ナイトウィザード2nd 人化の剣(9/14)PDFで表示縦書き表示RDF


ナイトウィザード2nd 人化の剣
作:刹那



9:辿り着く魔術師


 ひかりが遅れて歪みに飛び込んだ先、そこは紅い月が昇る正真正銘の月匣の中だった。
 本当に入れた、とひかりは感嘆する。しかし、そんな悠長に耽っていられる状況ではないと否応無しに見せつけるものがあった。それを見つけた時、ひかりはあまりの"量"に顔をひきつらせた。

「は、ははは……」

 一言で表すなら、敵。
 一目見ただけで数えるのを投げ出したくなるほどの、大量に(ひし)めくゴブリンの群れ。
 ひかりより先に入ったトレイターがフォールンエンパイアを構えていた。

「どうやっても俺達を行かせたくないらしい。……とっとと切り抜けるぞ」

 背後で歪みが消える。月匣からの逃げ場はなくなった。もうここを突破する以外に選択肢はない。

「──はいっ」

 自分に活を入れるように声を上げて、ひかりは箒を敵に突きつける。
 先頭のゴブリンが甲高い声で咆吼を上げ、戦鐘(ゴング)は打ち鳴らされた。
 そのゴブリンが戦陣を切って棍棒を揺らしながら突撃する。雪崩のように他のゴブリンも後を追随した。
 質量を持って威圧してくる数に怯まず、ひかりは魔法を放つ。

「ニードルシュートッ!」

 針状に凝固した光がゴブリンの一団を撃ち抜く。先頭の数体は斃れるが集団が怯えて軍団が瓦解する様子は微塵もない。
 真横からひかりにゴブリンが迫った。叩きつけようとしてくる棍棒はたかが鈍器と侮れるものではない。
 ひかりは片手をゴブリンに向けて突き出す。月衣から現れた籠手のような物体がひかりの腕に装着された。

「アクレイルッ」

 瞬間、掌に空気中から集められた水分が収縮され、弾丸さながら撃ち放たれる。
 水弾はゴブリンの身体に命中すると軽々吹き飛ばした。
 魔装。
 魔法を唱えて撃ち出すより速く、瞬時に攻撃出来る優れものだ。常に装着者の身体へ干渉してくるせいで僅かな副作用があるものの、それを差し引いても有用である。
 トレイターもフォールンエンパイアから放たれる強力な弾丸で地面ごとゴブリンを穿ち、接近してきた個体は剣としての機能で斬り捨てた。
 多少の攻撃はモノともせず敵を屠る姿は頼もしく、畏怖の感情をひかりに抱かせた。伊達に魔王を斃してはいない。
 流石に数で押してはいても諸ともしないトレイターにゴブリンの士気が削がれたのか、徐々に勢いは衰えてきている。
 ひかりは一時(いっとき)も気を抜かずに魔法を放ち続けた。
 闇の刃で敵を薙ぎ払い、光の針が身体を貫き、水の凶弾で撃ち抜く。
 誤って接近されたゴブリンは箒で払いのけ近距離でアクレイルを放ち息の根を止める。
 そんな戦闘を続けても膨大なゴブリンは一向に数を減らす予兆を見せない。まったく大した数だった。最初より確実に減っているはずなのに、それを頭が理解出来ないほどのゴブリンがいた。
 きっとこの数日で今まで溜めたプラーナなども使って、生み出し続けていたのだろう。上代家襲撃は紫稲妻がドゥリンダナ回収に失敗した時から考えていた作戦のようだ。なら奈々子のプラーナを喰らったのは、こいつらを産み出すための肥料とするためか。
 奈々子と面識がさほどあるわけではないひかりでも、それには怒りを覚えた。
 ──その感情に気を取られたのが命取り。
 ただでさえ今まで同時に相手にしたことがない程の数のゴブリンと戦闘していて疲労が身体に溜まっていると言うのに、そんな危険の真っ只中で余計な思考に気を向けたら隙が生まれるのは必然と言うものだった。
 ゴブリンがひかりに肉薄した。はっとそれに気づいて魔法撃とうとするが、棍棒を振るわれる方が速かった。
 ウィザーズワンドに棍棒が打ち付けられ、箒が宙を舞う。衝撃で回転しながら、ひかりの後ろに突き刺さる。

「しま──っ」

 殺られる、と寒気を覚えた。

「世話が焼ける!」

 ひかりを突き飛ばし、トレイターがカバーリングに入った。
 しかしひかりを突き飛ばしたせいでフォールンエンパイアを使う余裕がなかったのか、まともにゴブリンの棍棒がトレイターの身体に打ち込まれた。

「グゥ……」

 鈍い打撃音が響きトレイターの身体が揺れる。斃れる、と思いきや踏みとどまり、フォールンエンパイアでゴブリンを切り裂いた。

「トレイターさん!」

「いいから速く箒を拾え! これ位では倒れんッ」

 慌てて箒を引き抜くとひかりは津波のように押し寄せるゴブリンに応戦するトレイターに駆け寄った。

「今回復を……ヒール!」

 癒しの力がトレイターの患部に働き、傷を癒やした。それでも完治には至らない。ひかりは魔術師でも、回復魔法はどちらかと言うと得意な方ではないからだ。回復魔法が得意なら、この位の傷は完治させられただろう。
 もう一度回復魔法を掛けようとするひかりを、トレイターは片手を振って遮った。

「もういい。楽になった。お前も攻撃に専念しろ」

 でも、と食い下がろうとしたがゴブリンは物凄い勢いで迫ってくる。好機とでも思っているのだろう。いくら強いと言っても一介のウィザードであるトレイターが、しかも手負いで一人相手にするには荷が重いかもしれない。
 回復魔法を発動する手を止めて、ひかりも攻撃するために魔法を唱えた。
 ゴブリンはトレイターの奮戦もあり続々と減っていく。そろそろ数にも限界が見えてきた。が、こちらも消耗が激しい。このままではどちらが先に力尽きるか分からない。
 それに結構なタイムロスだ。まだ保たせているようだったが、これ以上は刃太も危ない。
 なのに未だ終わらない戦闘にひかりは焦燥を募らせた。

「このままでは……!」

 悲鳴にも聴こえるそれに、トレイターは戦いの手を止めずにこう言った。

「……なら、俺がこの場を受け持とう。お前は先に行け」

 抑揚なく言われた言葉に、しばしひかりは我が耳を疑った。

「先に……って、無理ですよ! トレイターさん一人じゃ! それにこれだけの数のゴブリンから抜け出すなんて……」

「活路は俺が開いてやる。それなら良いだろう」

「そんな!」

「一人の方が戦い易いんだよ! 邪魔だ、つべこべ言わずにとっとと言ってこいッ!」

 トレイターに怒鳴りつけられて、ひかりは首をすくめた。冷静そうな青年が怒るのは少し意外だった。

「いいか、今から俺がゴブリンの気を引いてやる。その隙に頭上から奴らを飛び越えろ。いいな!?」

「……ッ、分かり、ました!」

「よし。カウント……三、二、一……」

 フォールンエンパイアを振りかぶり、カウントは零を刻む。

「──惑乱しろッ!!」

 振るった。
 眼前のゴブリンをフォールンエンパイアは一刀両断にした。斬られたのはそれ一体だけだった。
 だが、
 ──惑乱は伝播する。
 フォールンエンパイアから闇が如き漆黒がゴブリンを覆い、襲った。視覚できるそれは、ただし物理的にではなく精神的に作用する。
 トレイターの魂を締め付けていた侵魔の気配がゴブリンに干渉していた。奴らも闇の住民である。並大抵の闇ではたじろがない。しかし、これは高位の落とし子が発するとびきり濃密な気配だった。
 びしりと集団で金縛りにあったかのように、ゴブリンは皆一様に動きを止めた。
 その頭上を合図と同時に飛び出したひかりは通過していく。阻むものは何もない。
 一〇にも満たない時間、ひかりの孤影が遠くなった頃、ゴブリンを拘束していたモノは消滅した。今まで停止していたエミュレイターは自由を取り戻すなり、トレイターを睨みつける。
 大量の視線を受けて、トレイターはなお平然としていた。

「……お前ら全員、俺が相手をしてやる。時間を掛けるのは面倒だからな。手早く片を付けるぞ──」

 血が流れる口の端を吊り上げて、トレイターは笑みを浮かべた。
 ゴブリンは容赦なく、トレイターに殺到する。

     *

 ヒュゥと空を裂き、無数の髪が突き出され、あるいは斬るために薙がれる。
 それらをギリギリで捌き切ると、ガードの甘い部分に手刀や蹴りが打たれた。幾つかかすり、もしくは魔剣で受けて吹き飛ばされながらも戦闘は続いていた。
 紫稲妻は髪や体術などを使い多彩なバリエーションで刃太を襲い、追い詰める。刃太はなんとか防戦一方に陥りながらも、捌いて生き長らえていた。

「くそ……ぅわぁっ!」

 一度追いつかれたら紫稲妻から逃れる術はない。速さが違う。もう意表を突いて逃げると言うことも無理だ。必然的に刃太は紫稲妻と切り結ぶことになる。
 切り結ぶ、と言ってもそれは反撃を許さない一方通行の暴力。下手に攻撃しようものなら、紫稲妻の一撃受けて大打撃を被ることになる。故にこれは戦いではなく、リンチと言っても良かった。
 無言で無表情に機械と錯覚する無慈悲さで紫稲妻は攻撃の手を緩めない。
 何合も魔剣と紫稲妻は交錯し、火花を散らす。
 髪が一房、防御の間を縫って刃太の顔に突き出される。頭を傾けて辛うじて避けると、頬に鮮血の一文字が刻まれた。
 バックステップで距離を広げるが、瞬き一つの間を埋めるのが精々で再度距離を詰められ魔手が襲いくる。

『主、持ちこたえてください! 何度も攻撃していれば油断で紫稲妻も隙を見せることがあるかもしれません。そうなれば逆転の可能性も無きにしも非ずですッ』

 ドゥリンダナも焦っているのだろう、少し言葉が荒かった。

「分かってる!」

 そうは言ったものの、刃太はこの精密機械のようなエミュレイターが油断なんて俗な感情を抱くのか(はなは)だ疑問であった。そんな巨大隕石が摩擦熱で燃え尽きず地表に激突するほど微かな可能性を目にするより、刃太が疲れで隙を作る方が遥かに速く思えた。
 力を込めて魔剣を振るい、硬化した腕を弾き飛ばす。

「──っと!?」

 疲労が身体に蓄積していたせいだろう。今まで手足のように扱っていた魔剣を振った拍子、重さに引きずられて身体が傾いだ。

「なあ──ッ!?」

 言ったそばからの失態。背中が瞬時に粟立つ。
 傾いた視界で紫稲妻を見れば、腰に引いた手刀を突き出さんとしている真っ最中だった。
 身体を捻って躱そうとするが、腕も目も正確に刃太を捉えていた。手が霞むほどの速さで手刀が突き出される。
 刃太到達まで時間にして小数点以下になった瞬間、
 ──スパァァァン。
 上空から飛来した水弾に撃たれ、紫稲妻はバランスを崩した。だがすぐに体勢を立て直して紫稲妻は刃太と距離をとる。同じく立て直した刃太は、水弾の主を見上げた。

「花川さんッ!」

 箒から降りて、ひかりはスカートを押さえながら刃太の横に着地した。

「すいませんっ、遅れました。……良かった、刃太くんが無事で」

 安堵でほうとひかりは息を吐いた。

「う、うん、危なかったけど──ォッ!?」

 話に紫稲妻が割り込み、手刀を突き出してきた。ひかりと合流出来て安心していたが、安穏と話している暇など紫稲妻が目の前にいる限りないのだ。
 魔剣で腕を払おうとする刃太の腕を掴み、ひかりは再び飛翔した。
 高度はみるみる上がり、五、六階建てのマンションと同じ位置まで到達する。紫稲妻も地面も遙か眼下だ。

「ここまで来れば、少しは時間稼ぎになるでしょう」

 一先ずの危機からは遠ざかれたからか、今度こそ二人は緊張から解かれた。
 刃太は脱力して筋肉を弛緩させる。

「助かったぁ」

 長時間緊張の糸を張っていたせいか、それを緩めると途端に疲れが押し寄せてくる。そうやって安全を甘受していると、ドゥリンダナが控えめに──控えめと言っても脳に直接語りかけてくるので、控えめも何もないが──呼び掛けてきた。

『……主』

「んん、何、ドゥリンダナ?」

 吹き付ける爽やかな風に髪を揺らしながら答え──
 ──風?

『その、ちゃんと掴まってないと落ちますよ?』

 恐る恐る、刃太は下を見た。無防備に垂れた足は当たり前と地面に着かない。刃太は今、腕をひかりに掴まれてぶら下がっているだけだった。
 数瞬の沈黙。

「──っうわあああああああああ!」

 驚いて悲鳴を上げて足をジタバタとタイミングの合わない振り子かと思う動作で振るった。

「ちょ、刃太くん危ないです動かないで! 早く箒に掴まって!」

 バランスを崩して危うく落ちそうになりながら、ひかりは刃太に箒を掴ませて上半身を引き上げる。
 刃太は心臓を高ぶらせて息を切らした。月衣を展開してる限りこの高さから落ちても死ぬことはないと分かっていても、やはり怖いものは怖い。それに下には紫稲妻がいるのだ。落ちたら一巻の終わりである。
 眼下にいる紫稲妻を確認すると、相手は刃太を見上げていた。どうやら空を飛べないらしい。

「飛べない、みたいですね?」

 紫稲妻を見下ろしながら意外そうに言った。

「うん。まあ飛べなくて助かったよ。……ところで花川さん、どうやって月匣の中に来たの?」

「ああ、それはですね──」

 ひかりがこの月匣に入るまでのことを掻い摘んで教えてもらった。
 外でトレイターと鉢合わせて、空間に穴を空けて月匣に入ったこと。そこで無数のゴブリンと遭遇し戦闘になり、トレイターがなんとか先に行かせてくれたこと、など。
 それを言い終わって、ひかりは目を伏せた。釣られて刃太も沈痛な面持ちになる。

「それは……心配、だよね」

「はい……。でも、お陰で刃太くんを助けられました。後は紫稲妻をなんとかして──」

 ここから逃げ出せば、と続くはずだったのだろう。箒に乗る二人の頭上に陰が差した。紅い月明かりを何かが遮っていた。
 それを自覚して、強烈な悪寒が全身に駆け巡った。

『主ッ!』

 ドゥリンダナの声に、刃太が空を見上げた。
 そこには、長髪を靡かせながら足を振り上げた紫稲妻の姿があった。

「──花川さんッ!」

 脳内でスイッチが切り替わり、緩んでいた頭が引き締まった。とっさに刃太はひかりの服を掴み、下に思いっきり引いた。

「きゃっ」

 姿勢を崩したひかりは箒ごと高度を落とす。しかし、掴まっていただけの刃太は宙に放り出された。

「喰らうか!」

 身を捻り、無理な体勢で魔剣を振るう。
 紫稲妻の回し蹴りと魔剣が激突した。
 迎撃出来たと安心も束の間、刃太はもう一方の足で腹部を蹴り抜かれる。

「グッ──」

 蹴りの力と重力で隕石のように落下し、刃太は地面に叩きつけられた。コンクリートに罅が入り、クレーター状に陥没する。身体に激痛が走り抜け、意識が飛びそうになる。

「くぅ、はァッ……」

 酸素と血塊を吐き出して、刃太は痛みに悶えた。

『無事ですか、主!?』

 ドゥリンダナにすぐ返事をする力は、刃太にはなかった。
 空にいる紫稲妻が自由落下を始める。刃太にトドメを刺そうと手刀を構えていた。
 ヤバいと危機感が最高潮に高まる。血反吐を吐きながら地面を転がった。
 入れ替わりに紫稲妻の手刀が地面にたたき込まれた。
 粉塵が舞い、クレーターがさらに深く穿たれる。
 細めた視界で、刃太は六階建てのマンションを見つけた。先程まで刃太達がいた位置に近い。壁が等間隔に砕けていて、それが紫稲妻の駆け上がった跡だと言うことが分かった。
 舞い上がる粉塵の中心へ光の針が降り注ぐ。

「刃太くん!」

 頭上からひかりの声がして、反射的に手を伸ばした。その手をひかりが掴んで、低空飛行に入った。

「凄い傷……今治癒を──キュアウォーター」

 清流で洗われるような清々しい感覚が刃太の中を通り抜けた。苦しかった痛みも規模を小さくしていく。

「はあっ、ありがとう……助かった」

 痛みが退いて魔剣を強く握り直し、粉塵を見た。
 舞っていた煙が晴れたそこには、ほぼ無傷の紫稲妻が無表情で存在した。
 油断し過ぎたと刃太は自分を罵った。相手はそんな甘い相手じゃないと分かっていなかったのかと。空に上がっても安心などせず、気を引き締めていなければならなかったのだ。
 紫稲妻がふたりに目を向け、刃太と目があった。
 何故か心臓を鷲掴みにされたような気持ち悪さが胸に込み上げてくる。
 紫稲妻はそんな様子に目を細めて、

「……フォートレス」

 月匣が、変質した。
 今までの街の風景が消え去り、紅い月の下で違うものに置き換わっていく。
 それは雑然と物が放置されたような、落ち着きのないもの。統一性のない、まるで鞄をひっくり返して出て来たものを放り投げていたら出来たと言えば納得するような、そんな場所。

「なんだ、これ……」

 刃太は茫然と月匣の変質を見つめていた。

「フォートレスです」

 飛行を止めて刃太を地面に下ろし、ひかりも地に足を着けウィザーズワンドを構える。

「月匣と同じですよ。ただ、使用者の心象風景を投影して迷路のようになったものです。……相手も、どうやら本気みたいです」

 奇妙な想いにとらわれながら、刃太も改めて魔剣(ドゥリンダナ)を構えた。
 紫稲妻はゆっくりと地を踏みしめてふたりに歩みよっていく。だが突如速度を上げ、稲妻が如く疾駆した。
 生唾を飲み込み、最終決戦(ラストバトル)を前に声を張り上げる。

「行くぞ、ドゥリンダナッ」

『了解です、主!』

 自らを鼓舞して、刃太も紫稲妻に向け疾走した。












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