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光のもとでⅡ-1 作者:葉野りるは

紫苑祭前編(10/30)

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Side 司 01話

 時間どおりに練習を終えた俺は、何を考えることなく真っ直ぐ昇降口へ向かった。
 各組同時刻に練習を終えているだけに、昇降口はそれなりの人でごった返している。しかし、そこに翠の姿はない。
 あたりを見渡しても女子より男子のほうが目立つ。つまりは着替えに時間がかかるのが女子、ということなのか……。
 そうは思ったものの、俺が使っている下駄箱の向かい――三年B組の下駄箱に人がひとりもいないところを見ると、組自体がまだ解散していないのかもしれない。
 壁に寄りかかり携帯を取り出すと、聞きなじみのある声が聞こえてきた。
 そちらへ視線を向けると、海斗と佐野が数人の男子と連れ立ってやってきたところだった。
「司、翠葉のこと待ってんの?」
「そうだけど」
「翠葉、もうちょっと時間かかるかも?」
 その言葉を疑問に思うと同時、佐野が理由を口にする。
「ちょっと組でゴタゴタがあったんですけど、御園生、そのゴタゴタの張本人のこと気にして体育館に残ってるみたいだったから」
 あぁ、と思った。
 やっぱりアクシデントは起きたのか、と。
「でも、簾条たちも一緒なんで心配ないと思います」
 それらの情報に礼を言いメールチェックを始めると、今度は簾条たち女子のグループがやってくる。
 その中に翠もいるものだと思って携帯をしまったが、翠はそのグループにいなかった。
 簾条と一緒にいたんじゃないのか……?
 俺の視線に気づいた簾条が、
「翠葉なら団長に呼び止められて、今はまだ小体育館よ」
 風間が? ……なんで。
「なんの話かは知らないわ。でも、そう時間はかからないでしょ」
 そう言うと、簾条はあっさりと昇降口を出て行った。
 これは簾条に感謝すべきなのかなんなのか……。
 ただ単に着替えなどで遅れているのなら何を思うことなく待っていられたものを、風間が一緒だとわかると心穏やかではいられない。
 それでも、何も知らないよりは知っていたほうがいいと思うべきなのか……。
 悶々としているところに風間と翠がやってきた。
 俺に気づいた翠が駆け寄ろうとするのを視線で制すと、風間が翠に話かける。
『あいつ、いつもこんなに過保護なの?』
 うるさい……。過保護で結構だ。
 翠は何も言わず、苦笑だけを返していた。

 靴に履き替えた翠が近くまでやってきて、
「遅くなってごめんなさい」
「別にかまわないけど……」
 そうは答えたものの、風間とふたりで何を話していたのかは気になる。
 一番気になるのは、簾条たちが一緒じゃまずい内容だったのか、ということ。
 そんなことを考えていると、翠と同様に靴に履き替えた風間が近くを通った。
 目が合うなりニヤリと笑みを深め、
「今、二回目の告白をしてきたとこ。ついでに、ハチマキの交換してもらえないか打診中。御園生さん、返事は明日聞かせてね! じゃっ!」
 風間は言うだけ言って立ち去った。
 さっきから立て続けに言い逃げされているような気がしてならない。
 翠はというと、風間の背を見送り困った表情をしている。
 俺が見ていることに気づくと、
「ち、違うよっ!? 告白なんてされてないからねっ!?」
「それ、二回目はなかったけど一回目はあったってこと?」
 恨めしい視線を向けられてもかまわず返答を待つ。
「でも、去年の話だし……」
「その話、俺知らないけど?」
 紅葉際前後の話だろうか……。
 翠は言いずらそうに、
「だって、五月だか六月くらいの話だもの」
 五月六月じゃ仕方ないか、と思う自分もいれば、今まで告白してきた男全員の名前を紙に書き出せ、と言いたいような言いたくないような……。
「……ツカサだって誰に告白されたなんて話はしてくれたことないよ?」
 その理由はものすごく簡単だ。
 告白されてから翠に会うまでに脳内消去が済んでいるからに過ぎない。
「ハチマキの交換は?」
 不服を訴える視線とともに返された言葉は、
「そんな話だってしてないもの」
「ふーん……」
 風間にからかわれただけだと思えば面白いわけがないし、数回のやり取りをしたにも関わらず、未だ風間と一緒にいた理由が判明しないことにも納得がいかない。
 じっと翠を見下ろしていると、
「ツカサ……尋問みたい」
「そう取られてもかまわない」
 前にもこんなやり取りをしたことがあったけど、それはいつのことだったか……。
 記憶を紐解く前に翠が口を開いた。
「今日ちょっと組で色々あって……。歩きながら話すから帰ろう?」

 翠に袖を引っ張られる形で歩き始めたものの、なぜ袖なのか、と疑問を持ちながら翠の話を聞くことになる。
 ひとまず話の腰を折るのは嫌でそのまま話を聞いていたが、最終的な結論は、やはり手をつなぐべきだろう、に落ち着く。
「それで最後に呼び止められたの。呼び止められて――激励された感じ」
 文末に疑問符がつきそうなイントネーションだったが、かろうじて押しとどまったふう。
 翠が話した内容は俺が予測していたトラブルの範疇であり、想定以上のことが起きなかったのなら特段問題はない。
 そのアクシデントのあとに団長である風間が声をかけるというのも理解できなくはない。が、その場に簾条たちがいても問題はなかったんじゃないか、という引っかかりだけが最後まで残る。
 なら、本当はどんな話をしていたのか……。
 仮に風間が口にした「二回目の告白」や「ハチマキの交換」といった内容だったとして――。
 隣を歩く翠の様子を観察してみても、俺の顔色をうかがっているような表情ではあるが、何かを隠しているふうではない。
 そこまで考えてはたと思う。
 詮索しすぎだろうか、と。
 正直なところ、激励の内容を知りたい。でも、これ以上風間にこだわるのもバカらしい。
 俺は追及することをやめた。
 その空気を察した翠は、
「ツカサ、ワルツ教えてくれてありがとう」
「礼なら前にも言われてる」
「そうなんだけど……」
 翠は何か言いたそうだったが、その先に言葉を続けることはなかった。
 おそらく、組でトラブルがあった際に風間が何か吹き込んだのだろう。もしくは、簾条あたりが気づいていてもおかしくはない。
 やつらの思惑通りに自分が動いている自覚はあった。
 それでもダンスの手ほどきをほかの男に譲ることはできなかったし、翠が窮地に追いやられる事態は極力避けたかった。
 結果、いいように使われた気がしなくもないが、翠が困る事態に陥らなかったのなら結果オーライだろう。
 隣を歩く翠を見下ろし、さらには掴まれている左袖に視線を移す。
 途中で手につなぎなおされるかと思ったが、翠は未だに袖を掴んでいた。
「……袖じゃなくて手にすれば?」
「え?」
「これ……」
 左手を少し上げて見せると、
「あっ……うん」
 何がどうしてかは知らない。
 翠は袖を離し手を握りなおすと、恥ずかしそうに俯いてしまった。

「紫苑祭明けの土日、翠の予定は?」
 翠は宙に視線を彷徨わせ、
「レッスンの再開は十一月の第二日曜からだからこれといった予定はないけれど……ピアノの練習、かな?」
 その土日に倉敷芸大の学園祭があることは知っているのだろうか。
 そんなことを頭の片隅で考えつつ、
「二日とも?」
「……うん。ここ二ヶ月まともに練習できなかったからがんばらないと。……でも、どうして?」
「藤山の紅葉が見ごろだか――」
「行きたいっ!」
 俺が言い終わる前にすごい勢いで食いついた。
 目がキラキラと輝いていて、ビスケットを前に「待て」を命令されているハナみたいだ。
「でも、ピアノの練習があるんだろ?」
 意地悪く声をかけると、
「ある、けど……行きたい」
 その様子は、「おやつにする? それとも、散歩?」と二者択一をハナに迫ったときそのもの。
 俺は笑いを噛み殺し、
「じゃ、日曜日の午後。日中のあたたかい時間に一、二時間散歩しよう」
「嬉しい……」
 翠は本当に嬉しそうに頬を綻ばせた。
 車の免許を取る前には白野のパレスへ紅葉を見に行こうという話もしていたが、おそらくふたりが高校生のうちは無理だろう。なら、大学生になったら行けるのか――。
 それもまだわかりはしない。
 一見して、学生は休みの融通がきく身分に思えるが、身を置く場所によって程度差が生じる。だとしたら、やっぱりそのときにならないとわからないのだろう。
 もし白野まで行くことが無理でも、近場で、藤山以外の場所へ連れて行けたらいい。
 家に帰ったら少し調べてみよう。
 そんなことを考えている隣で、翠はクスリと笑みを浮かべた。
「どうかした……?」
「ううん、なんでもない。ただ、お散歩、久しぶりだなと思って」
「あぁ、夏以来だな」
 あの日、翠の行きたい場所を追求しすぎて文句を言われたっけ……。
 しかも、あの日に聞き出した場所なんてまだひとつも行けてないし。
 翠が行きたいと言った場所をすべて行くのにどれほど時間がかかるんだか……。
 ほかに話したことといえば、秋兄に関する約束を反故にされた理由を聞かせてもらった。
 翠の告白には衝撃を受けたし戸惑いもした。不安と怒りが入り混じり、どうしたら翠を自分につなぎとめておけるのか、と様々な考えが頭をよぎった。
 でも、あれ以来翠が不安定に揺れることはないし、秋兄が絡むいさかいもない。
 秋兄が仕事場をマンションに移してからというもの、会う機会はぐっと減った。
 それでも仕事を回されることはあるし、会う機会が減っただけで関係性が希薄になったとは思わない。
 秋兄は今でも翠のことを好きなんだろうか……。
 この、「好き」という感情が受け入れられなかったとき、その感情はどう変化していくのだろう。
 少なくとも俺は、翠と秋兄が付き合い始めても諦めることはできなかったし、諦めようとも思わなかった。
 そこからすると、秋兄も俺と同じで諦めてなどいない気がする。

「ツカサ、大学受験はいつ?」
 突然の質問に面食らう。
 何がどうして紅葉から受験の話に飛躍するんだか……。
「なんでいきなりその話?」
 素直に尋ねてみると、翠は俺と視線を合わせたままフリーズした。
「翠……?」
「あ、えと……今日、風間先輩とそういう話をして――」
「そういう話って?」
 激励以外にも話す機会があったということだろうか。
「翠……?」
「あ、あのねっ、風間先輩も藤宮の医学部を受けるっていうお話を聞いたの。それで、風間先輩は普通の推薦入試だけど、ツカサはAO入試か指定校推薦枠じゃないかって」
 あぁ……そういうことか。でも、
「受験ならもう終わってる」
 最終面接は九月にあったし、その結果なら今月の頭に郵送されてきた。
「ツカサごめん、もう一度言ってもらえる?」
 声が震えている気がして翠に視線を戻すと、翠は呆けた表情をしていた。
「もう終わってるけど、それが何か?」
「……終わっているの?」
「さっきからそう言ってるけど……?」
 翠はいったい何を言いたいのか。
 そのまま観察を続行すると、
「いつ……? いつ、終わったの……?」
 なんか、泣きそうな声なんだけど……。
「今月頭には合格通知届いてたけど……それが何?」
 何がどうしてこんな表情をされなくちゃいけない……?
「翠?」
 顔を覗き込むと、目の表面に溜まっていた水分が零れ落ちた。
「……泣かれる理由がわからないんだけど」
「……だって、私、何も知らなかった」
 俺に話した記憶がないのだからその認識で間違いないけど……それが何?
「言う必要あった?」
 俺の言葉を聞いた瞬間、翠の表情が苦々しく歪んだ。そして、次々と涙が溢れてくる。
「……俺、泣かれるほどひどいことした覚えないんだけど」
 それとも、俺は泣かれるほどひどいことをしたのだろうか。
 一瞬にして脳内を疑問符に占拠された。
 そんな俺の隣で翠は壊れたみたいに涙をポロポロと零し続ける。
 せめて、どうして泣いているのかだけ教えてもらえないだろうか。
 そんな思いをこめて名前を呼ぶと、
「ごめん、どうして泣いているのか自分でもよくわからなくて――」
 ……わからなくても涙って出てくるものなのか?
 翠はつないでいた手を引き寄せ涙を拭った。けれども、拭っても拭っても涙は止まらない。
 その状況に焦ったのか、さらに涙を拭うペースが上がる。
 その様を見かねて自分のハンカチを握らせた。
「涙拭いたら深呼吸」
「無理」
「無理じゃない。ほら」
 翠は不規則な深呼吸を繰り返す。
 未だ涙は止まらない。
 ……このままでは帰せない。なら、どうするか――。
「涙の理由がわからないなら自己分析に努めて。それから、ゆっくりでいいから歩くの再開。思考は歩いているほうがまとまりやすい。それでも無理なら紙に書き出せばいい。……悪いけど、このまま帰すつもりはないから」
 一方的に告げると、俺は一歩下がり翠の背後に移動した。
 移動したら、小刻みに震える翠の後姿しか見えなくなった――。






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