ジャックフロストの偏愛
とある国のお話をいたしましょう。
『カーランディシュ』
栄えているわけでもなく。かといって、寂れているわけでもない。
綺麗な国ではありませんでしたが、汚い国でもない。平和で普通で……ちょっと乱暴な言い方になりますが、面白みのない国です。
でも、そんなカーランディシュにも誇れるものはちゃんとありました。
それは、四人の美しい王女様。
春、夏、秋、冬。それぞれの季節を司る彼女達は決められた期間、交替で塔に住むことになっています。
そうすることで、その国にその王女様の有する季節が訪れる。そんな不思議な魔法が存在する、不思議な国でした。
ところがある時、そんな平和なカーランディシュに異変が起こりました。
いつまで経っても冬が終わらなくなってしまったのです。
原因はただ一つ。冬の王女様が塔に入ったまま、出てきてくれなくなってしまったから。
辺り一面雪に覆われ、このままでは作物は育てられず、いずれは食べ物も尽きてしまいます。
困り果てた王。そこで彼は、町に御触れを出しました。
『冬の王女を春の王女と交替させた者には好きな褒美を取らせよう。ただし、冬の王女が次に廻って来られなくなる方法は認めない。季節を廻らせることを妨げてはならない』
いや、まずは王様が説得しろや。なんて声が多少あがりましたが、何やかんやで志願者は集まりました。褒美に釣られたともいいます。
しかし……。
老若男女の腕自慢、頭脳自慢、芸達者や料理上手。果てには口の上手い詐欺師までもが王女を連れ戻すべく、ありとあらゆる手を尽くし、奔走したものの、結局誰一人として王女を塔から連れ出すことは叶いませんでした。
あるものは塔に入ることすら出来ず。
またあるものは塔に入ったまではいいのですが、果たして中で何が起きたのか。青ざめ、ブルブルと震えながら戻ってきて以来、口を閉ざしてしまいまったのです。
「語れない。語れるものか」
「すまない。だがあそこには誰も近づくべきではない。何て恐ろしい」
「絶望した。全てに」
「俺はもう、この国を出るぞ」
「この苦悩と苦痛は、塔に入った者にしか分からない」
「カーランディシュは冬の国だ。もうそれで……いいじゃないか」
「冬の王女は、諦めろ」
塔から戻って来た者達は、口々にそう言いました。
もうダメだ。
この国はずっとこのままに違いない。誰もがそう確信し、下を向いていた時です。
遥か西の国から、一人の魔法使いと、護衛の少女がカーランディシュにやってきました。
魔法使いは黒い外套と三角帽子という、いかにもな出で立ち。まるで指揮棒に似た形のシンプルな柊製の杖を握りしめ、もう片方の手には、革のベルトで二重に縛り付けた、緑色の古びた本を携えています。
太陽を反射するような金髪と、サファイアのような瞳。絵に描いたような美少年でした。
護衛の少女は、そんな少年とは対称的な姿をしています。
純白のドレスに身を包み。
月の光を閉じ込めたかのような、長く艶やかなシルバーブロンドの髪と、ルビーみたいに綺麗な赤い瞳が特徴的です。
翼を付ければ、そのまま天使に見えるような美少女。
ですが、その小さな手と肩には死神のそれを思わせる、身の丈程もある大鎌を担い。空いたもう片方の手には鎖が巻かれ、それによって子ども一人は入れそうな棺を引き摺っている……という、強烈なもの。
現れた二人が、国民の注目を集めたのは、言うまでもありませんでした。
少年はサムリング・アーリマンと名乗ります。
一方で少女は沈黙を保っていたので、少年……サムが、「彼女はサリア。サリア・ウィゼンガーだ」と、紹介すれば、ブスッとした顔で「サリアよ。ただのサリア」と訂正しました。
少女はどうやら自分の家名を嫌っているようです。
ともかく。ようやく口を利いた少女に、少年は満足そうに微笑んでから、両手を広げ、芝居がかった口調と仕草でこう宣言しました。
「皆さん、ご安心ください! かの冬の王女様は、僕と彼女が、必ず連れ戻してご覧にいれましょう!」
一部の国民は「おお!」と、期待に満ちた眼差しで少年を見ます。
ですが、その他。あの塔から帰って来た者達はやりきれぬ顔で少年を見ていました。
「ああ、次の犠牲者は君なのか」
呟きが少年に届く事はありませんでした。
※
翌日。カーランディシュの酒場にて、来訪者二人は夕食を摂っていました。
「聞いてくれよサリア。一日街で聞き込みをしたけど、だぁれもあの塔について知らないんだ。入った人は口を閉ざしてるわ、犠牲者の会なんて変な集まりまで出来ているときた」
「ふーん」
「王はヘタレだし、話がまともに出来たのは、他の王女様だけ! 内部の構造がどうにか知れたのが幸いだ」
「よかったわね」
「報酬どうしようか? 僕は無難に旅費と、あと一応この国での魔法の本かな。湿気た国だけど、王女達が司る、季節の魔法は少し興味深い。君は何が欲しい?」
「サムが適当に決めればいい。私は自由に旅が出来ればそれでいい」
「そーですかい。じゃあ旅費に色を付けてもらって。後は……」
サムは美しき護衛、サリアに目を向けます。
基本無口で無表情な彼女ですが、スパゲッティネーロを食べる時と、ココアを飲む時は、少しだけ顔が綻びます。ココアにホイップクリームがあればなお良しなのだとか。
そんなサリアの前には、白くて甘い塊を浮かべた、暖かな茶色の飲み物に、真っ黒なイカスミパスタ。声はそっけないものの、白いほっぺはほんのり桜色。ご機嫌のようです。
「美味しいかい?」
「なかなか」
「そりゃあよかった。じゃあ、今夜にでも塔に行くよ。護衛を頼みたいな。君がいいのなら……だけど」
「ん、いいよ。周りは雪だらけだもん。見たいとこなんてない」
「ありがとう」
少年は顔を綻ばせ、そのまま酒場の窓から見える塔を見上げました。
皆が恐れる季節の塔には何があるのか。少年は魔法使い特有の好奇心が……ワクワクが止まりませんでした。
凄い魔物がいるのか。
はたまた王女が乱心しているのか。
もしくは、別の何かか。
「楽しい夜に、なるといいな」
「サムは基本何をやっても楽しそうじゃない」
スパゲッティネーロをモグモグと食べながら、サリアがボソリと呟きました。
これにはサムも苦笑い。
何故なら大方その通りだから。
「旅の魔法使いなんて皆そうだよ。気まぐれな自分ルールで生きているのさ」
サリアを護衛に仕立て上げ、一緒に旅しているのも、大体そんな気まぐれなのです。
※
吹雪が渦巻くようにしてまとわりつく、巨大建造物。四季の紋様らしき装飾が施された、立派な扉。
目的地たる季節の塔を見上げながら、サムとサリアは二人同時に口笛を吹きました。
「綺麗な扉なのがちょっと惜しいけど、仕方ないね。サリア、斬れるかい?」
「お安いご用だけど……サムの魔法でも吹き飛ばせない?」
「君の芸術的な大鎌捌きと違って、僕の魔法は有限だからね。節約大事」
「ん。了解」
短いやり取りの後で、サリアが大鎌を構えます。ところが……。
『入りなさい。少年の方だけよ』
それと同時に塔の扉がゆっくり開き、魔法で届けているのでしょうか? 中から女性の声がします。
冬の王女だ。サムはそう直感しました。
「サム。斬る前に開いちゃった」
「うん、そうだね。しかし……僕だけ、か」
なんか嫌だなぁ。そう思ったサムは、両手を頬の横に付け、塔の中に向かって叫びました。
「隣の女の子、連れていっちゃダメですか? 僕の護衛なんです」
『ダメよ』
「どうしても?」
『どうしても』
参ったなぁ。と、サムは頬を掻きながら、静かにサリアに目配せし、仕方なく言われた通り一人で塔に入ります。背後で扉が重い音を立てて閉ざされて――、その直後。スパパン! と、小気味良い風切り音が響きました。
「意外と薄いのね。この扉」
サリアがサムの半歩後ろに進み出てきます。扉は無惨にもバラバラに斬り崩されていました。
『えっ!? う、嘘?』
「王女様、扉が壊れてたので、彼女もはいりますね」
「おじゃまします」
『い、いや、ちょっと待っ……』
慌てふためく王女様。何でサリアはダメなんだろ?
サムがそんな事を思っていると……。
『いいだろう。少年。その少女と共に上がってくるがいい』
野太い男の声が、朗々と響き渡りました。
サムの目が、細くなります。警戒の度合いを、一段上げたのです。
「……お邪魔するよ」
「………」
ペコリとお辞儀をしたサムは、沈黙するサリアと一緒に塔の螺旋階段をのぼります。
ほどなくして二人は塔の最上階……王女の間にたどり着きました。
天蓋付のベッドに、化粧台のある机。紅い絨毯が敷かれ、暖炉も完備。きらびやかなシャンデリアが吊るされていて、四つある窓にはステンドグラスで四季の王女が描かれています。
「ようこそ、季節の塔へ」
「歓迎しよう」
並んで立つ、二人分の人影があります。
一人は水色のドレスに身を包んだ、長い黒髪の若く美しい女性、冬の王女。
そして……。
その傍らのもう一人は、精錬な顔立ちをした、肌が異様に白く、髪も白銀色の男。人間のような顔立ちですが、明らかに異質な雰囲気。怪物か、妖精の類いだな。サムはそう当たりをつけました。
すると、サムの視線を感じたのか男はニヤリと意味ありげに笑いました。
「フム、王女の遠見魔法で顔を拝見したが、やはり美しいな。という訳で少年。いきなりで悪いが……」
オレと、一晩……ランデブーしないか。
その瞬間、サムは全身から冷や汗を流しました。
サリアはキョトンとして、首をかしげました。
そして冬の王女は何故か悔し涙を流しながら、サムを睨み付けるのでした。
※
王女が引きこもった理由は至極単純……な、ようで複雑でした。
男の正体はジャックフロスト。
冬の間にだけ姿を現わす、シモ……ではなく、霜の妖精です。
彼は遠くから透明な状態で旅をしてきて、たまたま冬の気配が濃厚だった塔にやってきて、冬の王女と出会いました。
彼を一目見た王女は、その美しさにたちまち心を奪われ、熱烈な求婚をしたそうです。
ところが……なんということでしょう。ジャックフロストはゲイだったのです。
つまり女の人には、これっぽっちも興味がない。そんな男でした。
ですが、それでも冬の王女は諦めきれません。魔法を駆使し、ジャックフロストを塔に閉じ込めて。必死に猛アピールを開始しました。
美味しい料理を振る舞いました。
投げキッスやウインクは毎日やり。
あからさまに服をはだけて見せたり。
ベッドに寝転び、手招き作戦。
魔法でオーロラを作ってロマンチックな夜を演出。
しかし、肝心のジャックフロストはあからさまに困ったような顔をするばかりか、そろそろ次の町にイイ男を探しに行きたいんだが? 君には季節を巡らせる役割があるだろう? と諭してくる始末。
結局、ジャックフロストの心を動かすことは出来ぬまま、春の王女と交代する時期がやって来てしまいまいました。
王女は考えました。
春になれば、ジャックフロストは消えてしまいます。きっとこの塔にも女が一人と知った以上、二度と近づかないに違いありません。
彼女は悩みました。悩んで悩んで……ある、悪魔的な結論に達しました。
そうだ。冬で季節を止めてしまえばいい。
「バカですか?」
「だ、だって……そうしないとジャックが……!」
「結果、監禁と……。脈なしとわかったら潔く身を引くのも美徳だと思いますけど?」
「そ、そんなのしらないもん! だ、だから頑張ったの! そのうち助けに来たと自分では思ってる騎士様が来て……その、えっと……」
「まさか差し出した?」
「ち、違うわ! ジャックが危なくて、私が魔法で吹き飛ばしたら気絶して……それで、ジャックが手をワキワキさせながら……その……」
「あ、もういいです。皆まで言わないでください。サリアの耳が汚れます」
そもそも、ジャックフロストの言うことを聞いて塔に何人もの男を入れていた時点で、お察しでした。
もはや気を引くためには手段を選ばなくなったのかもしれません。
街にいた塔からの帰還者は、考えてみれば皆男性。そりゃあ語れる訳ないよな。と、サムはため息をつきます。
「少年。この魔法の壁を解け」
「断るっ!」
「……ウェンディ。どうにかならんか?」
「対抗呪文はさっきから使ってるわ! でも……」
そんな中、季節の塔の部屋はまさに混沌の渦中でした。
サムの作った魔法の壁でジャックフロストは部屋の隅に磔にされ。
その壁を壊そうと冬の王女が魔法を放ちますが、それは尽くサリアの大鎌で切り裂かれ、雲散霧消します。
それならばと今度はサムに向けて魔法をかけようとするも、サムは殆どめんどくさそうに、蜘蛛の巣でも払うような動きで魔法を掻き消していきました。
「王女様、取り敢えず塔を出てもらえませんか?」
「嫌よ! ジャックと結婚するの! 絶対逃さないんだからぁ!」
「ジャックさん、嘘でもいいからまた来ると……」
「言ったさ。だがウェンディの奴、俺に来年逢う誓約の魔法へ同意するように言いやがった。おまけにそれは巧妙に隠された魔法拘束付きの婚姻届でな……」
「うわーお」
なんて面倒くさい王女様でしょう。
どうしたものかとサムはサリアを見ますが、彼女は淡々と魔法を切り裂くのみ。助言は受けられそうもありません。
そもそも彼女は人との関係性に執着がないので、こういった揉め事解決には不向きなのでした。
「……どうしよう」
もういっそ、無理矢理捩じ伏せる?
けど、それはあまりしたくありませんでした。
どうせなら、王女にもジャックフロストにも納得してほしかったのです。
「考えろ。考えろ」
サムは優秀な魔法使いでした。おおよそ出来ないことなど殆どありません。そんな天才たる彼は頭の中でありとあらゆる手段を模索し、組み上げて……やがて、一つの結論に至りました。
「……あ、その手があったか」
パキンと指をならしながら、サムは冬の王女の方へ向き直ります。
「王女様、提案がございます。一先ず魔法を放つの止めてください。鬱陶しいので」
季節を司る大魔法を有する王女も、流石にこの発言には絶句しましたが「貴方にとってもいい話です」という甘言に釣られ、静かに魔法の手を緩めました。
「王女様、ようはジャックフロストと結ばれたいのですよね? どんな形であれ」
「そうよ。彼が私に真の愛情を向けてくれるなら……また冬の季節に私を抱き締めてくれるなら……!」
「わかりました。その願い、叶えましょう」
「……え? 本当に?」
顔を輝かせる王女様。
サムは内心で「仕方ない。うん、仕方ないな」と繰り返しながら、そっと柊の杖を指で回しました。
今から使う魔法は、それなりに複雑です。ジャックフロストを抑えながらやるのは、流石に難儀だな。サムはそう思いました。
「王女様、暫く目を閉じていてください。――サリア! 時間稼ぎを頼みたい!」
サムがそう叫べば、サリアはピョンと彼のそばまでひとっ飛び。サムの背中を守るようにして、ジャックフロストの前に立ち塞がりました。
「何日くらい?」
「そんなにいらないよ。三分……いや、一分かな」
「そう。息を吸うより簡単なことを頼むのね」
クルリと身の丈ほどもある大鎌を回しながら、サリアは天使のように美しく微笑みます。
それは彼女が本気で鎌を振るう時だけに見せる表情でした。
綺麗だけど、こういう時は本当に怖いよなぁこの子。と、サムは内心で苦笑いします。勿論、命が惜しいのでそれを口にすることはありませんが。
「妖精は殆ど死なない、丈夫な存在だ……けど、君だからこそ言うよ? ……殺しちゃダメだからね?」
「ん。わかった。再生できる程度に手加減して切り刻めばいいのね」
「その通り」
魔法の壁を解除します。ジャックフロストが無駄にいい笑顔で両手を広げ、サムに向かって走ってきました。
サリアは大鎌を両手で構え、それを正面から迎え撃ちます。
「無駄だ、お嬢さん。俺は霜の妖精だぞ? ただの刃物では……」
止められない。
そうジャックフロストがほくそ笑んだ瞬間、彼の首が宙を舞いました。あまりの早業に、ジャックフロストは目を見開きます。慌てて首を氷でくっつけようとしましたが、上手くいきません。
まるで頭と首をその空間ごと切断されたかのような。芸術と言っていい一斬りでした。
「私は大体何でも斬れるの。魔法も、空気も。時間だって例外じゃない……。でも、一番上手に斬り落とせるのは……首」
ちゃんと一分後にはくっついて、胴体も動くようにしたからね。サリアはそう言ったきり、仕事はお仕舞いとばかりにつかつかとその場を離れます。
向かったのは、いつも引き摺っている棺のそば。
その上にちょこんと腰かけたサリアがそれに向けて小さく何かを呟きましたが、ジャックフロストにはもう聞こえていません。
一時的な晒し首に処され、意識を奪われた彼が目覚めるのはきっかり一分後。
そして、魔法使いサムにとっては、それだけあれば高度な魔法を完了させる事など朝飯前でした。
ベルト付の本が生きているかのように蠢いています。それが不気味な光を放ち始めた時、サムは杖で空に軌跡を描き、鋭い声で呪文を唱えました。
「ナルシズム・オレシズム! アンジェーラ・ツヴァイエッジ! 性転換!」
バカみたいに明るくて青い光が部屋を覆い尽くしました。
誰もが目を瞑り、それがようやく収まった頃。王女の身体は劇的な変化を遂げていました。
「な、なぁにこれぇ?」
可愛らしくも気品が溢れていた声は、甘いテノールボイスに。
柔らかい曲線を描くような女性の体型は引き締まり、贅肉など全くない、豹を思わせる肢体へ。
美しい顔立ちは、どこか蠱惑的かつ中性的なものに。
なんということでしょう! そこに立っていたのは、氷の彫刻を思わせる、儚げな美男子ではありませんか!
「ウェン……ディ?」
信じられない。そんな声を発しながら、復活したジャックフロストは立ち上がります。
目が……血走っていました。それを見たサムは、「これはいかん」と呟きながら、サリアの手を引き、いそいそと部屋から退散しました。
「サム? 王女さま……あれ? 今は王子様? ……は?」
「うん、今はいい。いいんだよ。サリア。ごめんよ~。ちょっと耳塞ごうか」
ミミチョンパー、消音。と、サムはサリアのこめかみに優しく杖を当てながら、急いで部屋を出て、扉を閉めました。
「あ……ああ、ジャック……! そんな情熱的な目で私を見てくれるのは嬉しい。凄くすっごく嬉しいけど……何かおかしくない? これ」
「おかしいものか。ウェンディ。俺は……ああ……oh……ウェンディ。たっぷりとことん悦ばせてあげるからな……!」
「あ……いや、ちょ、待って待ってジャック! まだ心の準備が……!」
そんな会話が聞こえた気もしましたが、サムは構わず下に降ります。塔の一階にたどり着いた彼は、僕にも一応消音かけておこうかな。と思い立ち……。
「アーッ!」
微妙に間に合いませんでしたとさ。
※
翌朝、一階にて眠っていたサムは、誰かが階段を降りてくる音で、目を覚ましました。
冬の王女でした。
「おはようございます。……ジャックフロストは?」
「気絶してるわ。深夜の十二時になった頃かしらね。楽しんでた途中に私が女に戻っちゃって……」
「ああ、そのショックで?」
「いいえ、泣きそうな顔で絶望していたわ。私は私で、もう喪うものは何もないから……そのまま楽しんじゃった♪」
キャハ! と笑う王女様に、サムは何とも言えない顔になりました。「何が心よ。後からもぎ取ればよかったのね」と、怖いことまで言い出す彼女を見て、サムはそっとジャックフロストに向けて十字を切りました。
「塔から、出ていただけますか?」
「ええ、ジャックとは、また逢う約束を交わせたし。次の冬が楽しみだわ! ああ、昨夜は一生の思い出になったの! ベッドの中でオーロラを見ながら、魔法の誓約でぇ……キャッ!」
サリアが起きてなくてよかったなぁ。
棺桶の中でまだ夢の中にいるであろう少女を思いながら、サムは肩を竦めるのでした。彼女もまぁまぁ恐ろしい女の子ですが、この王女様には及ばないでしょう。……多分。きっと。
「じゃ、お城に戻りましょうか。皆さん心配してます」
「ええ。あっ、そうそう魔法使いさん。ちょっと相談があるんだけど……」
「奇遇ですね。実は僕もです」
サムは優秀な魔法使いでした。
だからここからお城に戻ったら……。何が起きるかなんて、簡単に予測できるのです。
※
数時間後。カーランディシュの城にて。
「と、いう経緯で王女様を連れ出せた次第であります。報酬くださいな」
いけしゃあしゃあと言ってのけるサムと、その傍らで無表情で佇むサリア。両側に整列した衛兵達や、玉座の王。そして夏と秋の王女は、ようやく春が来たのに、プルプルと震えていました。
ニコニコと笑っているのは、冬の王女だけです。
しんとした静寂。それ破ったのは、関わりのあった三人以外の全員。殆ど同時でした。
「ふざけるな貴様らぁ!!」
「私の妹に何してくれとんじゃワレェ!」
「返して! 気品があって、美しくて、可愛かったウェンディを返しなさぁい!」
「者共! であえ! であえぇい!」
「殺せ! ぶっ殺せぇ!」
ですよねー。と、サムは乾いた笑みを浮かべます。
話したくて話した訳ではありません。でも、恋に浮かれた冬の王女が勝手にベラベラのろけ話をするものだから、どうやっても説明せざるを得なかったのです。
予想はしていました。準備も相談してました。後は……。
「サリアァ! 撤退! 撤退ー! 冬の王女様! あとよろしく!」
「逃げるのね。了解」
「フフ、元気でね。サムくん。サリアちゃん。――ありがとう!」
背後で冬の終わりを告げる嵐が巻き起こり、残されていた雪を舞い上がらせます。それは春の陽光に照らされてキラキラと乱反射し、カーランディシュを数時間覆い尽くしました。
その最中、流れ者の二人組が逃げるように国を出たのですが……気にする国民などいませんでした。
カーランディシュは、今日も平和です。
※
「……さて、次はどっちに行こうかね?」
「右がいい」
彼の国からそれなりに離れた東の地にて、サムとサリアは別れ道に差し掛かっていました。
左は川沿いの道。右は橋で川を渡り、山に向かう道です。
サリアが指差す方を見て、サムは少しだけ可笑しそうな顔で問いかけます。
「その心は?」
「なんとなく」
「ハハッ、自由すぎるなぁサリアは」
それでいいけどさ。と、サムは呟いて、二人は右の道へ進みます。それが二人の旅スタイルでした。
「そういえば、さっき使い魔さんに何を持たせていたの?」
「ん? ああ、あれかい?」
一巻きの巻物を脚に掴み。パタパタとカーランディシュへ旅立った、可愛い大蝙蝠の使い魔に想いを馳せながら、サムは苦笑いします。
行きは簡単ですが、帰りは冬の王女からの個人的な褒美のを運ぶため、重労働になるに違いありません。
帰って来たら彼女を労ってあげることを誓いながら、サムはどうでもよさそうに肩を竦めました。
「簡単な指南書だよ。性転換の魔法は難しいから、認識を変える――まぁ、幻影や蜃気楼の魔法のね。一体ナニに使う気やら……」
知らなくていいことは無視。
これもまた、魔法使いサムリングの旅スタイルなのでした。
穴と雪の女王とかいうクッソ汚い電波を夜中に受信して、深夜テンションで書いた結果です。
お目汚し失礼しました。