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光のもとでⅡ-1 作者:葉野りるは

芸大祭(11/02)

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Side 翠葉 10話

 ふと気づくと、空が闇色に染まっていた。
 部屋の置時計に目をやれば、針は五時を差している。
「あの、私、そろそろ失礼します」
「もうそんな時間? あぁ、もう五時を回っていたんですね」
「翠葉は誰か迎えに来んの?」
「うん。連絡したら十分ちょっとで来てもらえると思う」
「なら、今電話すれば? こっから正門まで十分くらいだから」
「じゃ、失礼します……」
 携帯からツカサの番号を呼び出しかける。と、一コールで通話がつながった。
「ツカサ……?」
『終わった?』
「うん。今から正門へ向かうから、迎えに来てもらってもいいかな?」
『了解。今、芸大近くのカフェにいるから、五分とかからず行けると思う』
「あ……私が正門へ向かうのに十分くらいかかるかも」
『わかった。五分経ったら出る。正門に着いたら連絡して』
「はい」
 電話を切ると、先生と倉敷くんが同時に席を立った。
「僕は柊ちゃんの様子を見に行くので、慧くん、御園生さんを正門まで送ってあげてくれる?」
「頼まれた」
「えっ!? あの、ひとりで大丈夫ですっ」
「じゃ、この建物出たら右左どっちに行くのが正解?」
 倉敷くんに尋ねられ、しばし考える。
 来た道を戻るなら――
「右?」
「ブッブー。おとなしく送られろ」
「お手数をおかけします……」
 そんなやり取りを見ていた先生がクスクスと笑う。
「やっぱり年が近いと仲良くなるのも早いですね。慧くんを呼んで正解でした。御園生さん、再来週のレッスンでお会いしましょう」
「よろしくお願いします。今日はありがとうございました」
 お辞儀をして先生を見送ると、倉敷くんが私の背後に回り、「じゃ、行くか」と車椅子を押し始めた。
「あっ、自分で動かせるよっ?」
「おとなしく押されてろ」
「でもっ」
「手も怪我してんだろ? 押してくれる人がいるなら頼んじゃえよ」
「……ありがとう」
「おう。……その手、どのくらいで治んの?」
「一週間くらい」
「本当、気をつけろよ?」
「はい……」
 会話が途切れると少し焦る。
 緊張を要す相手ではないとわかっていても、どこか気まずい気がしてしまうのだ。
 互いに歩いているのならまだしも、今は車椅子に座っているだけだからなおさらに……。
 ツカサと一緒のときは無言でも困らないのにな……。
 何が違うのか、と考えてもそれらしい答えは見つからない。
 ただ、ツカサのことを考えれば考えるほどに強く感じる想いがひとつ。
 早く、会いたい――。

「「「「けーいーくんっ!」」」」
 どこからともなくからかい調子の声が割り込み、声のした方を振り返る。と、四人の男子が立っていた。
「あ、おまえらステージ終わったの?」
「終わった終わった。おまえひどいよ、始まる直前にいなくなるんだもん」
「本当だよ。見つけたと思ったらこんなかわいい子と一緒にいるしさ」
「君、名前は? どこ大学? それとも高校生かな?」
 あっという間に取り囲まれ、逃げ場を失って硬直していると、
「怖がってんだろ? 少し下がれよ」
 倉敷くんが間に入ってくれた。そして、
「右から春夏秋冬」
 え……? ハルナツアキフユ?
 聞き返すように倉敷くんを見上げると、
「九条春樹くじょうはるきと夏樹なつきは双子でヴァイオリンやってる。東海林秋善しょうじあきよしはヴィオラ。遠野真冬とおのまふゆはチェロ。四人で『Seasons』ってカルテット組んでて、俺もたまにピアノで参加させてもらってる」
「春です」
「夏です」
「秋です」
「冬です」
 四方から手が伸びてきて顔が引きつる。
 でも、自己紹介されたのに無言でいるのはどうかと思うし……。
「御園生翠葉です……」
 かろうじて名前を口にすると、
「かわいいうえに名前がきれいっ! スイハってどう書くの?」
「翡翠の翠に葉っぱの葉……」
「かーわーいーいーっ!」
「春、うるせーよ」
 容赦なく夏くんに突っ込まれた春くんは、襲撃された腰を押さえてのた打ち回る。
 その様を呆然と見ていると、涙ぼくろが印象的な冬くんに二枚のチケットを差し出された。
「音楽が好きなら友達誘って遊びに来て? 慧も出るからさ」
 チケットには来週の日曜日、夕方六時開演の文字。場所は、支倉の仙波楽器ビル内のライブハウス。
 来週の日曜日はソルフェージュのレッスンのみだし、行けるかな……。
 柊ちゃんを誘ったら一緒に行ってもらえるだろうか。
「ね? 来て?」
「……はい。あ、チケット代――」
「いいよ、今回はお近付きの印にご招待!」
「でも――」
「くれるって言うんだからもらっちゃえよ。その代わり、絶対に来いよな?」
 倉敷くんに言われ、私はコクリと頷きお礼を言った。

 正門まで来ると、
「リィっ!」
 門柱の脇で唯兄が腕をブンブンと振っていた。その隣には秋斗さんと蔵元さんもいる。
「何、あのイケメン三人衆」
「あ、手を振っているのが兄で、もうふたりは兄の上司です」
「迎えに来てくれるって兄貴? でも、なんで上司まで……?」
「あー……えぇと、どうしてでしょう?」
 私は苦笑いを貼り付け白々しい返事をする。と、唯兄より先に秋斗さんがやってきて、額に手を添えられた。
「熱、少し上がってるけど大丈夫」
 最近はこんなふうに手が伸びてくることがなかっただけに驚いていると、
「翠葉ちゃん?」
「あっ、えと、コンサートが終わってからは先生のご好意に甘えて応接室で休ませてもらったので大丈夫です」
「ならよかった。……彼らは? 先生、ではないみたいだけど?」
「こちら、倉敷慧くん。ピアノの先生に紹介されて、ここまで送ってきてもらいました。そちらの四人は倉敷くんのお友達です」
「ふーん……。送ってきてくれてありがとうね」
「いえ……」
「倉敷く――」
「けーいっ」
「あ……」
「次に苗字で呼んだらこれからずっとフルネームで呼び続けんぞ、御園生翠葉」
「ごめん……慧くん、送ってくれてありがとう。日曜日、楽しみにしてます」
「おう、待ってる。もし友達の都合つかなかったら弓弦と一緒に来いよ。その日は見に来るって言ってたから」
「うん、そうする」
「じゃあな!」
 言うと、倉敷くんたちは来た道を戻っていった。

「翠葉ちゃんにしては珍しく、会ったばかりの男の子と親しげだったね?」
 どうしてだろう……。
 文章だけを見るなら普通の問いかけなのに、なんだかものすごく問い詰められている気分だ。
「えぇと、倉敷くんとは面識があるんです」
「そうなの?」
「とはいっても、もう八年も前のことなんですけど……。ほかの四人は本当に少し前に会ったばかりで、名前の一部しか覚えてません」
 これは私が悪いのではなく、倉敷くんの紹介の仕方が悪かったと思いたい。
 春夏秋冬のインパクトが大きくて、正式名称を教えられてもすべて覚えることなどできなかった。
「秋斗様、みっともないですよ。あんな若い子たちに嫉妬するなんて」
「ホントーに。でも、普段から司っちに嫉妬してるくらいだからねぇ」
 蔵元さんと唯兄の言葉に唖然とする。
「嫉妬、ですか?」
「じゃなかったらなんなのさ」
「尋問……?」
 即答したら唯兄と蔵元さんが吹き出した。
 そこに携帯が鳴り出しはっとする。
 相手はツカサで、気づけば涼先生の車がロータリーに停まっていた。
 それに気づいた唯兄が、すぐに車椅子を押してくれる。
「リィ、夕飯くらいツカサっちと食べておいで。さすがに送迎のみってのは気の毒」
 そう言って五千円札を握らされた。
「でも、お母さんに何も言ってきてない」
「俺から言っとく。ね、食べておいでよ?」
「うん、ありがとう」






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