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光のもとでⅡ-1 作者:葉野りるは

紫苑祭後編(10/31)

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Side 翠葉 17話

 手洗いうがいを済ませると、私は一度自室へ戻りルームウェアに着替えることにした。
 いつもなら迷わずワンピースに手を伸ばすけれど、足を見てもらうのにスカートというのはどうなのか……。
 クローゼットを開くと、先週蒼兄が買ってきてくれたモコモコのパーカとセットのショートパンツが目に入った。
「セットアップになっているしちょうどいいかな?」
 制服とドレスをハンガーに掛けるといつもの調子で歩きそうになる。けど、右足を踏み出した瞬間に多大な後悔が押し寄せた。
「痛い……」
 この時点ですでに足を動かすだけで顔をしかめる程度の痛みに変化していた。
 もしかしたら、自宅に帰って来たことで気が緩んだのかもしれない。
 リビングへ行くと楓先生にソファを勧められ、ソファに座った状態で診てもらうことになった。
「テーピングと湿布剥がすぞ?」
 昇さんに言われてコクリと頷く。でも、正直触れられるのも怖ければ、自分の足の変化を見るのも怖い。
 たぶん、時間が経つにつれて内出血はひどいことになっているだろうし、ぴったりと貼られたテーピングや湿布をはがす際の衝撃も恐ろしい。
 そっと自分の足を見下ろすと、右足は思ってもみないほど太く――否、腫れていた。
 その足を見た昇さんは、
「楓、洗面器に水」
「了解」
「え……?」
 意味がわからず昇さんの顔を見たものの、昇さんは右と左の足をじっと見比べたまま。代わりに、栞さんが説明してくれる。
「こういうのは乾いた状態で剥がすよりも濡らしてから剥がしたほうが肌にかかる負担が少ないの。それに、湿らせてから剥がすほうが最小限の力で剥がすことができるから、患部にも響きづらいわ」
「そうなんですね……」
「翠葉ちゃん、これ、かなり痛いだろ?」
「えぇと……怪我した直後にロキソニンを飲んだんです。だから、そこまでひどい痛みではなかったんですけど、さすがに時間切れでしょうか……。少し前からズキズキしてます。でも、耐えられるか耐えられないかと訊かれたら耐えられないほどではな――」
 急に昇さんの手が眼前に迫ってきて、コンッと額にデコピンを食らった。
「翠葉ちゃんの痛み対する耐性はわかっちゃいるが、こういうのは我慢していいことなんてひとつもない。ちゃんと処置しないと長引くし熱が出ることだって――」
 言われている途中で視線を逸らす。と、ツカサがひとつため息をついた。
「翠、自己申告を勧めるけど?」
「はい……」
 おずおずと携帯を差し出すと、ディスプレイを見た昇さんは、
「なんだ、もう発熱してんのか。しかも、ロキソニンを飲んだのが何時だって?」
「ワルツ競技の十五分前だったので、五時前です」
「で、今が七時四十分、と。翠葉ちゃんは効き始めるのも早いけど半減期も早いからな……こんなもんか」
「ごめんなさい……」
「いやいや、謝られてもな……。ところで、ワルツ競技の前って、翠葉ちゃんワルツの代表って言ってなかったか?」
「言ってました……」
 またしても正視できなくなり顔を背ける。
「ははぁ……できる限りの処置をして出た口だな?」
「ごめんなさいぃぃぃ……」
 クッションを抱きしめごめんなさいの姿勢。すると、
「そういうやつはこおだっ!」
 思いっきり髪の毛をぐしゃぐしゃにされた。
「ま、がんばってるって話は聞いてたしな」
 そんな話をしているところに楓先生が水を張った洗面器とバスタオルを持って戻ってきた。
 栞さんが丁寧にテーピングや湿布に水をかけ始めると、
「昇……これ、骨までいってないわよね?」
「ま、歩けてんだからいっててもヒビくらいじゃね? 実際のとこは剥がしてみねえことにはなんともな」
 なんて物騒な会話だろう……。
 ここにきてひどくなる痛みと、明るいところでまじまじと見た自分の足の太さに嫌な展開しか想像できない。
 完全に湿った湿布をはがし始めると、文字通り、骨に響くような痛みを感じた。
 湿布に隠れていた皮膚が見えると、
「こりゃまた派手にやらかしたな」
 それが昇さんの第一感想だった。
「何がどうしたらこんなになんだか……」
 私が何も答えずにいると、
「翠に嫉妬した女子に階段から突き落とされてこうなった」
 ブスッとしたツカサが答えてしまう。
「そりゃまたえらい目にあったな……。ま、予告なく突き落とされたらこうもなるか。ちょっと触るぞ」
 前置きをされただけで身体が逃げてしまう。しかし、その動作ですら痛い。
「翠、少しの間我慢しろ」
 その言葉に思う。そうか、我慢とはこういうところでしなくちゃいけないのか、と。
 それを悟ったのか、ツカサは億劫そうに口を開き、
「昇さん、とっとと診てやってください」
「はいよ」
 昇さんは本当に少ししか足に触れなかった。というよりは、短時間ですばやくチェックしてくれたという感じ。
「明日、病院行ってレントゲンな」
「えっ?」
 そこまでしなくちゃだめ……?
「骨がポッキリいってるわけじゃないが、ヒビくらい入っていてもおかしくない。確認の意味も含めてちゃんと診たほうがいい」
「はい……」
「病院に連絡入れとくから救急センターのほうへ行きな。そしたらすぐレントゲンに回してもらえるようにお願いしておく」
「ありがとうございます……」
「あとは鎮痛剤の選択かな?」
 楓先生の言葉に、
「あぁ、そっか。翠葉ちゃんの胃袋は涼さんの管轄だからな。下手なもの飲ませて胃にきたらあとが怖えぇ……」
 昇さんはすぐに携帯を取り出し涼先生に確認を取ると、服用する薬の種類や服用方法を教えてくれた。

 話が一段落ついたところで、ツカサが両親と蒼兄たちに向かって「すみませんでした」と頭を下げた。
「ツカサ……?」
「今回のことは自分に要因があります」
「そんなっ、ツカサが謝ることじゃないって話したでしょうっ!?」
「それでも、間接的に絡んでいることに変わりはない」
 再度両親へ向き直ると、ツカサは改めて頭を下げる。
 お母さんたちは顔を見合わせ互いに肩を竦め合う。そしてツカサに向き直ると、
「事の経緯は川岸先生から聞いているわ。でも、私たちも翠葉と同じ意見よ。司くんが悪いとは思わない。それに、翠葉はあなたに関わることを、藤宮に関わることを選んだの。だからといって何に巻き込まれても仕方がない、と言うつもりはないけれど、嫉妬や反感を買うことから逃れられないのは事実よ。でも、どんな感情を抱かれたとしても、今回のような怪我を防ぐことはできるはず。そうでしょう? 翠葉も司くんも、今回のことで思うところがあるのなら、今後に生かしなさい。同じことを繰り返さないように、同じ後悔をしないように。ふたりで話し合うもよし。人に相談するもよし。肝心なのは、このままでいないこと」
 どんなときも呼吸を乱さないツカサが、今は忘れたように息を止めていた。
「考えてみて? 事前に防ぐことができれば翠葉は傷つかずに済むし、罰を受ける人も生まれないのよ」
 お母さんはにっこりと笑い、
「さ、ご飯にしましょう。お腹空いたでしょう?」
 お母さんと栞さん、唯兄は夕飯の準備にキッチンへ向かい、夕飯の支度を始めた。
 その場に残った人はというと、私を囲んだままじっと足を見ている。
 昇さんは楓先生に渡された湿布を手に取り、
「今日は風呂に入んのはやめとけ。汗かいたならタオルで拭くだけにしときな。明日以降も腫れが落ち着くまではシャワーな。見たところ足首は問題ないみたいだから、安静にしてるならテーピングまではしなくてもいい。そのほうが剥がすときも楽だしな」
 二枚の湿布を貼られ、
「こんなもんか?」
 昇さんが顔を上げると、
「なんだ、右手もやったのか?」
 袖に隠れていた手を取られた。
「えぇと……はい。でも、そんなに痛くはなくて、ペットボトルの蓋を開けるときに痛みが走ったくらい。捻る動作がだめみたいです」
 テーピングと湿布を剥がされ状態を見てもらう。と、
「見たところ腫れちゃいないが……これか?」
「それっ、痛いです……」
「筋を痛めたんだな。湿布貼って、しばらくは負荷をかけないようにな。それで治る。テーピングの仕方は今のでいいから、あとで司に教えてもらえ」
「ピアノの練習は……?」
「来週の半ばにもう一度診てやるから、それまではやめとけ」
「はい。……昇さん、あとね……」
「却下」
 私が何を言う前にツカサに却下されてしまった。
「おいおい、俺に訊こうとしてんのになんでおまえが却下すんだよ」
 昇さんはツカサに文句を言ってからこちらに向き直り、
「なんだ?」
「……明日、ツカサと藤山に紅葉を見に行く約束をしていたんです。それもやっぱりだめ……です?」
 ツカサの刺さるような視線を感じつつおうかがいを立てる。と、
「いや、別にかまわねぇよ。司、おまえ何却下してんだよ」
「だって、こんなに腫れてて外を出歩くとかバカのすることだし、昇さんだって安静にって――」
 ツカサが話している途中で秋斗さんがくつくつと笑い出し、笑ったままに口を挟んだ。
「司、少し落ち着いて考えな。藤山って、光朗道へ行くんだろ? それなら、車椅子を借りていけば問題ない。翠葉ちゃんが歩かなければいいんだから、それなら可能だろ?」
「そういうこった。車椅子ならこのマンションにだってあるし、病院から借りたっていい」
 秋斗さんと昇さんに諭され、ツカサは決まり悪そうに視線を逸らす。
「まあまあ、ふたりともそのくらいにしてやって。司も疲れてるんだよ。翠葉ちゃんが怪我したってわかってからテンパってたっぽいし」
 楓先生の言葉にびっくりする。
 そうなの……? 怒っているのは知っていたけれど、冷静さを欠いていたとか、テンパっていたようには見えなかった。
 改めてツカサを見ると、少し顔を赤らめばつの悪い顔をしていた。
「ほらほら、いい加減にご飯にするよ!」
 唯兄の言葉にみんなが席に着くと、
「じゃ、俺はこれで帰ります」
 楓先生だけが帰っていった。






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