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光のもとでⅡ-1 作者:葉野りるは

芸大祭(11/02)

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Side 翠葉 07話

 先生と話しているときにも感じていたけれど、テーブルを間に挟んで向かい合わせに座るの、慣れない……。
 家でもゲストルームでもツカサの家でも、たいていはラグに座って人と隣り合わせに座るから。
 でも、この人とは今会ったばかりで隣り合わせに座るような関係ではないから、この席次が最も妥当……。
 今日何度目かの緊張を感じるも、相手はずいぶんと砕けた調子で話すし、緊張の「き」の字も感じさせない。
 過去に一度話したことがあるとはいえ、ほぼほぼ初対面なのに……。
 でも、このちょっと強引さを感じるフレンドリーな対応には免疫がある。
 去年の四月、藤宮に入学したばかりのころ、海斗くんがこんな感じだった。
 自分を落ち着けるための材料をちりばめていると、ふとした拍子に疑問が浮上する。
 この人は、どうしてドアを開けた途端に私とわかったのだろう……。
「あの……どうして私がわかったんですか?」
「は? そりゃ、わかんだろ……」
 えっ、わからないから訊いたのだけど……。
 無言で対峙していると、
「ま、ヒントはあったんだけど……」
「ヒント、ですか……?」
「弓弦ゆづるからメールが届いてさ」
 弓弦って、仙波先生……?
 倉敷くんはそのメールをディスプレイに表示させ見せてくれた。
 それは、先生がこの部屋を出てすぐの時間に受信したメール。
 内容は、
「待ち人来たる……?」
 意味がわからず首を傾げてしまう。
「待ち人、ですか……?」
「俺もそれだけじゃわからなくて、弓弦に訊こうと思ってここに来たらピアノの音が聞こえてきてさ」
 それでドアを開けたであろうことは想像ができる。でもそれは、どうして私だとわかったのかの答えにはなっていないと思う。
 じっと見つめるも、「もうわかるだろ?」みたいな顔。
 いいえ、わかりません……。
 視線のみのやり取りを交わすと、
「音聴いたらわかるだろ?」
 えぇと……。
 たとえば、聴きなれたアーティストの演奏というならその言い分もわかる。でも、私の演奏なんて八年も前に一度聴いただけでしょう……?
 なのに、わかると言うの……?
 これが生まれ持った「耳の良さ」とか、「記憶力の良さ」なのだろうか――。
「おまえのピアノ、響子の音にそっくりなんだよ。だから、聴けばわかる」
「キョウコさんって、先生のお姉さんの……?」
「そっ。それに、あのころも髪長かったし今も長い。面影ありまくりだろ?」
 ……そう言われてみれば、小さいころからあまり変わらないとはよく言われる。
 唯兄にも桃華さんにも、小さいころのアルバムを見て「翠葉だわね」「リィだな」と言われる程度には変わっていないのだろう。
「しっかしおまえ、真面目にピアノやってこなかっただろ。なんだよ、さっきの演奏。テンポキープはできてないわ音の粒も揃ってないわ。昔のほうがうまかったんじゃん? 今、何やってんの? っていうか、なんでここにいんの?」
 正面からグサグサと矢を刺され、矢継ぎ早に質問がなされる。
 色んな衝撃を受けているとノック音が聞こえ、縋る思いでドアに視線をやる。と、先生が顔を覗かせた。
 その先生が神様に見えるくらいには、救いを求めたくなっていた。

「さっそく来てましたか」
 先生はにこにこと笑いながらソファまでやってくる。
「あんなメール見たら来ないわけないだろっ!? っていうか、コンサートは? 聴いてくれたんだよなっ!?」
「もちろん。彼女も一緒でしたよ」
「まじっ!? どうだったっ!?」
 突然こちらに振られて驚いていると、
「慧くんストップ。そもそも、自己紹介は済んだの?」
「あー……名前言ったくらい?」
「じゃ、改めて――こちら、倉敷慧くん。この大学の器楽科ピアノ専攻の一年生です。因みに、名前からお察しいただけるかと思いますが、おじいさんがこの大学の理事長で、お父様は有名な指揮者、倉敷智典くらしきとものりさん。お母さんはピアニストの小鳥遊早苗たかなしさなえ先生」
「えっ、あっ、倉敷って――」
「学校と同じ名前、以上」
「それ以上でもそれ以下でもない」と鋭い視線が言っていた。
 もっと言うなら、「余計なことを言いやがって」――そんな視線が仙波先生に向けられる。
 その様子から、「家」のことには触れられたくないことがうかがえた。
 もしかしたら、「親の七光り」と言われることがあるのかもしれない。それは、芸術家を目指しているならあまり言われたくない言葉だろう。
 そんなことを考えていると、
「うちと倉敷家は会社の付き合い以外にも、僕の母と慧くんのお母さんが幼馴染で、僕と姉が早苗先生にピアノを教わっていたこともあって、家族ぐるみの付き合いをさせていただいているんです」
「っていうか、響子と弓弦は俺の子守役だったよな?」
「そうだね、否定はしないよ」
 ふたりは仲良さそうに笑いあう。
 年の差は私と蒼兄くらいだろうか。仲の良さは楓先生と海斗くんが一緒にいるときの雰囲気に似ている。
 あぁ……人懐っこい大型犬のイメージが海斗くんと一緒。
 そう思えば緊張せず話せる気がしてきた。
「ってかさ、さっきから訊きたかったんだけど、なんでこいつと弓弦が一緒にいんだよ」
「あぁ、その話はまだでしたか」
 先生に確認され、コクリと頷く。
 先生は「どっちから説明しようかな?」と首を捻ると、まず私に向き直った。
「僕に御園生さんの名前を教えてくれたのは慧くんなんです」
「え……?」
「御園生さんが一度だけ出たことのあるコンクール。あなたはそこで最優秀賞に選ばれた。にも関わらず、体調不良を理由に賞を辞退した。その結果、最優秀賞は空席扱いとなり、慧くんは二位入賞。常に最優秀賞を受賞していた慧くんが二位という事態に陥ったのは、後にも先にもあの一回のみでして、彼の中に多大なる遺恨を遺したわけです」
「だああああああっっっ――そこまで言うことないだろっ!?」
 倉敷くんが細い身体をくねらせもんどり打つ。
 その様子を先生は笑いながら見ていて、
「翌年も御園生さんがコンクールに出ると思って猛練習していたのですが、御園生さんはその後一度もコンクールには出てこなかった。コンクール関係者にお願いして調べてもらったのですが、あのコンクール以降、それまで習っていた先生のお教室もやめてしまわれた、と。なので、慧くんにとってはずっと気になる女の子だったわけです」
「くっそ、弓弦ちょっと黙れよっっっ」
 言葉上では悪態をついているのに、本人は靴を脱いでソファに上がりこみ、身体を折り曲げて縮こまっている。
 身長のある人がそんな体勢でいるのを初めて見て、思わず「かわいい」などと思ってしまった。
 唯兄もたまにしているけれど、あれはちょっと「かわいい」の種類が違う。どちらかと言うなら、あざとかわいく見える何かで……。
 口を尖らせた倉敷くんは、
「で? 俺のほうの質問には答えてくんねーの?」
「まさか、答えるよ。そのつもりでここに呼んだんだから」
 その言葉に、
「あのメールは呼んだとは言わない」
 と、文句をたれる。
「こちら御園生翠葉さん」
「知ってる」
「今年の夏に天川ミュージックスクールに入会して、今は僕の生徒さん。もう少し早くに引き合わせたいとは思っていたんだけど、何分話す時間がなくてね……」
 先生が苦笑を見せると、
「なんで……レッスンのときにそれとなく話せばよかっただろ?」
「いや、彼女受験生だから。レッスン時間は一分たりとも無駄にできないんだ」
「は……? あれ? おまえ、いくつ? 同い年じゃねーの?」
 これはまた誤解を招きそうな会話の流れだ。
「えぇと……十八、です」
「あ゛? 俺の一個下? えっ、俺、年下に負けたのっ!?」
 倉敷くんはコロコロと表情を変え、さらには真顔になってこちらを向いた。
「ってことは、今、受験直前、だよな? ……それであの演奏? えっ、おまえ、落ちるよ? 弓弦、何してんだよ。全然間に合ってねーじゃんかっ。そもそも、夏にピアノ教室入会って、おまえ、合格する気ないだろっ!?」
 なんかグサグサ胸に刺さる……。
 倉敷くんが言うことは正しいけれど、誤解されている部分もあるのだから、ここまで傷つく必要はないはずなのに……。
「慧くん、ちょっと言葉選ぼうか……。それに、御園生さんは今高校二年生だから」
「はっ? 計算合わねーだろ。十八は高三!」
 はい、一般的にはそれが正解です……。
 ここまで大っぴらに話されていたら隠す気も失せるし、こんな人が相手なら隠す必要すら感じない。
 私は小さく息を吸い込み会話に混ざることにした。
「私、病欠で留年してるんです。だから、今は一年遅れて高校二年生」
 OK?
 目で尋ねると、
「ビョウケツ?」
 あ……思いっきりカタカナだ。
「病気で欠席」
 言い直すと、ソファで体育座りしていた倉敷くんが転げ落ちる勢いで床に正座した。
「悪いっ。知らないとはいえ無神経なこと言った」
 きっちり土下座されて焦る。
「やっ、そこまでしてくれなくていいですっ。今、すごく充実した高校生活送っているから、むしろ気を遣わないでくださいっ」
 思わずソファから立ち上がりそうになって、先生にガッシリと肩を掴まれ牽制された。
「御園生さん、さっきの二の舞はやめときましょうね……」
「あ……スミマセン」
「……おまえ、さっき何やらかしたんだよ」
「えっと……かくかくしかじか?」
 そんな会話に笑いが起こり、なんだかその場の空気が一気に和んだのを感じた。






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