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光のもとでⅡ-1 作者:葉野りるは

紫苑祭前編(10/30)

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Side 翠葉 07話

「あのっ、踊ります。踊るので、組にとってプラスになるペアを選出してください」
「……わかった。じゃ、ダンス対決ね」 
 風間先輩の言葉で話し合いが終わろうとしたそのとき、海斗くんが「はい」と手を挙げた。
「はい、海斗。手短にね」
 風間先輩が応じると、
「あのさ、谷崎さんは翠葉のことだけが気になってるみたいだけど、ほかのペアは気にならないの?」
「……この学校で静音先輩以上に踊れる人なんて知りません。それに、風間先輩と藤宮先輩、簾条先輩は授業でのダンス評価がA評価だと知っていますし……」
 含みある言葉尻と共に、谷崎さんは私を見た。
 ……成績、か――。
 その言葉に私は納得した。
 おそらく、イレギュラーな選出方法に納得ができず、さらには「成績」を持たない私を認めることはできなかったのだろう。
 もしかしたら、ワルツメンバーを選出した日からずっと、呑み込もう呑み込もうとしてきたのかもしれない。それでも溜飲が下がることはなく今に至ったのか――。
 なんとなくの想像はできたけれど、相反する思いがなくなるわけではない。
 体育の授業に出られないのだから、「成績」がなくても仕方ないじゃない、と思う自分がいる――。
 みんなにとっては数ある授業のひとつでしかないかもしれない。でも、私にとっては違う。
 どんなに望んだところで体育の実技授業だけは参加することができないのだ。
 でも、これは私の事情であって谷崎さんには関係のないこと。
「成績」を持たないのは私であり、いわばワルツに出る「権利」や「資格」を持たないのも自分。
 そうとわかっていても呑み込めない。引くことができない。
 おかしいな……。少し前までの私なら、谷崎さんの言い分が筋の通ったものだとわかれば身を引いたはずなのに。
 自分の変化に戸惑っているうちに、海斗くんたちの話は予想だにしない方向へと進んでいた。
「評価を認めてもらえるのは嬉しいんだけど、俺、翠葉と佐野にワルツで勝てるかって訊かれたら、結構自信ないよ?」
「え……?」
 谷崎さんはそれまでの表情を崩して驚く。
「あー……それなぁ、俺も評価はいいほうだけどみなぎる自信はないよ。静音と簾条さんは?」
「そうねぇ……ダンス部部長の威信にかけて、負けるとは言わないけれど、余裕で勝てるかといわれたらそんなことはないわね」
「私も海斗と同じです。相応には踊れますけど、翠葉と比べたら自分が勝るとは言えません」
「「そんなっ――」」
 私と谷崎さんの声がかぶった瞬間、その場に小さな笑いが起きた。
「どうせ競うなら、四ペアで競って上位三ペアに決めませんか?」
 桃華さんの提案に、その場の面々が頷く。
 困惑しているのは私と谷崎さんのみ。
 おろおろしていると、今度は佐野くんが手を挙げた。
「はい、佐野くんどーぞ」
「谷崎さんのパートナーは? ダンスの授業は一ヶ月あったけど、授業で一緒に練習しただけの相手だと不利じゃない? 大丈夫?」
 佐野くんらしい公平な意見に風間先輩と海斗くんが心底感心したような眼差しを向ける。
 一方、佐野くんはその視線を避けるように「どうなの?」と尋ねなおしていた。
 谷崎さんは佐野くんに向き直り、
「ご心配いただかなくても結構です。部活でパートナーを組んでいる青木くんが同じクラスにいますので。……私たちのことよりご自分の心配をされてはいかがですか? ダンス未経験、さらには授業にも出ていない御園生先輩と踊るんですから」
 これは悪気があったのかなかったのか……。
 どちらにしても、カチンとくる返答だったことに変わりはない。
 ゆえに、佐野くんが珍しく怒りに歪んだ表情を見せている。
「谷崎さん、今のは失礼よ」
 静音先輩の言葉に、谷崎さんは小さく「すみません」と口にしてそっぽを向いた。
 暗雲立ち込める、とはこういうことを言うのだろうか。
 ただでさえあまりいい雰囲気ではなかったところ、さらに険悪さが増したように思う。
 そんな空気を換えるべく、風間先輩が周囲に向かって声を発した。
「みんな、気になって練習どころじゃねーんだろ? ならさ、もう集まっちゃえよ。どっちにしろ、最終的には多数決することになる」
 風間先輩の掛け声に散らばっていた人が集まり始めた。
「今からワルツに出る代表を再選出することになった。ほかに我こそは、って人間いる? これがホントのホント、最後だよ」
 あたりを見回しても手が挙がる気配はない。
「じゃ、これから踊るから、それを見て自分の中で順位決めといて。ダンスが終わったら三学年合同で多数決とるから」

 自分たちに割り振られたフロアへ移動する途中、
「御園生ずっと黙ったままだけど、大丈夫?」
 佐野くんが心配そうな顔で私を見ていた。
 大丈夫……大丈夫、かな……? ううん、大丈夫じゃない気がする。
「ちょっと、気分が悪くなりそうなくらい混乱してるかも」
 人前で踊る緊張などすっかり鳴りを潜めてしまった。
 今は心の中で渦巻く感情をもてあましている状態だ。
「ね、それ……大丈夫なの? 大丈夫じゃないの?」
「大丈夫」とは言いがたい。でも、「大丈夫」で切り抜けたい思いはある。
「佐野くん、今、心の中がものすごくどろどろしたものでいっぱいなの。なんか、このままだと窒息しちゃいそうだから吐き出してもいいかな」
「いいよ、承る」
 私は二酸化炭素を吐き出し、新たに小さく息を吸う。
「私ね、自分がワルツに選ばれたとき、一年生の代表になるはずだった子のことをまったく考えなかったわけじゃないの。ワルツの選出って成績のいい人が自動的に任命される仕組みだったでしょう? それって、選出するしないじゃなくて、ダンスの評価だけで決定するはずのもので、そこに『姫』なんてイレギュラーなものが挙がっちゃったからこんなことになっているわけで……。決まったあとも気にはなっていて、一年生の代表になるはずだった子のところに話を訊きに行こうとは思っていたのだけど、気づいたらそんな時間がとれないほど忙しくなっちゃって、結局誰が代表になるはずだったのかも調べなければ、聞きに行くこともしなかった」
「……海斗から聞いた。生徒会の仕事と副団の仕事、大物の衣装製作を抱えたらそりゃ時間もないでしょ」
「うん……でも、そこでかまけることなく聞きに行っていたら、今の状況を招くことはなかったのかな、と思うわけで……」
「……御園生の名前が挙がったとき、風間先輩はちゃんとみんなの意見を確認した。間違いなく、組全体で話し合った結果の代表だよ」
「うん……そうなんだけど、私、少し浮ついていたの」
「は……?」
「ダンスに出てみないかって言われたとき、無理って思う気持ちと、出たいって思う気持ちと両方あって、結局は後者が勝ったから承諾したの。……出てみたかったの、体育祭に。もっと言うなら、人の代えがきかない種目に出てみたかった。だからね、気にはなっていたけれど、もし時間があったとしても話を聞きにいったかはわからない」
 心に引っかかるものがあったのに、直視することを避けたのは事実なのだ。
 佐野くんが言いうように、私に「責任」はないかもしれない。でも、私が「要因」であることに変わりはないわけで――。
「……一年に話を聞きに行くっていうのは、あくまでも御園生の優しさだと思う」
 佐野くんは一度視線を逸らしてから再度口を開いた。
 意図して視線を合わせず、
「御園生、俺のわがままひとついい?」
 佐野くんは私の返事を待たずに言葉を続ける。
「今、『申し訳ない』って言葉は聞きたくないんだけど」
 私は苦笑を浮かべて頷く。
「大丈夫。ここから先は愚痴でしかないから」
 佐野くんは本日二回目の「え?」という顔で私を見た。
「決まった直後は嬉しいのと申し訳ないのが半々くらいだったの。でも、練習を始めたら申し訳ないなんて思う余裕はなかったし、代表の名に恥じないよう上手になることだけを考えて練習してきたよ。結果、それなりに踊れるようになったと思ってる。だからね……」
 私は肺の奥まで酸素を吸い込み、
「谷崎さんに納得がいかないって言われたとき、今更? って思った。言うならもっと早くに言ってよ、って。私だってがんばって練習してきたんだよ、って。さっき言わなかったのはいい人ぶってたわけじゃなくて、なんかこぉ……沸々沸き起こる感情に戸惑っていたというか、自分の変化に戸惑っていたというか……。でも、胸にしまっておくには過ぎる感情で……。ごめん、踊る前に吐き出したかっただけなの」
 佐野くんは鳩が豆鉄砲を食らったような顔で、
「……なんだ、そうだったんだ」
「うん」
「……俺、御園生のマイナス思考が炸裂して、『申し訳ない』を連発されるのかと思った」
「まさか……申し訳ないと思って競技に出ることのほうが申し訳ないでしょう? それに私、明日は勝ちに行くつもりだったのだけど……」
 佐野くんは違うの……?
 視線で訊くと、佐野くんはくつくつと笑いだした。
「俺も勝つつもりでいる。そもそも、負けるかもなんて思って試合に出たりしないってば。それに、俺も口にはしなかったけど、御園生と同じこと思ってた。だって、明日だよ? 明日っ。前日のこのタイミングで言い出すとかなしだろっ!」
 その言葉を聞いてほっとしてしまう。
「佐野くんが同じ気持ちでいてくれたの、なんだかとっても嬉しい。ほっとしちゃった」
「頭にこなかったら嘘でしょ? だって、そのくらいがんばって練習してきたし、俺らパートナーだよ?」
 ふたり顔を見合わせ笑ったあと、佐野くんは挑発的な視線を向けてきた。
「訊かなくてもわかってるんだけど……御園生、どうしたい?」
「そんなの決まってる」
「「今までで一番上手に踊りたい。もちろんノーミスで」」
 その言葉を最後に、私と佐野くんはダンスのスタンバイに入った。






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