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光のもとでⅡ-1 作者:葉野りるは

紫苑祭前編(10/30)

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Side 翠葉 05話

 応援合戦が終わると部活別対抗リレーが始まる。
 当初、ユニフォームを着て走るなど部活色を出すという案があったものの、それでは公平にタイムを競えないし勝敗を決める落としどころがないという意見が多数挙がり、ジャージ姿で普通にリレーをすることになった。
 各部選りすぐりのメンバーが揃うとはいえ、天下の陸上部様がいらっしゃるのだから、それに対抗できるのは野球部かサッカー部くらいなものではないだろうか。
 結果、一位は陸上部、二位が野球部、三位はサッカー部。
 生徒会メンバーが所属するバスケ部、水泳部、弓道部は残念な結果で幕を閉じた。
 ここまで見てきた限りでもツカサと飛翔くんはかなりたくさんの競技に出ている気がする。それを口にすると、
「なるべく全員が競技に参加できるように振り分けられてはいるんだけど、やっぱり運動神経がいい人間の出番は多くなるよね。それがひとえにMVPにつながってたりするんだけどさ」
 紫苑祭のMVPは紅葉祭のMVPと同じで、人気投票のほか、競技での活躍を加味されて決まるのだ。
 あと、このお祭りで目立つ人というならば、やっぱり応援団長だろう。
 そんなことを考えれば、この紫苑祭のMVPが誰になるのかは予想がついてしまうというもの。
「因みに、二年前の紫苑祭では誰がMVPだったんですか?」
 私の問いに優太先輩は苦笑いを貼り付ける。
「訊かなくても予想できたりしない?」
「……ツカサ、です?」
「当たり。一年だろうが素っ気無かろうが、当然のように人気投票は掻っ攫っていくし、参加した競技でもそれなりの結果を残す。本当、そこら辺ぶれないよね~。今回もツカサかな? 騎馬戦の観戦とか見ちゃうとそんな気がしてならないよね」
「そうですね」
「彼女としては複雑?」
「いえ、そんなことは……」
 優太先輩とこんな話ができたのは女子の障害物リレーのとき。
 ツカサと飛翔くんは次の競技、徒競走決勝戦に出るため本部を離れていたのだ。

「そういえば、前回司が何に出たか聞いてる?」
「いえ……」
「知りたい?」
 こんなふうに言われて知りたくならない人などいないだろう。
 素直に首を縦に振ると、優太先輩はもったいぶることなく教えてくれた。
「男子全員参加のものはさておき、色別対抗リレーのほかメドレーリレー、二日目には合気道に出たよ。それと、翠葉ちゃんも知ってのとおり、ダンスのワルツ部門」
 え……?
「ワルツ、ですか……?」
「そう。……って、あれ? 翠葉ちゃん……?」
 目の前で手を振られ、何度か瞬きを繰り返す。
「もしかして……ワルツの代表だったの知らなかった、とか……?」
「まさかね」と優太先輩は笑うけれど、その「まさか」だった。
 ダンスで一番高い評価はトリプルA。
 藤宮では中等部からダンスの授業が始まるけれど、高等部になってもトリプルAの成績を持つ人は少ないという。
 そのトリプルAを中等部からずっとキープしているツカサがワルツの代表にならないほうがおかしい。
 話を聞いたから知ってるとか聞いてないから知らないとか、そういうレベルの話ではなかった。
「私、どうして気づかなかったんでしょう……。ダンス、ずっと教えてもらっていたのに……」
 自分の愚鈍さを紛らわすように苦笑を貼り付け優太先輩を見ると、今度は優太先輩がきょとんとした顔をしていた。
「優太先輩……?」
「あっ、ごめん。……あのさ、もしかしたら、俺と翠葉ちゃん話が噛み合ってないかも?」
 話が噛み合ってない……?
「……あの、どこら辺がどのように、でしょう?」
「俺が前回の紫苑祭で司がワルツに出たことを翠葉ちゃんが知ってると思ったのは、翠葉ちゃんが司と同じ境遇にいるからなんだけど……?」
 え……? 私とツカサが同じ境遇?
「あの……優太先輩も知ってのとおり、私、体育の授業は出ていないので――」
「うん、やっぱ噛み合ってないや」
「え……?」
「同じ境遇って言うのはさ、姫と王子だからって意味」
 優太先輩は「これで噛み合うだろう」といった表情をしているけれど、私の中では謎が深まったように思う。
「姫と王子だから……? それはどういう意味ですか?」
 またしても優太先輩はきょとんとした顔をする。
「あれ? 翠葉ちゃんって姫だからワルツの代表になったんじゃないの?」
「はい、そうですけど……」
 今の会話を文章にすれば、言葉上では意思疎通ができているように思える。でも、話しているニュアンス――「感じ」の上ではまったく意思の疎通ができていない。明らかに噛み合っていないことがわかった。
「あの、姫と王子だからワルツってなんですか……?」
 たぶんここが問題点。そんな気持ちで尋ねると、
「姫と王子がワルツの代表になるのは紫苑祭の恒例行事みたいなものなんだ」
 それを聞いて何重にも納得した気がする。
 組で「姫だから」とワルツの代表に選出されたのは「姫と王子の恒例行事」だからだったのだ。
 突然「姫」と引っ張り出されたわけではなく、「恒例行事だから」という理由のほうが納得できるしちょっと嬉しい。
 イレギュラー度数が下がる気がして……。
 そんなことを考えていると、
「因みに、司が今回何に出るのかは聞いてる?」
 確認のように尋ねられ、「知りません」と即答して思う。なぜ知らないのか、と。
 一日目の競技はだいたい知っていたものの、明日の競技に関してはまったく把握していない。
 確かに準備期間は忙しかったけれど、途中からは毎日顔を合わせていたのに……。
「優太先輩……私とツカサって絶対的に会話量が少ないんでしょうか」
 真面目に尋ねると、
「えぇっと……さすがにふたりの間のことはわからないかな。……でも、今年は内緒にしてるのかも。うちの組自体が緘口令敷いてるし」
 緘口令……?
「そんなわけで、俺も教えられないからね~」
 そうは言うけれど、
「姫と王子がワルツに出るのが恒例なら、ひとつはワルツで決定なんじゃないんですか……?」
 優太先輩はにんまりと笑い、「秘密」と言うなり口を噤んでしまった。

 校庭に視線を戻すと、そこには借り物競争と障害物競走がひとつになったレンタル障害物競走に出ている嵐子先輩の姿があった。
 スタートした走者を一番に迎えるのは平均台。その次にハードルを三つ越えると高さ七段の跳び箱あり、その次にはかいくぐるためのネットが待ち受けている。
 ネットをくぐり終わると、一輪車に乗って五メートル進まなくてはならず、そこまでしてようやく白いボックスにたどり着く。
 その白いボックスこそ、借りるものが記された紙が入っているのだ。
 トップでボックスにたどり着いた嵐子先輩は豪快にボックスへ手を突っ込み、ボックスを壊しそうな勢いで手を引き抜いた。そして、紙を開いた次の瞬間には頭を抱えてその場にしゃがみこむ。
「嵐子、何が書かれてたんだろ?」
 優太先輩とふたり嵐子先輩を注視していると、嵐子先輩は何かを振りきるように立ち上がり、校庭を全速力で横切り始めた。
 向かった先は、徒競走決勝戦に出る人が集まる場所。
「何が書いてあったんでしょう?」
「……校内で一番足が速い人、とか?」
 それなら佐野くんが該当するだろう。しかし、嵐子先輩はツカサを連れ立って走りだした。
「……生徒会長、だったのかな?」
「それじゃ、あまりにも普通すぎて楽しくないですよね?」
 借りるものにおいては実行委員が趣向を凝らしたものを設定されているはずなのだ。
 優太先輩は少し考えてから、
「それってさ、俺たち生徒会メンバーからしてみたら、って話じゃない?」
「え? どういうことですか……?」
「司と日常的に接点のある人間にとってはどうってことのない内容でも、司と接点のない女の子にとっては嬉しい内容だと思わない?」
 そう言われて納得してしまった。
「じゃあ、嵐子先輩が落胆して見えたのは――」
「私がこのくじ引いちゃってごめんなさい、ってところかな?」
 優太先輩は「たはは」と笑って着順を紙に記し始めた。
 レンタル障害物競走が進むにつれて気づいたことといえば、ひとつとして「物」を借りてくる、という指示がなかったこと。「借りるもの」はすべて人間で、もっと言うなら人気のある男子に限定されていた。
「こりゃ、女子が喜ぶ競技っていうかイベントだな」
「そうですね」
 競技が始まった時点では男女同じくらいの応援模様だったのに、今となっては断然女の子の甲高い声が目立っている。
 応援に徹する女の子たちはトラックの際から身を乗り出し、手に持つ携帯やデジタルカメラで何を気にすることなくパシャパシャと写真を撮っている。
 それらを見ながら、
「紫苑祭が終わったら、肖像権に関するプリントを配布することになりそうですね」
 このプリントは、球技大会や陸上競技大会のあとにも配られる。
 去年の紅葉祭のときも配られたのだから、紫苑祭後も間違いなく配られるだろう。
 不機嫌そうな表情でツカサがフォーマットをプリントアウトしている姿が目に浮かび、思わず声に出して笑ってしまった。すると、
「何か面白いことでも思いついた?」
「いいえ。ツカサが不機嫌な顔でフォーマットをプリントアウトしているところが想像できてしまって……」
「あ~……」
 優太先輩は中途半端に口を開けたまま言葉を濁す。
「優太先輩……?」
「いやさ、前までなら自分の写真が出回るのが嫌だったんだろうな、って思うんだけど、今は違うんじゃないかなと思って」
「……え?」
「自分の写真が出回ること以上に、翠葉ちゃんの写真が出回ることを避けたいんじゃない? もっと言うなら、翠葉ちゃんの写真を個人的に持たれることも嫌がってそうだけど?」
 たかがそれだけの言葉に私の頬は熱を持つ。
「大好きな彼にこれ以上ないくらい大切にされるのってどんな気分?」
 恐る恐る隣に座る優太先輩を見てみると、優太先輩の目はわかりやすく三日月目になっていた。
 最近はこんなふうにからかわれることがなかっただけに、意表をつかれた気分だ。
「もうっ、嵐子先輩に言いつけますよっ!?」
「どうぞご自由に! たぶん、嵐子も俺と一緒になって翠葉ちゃんや司をいじると思うし」
 確かに、嵐子先輩ならそれもありうる……。
 何も言い返すことができずに唸っていると、
「ま、なんにせよ、俺たちは幸せだよね」
 優太先輩の視線はトラック脇に群がる女の子たちに向けられていた。
 なんとなく、今までの話とは違うことを言っている気がしてその先に続く言葉を待っていると、
「うちの学校には自由に恋愛できない人もいるからさ」
「え……?」
「この学校、お嬢様や御曹司が多いじゃん?」
「はい……」
「中には婚約者がいる人間もいるし、特定の異性と付き合うことを親に禁止されてる人間もいる。そんな人間にとってはこうやって騒げる対象が必要なのかもしれない」
 そんな話を聞いてしまうと、なんだか複雑な気分だ。
 誰かを好きになるのは不可抗力だと思う。気づけば心を占める割合が多くなっていて、気づいたときには手遅れ。
 制御などしようと思ってできるものではない。
 ブレーキをかけようと思えば思うほどに、想いはどんどん膨れ上がっていく。
「好き」という気持ちが溢れてどうにもならなくなったとき、その人たちはどうするのだろう。
「……気持ちを伝える自由はあるのでしょうか」
「人によりけり、かなぁ。対外的に、婚約者以外の相手を好きになること自体がアウトって人は、友達と恋愛話することもできないって聞いたことがある」
 私が目を白黒とさせていると、
「ま、それはごく一部の人間の話。あとは、それなりにジンクスやなんやかや楽しんでるよ」
 言われてみれば、今回の紫苑祭準備期間においても誰が誰の衣装を作っただの、誰が誰にハチマキの交換を申し出ただの、その手の噂は絶えることなく日々飛び交っていた。
「パートナー制って聞いたことない?」
「パートナー制……ですか?」
「うん。告白されるときに『パートナーになってください』って言われたこととか、ない?」
「あ、それなら何度か……」
 でもそれは去年の紅葉祭前のことで、後夜祭におけるパートナーの申し込みだと認識していた。
「うちの学校内における『パートナー』って、彼氏彼女のことなんだ」
「……え?」
「つまり、おおっぴらに付き合うってことができないから、パートナーって言い方をしてるわけ。学校内では彼氏彼女っぽい振る舞いをしていても、学校を出たら単なる学友。そういう線引きをした関係」
 私はびっくりしすぎて口をポカンと開けたまま優太先輩の目を見つめていた。
「要は擬似恋愛みたいなもの。これならジンクスだって楽しめるでしょ?」
 できるかできないか、と言われたらできるだろう。でも、逆立ちしても私には理解ができそうにない。
 学校を出たら友達って――。
 心はそんなに簡単に切り替えられるものなのだろうか。
「翠葉ちゃんの周りにはそういう友達いない?」
 友達の顔を頭に思い浮かべてみるものの、それらしき人は思いつかなかった。
 考えてみれば、誰と誰が付き合っている、と私が認知しているのは主に生徒会メンバーくらいなもので、そのほかといったら佐野くんと香乃子ちゃんくらいなもの。
 でも、校内においていつも一緒にいる男女、というのはそれ相応に目にしているわけで、それらの大半が「パートナー」というものならば、驚かざるを得ない。
「びっくり、って顔だね?」
「……びっくりです」
「俺も、初めて知ったときはびっくりした。だってさ、校内限定ってことはさ、学園敷地内でしかデートもできないんだよ? いくら広い敷地内とはいえ、学校じゃキスくらいしかできないし」
 その言葉にボッ、と火がついたように顔が熱を持つ。
 完全に意表をつかれた。
 顔を上げられずに俯いていると、隣からくつくつと笑い声が聞こえてくる。
「ごめんごめん、セクハラでした。まぁさ、そんな人たちがいることを知っちゃうとさ、誰を好きになっても良くて、誰と付き合っても咎められることのない自分は幸せだな、と思うわけですよ」
 私は熱い頬を押さえたまま「そうですね」と、気もそぞろな言葉を返すことしかできなかった。






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