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光のもとでⅡ-1 作者:葉野りるは

芸大祭(11/02)

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Side 司 02-02話

 食後リビングへ移動して、
「さっき大学で一緒にいた人たち、誰?」
 ずっと気になっていたからか、若干ストレートすぎる物言いになった気がしなくもない。
 でも、話を逸らされたくはなかったし的確な答えが欲しくて、気づけば翠の持っていたカップを取り上げ詰め寄っていた。
「ロータリーから見えた。タキシード着てる男たちに囲まれてるの。ピアノの先生には見えなかったけど?」
 翠はびっくりしたような顔で、口をポカンと開けている。
「誰?」
 もう一度尋ねると、翠の口元がふるふると震え、締まりなく緩み始めた。
 次の瞬間には腕に勢いよく抱きつかれ、カップのお茶を零しそうになる。
「ツカサ、好きっ!」
「それ、返事になってないんだけど……」
 っていうか、脈絡なくそういうこと言うのやめろ。心臓が止まりそうになる。
 翠は満面の笑みを浮かべて、
「あのね、今日、すっごく色んなことがあったの。全部、全部全部聞いてくれる?」
 あまりにも嬉しそうに話す翠がかわいすぎて、つい快諾しそうになる。
「聞くけど、その前に回答……」
「うん」
 翠はすぐに口を開き、
「あのとき一緒にいた人たちは――えぇと、やっぱり最初から話したい。だめ?」
 だからその上目遣い、反則――
 だめなんて言えるか……。
 俺はため息を着いて了承した。

 翠は話す準備を整えるべく、ソファに上がりこむ。そして、俺にぴとりとくっつき遠慮気味に腕を絡めた。
 その手を自身の手で包み込むと、翠はいっそう嬉しそうに笑いその手を見つめていた。しかしその頭は徐々に傾いていく。
 何を考えているんだか……。
 そんなことを思いつつ、もうひとつの気になっていたことを尋ねる。
「秋兄とは?」
「え?」
「今日一日一緒だったの?」
「ううん、柊ちゃんと合流するまでの二、三分くらい。なんか、仕事のような趣味のような市場調査って言ってたけれど、なんだったんだろう?」
 蔵元さんと唯さんが一緒にいたからなんとなくの予想はついていた。
「たぶんだけど、大学の警備体制を調査してたんだと思う」
 翠は心底不思議そうな顔をして、
「どうして……?」
「翠の進路先が芸大に決まったとき、速やかに対処できるように、じゃない?」
「警護班が動くだけじゃだめなの……?」
「今は藤宮だから問題ないけど、他大学になると警護班も動きづらい。おそらく、警護班が学内に入る許可はとるつもりだろうけれど、学内の警備会社が藤宮ならそんな許可を取る必要はなくなる」
「でも、私が芸大に入ったとしても、短大なら二年だし、長くても四年のことよ……?」
「別に問題ないだろ? 藤宮警備にしてみたら、契約先がひとつ増えるだけのこと」
 翠は要領を得ない様子で、「ふーん」と納得の意を示した。
 翠は楽しそうに話を続ける。
 人に待たされていた時間すら楽しかったらしく、表情を綻ばせ笑ったまま。
「先生から電話がかかってきたのだけど、柊ちゃん、テンション高いまま応答しちゃって、挙句先生に通話切られちゃって」
 その状況がよほどおかしかったのか、クスクス笑うそれが止まらない。
「その女子、佐野の従姉なんだろ? そんなにうるさいの?」
 佐野自身に「うるさい」という印象を抱いたことはないが、血が繋がっているからといって、その従姉にも同じことが言えるわけではないのだろう。むしろ、自分と秋兄の印象が同じだったら死ぬほど嫌だ。
「うるさいというよりは、ものすごく元気で賑やかな子、かな? うちの学校で言うなら飛鳥ちゃんみたいな子だけど、もっと元気でぴょんぴょん跳ねてるイメージ。あと、よく歌ってる」
 立花みたいでもっと元気でぴょんぴょん……。
 少し考えただけで関わりたくないと思う。
 そのうえよく歌ってるって何……。
 俺は、「へぇ」と答えるのがせいぜい。
 そんな俺を察したのか、翠は違う話題を振ってきた。
「ピアノの先生のお話、したことあったっけ?」
「いや、とくに聞いたことはない」
「仙波先生っておっしゃるのだけど、本職はピアニストなの。それと、今日知ったのだけど、ご実家があの仙波楽器で、ご自分でもピアノの調律ができるんだって」
「……男?」
「うん。秋斗さんと同い年」
「ふーん……」
 たかがピアノの講師だし、それ以上でもそれ以下でもないのになんだか面白くないのはどうしてか……。
 ……さっき再確認したけど、翠が自分以外の男と関わっているところを見るのは面白くない。
 こういう感情も俺しか感じないものなのだろうか。翠は――翠は、俺がほかの女と話していても何も感じないのだろうか。
 そんな俺の疑問は宙に浮いたまま、翠はにこにこと笑ったままに話を続けている。いつにないほど饒舌に。
「私、全然気づかなかったのだけど、先生とは私が三歳のころにお会いしたことがあったの」
「は……?」
「三歳のころ、城井アンティークの催事にベーゼンドルファーがレイアウトされたことがあって、そのピアノの演奏に来ていたのが先生と先生のお姉さんだったの。演奏が終わってから、先生とお姉さんが私と蒼兄にピアノの手ほどきをしてくれたのだけど、私、ピアノに触れたのはそのときが初めてで、それがきっかけでピアノを習い始めたから、先生がそのときのお兄さんって知ってびっくりしちゃった。先生も、私の名前を音楽教室で見たときにびっくりしたみたい。普段受験生は受け持たない契約らしいのだけど、『縁かな』って受け持つことにしてくれたらしくて……。でもね、第一には私の奏でる音が好きだから受け持とうと思ってくれたみたいで、それがとっても嬉しくてね。音が好きなんて初めて言われたから、本当に本当に嬉しくてね」
 心底嬉しそうに話す翠を前に、やっぱり面白くなかった。
 俺だって翠のピアノは好きだし、翠の奏でる音なら延々と聴いていられる。
 ……思うだけじゃ伝わらないと学んだけど、「好き」という言葉が含まれる想いを口にするのは難しい。
「ツカサ……お話、つまらない?」
「いや、そういうわけじゃない」
 そういうわけじゃなければどういうわけなのか。
 でも、言うに言えない……。
「続けて」
「うん……。コンサートが終わるまでは柊ちゃんと先生と三人でいたのだけど、コンサートが終わってから発熱していることがわかって、先生のご好意で構内にある仙波楽器出張所の応接室で休ませてもらうことになったの」
 翠の話で思い出す。
 ロータリーに車を停めたとき、秋兄が翠の額に手を伸ばしていたことを。
「今熱は?」
「あ……」
 翠は俺と反対側に置いてあったバッグから携帯を取り出す。
 早くバイタルが知りたくて携帯を取り上げると、ディスプレイには微熱を示す数字が並んでいた。
「三十七度五分……。体調は?」
 顔色がひどく悪いということはない。ただ、昨日一昨日に引き続き、今日もいつもと比べると手があたたかい。
「少しだるいかな? でも、大丈夫。ちょっと疲れただけだと思う」
 唯さんに夕飯を食べてくる許可をもらったとはいえ、今日は早めに帰したほうがいいだろう。
 腕時計に視線を落とせば六時三十八分。
 七時に出れば、途中で渋滞にはまったとしても、八時までには帰宅できるか。
「七時になったら出よう」
 翠は俺の腕時計を見たまま、
「あと二十分……」
 とても残念そうに口にした。まるで名残惜しいとでも言うかのように。
 そんな様を見せてもらえることが嬉しくて、思わず抱きしめそうになる。
 でも、そんなことをしたら離れがたくなるのが目に見えていて、自分を律するに留めた。
「ここに居られるのは二十分だけど、藤倉へ戻るのに二十分から三十分はかかる。あと一時間は一緒にいられる」
 現実を伝えると、翠は「そうだね」と寂しそうに笑みを浮かべた。
 一緒にいたい気持ちは同じなのに、感情を伝えるタイミングをまた逃した。
 思っていることを伝えるのは、存外難しいものだな。
「それより、まださっきの人間にたどりついてないんだけど」
 強引に話を戻すと、翠ははじかれたように、そして少し早口で話し始めた。
 ピアノ講師は途中で佐野の従姉を声楽の先生に引き合わせるために席を外し、その間にノックもなく応接室へ入ってきた男がいたらしい。
「突然人が入ってきたことにも驚いたのだけど、もっと驚いたのはフルネームで呼ばれたこと」
「面識のある人間?」
「うーん……面識があるといえばあるのだけど、もう八年も前のことだし、私、当時ぱにくっていたから顔や名前なんて覚えてなくて」
 どうやら、ピアノコンクールで緊張していたところ、その男が声をかけてくれ、ご丁寧にもおまじないを教えてくれたらしい。
 ピアノさんにこんにちは、ね……。メルヘンだな。
 俺には到底できない緊張のほぐし方だ。
 続きの話を聞いていても、ずいぶんと人に取り入るのがうまい人間であることがうかがえる。
 初対面の人間――とくに男には並外れた警戒網を張り巡らす翠が、こんなにも普通に話せる程度には、取り入るのがうまい。それとも、翠が男と話すことにだいぶ慣れてきたのだろうか。
 最近は、俺の知らない男子と話しているところもよく見かけるが……。
「男性恐怖症」が緩和するのがいいことなのか悪いことなのか……。
 翠にとってはいい変化なのかもしれないが、俺からしてみたら不安が増える一方だ。
 そんなことを考えながら話を聞いていると、翠は話し尽くしたとでもいったふうで、満足した様子で口を閉ざした。
「でも、さっき四、五人はいたと思うんだけど……」
「あ、うん。車椅子を押してくれたのが倉敷くんで、ほかの四人は正門まで送ってもらう途中で会った、倉敷くんのお友達。名前の中に春夏秋冬が入っていて、『Seasons』ってカルテットを組んでるって言ってた。あ、ライブチケットをいただいたの。次の日曜日の――」
 必要なことは聞けたし、これ以上ほかの男の話をされるのは耐えがたく、俺は翠の腕を引っ張り引き寄せた。
 勢いに任せて口を塞ぐ。
「んっ――」
「これ以上は限界。ほかの男の話なんかするな」
 本音のまま口にして、再度口を塞ぐ。
 唇を放した途端、
「嫉妬、してくれたの?」
 びっくりしたような目が俺を見つめていた。
「だったら何?」
「ううん。ただ、嬉しいなって……」
「は……?」
「だって……好きって言われてるみたいで嬉しい」
 ……嫉妬で気持ちをはからなくてもいいものを。
 言葉にせずとも想いが伝わるのは嬉しいけど、どうにもこれは本意じゃない。
 自分でわかるほどに眉間に力が入る。と、翠の白い手が伸びてきて頬をつままれた。
「でもね、嫉妬なんてしなくて大丈夫だよ。私が好きなのはツカサだけだもの」
 直後、にっこりと笑われて不意打ちを食らった。
 キスがしたい――
 そう思った瞬間、ふたりの間にあった携帯が主張を始めた。
 オルゴール音は一フレーズで途切れ、
「誰だろう……?」
 翠は体重を俺に預けたまま、首を傾げながら手中にある携帯を操作する。
 これが唯さんとか秋兄からだったら呪詛を送りたい。
 ディスプレイに表示されたのは、



件名: メール開通!

本文: 日曜日のライブ、絶対に来いよ!
    春夏秋冬も楽しみにしてるからさ!
    それから右手、くれぐれもお大事に。
    もう怪我すんなよ?

    慧


 さすがにこれは想定外。
「へぇ……連絡先の交換までしてきてたんだ?」
「うん。悪い人じゃないと思ったから」
 他意を含まない返事にだって空々しい返事しかできない。
「……だめ、だった?」
「別にいいんじゃない?」
 そうは返したものの、俺の態度は正反対そのもの。
 冷たい視線を向けることしかできそうになく、顔を背けてしまったほどだ。
「もぉ……どうしたら機嫌なおしてくれる?」
 翠に視線を戻しながら、ふと先ほどの出来事を思い出す。
「今日、ほかにも何かあったんじゃない? 俺に報告することは?」
 翠は「え?」と口を開け、それまでのことを思い返すように視線を宙にめぐらす。しかし、思い当たることがないのか、しだいにうんうんと唸り始める始末。
 ……翠にとっては「思い当たること」にすら該当しないのだろうか。
 悔しい思いを抱きつつ、翠の額に手を伸ばした。すると、「あ――」と言ったふうでしっかりと視線を合わせてくる。
「秋斗さんの手っ!? でもっ、熱を心配されて額に触れただけよ?」
「それ、抱きしめられたわけでもキスされたわけでもないって言いたいの?」
 翠はコクコクと頷く。
 あぁ、面白くない……。実に面白くない。
 いっそのこと、キスされるか抱きしめられればよかったのに。
 そしたら、有無を言わさず翠を抱けたのに。
「俺は翠が知らない男たちに囲まれているだけでも嫉妬するし、俺以外の男が翠に触れることだってよくは思わない」
「……ごめんなさい。でも、突然でよけられなかったんだもの……」
 そんなのわかってるけど、それじゃ、
「急に抱きしめられてもキスされても同じ言い訳を口にしそう」
「うう、ごめんなさい……。以後、これまで以上に気をつけます。願わくば許してほしいのだけど、どうしたら許してくれる……?」
 小動物のようなそれが見上げてくる。
「……キス、してくれたら?」
「えっ――」
 翠は一気に頬を赤く染めた。
 慣れようとしている割に耐性がないというかなんというか……。
 付き合って七ヶ月。そろそろ翠からキスしてくれてもいい気がするけど、これは無理か……?
 しかし、案じた様子は見せずに笑みを深める。と、翠は口を真一文字に引き結び、
「これで我慢してっ」
 さっき同様、すごい勢いをつけて抱きつかれた。
 背中に回された手にぎゅっとしがみつかれ、その必死すぎる様に笑いが起こる。
 許しを請っているくせに「我慢して」とはどういうことか。
 俺は我慢できず、笑いに上半身を震わす。と、胸元の翠が俺を見上げた。
 真っ赤な顔に涙まで浮かべて、
「意地悪……」
「翠が悪い」
 もっと責めてもよかったけど、あまりにも愛しい表情に我を忘れ、俺は再び口付けていた。
 翠、好きだ……。
 なかなか口にできないけど、いつも想ってる――






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