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この作品には 〔残酷描写〕 が含まれています。

黒椋鳥童話集

ジャックフロストの偏愛

作者:黒椋鳥
 むかしむかし、あるところで、今日も誰かの嘆きが寒空に溶けていきました。

「冬……長すぎやしないかい?」



 とある国のお話をいたしましょう。
 栄えているわけでもなく。かといって、寂れているわけでもない。
 綺麗な国ではありませんでしたが、汚い国でもない。

 普通。

 その評価が一番的を射ている。そんな国でした。
 平凡極まりない国の名は『カーランディシュ』
 名産品はパッとせず。雨は多くて湿気も凄い。王は微妙にしょうゆ顔。そんなカーランディシュでしたが、平凡国の分際でも、誇れるものはちゃんとありました。

 それは、四人の美しい女王様。
 春、夏、秋、冬。それぞれの季節を司る彼女達は決められた期間、交替で塔に住むことになっています。
 そうすることで、その国にその女王様の季節が訪れる。そんな不思議な魔法が存在する、不思議な国でした。
 四季があるから雨や湿気が多いのでは? なんて声もたまに聞こえますが、そんな事を言えば、もれなく王の趣味である、カーランディシュと同じく四季が豊かな東国より伝わった、NUKADUKEに沈められるのは目に見えています。
 なので、誰も余計な事は言わない。ある意味で平和な国でした。


 ところがある時、そんな平和なカーランディシュに異変が起こりました。
 いつまで経っても冬が終わらなくなってしまったのです。
 原因はただ一つ。冬の女王様が塔に入ったまま、出てきてくれないから。
 辺り一面雪に覆われ、このままではいずれ食べる物も尽きてしまいます。王のNUKADUKEだって、いくら専用の部屋をお城に複数用意しているとはいえ、数には限りがあるのですから。

 困り果てた王。そこで彼は、町に御触れを出しました。


『冬の女王を春の女王と交替させた者には好きな褒美を取らせよう。
 ただし、冬の女王が次に廻って来られなくなる方法は認めない。
 季節を廻らせることを妨げてはならない』

 若い国民は、これを見て思いました。

「自分の女王様位、自分で説得できないものか。ええい、ここは俺達が頑張るべきだ」

 カーランディシュは平凡でしたが、その反動でしょうか。フロンティア魂といいますか、若者達はそれなりに情熱的でした。

 一方で、大人の国民は苦笑いしました。

「冬の女王を連れ戻したいが、怖くて出来ないのだろう。今回のお触れも三女王が考えたに違いない。相変わらず王はお尻に敷かれているらしい」

 王が実は女王達に頭が上がらない事を、大人達は知っていたのです。

 そして、老いた国民は切実でした。

「寒いから早くなんとかしておくれ」

 年寄りに冬の寒さが長く続くのは、もはや拷問に等しかったのです。


 さて、そんなこんなで、多くの志願者が集まり、塔を登り、女王に説得を試みました。
 しかし……。
 老若男女の腕自慢、頭脳自慢、芸達者や料理上手。果てには口の上手い詐欺師までもが女王を連れ戻すべく、ありとあらゆる手を尽くし、奔走したものの、結局誰一人として女王を塔から連れ出すのは叶いませんでした。

 あるものは塔に入ることすら出来ず。
 またあるものは塔に入ったまではいいのですが、果たして中で何が起きたのか。青ざめ、ブルブルと震えながら戻ってくるや口を閉ざしてしまいました。

「語れない。語れるものか」
「すまない。だがあそこには誰も近づくべきではない。何て恐ろしい」
「絶望した。全てに」
「俺はもう、この国を出るぞ」
「この苦悩と苦痛は、塔に入った者にしか分からない」
「カーランディシュは冬の国だ。もうそれで……いいじゃないか」
「冬の女王は、諦めろ」

 塔から戻って来た者達は、口々にそう言いました。

 もうダメだ。
 この国はずっとこのままに違いない。誰もがそう確信し、下を向いていた時です。
 遥か西の国から、一人の魔法使いと、護衛の少女がカーランディシュにやってきました。

 魔法使いは蒼い外套(マント)付の装束と三角帽子という、いかにもな出で立ち。手はまるで指揮棒のようにシンプルな柊の(ワンド)を握りしめ、もう片方の手には、革のベルトで二重に縛り付けた、緑色の古びた本が持たれています。太陽を反射するような金髪と、サファイアのような瞳。絵に描いたような美少年でした。

 一方護衛の少女は、そんな少年とは対称的な姿をしています。
 純白のドレスに身を包み。
 月の光を閉じ込めたかのような、長く艶やかなシルバーブロンドの髪と、ルビーみたいに綺麗な赤い瞳が特徴的です。
 翼を付ければ、そのまま天使に見えるような美少女。
 ですが、その小さな手と肩には身の丈を越えた死神のそれを思わせる、武骨で大雑把で凶悪な大鎌を担い。空いたもう片方の手には鎖が巻かれ、それによって子ども一人は入れそうな棺を引き摺っているという、強烈なもの。

 現れた二人が、国民の注目を集めたのは、言うまでもありませんでした。

 少年はティボルト・アーリマンと名乗り。少女は沈黙を保っていたので、少年。ティボルトが、「彼女はサリア。サリア・ウィゼンガーだ」と、言えば、ブスッとした顔で「サリアよ。ただのサリア」と訂正しました。少女はどうやら自分の家名を嫌っているようでした。
 ようやく口を利いた少女に、少年は満足そうに微笑んでから、両手を広げ、芝居がかった口調と仕草でこう宣言しました。

「皆さん、ご安心ください! かの冬の女王様は、僕と彼女が、必ず連れ戻してご覧にいれましょう!」

 一部の国民は「おお!」と、期待に満ちた眼差しで少年を見ます。
 ですが、その他。あの塔から帰って来た者達はやりきれぬ顔で少年を見ていました。

「ああ、次の犠牲者は君なのか」

 呟きが少年に届く事はありませんでした。

 ※

 その翌日。カーランディシュの酒場にて、来訪者二人は夕食を摂っていました。

「聞いてくれよサリア。一日街で聞き込みをしたけど、だぁれもあの塔について知らないんだ。入った人は口を閉ざしてるわ、犠牲者の会なんて変な集まりまで出来ているときた」
「ふーん」
「王はヘタレだし、話がまともに出来たのは、他の女王様だけ! 内部の構造がどうにか知れたのが幸いだ」
「よかったわね」
「報酬どうしようか? 僕は無難に旅費と、あと一応この国での魔法の本かな。湿気た国だけど、女王達が司る、季節の魔法は少し興味深い。君は何が欲しい?」
「ティボが適当に決めればいい。私は自由に旅が出来ればそれでいい」
「そーですかい。じゃあ旅費に色を付けてもらって。後は……」

 ティボは美しき護衛、サリアに目を向けます。
 基本無口で無表情な彼女ですが、スパゲッティネーロを食べる時と、ココアを飲むときは少しだけ顔が綻びます。ホイップクリームがあればなおよし。
 そんなサリアの前には、白くて甘い塊を浮かべた、暖かな茶色の飲み物に、真っ黒なイカスミパスタ。声はそっけないものの、白いほっぺはほんのり桜色。ご機嫌のようです。

「美味しいかい?」
「なかなか」
「そりゃあよかった。じゃあ、今夜にでも塔に行くよ。護衛を頼みたいな。君がいいのなら……だけど」
「ん、いいよ。周りは雪だらけだもん。見たいとこなんてない」
「ありがとう」

 少年は顔を綻ばせ、そのまま酒場の窓から見える塔を見上げました。
 皆が恐れる季節の塔には何があるのか。少年は魔法使い特有の好奇心からくるワクワクが止まりません。

 凄い魔物がいるのか。
 はたまた女王が乱心しているのか。
 別の何かか。

「楽しい夜に、なるといいな」
「ティボは基本何をやっても楽しそうじゃない」

 スパゲッティネーロをモグモグと食べながら、サリアがボソリと呟きました。
 これにはティボも苦笑い。
 何故なら大方その通りだから。

「旅の魔法使いなんて皆そうだよ。気まぐれな自分ルールで生きているのさ」

 サリアを護衛に仕立て上げ、一緒に旅しているのも、大体そんな気まぐれなのです。

 ※

 季節の塔は、ごくごく普通の塔でした。
 雪が渦巻くその扉。それをティボとサリアは見上げ、二人同時に口笛を吹きました。

「サリア、斬れるかい?」
「お安いご用だけど……ティボの魔法でも吹き飛ばせない?」
「君の芸術的な大鎌捌きと違って、僕の魔法は有限だからね。節約大事」
「了解」

 短いやり取りの後で、サリアが大鎌を構えます。ところが……。

『入りなさい。少年の方だけよ』

 それと同時に塔の扉がゆっくり開き、中から女性の声がしました。冬の女王かな? ティボはそう直感しました。

「ティボ。斬る前に開いちゃった」
「うん、そうだね。しかし……僕だけ、か」

 なんか嫌だなぁ。そう思ったティボは、両手を頬の横に付け、塔の中に向かって叫びました。

「隣の女の子、連れていっちゃダメですか? 僕の護衛なんです」
『ダメよ』
「どうしても?」
『どうしても』

 参ったなぁ。と、ティボは頬を掻きながら、静かにサリアに目配せし、仕方なく言われた通り一人で塔に入ります。背後で扉が重い音を立てて閉まりました。
 直後……。スパパン! と、小気味良い風が吹き……。

「意外と薄いのね。この扉」

 十七分割された扉を蹴り崩し、サリアがティボの半歩後ろに進み出てきました。

『えっ!? う、嘘?』
「女王様、扉が壊れてたので、彼女もはいりますね」
「おじゃまします」
『い、いや、ちょっと待っ……』

 慌てふためく女王様。何でサリアはダメなんだろ?
 ティボがそんな事を思っていると……。

『いいだろう。少年。その少女と共に上がってくるがいい』

 野太い男の声が、朗々と響き渡りました。
 ティボの目が、細くなります。警戒の度合いを、一段上げたのです。

「お邪魔するよ」
「………」

 ペコリとお辞儀をしたティボは、沈黙するサリアと一緒に、塔の螺旋階段をのぼります。後ろの扉は、いつの間にか氷で修復されていました。女王様の魔法の腕はなかなかなものなようです。
 途中果樹園や、美しい川がある部屋がチラリと見えて、ティボはその度に興奮ぎみに目を輝かせるのですが『早く来なさい!』と、冬の女王に急かされので、渋々上を目指しました。
 やがて、二人は一際大きな扉にたどり着きます。
 それはティボとサリアが前に立つと、ゆっくりと、重厚な音を立てて開いていき……。

 そこは、普通の部屋でした。
 天蓋付のベッドに、化粧台のある机。紅い絨毯が敷かれ、暖炉も完備。きらびやかなシャンデリアが吊るされていて、四つある窓にはステンドグラスで四季の女王が描かれていました。

「ようこそ、季節の塔へ」
「歓迎しよう」

 並んで立つ、二人分の人影があります。
 一人は水色のドレスに身を包んだ、長い黒髪の若く美しい女性、冬の女王。
 そして……。
 その傍らのもう一人は、精錬な顔立ちをした、肌が異様に白く、髪も白銀色の男。人間のような顔立ちですが、明らかに異質な雰囲気。怪物か、妖精の類いだな。ティボはそう当たりをつけました。
 すると、ティボの視線を感じたのか男はニヤリと意味ありげに笑いました。

「フム、女王の遠見の魔法で顔を拝見したが、やはり美しいな。という訳で少年。いきなりで悪いが……」


 オレと、やらないか。


 その瞬間、ティボは全身から冷や汗を流しました。
 サリアはキョトンとして、首をかしげました。
 そして冬の女王は何故か悔し涙を流しながら、ティボを睨み付けていました。

 ※

 女王が引きこもった理由は至極単純……な、ようで複雑でした。
 男の正体はジャックフロスト。
 冬の間にだけ姿を現わす、シモ……ではなく、霜の妖精です。
 彼は遠くから透明な状態で旅をしてきて、たまたま冬の気配が濃厚だった塔にやってきて、冬の女王と出会いました。
 彼を一目見た女王は、その美しさにたちまち心を奪われ、熱烈な求婚をしたそうです。

 ところが……なんということでしょう。ジャックフロストはゲイだったのです。
 つまり女の人には、これっぽっちも興味がない。そんな男でした。
 ですが、それでも冬の女王は諦めきれません。魔法を駆使し、ジャックフロストを塔に閉じ込めて。必死に猛アピールを開始しました。
 美味しい料理を振る舞いました。
 投げキッスやウインクは毎日やり。
 あからさまに服をはだけて見せたり。
 ベッドに寝転び、手招き作戦。
 ラブレターを沢山書き。
 魔法でオーロラを作ってロマンチックな夜を演出。

 しかし、肝心のジャックフロストはあからさまに困ったような顔をするばかりか、そろそろ次の町にイイ男を探しに行きたいんだが? 君には季節を巡らせる役割があるだろう? と諭してくる始末。
 結局、ジャックフロストの心を動かすことは出来ぬまま、春の女王と交代する時期がやって来てしまいまいました。
 女王は考えました。
 春になれば、ジャックフロストは消えてしまいます。きっとこの塔にも女が一人と知った以上、二度と近づかないに違いありません。
 彼女は悩みました。悩んで悩んで……ある、悪魔的な結論に達しました。

 そうだ。冬で季節を止めてしまえばいい。

「バカですか?」
「だ、だって……そうしないとジャックが……!」
「結果、監禁と……。脈なしとわかったら潔く身を引くのも美徳だと思いますけど?」
「そ、そんなのしらないもん! だ、だから頑張ったの! そのうち助けに来たと自分では思ってる騎士様が来て……その、えっと……」
「まさか差し出した?」
「ち、違うわ! ジャックが危なくて、私が魔法で吹き飛ばしたら気絶して……それで、ジャックが手をワキワキさせながら……」
「あ、もういいです。皆まで言わないでください。サリアの耳が汚れます」

 そもそも、ジャックフロストの言うことを聞いて塔に男を入れた時点でお察しでした。
 もはや気を引くためには手段を選ばなくなったのかもしれません。
 ジャックフロストは悦び。女王は大好きなジャックフロストと一緒にいられる。まさにそれはウィンウィンの関係でした。
 街にいた塔からの帰還者は、考えてみれば皆男性。そりゃあ語れる訳ないよな。と、ティボはため息をつきます。

「少年。この魔法の壁を解け」
「断るっ!」
「……ウェンディ。魔法は?」
「やってるわ! でも……」

 そんな中、季節の塔の部屋はまさに混沌の渦中でした。
 ティボの作った魔法の壁でジャックフロストは部屋の隅から動けず。
 その壁を壊そうと冬の女王が魔法を放ちますが、それは尽くサリアの大鎌で切り裂かれ、雲散霧消します。
 それならばと今度はティボに向けて魔法をかけようとするも、ティボは殆どめんどくさそうに、蜘蛛の巣でも払うような動きで魔法を掻き消していきました。

「女王様、出来れば自主的に塔を……」
「嫌よ! ジャックと結婚するの! 心からまた会ってくれるって誓うまで……絶対嫌なんだからぁ!」
「ジャックさん、嘘でもいいから来年来ると……」
「言ったさ。だがウェンディの奴、俺に来年逢う誓約の魔法へ同意するように言いやがった。おまけにそれは巧妙に隠された婚姻届でな……」
「うわーお」

 なんて面倒くさい女王様でしょう。
 どうしたものかとティボはサリアを見ますが、彼女は淡々と魔法を切り裂くのみ。助言は受けられそうもありません。
 そもそも彼女は人との関係性に執着がないので、こういった揉め事解決には不向きなのでした。

「……どうしよう」

 もういっそ、無理矢理捩じ伏せる?
 けど、ティボはそれだけはしたくありませんでした。
 どうせなら、女王には納得するか、ジャックフロストに対する未練をしっかり断って欲しい。恋の成就は無理そうです。どうにか……どうにかできないものでしょうか。

「考えろ。考えろ」

 ティボは優秀な魔法使いでした。おおよそ出来ないことなど殆どありません。そんな天才たる彼は頭の中でありとあらゆる手段を模索し、組み上げて……やがて、一つの結論に至りました。

「……あ、その手があったか」

 パキンと指をならしながら、ティボは冬の女王の方へ向き直ります。

「女王様、提案がございます。一先ず魔法を放つの止めてください。小石ぶつけられた程度とはいえ、鬱陶しいので」

 季節を司る大魔法を有する女王も、流石にこの発言には絶句しましたが「貴方にとってもいい話です」という甘言に釣られ、静かに魔法の手を緩めました。

「女王様、ようはジャックフロストと結ばれたいのですよね? どんな形であれ」
「そうよ。彼が私に真の愛情を向けてくれるなら……また冬の季節に私を抱き締めてくれるなら……!」
「わかりました。その願い、叶えましょう」
「……え? 本当に?」

 顔を輝かせる女王様。
 ティボは内心で「仕方ない。うん、仕方ないな」と繰り返しながら、そっと柊の(ワンド)を指で回しました。

 今から使う魔法は、それなりに複雑です。ジャックフロストを押さえながらやるのは、流石に難儀そうだな。ティボはそう思いました。

「女王様、暫く目を閉じていてください。――サリア! 時間稼ぎを頼みたい!」

 ティボがそう叫べば、サリアはピョンと彼のそばまでひとっ飛び。ティボの背中を守るようにして、ジャックフロストの前に立ち塞がりました。

「何日?」
「そんなにいらないよ。三分……いや、一分かな」
「息を吸うより簡単なことを頼むのね」

 クルリと身の丈ほどもある大鎌を回しながら、普段は無表情な筈のサリアは美しく微笑みました。ゾクリとした寒気が、ティボを襲います。サリアが本気で鎌を振るうとき、彼女はいつも天使のようににっこりと笑うのです。

「妖精は殆ど死なない、丈夫な存在だ……けど、君だから言うよ? ……殺しちゃダメだからね?」
「ん。わかった。再生できる程度に手加減して切り刻めばいいのね」
「その通り」

 魔法の壁を解除します。ジャックフロストが無駄にいい笑顔で両手を広げ、ティボに向かって走ってきました。
 サリアは大鎌を両手で構え、それを正面から迎え撃ちます。

「無駄だ、お嬢さん。俺は霜の妖精だぞ? ただの刃物では……」

 止められない。
 そうジャックフロストがほくそ笑んだ瞬間、彼の首が宙を舞いました。全く見えない早業に、ジャックフロストは目を見開きます。慌てて首を氷でくっつけようとしましたが、上手くいきません。
 まるで頭と首をその空間ごと切断されたかのような。まさに芸術と言っても過言ではない一斬りでした。


「斬るのは得意なの。魔法も、空気も。時間だって。でも――私が一番上手に斬り落とせるのは……首」


 ちゃんと一分後にはくっついて、胴体も動くようにしたからね。サリアはそう言ったきり、仕事はお仕舞いとばかりにつかつかとその場を離れます。
 向かったのは、いつも引き摺っている棺です。
 その上にちょこんと腰かけたサリアがそれに向けて小さく何かを呟きましたが、ジャックフロストにはもう聞こえていません。
 一時的な晒し首に処され、意識を奪われた彼が目覚めるのはきっかり一分後。
 そして、魔法使いティボにとっては、それだけあれば高度な魔法を完了させる事など朝飯前でした。

 ベルト付の本が生きているかのように蠢いています。それが不気味な光を放ち始めた時、ティボは(ワンド)で空に軌跡を描き、鋭い声で呪文を唱えました。

「ナルシズム・オレシズム! アンジェーラ・ツヴァイエッジ! 性転換!」

 目も眩むようなバカみたいに明るい蒼が部屋を覆い尽くしました。
 五秒ほど光で誰もが目を瞑り、ようやく収まった頃。女王の身体は劇的な変化を経ていました。

「な、なぁにこれぇ?」

 可愛らしくも気品が溢れていた声は、甘いテノールボイスに。
 柔らかい曲線を描くような女性の体型は引き締まり、贅肉など全くない、豹を思わせる肢体へ。
 美しい顔立ちは、どこか蠱惑的かつ中性的なものに。

 なんということでしょう! そこに立っていたのは、氷の彫刻を思わせる、儚げな美男子ではありませんか!

「ウェン……ディ?」

 信じられない。そんな声を発しながら、復活したジャックフロストは立ち上がります。
 目が……血走っていました。それを見たティボは、「これはいかん」と呟きながら、サリアの手を引き、いそいそと部屋から退散しました。

「ティボ? 女王さま……あれ? 今は王様? ……は?」
「うん、今はいい。いいんだよ。サリア。ごめんよ~。ちょっと耳塞ごうか」

 ミミチョンパー、消音。と、ティボはサリアのこめかみに優しく(ワンド)を当てながら、急いで部屋を出て、扉を閉めました。

「あ……ああ、ジャック……! そんな情熱的な目で私を見てくれるのは嬉しい。凄くすっごく嬉しいけど……何かおかしくない? これ」
「おかしいものか。ウェンディ。俺は……ああ……oh……ウェンディ。たっぷりとことん悦ばせてあげるからな……!」
「あ……いや、ちょ、待って待ってジャック! まだ心の準備が……!」

 そんな会話が聞こえた気もしましたが、ティボは構わず下に降ります。塔の一階にたどり着いた彼は、僕にも一応消音かけておこうかな。と思い立ち……。


「アーッ!」


 微妙に間に合いませんでしたとさ。


 ※

 翌朝、一階にて眠っていたティボは、誰かが階段を降りてくる音で、静かに目を覚ました。
 冬の女王でした。

「おはようございます。……ジャックフロストは?」
「気絶してるわ。十二時になった頃かしらね。致してる最中に私が女に戻っちゃって……」
「ああ、そのショックで?」
「いいえ、泣きそうな顔で絶望していたわ。で、私は私でもう喪うものは何もないから……そのまま楽しんじゃった♪」

 キャハ! と笑う女王様に、ティボは何とも言えない顔になりました。「何が心よ。後からもぎ取ればよかったのね」と、怖いことまでいい出す彼女を見て、ティボはそっとジャックフロストに向けて十字を切りました。

「塔から、出ていただけますか?」
「ええ、ジャックとは、また逢う約束を交わせたし。次の冬が楽しみだわ! ああ、昨夜は一生の思い出になったの! ベッドの中でオーロラを見ながら、魔法の誓約でぇ……キャッ!」

 サリアが起きてなくてよかったなぁ。
 棺桶の中でまた夢の中にいるであろう少女を思いながら、ティボは肩を竦めるのでした。

「じゃ、お城に戻りましょうか。皆さん心配してます」
「ええ。あっ、そうそう魔法使いさん。ちょっと相談があるんだけど……」
「奇遇ですね。実は僕もです」

 ティボは優秀な魔法使いでした。
 だからこれから起きるであろうことは簡単に予測できるのです。


 ※


 数時間後。カーランディシュの城にて。

「と、いう経緯で訳で女王様連れ出せた次第であります。報酬くださいな」

 いけしゃあしゃあと言ってのけるティボと、その傍らで無表情で佇むサリア。両側に整列した衛兵達や、玉座の王。そして夏と秋の女王は、ようやく春が来たのに、プルプルと震えていました。
 ニコニコと笑っているのは、冬の女王だけです。
 しんとした静寂。破ったのは、関わりのあった三人以外の全員。殆ど同時でした。

「ふざけるな貴様らぁ!!」
「私の可愛い妹に何してくれとんじゃワレェ!」
「返して! 気品があって、美しく、それでいて可愛かったウェンディを返しなさぁい!」
「者共! であえ! であえぇい!」
「チックショオ! 殺せ! ぶっ殺せぇ!」
「NUKADUKEにしてやるぅうぁあ!」

 ですよねー。と、ティボは乾いた笑みを浮かべます。
 話したくて話した訳ではありません。でも、恋に浮かれた冬の女王が勝手にベラベラのろけ話をするものだから、どうやっても説明せざるを得なかったのです。
 予想はしていました。準備も相談してました。後は……。

「サリアァ! 撤退! 撤退ー! 冬の女王様! あとよろしく!」
「逃げるのね。了解」
「フフ、元気でね。ティボルトくん。サリアちゃん――ありがとう!」

 背後で冬の終わりを惜しむような嵐が巻き起こります。それは春の陽気に照らされて乱反射し、キラキラと輝いて。カーランディシュを数時間覆い尽くしました。
 その最中、流れ者の二人組が逃げるように国を出たのですが……気にする国民などいませんでした。
 カーランディシュは、今日も平和です。


 ※

「……さて、次はどっちに行こうかね?」
「右がいい」

 カーランディシュからそれなりに離れた東の地にて、ティボとサリアは別れ道に差し掛かっていました。
左は川沿いの道。右は橋で川を渡り、山に向かう道です。
 サリアが指差す方を見て、ティボは少しだけ可笑しそうな顔で問いかけます。

「その心は?」
「なんとなく」
「ハハッ、自由すぎるなぁサリアは」

 それでいいけどさ。と、ティボは呟いて、二人は右の道へ進みます。それが二人の旅のスタイルでした。

「そういえば、さっき使い魔さん? に、何を持たせていたの?」
「ん? ああ、あれかい?」

 一巻きの巻物(スクロール)を脚に掴み。パタパタとカーランディシュに蜻蛉返りした、可愛い蝙蝠(コウモリ)の使い魔に想いを馳せながら、ティボは苦笑いします。
 行きは簡単ですが、帰りは冬の女王からの個人的な褒美の山を運ぶため、重労働になるに違いありません。
 帰って来たら彼を労ってあげることを誓いながら、ティボはどうでもよさそうに肩を竦めました。

「簡単な指南書だよ。性転換の魔法は難しいから、認識を変える――まぁ、幻影や蜃気楼の魔法のね。一体ナニに使う気やら……」

 知らなくていいことは無視。
 これもまた、魔法使いティボルトのスタイルなのでした。
穴と雪の女王とかいうクッソ汚い電波を夜中に受信して、深夜テンションで書いた結果です。
お目汚し失礼しました。

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