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光のもとでⅡ-1 作者:葉野りるは

紫苑祭後編(10/31)

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Side 翠葉 06話

 団長副団長、黒組応援団が観覧席へ撤収すると、すぐにチアリーディングが始まった。
 通常、チアリーディングはふたつに分けられる。
 組体操を含みアクロバティックな技を披露するのがチアリーディングで、組体操を含まないダンスを主としたものがチアダンス。
 応援合戦で行われるチアリーディングは、チアダンスを主体としているものの、その中に組体操の要素を含むスタンツを加えることで、大幅な加点が得られる。 
 各組、基本はチアリーディング部に所属している人を中心に選出されているけれど、中にはひとりも部に属していない組もあり、出来上がりにはずいぶんと差ができていた。
 うちの組はというと、一年から三年まででチアリーディング部に所属している人が七人。そして、体操部に所属している人やもともと運動を得意とする人で編成されていた。
 中でも目立つのは沙耶先輩。
 沙耶先輩はチアリーディング部でも体操部でもない。しかし、中等部の頃から勧誘され続けているというだけのことはあり、何をやらせても軽々とこなし、重力を感じさせない動きを見せていた。
 この競技の審査基準は元気の良さ、笑顔、ダンスや技の完成度、難易度、連続性、スピード感、同調性など多岐に渡る。
 二ヶ月間の準備期間があるにしても、まったくの素人ばかりが集まった組にはずいぶんとハードルの高い競技であることに代わりはなく、中には脚や腕にテーピングを貼っている人もいて、練習中に傷めてしまったのかな、と推測する。
 それでも、外部から専用の講師を招いているだけのことはあって、紫苑祭当日にはどの組も相応の演技を見せるのだからすばらしい。
「努力」や「練習」から得られる「可能性」を十二分に感じられる競技だった。
 何よりも、笑顔で元気よく踊っている様を見るのは清々しい。
 組を問わず応援したくなるし、ずっと見ていたいとすら思う。
 その程度にはエンターテイメント性を有していた。
 今まで女の子の団体をかわいいと思ったことなど一度もなかったけれど、元気良く踊る彼女たちの笑顔は眩しく見えて、もしも自分があの中に加われたら……なんて、今まで考えたこともないようなことまで頭に浮かぶ。
 でも、自分の身体をフルに使い、複数人でタワーを作る競技にはどうやっても加われそうにない。
 演技の途中で痛みが生じ、少しでも身体が逃げればすべてのバランスが崩れ、上に乗る人が落下してしまうのだ。
 それ以前に、体力や持久力がものを言う競技でもある。
 体育祭の競技とはいえ、競技の練習に入る前には走りこみやストレッチ、筋トレまでしているのだから、おいそれと「参加したい」などと思ったり言ったりできるものではない。
「どうやっても無理……」
 ポロリと零した言葉を海斗くんに拾われた。
「何が無理?」
「えっ、あ――」
 とくに隠すようなことじゃないけれど、ほかの人が話すには問題のないことでも、私が話すと自虐的な話になってしまいそうで、なんとなく口にしづらい。
「翠葉もチアリーディングやりたくなった?」
 気遣うニュアンスを一切含まない声音に、思わずコクリと頷く。
 頷いてから後悔が襲ってきて、咄嗟に口が開いた。
「でも、痛みが生じたらほかの人に迷惑かけちゃうから――」
「まぁね。体力とかあれこれ総合的に考えて無理かもしれないけど、翠葉が参加するとしたらハイトップだと思うぞ?」
「ハイトップ……?」
「そっ。翠葉、バランス感覚いいし軽いだろ? そういう人間はタワーのトップ、ハイトップになるはず」
 たぶん、これからの人生で私がチアリーディングに参加することはないだろう。でも、「もしも」の想像をとても普通に、いとも簡単にしてもらえたことが嬉しくて、焦り惑った気持ちはどこかへ行ってしまった。
「翠葉は俺たちと一緒にワルツがんばろうよ」
「うん。そうする」
「じゃ、俺、一端観覧席へ戻るわ」
 そう言うと、海斗くんは本部席から出てフロアを駆けていった。

 チアリーディングの次は男子全員による棒倒し。
 棒倒しは騎馬戦のときと同じようにトーナメント戦で試合が進む。
 違うことといえば、体操服を引っ張られたり何かに引っかけて頭から落ちることを避けるため、上半身裸で行われること。
 観覧席では男子が一斉に体操服を脱ぎ始め、あちこちで女子の悲鳴が挙がっている。
 これは悲鳴なのか、歓喜なのか――。
「キャー」と言いながらも男子を目で追う女子の声は歓喜で、両手で顔を隠し叫んでいるのは悲鳴かな……?
 そんなふうに女の子たちを観察する私は、発狂こそしないものの後者の部類。
 ツカサの姿を探したい気持ちはあったし、赤組を応援したい気持ちだってたくさんあった。
 けれども、あまりにも刺激が強すぎて、私は観戦することも応援することもできずに本部で縮こまっていた。
 だからと言って、体操服を着て戦って、怪我人が出ても困るわけで……。
 目の前で繰り広げられる競技を直視できず、放送委員が口にする勝敗の結果のみ紙に書き記していると、背後から声をかけられた。
「御園生さん」
「はい」
 声のする方を振り返ってすぐに目を逸らす。
「あ~……ごめんね、こんな格好で」
「いえ……」
「そのままでいいから聞いてもらえる?」
 パッと見ただけだけど、この人はたぶん紫苑祭実行委員長だ。
 きっと、集計か何か、仕事の用事で話しかけられたのだろう。なのにこんな対応、だめに決まってる。
 意を決して話し主の方を向いたものの、視線を上げることはできなかった。
「いいいい……そのままでいいから」
「すみません……」
「いや、なんていうか、藤宮たちが心配してた理由がよぉっくわかったわ」
「え……ツカサたち、ですか?」
「うん。御園生さんが本部で目のやり場に困ってると思うから、今だけ集計代わってってお願いされた」
 な、情けない……。
 土下座して「申し訳ございません」と謝りたい気分だ。
「観覧席に戻れば距離が取れる分まだマシでしょ? 戻っていいよ」
「……すみません、ありがとうございます」
 私はすごすごと引き下がり、不自然なほど壁を見続け観覧席へ戻った。

 本部に近い階段から観覧席へ戻ると、顔なじみの女の子を見つけてほっと胸を撫で下ろす。
 私の姿を見つけた桃華さんは、
「ったくあの男、翠葉だけには甘いのよね。蒼樹さんにしても藤宮司にしても、ちょっと過保護すぎて高校卒業後の翠葉が心配になるわ」
 呆れたような視線に情けない苦笑を返すと、
「まだ一回戦が終わっただけだから、全試合終わるまで座ってなさい」
 その言葉にコクコクと頷き、私は上履きを脱いで椅子に上がりこむ。
 膝を抱え下を向くことで視界をシャットアウトすると、ようやく安心して呼吸をできる気がした。
 そんな状況の私に声をかけてくれたのは香月さん。
「御園生さん、お兄さんふたりもいるのに免疫ないの?」
 尋ねられて困ってしまう。
「確かに兄はふたりいるのだけど、家で半裸になっていることなんてないもの……」
 右隣の席に掛けていた香月さんの方を向くと、
「お風呂上りでも?」
 あまりにも「意外」と言った顔をされるので、
「うん、お風呂上りでも。夏でも上にはシャツ一枚は着てるよ?」
「……うちの兄とは大違いね。うちなんて、夏になったらトランクス一枚で家の中うろついているわよ?」
 驚きに言葉を失っていると、
「この学校の生徒の家がどうかは知らないけど、世間一般じゃ割と普通のことだと思うわ」
 そんな普通は知らない……。
 思わずフルフルと顔を横に振ると、
「あぁ、ほら。敗退した組の男子が戻ってきたわ」
 私はありがたい忠告の末、再度視界をシャットアウトした。

 その後、長縄跳びの召集がかかり、周りの女子が次々とフロアへ下りていく。
「私もそろそろ本部へ戻らなくちゃ……」
 少なくとも、男子人口が増える前には場所移動――。
 席を立ち、人の往来頻度が最も低い階段へ向かおうとしたそのとき、
「翠葉っ!」
 背後から聞き覚えのある声に引き止められた。
 振り返ると、中央階段から上ってきた海斗くんが手を振っていた。もちろん、上半身裸の格好で。
「たかが半裸、たかが半裸、たかが半裸……」
 呪文のように唱えてみても直視するにはいたらず、逃げるように近くにあった壁へ張り付く。と、
「悪い悪い。すぐに上着るからちょい待って。――うっし、もう大丈夫!」
 そろり、と視線を戻すと、Tシャツを着た海斗くんが私のすぐ近くまでやってきた。
「司たち会計部隊から伝言」
「伝言……?」
「そっ。こっからは観覧席で楽しんでいいよ、って」
「え……?」
「ほら、昨日はずっと本部に詰めてたじゃん?」
「……うん」
 でも、それは私の出る競技種目が少ないからで――。
「この先は女子の競技が続くし、そのあとの個人競技にしても優太先輩と飛翔で会計回せるから、って」
 なるほど……。
 言われてみれば、確かに私がいなくても集計は回せる。
 それならお言葉に甘えちゃおうかな……?
 恐る恐る赤組の観覧席に視線を戻すと、ほとんどの男子が体操服を着終えていたので、私は先ほどの席に戻り、小ぢんまりと座りなおした。






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