントランスで高崎さんが観葉植物のお世話をしていた。通りすがりに多肉植物の本を買ってきたと報告したのがきっかけだろうか。エレベーターに乗ると、私は高崎さんの仕事について考え始めた。
 高崎さんはマンションのコンシェルジュとして働いているけれど、仕事はグリーンコーディネーターと言っても過言ではない。敷地内の植物から居住者の要望に応じて、家々のグリーンのお世話もしている。
 もともとは蒼兄と同じ建築学科に進んだにも関わらず、樹木医になりたい、と大学を辞めてしまった人。でも、今はまだ樹木医にはなれていないという。
 高崎さんには将来のビジョンがどう見えているのだろう。話を聞いてみたい――。
 はっと我に返ったとき、ツカサの家の玄関にいた。
「ツカサっ、私、高崎さんに訊きたいことがあるから今日はもう帰るねっ」
 早歩きでエレベーターホールへ戻ると、乗ってきたエレベーターが待機した状態だった。それに乗り込み一階へと下りる。
 エントランスにはまだ高崎さんの姿があった。
「高崎さんっ」
「あれ? 翠葉ちゃんどうしたの?」
「あのっ、お仕事のことうかがいたくてっ」
「え? 仕事……? あ、グリーンコーディネーターのことかな?」
「それもあるし、ほかにもおうかがいしたいことがあって……」
「もしかして、進路相談っぽい話?」
「はい」
 高崎さんは腕時計を見ると、
「じゃ、ラウンジでちょっと待っててもらえる? 俺、今日は五時上がりなんだ。仕事後のほうがきちんと時間取れるから」
「すみません」
「いいえ。ラウンジには七倉さんがいるからお茶でも飲んで待っててね」
「はい」

 ラウンジへ入ると七倉さんがテーブルへと案内してくれた。
「お飲み物は何になさいますか? 本日、デカフェの紅茶を仕入れましたのでミルクティーもご用意できます」
「じゃ、それをお願いします」
「かしこまりました」
 五分ほどして運ばれてきた紅茶に、私はいつもより少し多めのお砂糖を入れた。なんとなく、糖分を補充して頭を動かしたい感じ。
 一口飲むと、背後から声をかけられた。
「リィ?」
 声のする方を振り返ると、唯兄が立っていた。その格好からすると、どこかへ出かけてきたような感じ。
「唯兄もお出かけだったの?」
「まぁね。で、リィはこんなところで何してんの?」
「高崎さんにお仕事の話を聞かせてもらおうと思って」
「仕事?」
「うん。五時でお仕事が終わるみたいだから、ここで待たせてもらっているの」
「司っちは?」
「あ、えと……本当はツカサの家でお茶をする予定だったのだけど、思い立ったが吉日的なものを感じて、こっちを優先しちゃった」
 ツカサにはあとで改めて謝ろう。
「夕飯までには戻ってくるの?」
「うん。少しお話聞くだけだから、そんなに遅くなることはないと思う」
「了解」

 五時になると高崎さんはカフェラウンジへやってきた。
「お仕事上がりにすみません」
「気にしないで? でも、俺に何を訊きたいのかな?」
 何を、と言われると要点を突いた質問ができる気はしない。
「あの、すみません……。急に思い立って、そのままの勢いで来てしまったので、要点がまとまっていなくて……」
「そっか。じゃ、適当に話そう」
 高崎さんは、自分がどの時点で進路を決めたのか、そこから話してくれた。
「でも、俺の話でいいのかな? 俺、結構行き当たりバッタリで進んで来ちゃってるし」
「あの……周りに行き当たりばったりで進んでいる人がいなくて、友達も将来なりたいものがはっきりしていて、だから……」
「なるほど。そんな中じゃ俺はイレギュラーか」
「でもあの、悪い意味ではなくてっ――」
 私が慌てると、高崎さんはクスクスと笑った。
「いいよいいよ、気にしなくて。考えてみれば、俺の周りも将来の夢が明確な人間ばかりだった。自分に確固たるものがないのに、周りがそんな友達ばかりだとちょっと焦るよね」
「そうなんです……」
「その気持ちはわかるよ。それに、翠葉ちゃんのところは蒼樹もそういう類の人間だし」
 コクコクと頷くと、
「俺が建築学科に入ったのは蒼樹の影響。あいつ、ひとつのことに没頭するタイプでしょ? それを横で見てて触発されたの。俺の進路の決め方ってそんな感じだった」
「でも、大学に入ってすぐ、樹木医になろうとして辞められてますよね? 怖くはなかったんですか?」
「怖い、かぁ……。そういう感覚はちょっと欠如してたかも? 俺も蒼樹のこと言えなくて、『これがやりたい』ってものが見つかったら、その道へ進むことしか考えられなくなっちゃったんだよね。しかも、俺は親不孝者だから、両親に相談することなく大学辞めちゃったし」
「えっ――!? 大学を辞めるの事後報告だったんですかっ!?」
「ですです……。もう勘当ものでさ、しばらく口利いてもらえなかった。しかも、親と和解する間もなく修行と称して家出ちゃったし……」
 高崎さんは苦笑しながら頭を掻いた。
「こんな人間だから、あまり参考になるとは思えないんだけどな」
「いえ、そんなことは……」
 言葉に詰まっていると、
「翠葉ちゃんは何かになりたいっていうものはないの? あとは勉強したいこととか」
「何かになりたい、というものは見つけられなくて……」
「じゃ、勉強したいことはあるんだ?」
「……音楽とカメラ。それから、植物のことも」
 高崎さんはスーツのポケットからメモ帳を取り出し三枚切り取った。そして、一枚一枚に私の勉強したいことを書いていく。
「音楽とカメラは芸術系の大学か専門学校。……植物もそっか。専門学校もあるし、大学の園芸学科でも勉強できる」
「でも、それを仕事にできるかが不安で……。どれも決して安くはない授業料を払うので」
 高崎さんは、「なるほど」と口にして、何か考えているような顔つきになる。
「ま、そうだよね。音大は授業料高いことで有名だし、音楽やカメラって芸術方面は仕事になるかならないかは結構シビアだ。でも、授業料がかかることをそこまできちんとわかっているのなら、その授業料に見合う技術や知識を身に付ければいいんだよ」
「あ……」
「授業料って、本来はそういうもの」
 高崎さんの言葉はストン、と胸に収まった。
「高崎さんは今でも樹木医になりたいと思っていますか? 今の仕事に満足していますか?」
 高崎さんはにこりと笑む。
「樹木医の資格は絶対に取るよ。それから、今の仕事に満足しているか、っていう質問だけど、これはどうかな……? 植物に携わる仕事に就けたことに感謝はしているけど、満足はしていないかも。まだやりたいことがあるんだ」
「やりたいこと……?」
 高崎さんはコクリと頷く。
「樹木医について修行したこと、グリーンコーディネーターの会社に入って身に付けたもの。それらのノウハウを生かして家づくりに携わりたい。ほら、過去に建築学科を受ける程度には、俺の関心が建築へ向いていた時期もあるんだよね。結局その道には進まなかったけど、蒼樹がその道に進んだでしょ? だから、いつか蒼樹が建てる家のグリーンコーディネーターになれたらいいな、とか。ちょっとした野望を抱いてる。そのうち蒼樹やおじさんにプレゼンして自分を売り込む予定」
 満面の笑みで今後の野望を聞かされた私は、ちょっとびっくりしていた。
「翠葉ちゃん、夢は描くものだよ。未来のビジョンは自分で作るものだ」
 そこまで言うと、高崎さんはテーブルに置かれた三枚のメモ用紙を私に向けた。
「これらの勉強をしたらどういう職業に就けるのかをまず考えてみたらどう?」
 音大なら――学校の先生、ピアノ講師、ハープ講師、演奏家。カメラはカメラマン以外に何があるのだろう。アシスタントくらいしか思いつかない。植物の園芸学科を卒業したら――今聞いたばかりの高崎さんの野望に心が傾く。
 それらを紙に書き出していくと、
「一番選択肢が多いのは音楽みたいだね。次はどのくらい専門的な技術や知識が必要になるのかを考えてみたら?」
 専門的な技術や知識……。
 音楽においては演奏技術に加え、まだまだ知らないことがたくさんある。カメラもそうだけれど、趣味として続ける分にはさほど困るものではない。自道に勉強すればいい気すらする。植物に関しても、本から得られる知識に満足してしまう程度だ。「もっと知りたい」と欲するのは音楽の知識。でも、ピアノ講師やハープ講師、学校の先生になりたいか、と問われると疑問が残る。
 それを高崎さんに話すと、
「その道の勉強をしたからといって、必ずしもその道の職業に就くとは限らないよ。俺もこのとおり、行き当たりバッタリだしね。だから、もしかしたら音楽を勉強しているうちに何かが見えてくるかもしれない。それはきっと、現時点では見えないものじゃんじゃないかな」
「進んでみないと見えないもの……?」
「そう。まずは一歩踏み出してみたらどうだろう?」
 一歩、踏み出す……。
「因みに、植物のことを知りたいなら、俺でよければ教えるよ? 学校が半日で終わる土曜日や休みの日曜日。翠葉ちゃんの都合のいい日に俺の仕事のアシスタントしない?」
「いいんですかっ!?」
「お給料は出ないけどいい?」
「かまいませんっ」
「じゃ、決まり。あとのふたつはどうかな?」
「音楽とカメラ……?」
 カメラは久先輩の都合がいいときにお話を聞けたらいいな……。音楽は――。
「音大を目指すなら、ピアノのレッスンやハープのレッスンが必要になるんじゃない?」
 今まで輪郭すら持たなかった未来のビジョンが、おぼろげではあるものの薄っすらと見え始める。
「高崎さん、ありがとうございます。今やらなくちゃいけないことや、今できることが少しだけ見えた気がします」
「それは良かった。たいした話はしてあげられないけど、相談ならいつでも乗るよ」
「ありがとうございます。本当にありがとうございました」
 私は深くお辞儀をしてカフェラウンジをあとにした。






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