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藤原の君
作:麗蘭



第一話 藤原氏


 わたしが恋をしてしまった相手は、貴族の御曹司様でした。



 平安の最中。
 防人(さきもり)の家に生まれた十五の次女・(あさ)は、亡き両親に代わり都の片隅小さな貧家で、僅かな貯金をもとに兄妹達と貧しいな生活をしていた。
「お麻、またれんが一人で都に遊びに行って迷子になっちゃったらしいの。連れ戻して来て頂戴」
長女で兄妹一番の最年長であるお蘭が、ぼろぼろの着物を纏い、忙しそうに言った。
「はい!らん姉さん」
「有り難う。宜しく頼むわよ」
麻は洗い物に戻る蘭を見送り、自分も一番下の弟を探しに出ようとした。
「おい、麻!!!俺達の朝飯は?」
すると、今度は寝坊してきた上の兄達、恭次きょうじ桔次きちじが尋ねてきた。
麻は二人に促すようにあしらった。
「たくっ……。恭兄も桔兄も自分で出来ないの?出来ないんだったら、あたしか姉さんの仕事が終わるまで待ってて」
それだけを言い捨て、後ろでまだ何か叫んでいる兄達をおいて、末の弟を探しに、都の中心部へと走った。



末の弟・連は、しょっちゅう都の隅の家から抜け出しては、迷子になって泣きながら探し出されるのだ。
それを探すのは、一番忙しい蘭か、しっかり者の麻の仕事になっていた。
サボり魔の恭次や桔次がやる筈がない。
「連〜!!!出てきなさい」
まだ朝というのにも関わらず、都は昼間と劣らない賑わいだ。
麻はその人だかりを掻き分け、うるささに負けぬよう、必死に声をあらげていた。
「連〜!!!何処……」
「姉ちゃん!!!」
背後から、連の呼ぶ声が聞こえる。
麻はほっと安堵し、後ろを振り向く。
「連!何処行って…」
麻は眉を潜める。
その視線の先には、泣きじゃくる連と、それを手荒にかかえた大柄な男があった。
男は徐々に此方に向かって来ている。
その顔には、幾つもの青筋が出来ていた。
「…………」
周りの民衆達は全く気付いていない。
麻は一筋の冷たい汗を流し、本能的な恐怖から、後ろに一歩下がった。
しかし、連を置いて帰るわけにはいかない。
どうしようかと麻が迷っていると、既に男は目前に迫っていた。
「……お前の弟か…?」
男は泣きじゃくる連を指差す。
「…はい。その子を返して下さい」
男の顔からは、はっきりと怒気が見て取れる。
「こいつはな、先程俺の家に興味本意で忍び込んだんだ」
「な……」
驚いた麻が連の方を見やると、連は俯いて顔を伏せていた。
「その上、庭にあった数羽の鶏を盗もうとしたんだが、その責任、ちゃんと取ってはくれような」
麻の顔が困難そうに曇る。
そのか細い腕を、男は無理矢理掴む。
「話しは俺の屋敷でしよう。お前も弟も、そこで言い訳を聞く」
周りがようやく不審に思ったのか、ざわつき始める。
「姉ちゃん、ごめんなさい!!俺、みんなに美味い肉を……」
焦った男が、二人を無理矢理引きずって行こうとする。
「やっ……!!離して!!!」
「黙れ!!!早くついて……」
「何をしている?」
三人がいっせいにそちらに視線を向けると、そこにはまだ若い美しい、貴族の青年が立っていた。



「朝っぱらから、若い子供達を拐って、何をしていると聞いている」
綺麗な声音で、彼は男に尋ねた。
一方の麻は、青年のその美しい相貌、女と見紛おう程、一つに束ねた流るる長髪に、深く魅入っていた。
年は麻より二、三上、十七、八だろうか?
「いや、こいつらが…」
男が必死に誤解を解こうとしている。
気が付くと、彼等の周りには、沢山の人だかりが出来ていた。
「言い訳は無用。直ちにその者らを離し、この場を立ち去れ。そして、二度とこの者らの前に現れるな」
「しかしっ……!!!」
男は未だ納得していないらしく、反抗しようとするも、相手は貴族、周りには沢山の都の住民。ぐっと堪えている。
「もう一度言う。立ち去れ」
その口調には、いささか荒らさが混じっている。
美しいその相貌とは、全く裏腹の様子であった。
「………くそっ!!!」
青年の声音と、周囲からの厳しい視線に堪えきれず、男は連を落として、悔しそうにその場を去って行った。
「あらまぁ」
「行っちまった」
観衆はからからと嘲笑い、やれやれとその場を去って行った。
麻は、放り投げられた連を広い、優しく抱き締め、そろそろと青年を見上げた。
「ちっ……。逃がしたか」
「あ、あのっ……」
「ん?」
ふいに、青年と目が合う。
麻は急に熱くなり、それが青年にバレないように、必死に顔を隠す。
「あ、有り難う御座います……」
か細い声を、麻はようやく振り絞る。
青年はふっと微笑むと、麻の頭をぽんぽんと叩いた。
「もう絡まれねぇようにしろよ?」
「は、はい……!!!」
「じゃあな」
それだけを言い残し、彼は蒼の袖を翻し、立ち去ろうとした。
「屋敷の者には散歩とだけしか言ってないし。皆が心配する」
「…あっ、まって……!!!」
麻は少し遠くに行ってしまった、青年を呼び止める。
「…わ、わたし、麻と申します。……お、御名前を……」
青年がふっと微笑む。
「…藤原……。藤原 伸道ふじわらののぶみちだ」



「姉ちゃん!!!飯まだぁ!?」
「おい、麻!!!」
「…ふぇ……?」
麻はその日、米をとぐ手がなかなか進まないでいた。
珍しく仕事の手が止まり、呆然と外を眺めている。
「おい、麻しっかりしろよ!!!」
(もう一度、一度でいい。あの方に会いたい……。でも、どうしたら―――…)



「あっ!!!!」
「「「うぉ!?!?」」」
麻がいきなり立ち上がり、囲んでいた恭次・桔次・連が後ろに倒れる。
「麻…?」
「姉ちゃん…?」
「どうした…?」
そろそろと三人が尋ねる。
しかし、麻はそんな三人には気付かず…。
「あたし!!!藤原氏の使用人になる!!!」
「「「……はぁ?」」」
「一応、防人の娘だし、何とかなるかも」



麻はいつのまにやら、身形みなりをすっかり清潔にし、そればかりか、どこからか取り出したのか、新品の着物を身に纏っていた。
麻の手に握られているのは、今朝がた藤原氏の使いが、都に配った求人の半紙。
そこにはなんとも幸運な、藤原家使用人募集の字が。
そして麻の目線の先には、その試験会場である藤原邸。
沢山の人間が、その門をくぐって行く。
老若男女問わぬ彼等の中から選ばれるのは、たったの十人。
一見、少なくとも百人近くはいる。
麻は意を決し、藤原邸へ、足を踏み入れた。



「あら、麻お帰り。何処行ってたのよ」
蘭が兄弟に昼飯を食べさせながら麻に笑顔を振り撒く。
一方、麻はふるふると手を震わせ、硬直しきっている。
「…った……」
「ん?」
「…受かっちゃった…」


「っくしゅ……。風邪かなぁ?」
三日後、麻は荷物を風呂敷に包み、藤原邸内に居座っていた。
所謂いわゆる、住み込み使用人として、藤原邸に入ったのだ。
使用人の麻に与えられた着物さえ、麻には驚くほど新しかった。
たったの三日でも、来る前に泣いてくれた、兄弟達が恋しくなる。
しかし、そうも言ってはいられない。
それでもここ三日、何故か体が熱いような……。
白い頬も朱を帯び、歩く度に頭が割れそうになり、体がふらつく。
いけない、と麻は頬をパシパシ叩き、手に持った雑巾を動かして、せっせと働き始めた。
「もし。あんた」
「はい?」
不意に、女人から呼び止められる。
振り向くと、渡りに二人の姫方が立っていた。
年は麻とそう変わらない。
麻は慌ただしく、深く頭を下げる。
すると、相手は、満足そうに笑みを浮かべた。
「済まぬが、其処そこの庭に落ちた、わらわの扇子を取ってはくれまいか」
「たしか池の周辺であったの」
姫方の一人が庭先の池を指差す。
そんな物音など聞こえなかったが……。
しかし従うざるを得ない。
麻は命じられた通り、庭に出て、池の周辺を探り始めた。
「んと……、扇子扇子と……キャっ!!!」
「あはははは!!!」
突き飛ばされた麻は 、盛大な飛沫をたてて、池に飛び込んだ。
「っ………」
体温が下がり、着物が肌にこびりつく。 目の前がかすみ、気が遠くなる。
「おい!!!何をしている」
「伸道様…」
二人の姫の顔が蒼白する。



―――最後に聞いたのは、一番聞きたかったあの方の御名前でした。



……申し訳御座いません。少しは良い作品を書こうと、慣れない平安時代や恋物語を書いたのですが、それが裏目に出てしまいました……。ちなみに、こんな駄作でも、あと一作程続きます。そちらもどうぞ宜しくお願い致します。













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