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光のもとでⅡ-1 作者:葉野りるは

藤の会(05月07日)

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Side 翠葉 01話

 今年初めて、私は藤山で行われる園遊会「藤の会」に出席する。
 朗元さんからいただいたネックレスと手ぬぐいが招待状兼通行証となると聞いていたけれど、それ以上のものが四月末に届いた。
 私には振袖一式、蒼兄と唯兄には紋付袴一式。それらを前に呆然としたのは言うまでもない。
 朗元さんから送られてきた振袖は紫紺に近い紫色が使われており、金がふんだんに使用された花の御所車などが描かれている。袋帯も金銀の刺繍が煌びやか。柔らかな生地の帯揚げには色鮮やかな黄緑。それに合わせた黄緑と赤い紐を絡めた帯締め。重ね襟は藤色のグラデーション。振袖の中に着る長襦袢も上質な絹でできている。
「この振袖は総絞りね……とても値の張るものだわ」
 お母さんの言葉にいくらくらいするものなのか、と考えてみたけれど、私には全く見当もつかなかった。
 桐の小箱には、藤の花の髪飾りが入っていた。七五三のときに使った簪よりも少し大人っぽいデザインのもの。バッグも草履も品のいい優しいゴールドに統一されている。
 その着物を前に、
「去年の会長誕生パーティーで情報操作は行われたけれど、まだ藤の精を目にしていない人たちは半信半疑。でも、翠葉がこれを着て藤の会へ行けば、翠葉が藤の精として人の目に留まることになる。これからはそういう目で見られるようになるわ。覚悟はできてる?」
 私は静かにコクリと頷いた。
「私ね、三回選ぶ機会をいただいたの。一度目は静さんから。二度目はツカサから。そして三度目は朗元さんから。最後、朗元さんと話をしたとき、もう選択をする機会は要らないって伝えたの。それは今も変わらない」
「そう……なら、付け入る隙がないくらい飾り立てましょう。藤の会にはひと癖もふた癖もある大人が大勢いるわ。大多数の人間は、会長や静が牽制してくれるでしょう。でも、ふたりがいつでも助けてくれるわけじゃない。翠葉も強くならなくちゃね」
「……はい」



 五月七日、藤の会当日――。
 私たち家族はコンシェルジュからの連絡を受けて、居住棟とは別棟の、スポーツジムやスタジオが入っている棟へ移動した。
 そこで迎えてくれたのは、園田さんを始めとするウィステリアホテルのマリアージュに勤めるスタッフふたり。
 今日はマンションで着物の着付け、ヘアメイクをしてもらえるよう、静さんが手配してくれていたのだ。
 お父さんたちは着付けをしてもらうだけ。私とお母さんはメイクから髪の毛のセット、着付けまでのフルコース。
 支度はメイクから始まったものの、ベースメイクはパウダーをはたいてチークを乗せただけ。アイメイクは淡いピンクのアイシャドウを乗せたあと、アイラインを引かれマスカラをつけられた。
 メイクの効果とは絶大で、いつもよりも目が大きく見える。そして、唇には真っ赤な紅を引かれた。
 こんなにはっきりとした色を唇に乗せるのは七五三以来。鏡に映る自分があまりにも見慣れない様相をしていて違和感を覚えた。
「翠葉お嬢様、とてもおきれいですよ」
 園田さんが声をかけてくれたけれど、
「本当ですか……? 唇、浮いてないですか?」
「着物を着るときは少し派手な紅を引くくらいがちょうどいいんです」
 そのあと髪の毛もきれいに結ってもらい、朗元さんからいただいた髪飾りをつけてもらった。
 セットが終わると、敷物を敷いたスペースへと移動して振袖に着替える。
 すべての準備が整うと別の部屋へ案内され、簡易スタジオがセットされた場所で家族写真を撮ってもらった。
 撮影が終わると高崎さんがやってきて、迎えの車が到着したことを知らされた。
 家の車で行くと思っていた私はそれだけでも驚いたけれど、ロータリーへ行ってさらに驚くことになる。
 ロータリーには黒塗りのリムジンが横付けされていたのだ。
 私と同じように驚いていたのは蒼兄で、ほかの三人はというと、「ほら、早くしなさい」などと言い残して車に乗り込んだ。

 いつもなら学園私道に入って環状道路を走り、途中から藤宮の私道へ入る。けれど、今日はいつもち違うルートで藤山へ入り、朗元さんの邸宅へ向かった。
 藤山に入ってしばらく走ると立派な門構えが見えてきた。きっとそこが朗元さんの邸宅なのだろう。
 私たちのほかにも車が乗りつけてはいるもののリムジンということはなく、黒塗りの外車がほとんど。
 車が停車すると、外からドアが開けられた。
 最初に唯兄と蒼兄が降り、次がお父さんとお母さん。私が車を降りようとしたとき、目の前に差し出された手があった。けれども、その手は家族のものではない。家族よりもお年を召した人のもの。
「よく来てくれたの」
「ろうげ――」
 言葉半ばで朗元さんが私の口元に人差し指を立てる。
「今日は元おじいさんが良いかの」
 それが意味することは何か――。
 もしかしたら、「朗元」という作家名は伏せているのかもしれない。
 私は呼称を改め、 
「元おじい様、本日は藤の会にお招きいただきありがとうございます。それから、こんなにすてきな振袖をありがとうございます。……似合っているでしょうか」
「よく似合っておる。会場まではわしにエスコートさせてくれるかの?」
 ツカサがエスコートしてくれることになっていたけれど、朗元さんの申し出をお断りするわけにはいかない。
 近くにツカサがいないか見回してみたけれど、見える場所にツカサはいなかった。
「司は会場におる。最初のエスコートはわしに譲れと言ってきた」
 朗元さんの言葉にびっくりすると、
「答えは出たようじゃの?」
 ビー玉のような目に覗き込まれ、その目を見たままに「はい」と答えた。
「では、行くとするかの」
「はい」
 多くの視線が集まる中、私は朗元さんと一歩を踏み出した。

 砂利の小道の両脇には、徹底したメンテナンスがされているであろう芝生が広がる。そして、桜並木のように藤が連なって植樹されていた。藤棚の下には茶席が設けられており、どの棚にも豊かな房が垂れ下がる。
「お嬢さんはどう結論を出したのかの?」
 これはいつかの話の続きだろう。
 私は自分が取った行動を慎重に言葉へ変換した。
「……ひとりを選びました。とても好きな人を……」
「お嬢さんはたくさん苦しんだじゃろう? もう、そのような顔をするでない。それに、断られようが秋斗は諦めまい」
 朗元さんの言葉に顔を上げる。
「そう言われました。それに、私はツカサを選んだけれど、秋斗さんを失うことはありませんでした」
「それは良かったと言うべきか、ご愁傷様と言うべきか。わしは少々悩むところじゃがのぉ」
 朗元さんはくつくつと笑う。
「司とはどうじゃ?」
「どうでしょう……。あまり前と変わりません。相変わらず容赦なく厳しいですし……。でも、大好きです」
 朗元さんはにこりと笑みを浮かべ、
「ふたりの仲が末永く続くことを祈っておる」
「ありがとうございます」

 小道の行き止まりには大きな藤棚があった。藤棚の下には赤い布がかけられた長椅子があり、一番奥のスペースには茶席が設けられている。
 茶席にいるのは真白さんと涼先生、柊子しゅうこ先生、静さんのお父さん。亭主は真白さんのようだ。
 私は朗元さんに促されるまま茶席へ上がった。
 緊張しながら、茶道部で柊子先生に教えられたとおりにひとつひとつの動作をこなしていく。一時的とはいえ、このときほど茶道部に入部して良かったと思ったことはない。
「翠葉ちゃん、そんなに緊張しなくても大丈夫よ」
 真白さんに声をかけられ、苦笑を返す。
 茶席に大きな不安や緊張を強いられたわけではない。周りから寄せられる視線に緊張の糸が緩められないのだ。
「とは言っても……無理ね」
 真白さんは私の心境を察したのかクスリ、と笑った。
 朗元さんのエスコートを受けた時点でお母さんや蒼兄たちとは別行動になってしまっている。この広い庭園で、次に会えるのはいつだろう。
 この茶席には知り合いしかいないという安心感はあるものの、このあと私はどうしたらいいのか
――。

 茶席に着いて三十分ほど経った頃、
「翠葉ちゃん、いらっしゃい」
 かけられた声に振り返る。と、袴姿の秋斗さんが茶席に入ってきた。
 いつもはベージュや白といった洋服を着ている秋斗さんが、今日はきれいな青竹色をグラデーション使いした紋付袴を着ていて、とても新鮮に見える。
「今日はいつも以上にきれいだね。赤い紅がよく似合ってる」
「秋斗さん、お邪魔しています。あの……口紅、本当に似合ってますか?」
「とってもよく似合ってるよ。ショーケースに入れてずっと見ていたいくらい」
「それは褒めすぎです……」
「真白さん、じーさん、翠葉ちゃんを借りてもいいかな? 少し庭園を連れて歩きたいんだけど」
「かまわぬ。お嬢さんに失礼のないようにの」
「わかってる。翠葉ちゃん、行こう」
 秋斗さんに差し出された手を取っていいのかに悩む。エスコートはツカサがしてくれると言っていた。けれども、この場にもツカサはいない。
「翠葉ちゃん、今はこの手を取って?」
 少し声のトーンを落した秋斗さんに言われ、何かあるのか、とその手を取り立ち上がる。
「もういっそのこと、俺が翠葉ちゃんに求婚していることもばれちゃえばいいと思ってね」
 にこりと笑う秋斗さんに呆然とする。
 私は何か大きな過ちを犯してしまったのだろうか。この手は取るべきではなかったのだろうか。
「じーさんと静さんの庇護下に入り、俺の意中の相手ともなればそれなりの警護がついていることは想像に易い。そこまでわかっていて翠葉ちゃんに手を出そうとする輩はそうそういないと思う」
 どうやら、朗元さんのエスコートに始まり、次は秋斗さん、その次は静さん、とエスコートの順番まで決まっているようだった。
「今日は翠葉ちゃんのお披露目会みたいなものなんだ。だから、目一杯目立ってね。さ、かわらしく笑って?」
 私は頬に手を当て、引きつり笑いを返した。






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