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光のもとでⅡ-1 作者:葉野りるは

紫苑祭前編(10/30)

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Side 翠葉 04話

 午後一番にある色別パレード、応援合戦に備え、このお昼休みの間に全部の組が着替えを済ませなくてはいけない。そのため、先に更衣室を使う組、あとに更衣室を使う組、とあらかじめ決められていた。赤組は前者、先に着替える組。
 周りの友達がチアリーダーの衣装や法被姿に着替える中、私はひとり緊張しながら黒い学ランと対峙していた。
 実は、この長ランに袖を通すのは今日が初めてなのだ。
 ツカサが作ってくれた長ランは特別度が高すぎて、ハンガーにかけて眺めることしかできなかった。
 きちんと採寸して作られたものなのだから、サイズが合わないということはないだろう。そうとわかっていても緊張してしまう。
 ドキドキしながら袖を通し、鏡に映る自分に視線を移す。
 こういうのは身長の高い人が着るから様になるのだと思っていたけれど、鏡に映る自分はなかなか様になっているように思える。
 私に用意された長ランは、明らかに男子が着る長ランとはシルエットが違った。
 脇下からウエストのあたりまでは程よくシェイプされ、腰から裾にかけてAラインになっている。そんな形のおかげか、一五八センチの私だけれど足が長く見えなくもない。
「翠葉、そんな不安そうな顔しなくても似合ってるわよ?」
 桃華さんは長ランの裾を手に取り内側の刺繍を目にすると、
「……これがあの男の仕事かと思うと踏みにじりたくなるけれど」
 穏やかではない感想をくださった。
 更衣室を出たところで赤組の衣装製作班の先輩たちに取り囲まれ、
「姫、髪の毛ポニーテールにしよう!」
「えっ? ツインテールも捨てがたくない?」
「でも、長ランで凛々しさ演出するならポニーテールだよ」
 意見はふたつに分かれ、多数決でポニーテールに決まった。

 校舎を出るまでは、肌の露出が少ないことにほっとしていた。けれども、外に出ると赤いチア衣装の中に黒がいるというだけで変に目立っていることに気づく。
 風間先輩の言葉は正しかったのだ。応援団に女子がいるというだけで、人目を引いてしまうらしい。
 いつかのスチル写真撮りのときのように背を丸めていると、パシッ――桃華さんに背を叩かれ「姿勢を正しなさい」と叱られた。
 涙目になっている私を美乃里さんと香月さんはクスクスと笑う。そして、
「せっかく格好いい長ラン姿なんだから凛々しくね!」
 美乃里さんの一言に、深呼吸をして姿勢を正す。
 美乃里さんと桃華さんがチアリーダーの衣装を着ているのに対し、モニュメント製作班だった香月さんは男子と同じ法被を体操着の上から羽織っている。
 そんな格好を見れば、沸々と無意味な感情が沸き起こる。
 やっぱり、モニュメント製作班でみんなと一緒にパレードで歩くだけのほうが良かったんじゃないかな……。
 そんなことをぐるぐると考えているうちに組別観覧席へ着いてしまった。
「二年副団長到着です!」
「美乃里さんっ、声大きいっ」
「あら、みんなに知らせているのだから大きくて当然だわ。ね、桃華?」
「そのとおりね。翠葉、いい加減に諦めなさい?」
 美乃里さんと桃華さんは腕を組んで満足そうに笑っている。そんな私たちを見て、
「御園生さん、往生際が悪いわ」
 香月さんの一言に私は撃沈した。

「翠葉ー! 翠葉翠葉翠葉翠葉翠葉ーーーっっっ!!!!」
 これは間違いなく飛鳥ちゃんだろう。
 振り返ると、ショッキングピンクのチア衣装に身を包んだ飛鳥ちゃんが全速力で走ってきたところだった。その手にはコンパクトデジタルカメラを持っている。
「長ラン姿、超かわいいっ! 写真撮ろう! 写真、写真!」
 飛鳥ちゃんの勢いに押されるまま何枚かの写真を撮られた。そこへ海斗くんと佐野くんがやってきて、みんなで写真を撮ることに。
 最後に飛鳥ちゃんが、
「クラス写真撮ろうか?」
 私たちに尋ねたとき、海斗くんがにっこり笑顔で飛鳥ちゃんの前に立った。
「その前に俺とのツーショットは? ん?」
 少し屈んで飛鳥ちゃんの顔を覗き込むと、飛鳥ちゃんは顔を真っ赤にして「撮る」と小さく呟いた。 
 去年の紅葉祭から付き合いだしたふたりだけれど、普段一緒にいるときは取り立てて何かが変わることはなかった。
「彼氏彼女」といった雰囲気を強く感じたことがなかっただけに、今目の前にいるふたりが新鮮に思える。
「私でよければ撮るよ?」
 飛鳥ちゃんに声をかけると、嬉しそうな表情でカメラを手渡された。
「はい、チーズ!」
 飛鳥ちゃんは海斗くんに肩を抱かれて少し恥ずかしそう。それでも、写真に写るはにかみ笑顔は文句なしに幸せそうな表情だった。
 そういえば、私とツカサが一緒の写真に写るのはいつだって姫と王子の出し物のときだった。それ以外で写真を撮ったことは――あ、湊先生の結婚式と楓先生の結婚式のときに集合写真で一緒に写ったくらい……?
 ツカサがひとりで写っている写真は去年もらった球技大会のものがあるけれど、あいにくピンボケだしカメラ目線でもない。
 唯一のカメラ目線の写真は先日撮ったスチル写真のみかも……?
 そのデータは後日もらえることになっているけれど、その写真を持ち歩く自信はない。
 長ラン姿のツカサが格好よくとも、自分のチア姿は受け入れがたいのだ。
 ツカサひとりで写っている写真も欲しいけれど、一緒に写る自分が普通に笑っている写真があったらもっと嬉しい。
 来年になれば、ツカサは高校を卒業して大学生になる。その翌年には支倉キャンパスへ通うために支倉へと引っ越す予定だ。
 間違いなく今よりも会う頻度が減るだろう。そうなったとき、自分を慰める材料があったらどんなに心強いか。
 写真、撮りたいって言ったら撮らせてくれるかな?
 少し考えて落胆する。
 だめだ。そんな申し出をした暁には交換条件を持ち出され、自分の写真も撮られる羽目になるだろう。
 写真を撮られるのも苦手なら、引きつり笑いの自分の写真を持たれることにだって抵抗はある。
 かわいく写っている写真を持っていてほしいだなんてことは言わない。でも、引きつり笑いの写真はちょっと……。
 そんなことを考えていると、桃華さんに肩を叩かれた。
「翠葉、聞いてる?」
「えっ!?」
「飛鳥がクラス写真撮ってくれるって」
「あっ、はいっ」
 私は慌てて場所を移動した。

 お昼休憩が終わるとスムーズに色別パレードが始まった。
 パレードの順番は、現時点の最下位から始まる。
 どの組も、先頭に応援団長、応援団、そのあとにモニュメント、最後尾にチアリーダーという並びでトラックを回る。
 応援合戦の得点は生徒たちの投票で決まるため、今日明日は紅葉祭のとき投票に使われた機材が食堂と桜林館の出入り口に設置されている。
 それではみんなが自分の組に投票するのでは、と思ったけれど、そこはしっかりとルールが設けられていた。
 投票者は自分の組に投票することはできず、必ずほかの組を投票することになっているのだ。
 ほか、クラスを受け持たない先生や事務の人、用務員さんにも投票権はある。
 生徒だけではなく学校全体が、学校にいる人みんながお祭りに乗じるこの空気が好き。
 何をするにも一生懸命で、一生懸命になることを笑う人はひとりもいなくて、互いが苦手だと思うことをフォローしあえる仲間が集う場所。
 それは、藤宮に入学するまで見たことのなかった風景で、理想とも思える環境。
 運動ができない自分が体育祭に参加しているだなんて、未だに信じられない。
 この学校にずっといたいし、みんなともずっと一緒にいたい。
 でも、ここにいられる期間はあと一年と半年。
 時は少しずつ着実に、卒業までの時間を刻んでいる。
 自分が高校を卒業するその日まで、遣り残したことがないように過ごせたらいいな……。

 すべてのパレードが終わると応援合戦が始まる。
 今日は色別パレードと応援合戦のみ。チアリーディングは明日、桜林館で行われる。
 準備している人たちを見て気づいたことといえば、応援団長は誰もが黒い長ランを着るわけではないということ。
 黒い長ランを着ているのは赤組と黒組、紫組しかなかった。

 黄組は、おもちゃ箱をひっくり返したようなモニュメント。黄色がテーマカラーとなっているものの、ほかの組の色も率先して取り入れており、それらは遊園地のパレードのような様相を呈していた。
 応援団においては全員が着ぐるみを着ている。
 男子高校生が着ぐるみを着ている様は少々奇妙に思えたけれど、ちまちまとした動きで拍子を刻む動きはコミカルでとてもかわいらしかった。
 白組の応援団は皆兵隊に扮していた。高さのある帽子をかぶり、腰には細長い剣を携え、応援合戦では剣技を使って拍子を刻む。
 刻む、というよりは、剣舞のようにも見えた。
 そんな白組のモニュメントは白を基調とした、煌びやかな洋風のお城だった。
 桃組のモニュメントは桃太郎。雉と猿、犬もしっかりと桃太郎の傍らにいる。それは応援団長と副団長の姿でもあった。しかし、副団長はふたりしか選出できないため、団長の肩には作り物の雉が乗っていて、それがなんともかわいい。
 法被姿の応援団はうちの組とかぶるけれど、背中にプリントされたものはうちの組のほうが格好いい気がする。
 紫組、青組の応援合戦が終われば赤組の番。
 うちの組のモニュメントは御神輿。
 赤組のモニュメント製作班には美術部と演劇部の人が多数いた。さらにはおじい様が宮大工という人がいて、より細部にこだわった御神輿ができあがった。
 チアリーダーの衣装と法被の背面には、書道部の人が書いた「祭り」という猛々しい文字がプリントされている。桃組の、かわいらしい桃の絵と比べると、格段に格好いいと思うのは身内目だろうか。
 黒い長ランを着ている私たちの内布は、光沢のある赤いシルク生地。そこに、生地の色が映えるよう、金糸で御神輿が刺繍されている。
 応援歌はカラーガードを使った演舞を披露し、応援合戦はごく一般的なもの。一拍子から順に拳を前へ突き出すあれだ。
 ひとつひとつの動きがなあなあにならないよう、日々切れのある拳の繰り出し方を意識して練習してきた。
 その成果はきちんと出ていたと思う。
 最後は黒組。
 黒組のモニュメントは中国の龍をモチーフとした黒龍。
 ツカサと優太先輩、朝陽先輩の三人だけが長ランを着用しており、残りの団員は光沢ある黒い布で、カンフーや太極拳の衣装のような格好。背中には龍が刺繍されており、今まで見てきた衣装の中では着ぐるみの次に手をかけられた衣装に思えた。
 応援歌は赤組と同じようにカラーガードを使っての演舞。
 黒組の旗を見るまでは、赤組の旗に描かれていた「祭り」の文字が一番格好いいと思っていた。けれども、いざ黒龍が刺繍された黒組の旗を見てしまったら一気に気持ちが萎えるわけで……。
 問題の応援合戦はというと、赤組と同じく正統派。スタンダードな応援合戦。しかし、赤組が上半身しか使わなかったのに対し、黒組は下半身も使い、重心を落としての振り付け。その動きやポーズは空手の型に通じるものがあり、上半身だけで行うより数段格好いいものに思えた。

 どうしよう……ものすごく格好いい。
 応援合戦の様子は録画されており、後日フォトアルバムと一緒にDVDもついてくるのだけど、
「写真、欲しいな……」
 思わず口をついた言葉を飛翔くんに拾われた。
「そんなの本人に直接言えばいいだろ?」
「だって、ツカサだよ? ツカサにそんなこと言ったら返り討ちにあっちゃう」
 割と真面目に答えたつもりだったけれど、近くに座る団員が声を立てて笑いだす。
「……あのさ、御園生さんと藤宮ってどんな付き合いしてんの」
 風間先輩に尋ねられ、
「え? ごく普通にお付き合いしていると思うんですけど……」
「いやいやいやいや。ごく普通に付き合っている彼氏彼女は写真の一枚や二枚で返り討ちにあったりしないっしょ」
「そこはあれです。相手がツカサだから」
 人差し指をピッ、と立てて答えると、
「それ、自分の彼氏は鬼畜です、って言ってるのと変わらないと思うんだけど」
 風間先輩の言葉に飛翔くんが吹き出した。
 口元を手で覆いおかしそうに笑う様は雰囲気がとても柔らかく、近寄りがたい印象は抱かない。
 珍しすぎてじっと見ていると、
「何」
 すぐにいつもの無表情に戻ってしまう。
「ううん。今、すごく普通に笑っていたから」
「……人間なんだから笑うくらいするだろ」
 飛翔くんは恥ずかしそうに顔を背ける。
 そんなところもツカサと少し似ていると思う。でも、こういったところまで真似をしているとは思えないから、きっとこれは飛翔くんの素なのだろう。






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