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光のもとでⅡ-1 作者:葉野りるは

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Side 翠葉 02-01話

 ふ、と目が覚める。いつもなら五感を覚醒させてから目を開けるところだけれど、そんなことをせずともすでに覚醒済み……。
「今日も眠った気がしない……」
 いつもと変わらない室内を目に映し、枕元に置いてある携帯を手に取った。時刻は六時過ぎ。その前に目が覚めたのは四時半を回ったところだった。そして、その前が二時……。
 こんなに何度も目が覚めていては眠った気がしないというもの。
 ラヴィを引き寄せ抱きしめると、私は空いた手で基礎体温計を取り、体温計部分を口に咥えた。
 今なら二度寝ができそうな気がする。でも、そんな気はするだけだと身をもって知っている。
 今日は日曜日、ツカサは部活――。
 意識を野放しにしていると、ツカサのことを考え始めてしまう。けれども、ツカサにまだ時間が必要なら、今まで以上に気にしないよう努めなければ、私が先にまいってしまう。ならば、意識して違うことを考えなければ――。
 今日は何をして過ごそう……。
 先日、賞味期限が近いという理由で七倉さんからスライスアーモンドをたくさんいただいた。それらを使ってフロランタンと、唯兄の好きなプラリネを作ろうか。
 ピアノも弾きたいしハープも弾きたい。けど、頭を空っぽにして弾くのは難しそう……。たぶん、途中からツカサのことを考え始めてまともな練習にはならないだろう。バスタイムにしても、昨日の二の舞になってしまいそうだ。
 ピピッ――基礎体温計測終了。
「あ、でも……勉強道具を持って入れば大丈夫かな?」
 口にして少し悲しくなる。ツカサのことを考えずにすむ手段の少なさに。
 でも、ちょうどいいことに違いはない。週始めにあった中間考査の答案用紙が返ってきているのだ。その復習時間にはなるだろう。

 朝食の席でお父さん以外の家族が揃う。
 夕飯は家族揃ってゲストルームで食べているけれど、そのあと、蒼兄とお父さんは幸倉へ帰る。今日蒼兄がいるのは、秋斗さんのところで仕事があるからだろう。
 そんなことを考えていると、
「リィ、ちゃんと眠れてる?」
「え? どうして……?」
「目の下にクマを飼い始めて何日目かなー、と思って」
 天使のような笑顔でグサリと胸を刺される。これは言い訳無用の刑だ。
 私は言い訳を考える前に降参した。
「しばらく不眠続きです……」
「素直でよろしい。で? リィの今日の予定は?」
「午前中にお菓子を作って、時間を見てお風呂に入ろうかな。あと、今日はいいお天気みたいだからお散歩へ行こうかな?」
「あらら? 不眠続きのくせに予定ぎっしり?」
「……身体を動かしたら眠れる気がするでしょう?」
「なるほどねー。ま、あんまり無理はしないように」
「唯兄の今日の予定は?」
「天下の日曜日なんですが、非常に残念なことに上司殿に酷使される予定。今日は一日マンションにいるから、何かあれば連絡しておいで。あ、でも、連絡なくてもお菓子は届けにきてくれていいからね?」
 そんなおねだりの仕方に唯兄らしさを感じた。
「お母さんと蒼兄は?」
「私は朝食を食べたら幸倉へ行ってくるわ。午前に一件仕事が入ってるの。帰ってくるのは午後を回るわね」
「俺は、午前中は秋斗先輩のところで仕事。午後からは桃華とデート」
 デート……ちょっと、羨ましいかも。
「リィは司っちとデートとかしないの?」
 唯兄の言葉がまたしてもグサリ、と胸に突き刺さる。
 付き合いだしてから、ツカサとどこかへ出かけたことはない。まだツカサを好きではない頃に一度、藤倉の市街へ行ったことがある程度。
 メールと同じで、毎日のように学校で会っていると、休みの日まで会う必要性を感じないからかもしれない。学校外で会うのは、テスト前からテスト期間――マンション内での勉強会と会食のみだ。
 返事がないことに状況を悟ったのか、
「たまにはデートとかしたらいいのに」
 ケロリとした顔で唯兄に言われ、私は必死に表情を繕い「そうだよね」と苦笑を返した。
 現況、「デート」なんて口が裂けても言えない……。もし言えたとして、ツカサの反応を想像するだけで落ち込める――。

 朝食を終えると、一時間と経たないうちに三人はゲストルームを出ていった。
 私はフロランタンを作る合間合間にゲストルームの掃除を済ませ、最後の焼成時間に入ると同時にバスタイムの用意を始めた。
 うっかりツカサのことを考えないように、と次から次へと違うことを考え行動に移す。
 意地でもツカサのことは考えない。そんな意気込みでテスト用紙を持ってお風呂に入ったけれど、順調だったのは最初だけ。見直さなくてはいけない問題があまりにも少なすぎた……。
 復習が終わってしまえはツカサのことが浮上し始める。
「……考えない、って思っても考えちゃう」
 ちゃぷ、と顔の半分までお湯に浸かり、ふぅ、と細く長く息を吐き出しコポコポコポ、と音を立てる。
 考えないようにしよう、と思っている時点で意識しているし、考えているも同然なのだろう。
 こんなにも考えてしまうのは、ツカサのことが好きだから。でも、ツカサはどうなのかな……。
「まだ、両思いなのかな……」
 現状、私の片思いみたいだ……。

 お風呂から上がって自室へ戻ると携帯がかわいい曲を奏でだす。私は動作を止めて携帯電話を凝視した。
 着信音が「いつか王子様が」。つまり、電話の相手はツカサなのだ。
 ツカサからの電話は、十コールは必ず鳴らしてもらえる。裏を返せば、十コール目で間違いなく切れる。
 脳内でカウントダウンが始まり、私は悩んだ末に携帯へ手を伸ばした。
「ツカサ……?」
 名前を呼んだあと、緊張に耐えかねて唾を飲み込んだ。ゴクリ、という音がやけに大きく聞こえたけれど、この音はツカサに聞こえてしまっただろうか。
『悪い、起こした?』
「え? あ……ううん。今、お風呂から上がったところで……」
『あ、そう。……翠、このあとの予定は?』
「え……? あ……髪の毛を乾かすことくらい?」
 言ってすぐに取り消したくなる。ツカサは何もそんなことを訊きたかったわけではないだろう。
「あのっ、とくにはないよ。いいお天気だから少しお散歩に行こうかな、とは思っていたけれど……。ツカサは今日も部活って言ってたよね? 今はお昼休憩?」
 会話が途切れることが怖くて、思いついたことを口にした。でも、こんな話題ではすぐに会話が終わってしまう。
『部活は午前で終わった。今、帰り。マンションへ向かってる』
 案の定、会話は終わってしま――あ、れ……? どうしてマンション?
 中間考査が終わった今、ツカサがマンションへ帰ってくる理由はないはずだ。
「誰かに用事? ……確か、湊先生なら今日は栞さんと出かけるって言っていたけど。あ、楓先生?」
 それとも秋斗さんに用事があるのだろうか。
『翠に用事……っていうか、翠に会おうと思って向かっているし、電話してるんだけど』
 私に用……? 
 あまりにも信じられなくて、思わず本当かどうかを尋ねてしまう。すると、
『本当』
 そうは言われても、ここ最近は会話という会話をしていない。唯一会話になり得たものといえば、生徒会の仕事に関することくらい。そんな中、急に「用事がある」などと言われたら、変に勘ぐってしまうというもの。
 昨日、図書室で話そうとしたこと……?
 それはなんなのか――考えても答えは出ない。なのに、恐怖感ばかりが募る。
「私に用事って、何? 電話じゃだめなの?」
『できれば会って話したい。だから、予定がないなら髪の毛乾かしたら十階に来て』
「……うん。でも、十五分くらいはかかるかも……」
『わかってる。急がなくていいから』
「わかった。……あ、今日ね、フロランタンを焼いたの。切り分けて持っていくね」
『待ってる』
 通話を切って呆然としていた。
 どうしてこの電話に出ちゃったのかな。あのまま出ずにお風呂に入っていたことにしたらどうなっていたのか……。
「……携帯がつながらなければ、直接ゲストルームに来たよね」
 選択肢を変えたところで数十分後の未来は変わりそうにない。
 ゆっくり髪の毛を乾かしフロランタンを切り分けても二十分ちょっと。ラッピングをしても三十分。
 三十分しか猶予はない。
 どうしてかな……好きなのに会うのが怖い。
 ……違うな。好きだから会うのが怖い。会って何を言われるのかが怖い。

 ――「翠葉のことを嫌いになったのなら、付き合っているっていう状況は早期に解消すると思う」。

 蒼兄の言葉がリフレインする。
「もう好きじゃないって言われるのかな……」
 それとも、「別れて」と言われるのだろうか。
 キリキリと胃が痛む思いで髪の毛を乾かし、なるべくゆっくり切り分け作業をして、不必要なほど丁寧にラッピングを施した。






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