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光のもとでⅡ-1 作者:葉野りるは

紫苑祭後編(10/31)

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Side 司 08話

 合同の打ち上げとは名ばかりで、三組合同の打ち上げ感はゼロに等しい。そんな組ごとの打ち上げを壁際から傍観していると、同じクラスの人間がちらほらと声をかけにやってくる。
 一年のころにはなかった現象。
 同情の目で見られた去年の紅葉祭よりはまだましか……。
 今まで俺に絡んでくる人間といえばケンと朝陽、優太くらいなものだった。けれど、今となっては単なるクラスメイトも普通に声をかけてくる。
 自分がそこまで変わった気はしない。そこからすると、取り巻く環境の変化に付随するもののような気がする。
 そんなことを考えつつも気になるのは翠のことで――。
 右前方に集まっている赤組を見れば、翠はパイプ椅子に座って談笑していた。
 誰かが気を利かせたらしく、翠の膝には法被が掛けられている。それによって、足の怪我は目に付きづらいものとなっているが、翠の方を見てひそひそと話す人間は少なくない。
 目撃者もいたわけだから、噂になるのは時間の問題だろう。
 そしたら、翠はまた傷つくだろうか……。
 さっきの様子だと、間違いなく落ち込みはするんだろうな。
「紅葉祭のときもそうだったけど、司の視線はいつだって翠葉ちゃんを追ってるよね? そっちの趣味はないけどちょっと嫉妬しそう」
 飲み物を持ってきた朝陽が絡みつく。
「ホントホント。付き合いが長い俺たちのことなんて、これっぽっちも気に掛けてくんないんだからさ」
 ケンまで絡んできた。
 ふたり同時に肩を組まれると異様に重い。
 文句を言うと、優太まで面白がって絡む始末。
「翠葉ちゃんの足、結構ひどいんだって?」
 無言で頷くと三人がちらりと翠の方へ視線をやり、
「湊先生に診てもらった?」
「いや、帰宅したら兄さんに診てもらう」
「なんでまた……」
「タイミング逃した」
「は?」
「姉さん、ほかの生徒に付き添って病院へ行ったあとだった」
「なるほど。打ち上げは最後までいるの?」
「いや、七時に抜けるからあとのことを頼む」
「了解」
 どうしてか、三人は満足そうな表情で去っていった。

 七時を目前に兄さんと警護班へ連絡を入れ、最後にゲストルームへ連絡を入れると、送話口から聞こえてきたのは唯さんの声だった。
『ブーブー、なんで司っちからの電話なのさ。ここはかわいいリィからの連絡があるべきところなのにっ』
「翠はまだ、打ち上げを楽しんでます」
『ふーん、あっそ。……で? 司っちがなんの用? 君からの連絡って基本いいことないよね』
「……学校から連絡があったんですか?」
『ちょっと前にね。だから、リィからの連絡待ってんだけど一向に連絡こないし』
 険のある声を受け翠の方へ視線を向けるも、さっきと変わらず楽しそうに話をしている。あれはなんというか、家に連絡するとか以前に帰りのことなど何も考えていないに違いない。
 その旨を話すと、
『じゃ、迎えに行くからそう伝えといてくれる?』
「それには及びません。すでに自分の警護班を動かしてますから、マンションまでは車で帰宅します」
『ふーん、了解。で? 怪我の程度は?』
「自分も直には見ていないので確かなことは言えませんが、湿布と鎮痛剤を飲んでいる割には腫れているように思います」
『了解』

 翠に声をかけると、
「もう帰るの? もしかして、具合悪い……?」
 ほかの人間と話していた簾条が心配そうな顔で翠を見る。
 ついさっきまで生徒会の片付けをしていた簾条は、翠の怪我の程度までは把握していないのかもしれない。さらには「大ごとにしたくない」という翠の意向を汲んで、人前で怪我の程度を尋ねることはしていなかったか……。
「ううん、そういうわけじゃないのだけど、少し熱があるの」
「疲れかしら?」
「どうかな? でも、競技に出ていたみんなは私よりも疲れてると思う」
 翠が法被を畳みだすとはっとしたふうで、
「もしかして、怪我のせい?」
「それはちょっとわからなくて……。でも、このあとマンションでツカサのお兄さんに診てもらう予定だから大丈夫」
「そう……?」
「うん。だから、途中だけど帰るね」
「わかったわ。気をつけて帰ってね」
「ありがとう」
 翠は周りにいる人間と挨拶を交わすと、風間と唐沢のもとへ向かった。
 翠に気づいたふたりはすぐに駆け寄る。
 そうして、和気藹々と話し始めた。
 何を話しているのかまでは聞こえないが、途中で自分の話題になったことはなんとなくわかる。
 話の内容を気にしつつ、五分が経過したところで声をかける。と、翠は最後にその場全体に頭を下げて打ち上げをあとにした。

 桜林館を出るまでは翠の腕を支えるに留め、外周廊下へ出るとすぐに翠を抱え上げる。
「つ、ツカサっ!? 大丈夫だよ? 私、歩けるっ。荷物もいっぱいだし重いでしょうっ!?」
 いつもと比べたら重い。でも、持てないほどではないし、翠を歩かせるほうが精神衛生上よろしくない。
 昇降口で翠を下ろすと、自分はとっとと靴に履き替え外へ出た。
 そこには警護班が到着しており、高遠さんが手に持っていた荷物すべてを引き受けてくれる。
 下駄箱へ引き返そうとすると、翠が昇降口から顔を出していた。
 有無を言わさず抱え上げると、
「ツカサ、荷物は……?」
「車」
 翠はきょとんとした顔で視線を外へ向け、車を視界に認めた途端にはっとした表情に変わる。
「まさか、この足で歩いて帰るつもりだったとは言わないよな?」
 翠はうろたえながら、
「えぇと……取り立てて何も考えていませんでした」
「そんなことだろうと思った。でも、次からはせめて御園生さんに連絡を入れるとかそのくらいのことは算段に入れてもらいたいんだけど」
 来年の三月をもって俺は卒業してしまうのだから。
「もし反論するなら御園生さんに状況話して御園生さんからも説得してもらう」
「……いえ、反論など」
 翠はもごもごと言葉を濁しながら口を閉ざした。
「司様、女性に対し、そのように責め立てるものではございませんよ」
 クスクスと笑った高遠さんに注意されたが、これに関しては一言言わせてもらいたい。
「高遠さんは知らないでしょうけど、翠は同じことを何度言って聞かせても、たったひとつのことすら習得できない頭の持ち主なので」
 俺たちのやり取りを見ていた翠が、
「ツカサの警護班の方ですか?」
 遠慮気味に尋ねると、
「申し遅れました。私、司様の護衛を勤める高遠省吾と申します。以後お見知りおきを」
 差し出された名刺を翠は片手で受け取りじっと見つめていた。
 高遠さんは警護の人間だし何を思う必要もないはずなのに、翠の意識が完全に俺から逸れたことが面白くなくて、
「そういうの、車に乗ってからにしてくれない?」
 こんな対応までして翠の意識を自分へ戻す俺は、どれほど子どもじみたことをしているのかと思わざるを得ない。

 マンションに着いて翠に手を伸ばすと、
「ツカサっ、ここからは歩かせてっ!?」
 必死な様子で翠は俺の腕から逃げる。
「なんで……」
「だって、抱っこされて帰宅したら、お母さんたちびっくりさせちゃうもの」
「……っていうか、その足を見れば誰だって驚くと思うんだけど」
「でも、抱っこされて帰宅するのと歩いて帰宅するのでは印象が違うでしょう?」
「印象が違ったところで怪我の程度は変わらない」
「司様……お気持ちはわかりますが、ここは翠葉お嬢様のお気持ちを汲んで差し上げてはいかがでしょう」
「……わかった。ただし、荷物は持たせないからな」
「はい」
 エントランスを通過する際にコンシェルジュに驚かれ、翠はエレベーターの中でため息をついた。
「やっぱり驚かれちゃうほど腫れてるよね?」
「今ごろ自覚したわけ?」
「そういうわけじゃないのだけど、客観的に感じたのは今、かな」
 今度は俺がため息をつく番だった。

 九階へ着くと、
「先に楓先生のおうちだよね?」
「いや、ゲストルームでかまわない」
 翠は不思議そうな表情で、
「どうして……?」
「兄さんに来てもらうから」
「そんなっ、申し訳ないよっ」
「人の好意はおとなしく受け取ってくれないか?」
「でも……」
 納得のいっていない翠に痺れを切らす。
「あのさ、怪我をしてる翠を極力動かしたくないって俺の気持ちくらい汲めないの?」
 その言葉にはっとしたような翠は、ようやくおとなしく受け入れてくれた。
「それに……もし煌が寝てたら起こすの悪いし、寝てて起きても最初から起きてても、翠が来たって興奮したら寝付かなくなりそうだし……」
 言い訳じみた理由を付け足すと、
「うん、そうだね」
 翠は俺が支えている右手の上に軽く左手を添え、小さく笑った。
 左手を添えられた手の甲が妙にくすぐったく、気恥ずかしく感じる。
 今日、ボディータッチが多い気がするのは気のせいか?
 足を怪我しているからそういった機会が多いだけのような気もするし、ただシンプルに、翠の警戒がものすごく緩い気もする。
 でも、どっちにしても翠は微塵も意識せずにしているのだろうから、俺ばかりが勝手に、何度となく翻弄されていて、少し悔しい……。

 玄関ドアを開けると、まるで待ちかまえていたかのような碧さんと唯さんに出迎えられた。
 翠が「ただいま」と言えば「おかえりなさい」という返答があるわけで、しかしその直後にふたりの視線は翠の足元へ落ちる。これ以上ないくらい不自然に。
「それ、剥がしたらどんなことになってるのかしらね……」
 碧さんの言葉に、
「知ってたの……?」
「生徒が怪我をすれば学校から連絡が入るのが普通よ」
 正論だな。
「さらには学校で湊先生の診察を受けなかったことも聞いてるわ」
 もっと言ってやってくれ、と声援を送りたくなる。
「ったくさー、朝あれだけ言ったのに連絡してこないしっ」
 今日ばかりは唯さんの肩を持ちたくなるというもの。
 翠は申し訳なさそうに身を竦め、
「唯兄、ごめんなさい……。ちょっと、目の前のことにいっぱいいっぱいで家族に連絡するの、すっかり忘れていたの。でもね、最後には湊先生に診てもらおうと思ってたんだよ?」
 翠が上目遣いで唯さんを見ると、
「それも聞いてる。ほかにも怪我した生徒がいるとかで、湊先生病院に行っちゃったあとだったんでしょ? でもって、リィが事を大ごとにしたくないから湊先生のところに出向かなかったっていうところまで知ってるよ」
 にこりと笑った唯さんに、
「えぇと……ずいぶん詳しく知っているのね」
 翠は苦笑を漏らした。
「まぁね。司っちから密告電話あったし」
 とはいえ、俺はそこまで詳しく話してないけどな。
「唯、翠葉をいびるのはそのくらいにしたら? 翠葉と司くんは手洗いうがいしてリビングへいらっしゃい。湊先生の代わりに栞ちゃんと昇先生がいらしてるわ」
「えっ?」
 驚いたのは翠だけじゃなかった。
 咄嗟に廊下の先へ視線を向けると、
「お邪魔してまーす!」
 廊下の先で栞さんと昇さんが手を振っていた。次の瞬間には背後でインターホンが鳴る。
 そういえば、相手が唯さんで話すのが面倒くさくなり、兄さんが診察に来ることは話していなかった。
 ドアを開ければ何も知らない兄さんが顔を出すわけで……。
「あ、帰ってきてた。そろそろ帰ってくるころかと思って来てみたんだけど……って、なんで秋斗がいんの? えっ、何? 昇さんと栞ちゃんもいるの? 俺、必要なかった?」
 兄さんは廊下の先にいる面子に驚きながら俺に訊いてくる。
「っていうか、昇さんがここにいるって俺も知らなかったし……。秋兄は、今年の春から毎晩御園生家で夕飯を食べているらしい」
 自身の手配ミスに舌打ちしたい気持ちで答えると、
「うわぁ……迷惑なやつ。身内として恥ずかしいよ」
 兄さんはもっともな感想を口にした。
「あら、そんなことないわよ? 秋斗くん、ちゃんと食費入れてくれてるし、アンダンテのケーキやタルト、美味しいクッキーを持ってきてくれたりするし」
 碧さんはまったく気にしているふうではなく軽快に話す。
「ぅお~い。そんなところで喋ってないで上がったら?」
 リビングから零樹さんがやってきて上がることを勧められると、
「外から入ってきた人は手洗いうがいを忘れずに。司くんはここにいること、ご両親知ってらっしゃるの?」
「今日はこっちに帰ると話してきたので」
「それならうちでご飯食べて行きなさい」
「いえ――」
「じゃ、今日の夕飯はどうするの?」
「コンシェ――」
「はい、却下。今日は栞ちゃん特製のビーフシチューなの。人がひとり増えるくらい問題ないわ」
 碧さんは淡々と話を進めてキッチンへ入っていった。






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