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光のもとでⅡ-1 作者:葉野りるは

紫苑祭後編(10/31)

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Side 司 10話

 夕飯が終わり食後のお茶やコーヒーが運ばれてきたときのこと。
「翠、薬は?」
「あ、お部屋……」
 すぐに取りに行くのかと思えば、翠は食後のお茶を自室で飲まないかと提案してきた。
 反対する理由もとくになく、俺たちは人の輪から抜け翠の部屋へ移動する。
 翠は自室へ入るとボックスタイプの籠から薬を取り出す。そのとき、気になるものが目に入った。
「それ……」
「え? どれ?」
「その脇に入ってるやつ」
 曜日が書かれた薬などそう多くあるものではない。しかも、錠剤の台紙に書かれた薬名に思い当たるものはひとつしかなかった。
「ピル、やめたんじゃなかったの?」
「あ……一度はやめたのだけど、久住先生でも生理痛のコントロールをするのは難しくて、結果的には婦人科へかかることになったの。だから、先月からかな? ピルの服用を再開したの」
「子宮内膜症か何か……?」
「ううん。再度検査もしたけれど、子宮内膜症でも子宮筋腫でもなかったよ。でも、あまりにも生理痛がひどいから、って」
「ふーん……じゃぁ、あとは翠の気持ちしだいなんだ?」
 何気ないふうを装って尋ねると、
「え……? 何が?」
 気づけよ……。
 思いながら、翠が逃げられないよう明確な答えを与える。
「ピルを飲んでいるなら妊娠はしない。その部分はクリアしたんだから、あとは翠の気持ちしだいだろ?」
 翠は目に見えてうろたえた。
 さらには眉をひそめる始末。
 まだ時間が必要、か……。
 まるで力の入っていない翠の手を取ると、わずかな反応があった。咄嗟に手を引かれるような反応が。
 でも、逃しはしない。
「考えてはほしいけど、困らせたいわけじゃない」
「ごめん……」
「謝らなくていいし、もう少しくらいなら待つ」
 本当は、もう待てないくらいのところまで来ている気がしなくもないけれど、そんな気持ちを打ち明けたところで翠は困るだけだろう。
 気持ちを言って欲しいと言われはしたけど、困らせるとわかっていることを畳み掛けるように言うのはやっぱり違うと思う。でも、その代わり――。
「今日、翠を抱き上げたとき、腕を首に回してもらえたの、嬉しかった……」
 恥ずかしさを伴う告白。
 翠はどんな顔をしているだろう。何を思っただろう。
 そっと顔を上げると、翠は目を見開いていた。まるで意外なものを見るような目で。
「驚いた顔……」
 翠は空いている手を頬に添え、少し気まずそうな表情へ変化させる。
「喜ぶなんて大げさだと思ってる?」
 翠はコクリと頷いた。
「その些細なことですら、まだ二回目なんだけど……」
「二回目……?」
「翠を運んだことなら何度もあるけど、首に手を回してくれたのは今日を含めて二回目」
 こんなことを考えている男は「小さい」と思われるだろうか。
 探るように翠の目を見ていると、
「初めては……?」
「去年の夏、屋上で花火を見たとき」
 翠はきょとんとしていた。まるで覚えてない、そんな顔。そして少し頬を染め、
「私も、ツカサに触れられるのは嬉しい……。それから触れてみたいとも思う……」
 翠はこれまでにないくらい恥ずかしそうに俯き、
「ツカサの頬に、触れてもいい……?」
 うかがうように尋ねられる。
「なんで頬?」
「わからない。でも、ずっと触れてみたいと思っていたの」
「……どうぞ」
 翠の手がゆっくりと近づいてくる。ただそれだけなのに脈が速まる。
 ひんやりとした指先が頬を撫で、そろりそろりと手のひらが頬に添えられると、
「すべすべ……」
 単純すぎる感想に笑いが漏れるところだった。
「翠のほうが肌理細やかだと思うけど?」
「そうかな?」
 言いながら翠は首を傾げる。数秒すると、傾斜が追加された。
「翠」
「ん?」
「何を考えてる?」
 翠は「どうして?」という表情で俺を見る。
「頭、右に傾いてるけど?」
「あ――……あのね、少し考えていたの」
「何を?」
「くっついていたい、って気持ちが溢れるほどたくさんになったら、踏み切れるのかな、って」
「……それ、俺はくっつかずに散々焦らせばいいって話?」
「えっ!? それは困るっ。私、一週間と経たないうちにツカサ欠乏症になっちゃうものっ」
 ものすごく真剣な顔で言われたから、やっぱり少しおかしかった。
「そんな真面目にとらなくていいのに」
「だって……」
 不安そうな表情を見せる翠に少し安堵する。
 こんなことでも嬉しい。少しでも自分を求めていると示してくれるだけで、こんなにも心が温かくなる。
 改めて翠の手を握りなおし、
「翠より俺のほうが深刻」
「どうして……?」
「今はキスだけは好きにさせてもらってるからまだ抑えていられるけれど、これでキスもなく触れることもなく、だったら、気が狂って翠を襲いかねない。事実、テスト明けからキスも何もせずにきて、今日には我慢の限界超えてた」
 若干正直に喋りすぎたかもしれない。それでも、翠は身を引くような素振りを一切見せなかった。
 どちらかというと、口元を少し緩めて嬉しそうな表情だ。
 前に「学校ではいや」と言われたにも関わらず、今日は学校で何度キスしたことか……。
 でも、今日に限っては翠がいやがることはなかった。
「ツカサ、ぎゅってして?」
 表情が緩んだままの翠に懇願され、「大丈夫か、俺……」と瞬時に考える。
「……さすがに今日はそれだけでとどまれそうにないんだけど」
 何をどう考えてもそのまま翠を押し倒してしまいそうだ。
 それは翠だって望むところではないだろう。なのに、
「キス、たくさんはだめだけど、普通のキスなら大丈夫……」
 翠には珍しく身を引くどころか、食い下がる始末。
 それでも、キスをしたい気持ちは同じで――。
 気づいたときには翠の唇を奪うように塞いでいた。
 何度か深く口付け、
「これ以上は俺が無理」
 欲望に抗って翠を引き剥がし席を立った。
「明日の病院は俺が送迎する。コンシェルジュに車椅子を借りるからここで待ってて」
「うん」
「それと日曜、学園祭を車椅子で回れるか確認とること。無理なら松葉杖を用意するから」
「ありがとう」
 ドアに手をかけたら翠が立ち上がろうとしたから、その頭を押さえるように手を添え、
「そのままでいい」
 名残惜しさにもう一度キスをすると、自分が抑えきれなくなる前に部屋を出た。
「……俺、本当にあとどのくらいもつんだろ」
 自問自答しながら外へ出ると、何気なく空を振り仰ぐ。けれどやはり、空には星などひとつも見つけることができなかった。






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