ナイトウィザード2nd 人化の剣(4/14)PDFで表示縦書き表示RDF


ナイトウィザード2nd 人化の剣
作:刹那



4:突撃アナタの一軒家


「それで、です」

 溜息を吐いたひかりが眉間を抑えながらドゥリンダナを見やった。

「……いつになったら魔剣に戻るのですか?」

 現在上代家前。
 夜間の出来事。
 ひかりにそう問われたドゥリンダナは即座に一音も狂いなく返答する。

「ですから、無理です」

「無理ですじゃないでしょう無理ですじゃ!?」

「何度も説明したように、無理な物は無理なのです」

 人差し指を立てて先程と同じことを口にする。

「わたしは長年地下に封印されていました。それが問題でしょう。剣で状態を固定され結界に絡めとられていたわたしは、一度人化してしまったら本来あるべきの魔剣状態に戻ることが出来なくなってしまった。人間の扱う物に例えるなら……そう、誤作動と言うものです」

「でも学園では一度魔剣に戻ったじゃないですか」

「魔剣に戻ること自体は当たり前です。わたしが本来あるべき姿はアレですから。今でも人化を解くことは出来ます」

 何か言いたそうなひかりを遮って、ドゥリンダナは続ける。

「出来ますが、それには多大な労力を必要とします。戦闘を行う程度の間なら問題はありませんが、月衣にずっと収まっていろ、と言うのはできかねます」

「ならどうしろって言うんですか、もうっ!」

 綺麗な髪を些か乱して声を上げるひかりを、なんだかキャラが変わったなあ、と刃太は暢気に眺めていた。
 ひかりがキャラを変わらせてドゥリンダナと言い争いをしているのには、勿論分けがある。
 刃太が自宅に入ろうとした時、問題が生じた。
 ドゥリンダナである。
 彼女は刃太の"魔剣"と言う立派な武器であり、一緒にいなければ意味がない。ウィザードは武器を月衣に収納するのが常識。なのでドゥリンダナを月衣に入れようとしていた。

 だけ、だったはずなのだけど。

「でも、困りますよこれじゃあ。リンさんが家に入れないだったら、刃太くんはウィザードでありながら丸腰ってことになります。……何かあったら危険です」

 肝心のドゥリンダナを月衣に収めることが出来なかった。
 これではドゥリンダナが上代家の敷居を跨ぐ羽目になってしまう。
 ヤバい。それは刃太的にもヤバい。実にヤバい。
 いきなり家に銀髪の麗人を招いたら家族がどんな反応をするか。考えただけで恐ろしい。変な目で見られること請け合いである。
 刃太がひとり暮らしなら良かったのだが、生憎と両親姉健在でひとつ屋根の下で元気に生活中だ。

「うーん……刃太くんの部屋って二階ですか?」

「え、うん、そうだけど」

「刃太くんが二階に上がったらリンさんを二階に跳ばせる、なんてどうでしょう? リンさんの身体能力なら可能でしょうし、なんならわたしが箒で運びますけど」

 顔に似合わずなんとも無茶な発案であった。
 当たり前に刃太は顔を横に振る。

「む、無理だよ! 部屋って言ったってたかが知れてるし……。そもそも女の人とふたりでいるなんて、その……」

 ちらちらと自分の方を見てくる刃太をドゥリンダナは不思議そうに見た。

「なんでしょう?」

「い、いやなんでもっ」

 口元を覆って顔を背けた。意識したら急に顔を見るのが恥ずかしくなってきた。
 その可能性を今更ながらに思い出して、ひかりはむっと顔をしかめた。

「確かに……それは何というか駄目ですね。倫理的に常識的に私的に駄目です」

 最後は完璧に私情であるが刃太が気付く素振りはない。
 というかそれどころではなかった。

「主、刃太。顔が紅い。体調が悪いのですか?」

 (いたわ)るように目を細めてドゥリンダナが刃太に顔を近付けていた。

「大丈夫だよ大丈夫! ちょっと熱いだけで……」

 たじろいぐ刃太にドゥリンダナはさらに詰め寄る。

「大丈夫ではありません。今の夜風は涼しいと人化して生まれた私の疑似神経が訴えている。熱いなどとは触覚がおかしい。熱でもあるのではないですか」

 ドゥリンダナが額に伸ばしてくる細く美しい工芸品のような手から刃太は驚いて後ずさった。

「何故逃げるですか?」

 無論羞恥心からですとは言えなかった。

「い、いや別になんでもないから……っ」

「なんでもなくはありません。先程にも増して顔が紅い。危険だ」

 手を伸ばしては逃げられるとドゥリンダナの身体が迫った。腕を掴まれると、抵抗しようにも綺麗な腕を傷つけてしまいそうですることができない。まるで芸術品のような扱いだ。
 柔らかい身体が刃太に触れた。元は剣なのになんで柔らかいんだとか良い香りがするんだとか、ツッコミ所は数あれど脳の処理能力が限界を超過してオーバーヒート状態のせいで呂律がまわらなかった。
 こんなに女性耐性が弱いとは刃太自身も思わなかったが、原因はきっとドゥリンダナにある。異国の顔立ちに立ち姿、それにこちらを信頼していると訴える瞳。美しさならひかりも引けをとらないが、初対面なのと上記諸々のせいでこの密着状態は天国地獄なヘルアンドヘブンな状況なのだ。
 ふたりの様子にようやく気づいたひかりがあっと目を見開いた。

「何くっ付いてるんですか! ふたり共離れてくださいーっ!」

 急いで刃太とドゥリンダナを引き剥がそうとひかりがふたりの元まで走り寄り、

 ガチャリと。

 上代家玄関が開けられた。

「……刃太?」

「……姉ちゃん?」

 玄関から出て来た姉、上代奈々子と刃太の視線が合った。
 その場の人間から血の気が失せ、固まる。
 北極で凍結している氷と同じ位空気が凍っていた。
 そんなタイムストップ、静止画の中で一人だけが色を持って動いている。
 ドゥリンダナが動きを止めた刃太の額に手を当てた。

「熱は、ないようですね」

     *

 あんなに騒いでいて誰も気づいていないと思っている方が、おかしいと言うわけで。

 上代家リビング。

 いつもは食事をとりソファで(くつろ)ぎながらテレビを見たりお菓子をぱくついたりする怠惰空間は、今現在変な空気で包まれていた。
 上代母、上代父、奈々子、机を挟んで向かいにドゥリンダナ、ひかり、刃太とソファに腰を下ろしていた。
 異国の女性に金髪のクォーターの少女、しかもいずれも容姿は淡麗。そのふたりと夜中に玄関で言い争う──ように見えた──息子の図。
 家族会議が勃発しても当然だった。
 刃太は顔を引きつらせながら内心で嘆いていた。なんでこんな状況になってしまったのかと。なんだこの針のむしろは。安心してください私情のもつれとかではないですから大体あなた方の息子ですよそんな甲斐性があるとお思いですか、そう訴えたかったが余計に場を変な方向へと導いてしまいそうで口に出来なかった。
 こんな時都合の良い方向に持っていけない魔法は大したことないのではなかろうか。
 背を冷や汗でびっしょりと濡らしながら視線を移すと、上代父の荒れた口が開かれようとしていた。
 なにがくるか───。

「刃太……この、彼女達はどこのどなただね?」

 第一声。当たり障りのないこと。
 オーケー、まだなんとかなる。なんとかごまかしてここから脱出しなければと刃太は慎重に言葉を選んでいく。

「えーと……左側の人がドゥリンダナさんで、金髪の人がクラスメイトの花川ひかりさん」

「……ドゥ、ドゥリンダナさんとはどういう関係だ?」

 難しい。
 ドゥリンダナとの関係を言葉にするのは非常に難しい。そもそも馬鹿正直に話せるものではない。何か言い訳を考えなければいけない。
 だが言葉を詰まらせていたら、嘘だと悟られてしまう。早急に都合の良い嘘をと思考をフル回転させる。

「主従関係です」

 言い訳探しは、もう必要なくなっていた。

「ちょ、ちょっとリンさん! な、ななな何を言ってるんですか! こんな時にご冗談を!」

「む、わたしは冗談など……モガ」

 何か伝えようとするドゥリンダナの口をひかりが背後から塞いだ。
 沈黙。

 ああ、終わったーー。

 いっそ清々しいほどに終わった。刃太は慌てることなく無我の境地にでも到達したような心境でいた。
 ちゃんと普通に育てた嫡男の側に主従関係ですと言い出す美人さんが現れたら、両親精神的に大ダメージ姉からは軽蔑され家族内での地位は失墜ジ・エンド。
 これからは部屋に引きこもって過ごすしかあるまいていちくしょうめ、と訳の分からないことを脳内で乱舞させている刃太の正面で姉の奈々子見た目中学生がドゥリンダナへ遠慮がちに声をかける。

「あのー、主従って刃太が下?」

 それですか。

「いえ、刃太が主でわたしが従僕……モガモガっ」

 ひかりが引きつった笑いを浮かべながら、もうこの人は何口走ってしまってるのですかねおほほほほほほ──ドゥリンダナの口を必死になって抑えつけた。
 その言葉で場が晴れることはない。
 刃太が奴隷としてあれやこれやとされているわけでないのは、ある意味面子が保たれたかもしれないが上として見られるのも果たしてどうだろうか。
 ──というか姉ちゃん俺がこき使われてる方だと思ってたんだね。
 奈々子の中で自分がどんな評価なのか想像して悲しくなる刃太だった。
 どんどんと取り返しのつかない方向に進んでいくので、慌ててひかりがフォローに入る。

「その、ですね。わたしは元からこちらに住んでいるのですが、この人は最近日本に来たばかりでこっちの言葉がよく分からないんですよ。主従関係とは彼女の国では友達と言う意味でして……ねえ、そうですよねリンさん!?」

「は? わたしは日本語の理解は出来て……」

「そうですよねーっ!?」

「……え、ええ。そうです。誤解を招いてしまい申し訳ありません」

 ひかりの笑顔の圧力に魔剣が折れた。可愛い顔で迫られると逆に怖いものがあった。
 ぎこちないそれでも誤解はなんとかなったらしい。両親の強張った表情が少しずつ安堵のものに変わっていく。
 ただ姉だけは釈然としない顔で首を傾げていたが、童顔ではイマイチ締まらなかった。
 ひとまずはこれで安心だ。ひかりの機転に感謝しつつ、刃太がほっと胸をなで下ろし。

「ああ、そうでした。物は相談なのですが、御夫妻、姉上、わたしをここに住まわせてはくれないだろうか」

 秋位まで回復していた室温が真冬のシベリア辺りまで低下した瞬間だった。

「リ、リンさん……?」

「ドゥリンダナ……?」

「はい? なんでしょう」

「なんでしょうじゃないでしょう!」

 ひかりがドゥリンダナの頭を引き寄せ、正面に背を向けると顔を近付けて小さく囁いた。

「な、なに言い出すんですかあなたは! せっかくなんとかなりそうだったのに……っ」

「はあ、ですがそれでは当初の問題が解決しませんが……」

 当初の問題? とひかりがこの状況に陥ってしまった原因を思い出し、手を刃太にも伸ばしてぐいっと引き寄せた。

「え、なに?」

 いきなり顔を近づけられて刃太が硬直する。普段は名前通り高嶺の花であるひかりがこんなに接近したら、いくら見慣れてはいると言っても緊張してしまう。
 そんな刃太の様子に気付きもせず、ひかりは本題に入っていく。

「そうです、私達は忘れていました……。リンさんをどうやって刃太くんの周辺に待機させておくか」

「……ああ、そういえば」

 月衣にも入らないしでどうすればいいか悩んでいたのだった。でもそれとドゥリンダナの言葉に何の繋がりがあるのだろう。

「そこでです。私的に非常に不本意ではありますがまあ同室に二人きりとかはないでしょうしいいかと苦渋の決断をしましてですね? ……しばらくリンさんをここに住まわせて頂こうと」

「………え、ええええええええっ!?」

 突然大声を上げた刃太の口をひかりが柔らかい手で塞いだ。

「しーっ! 静かに。いきなり大声出さないでください」

「ちょ、ちょっと待ってよ! それ……」

「もうリンさんが切り出しちゃいましたから、もう乗り切りましょう。私に任せてください」

 何を任せろと言うんですか花川さん、そんな困惑が刃太の中で渦を巻いていた。
 くるりとひかりが両親と姉に向き直り、にこやかな笑みを浮かべた。万人の心に訴えかけ、所見の人間の懐へ容易に潜り込めるような、そんな笑顔。
 そのまま一度頭を下げた。

「すいません、リンさんは最近日本語を覚えたばかりでして」

「あ、ああ、いえそうでしたか」

 ははははは、と父親が照れて後頭部を掻いた。が、次の瞬間には左右から母と奈々子の肘打ちを脇腹に抉り込まれて悶絶した。
 ……情けないよ父さん。
 内心で刃太が涙を流したのは言うまでもない。
 目の前の光景を無情なのか慈悲なのか、ひかりは笑顔でスルーした。あ、口元が少し笑いそうになってる。

「実は彼女、日本文化を肌に触れて感じようとこの国に訪れたのですが、寝泊まりする場所に困っていまして」

 私の実家に泊めようと思っていたのですけど、とある事情で駄目になってしまって、と困った風に表情を曇らせる。

「しかも私の家の生活用具を使って本格的に日本文化を体験しようとしていたので、荷物もなくて……。ですから、不躾ではあるのですけど、彼女をここにホームステイさせて貰えないでしょうか?」

 真摯に訴えかけるひかりの言葉に一同は声を詰まらせ、刃太達のように顔を近づけて何事か相談し始める。
 辛うじて聴こえるものの何を言ってるか分からない会話に緊張していると、目前の三人は揃って姿勢を正した。
 父親が一家を代表して──先程の失態で代表として危ぶまれているけど──咳払いをひとつ。

「まあ……部屋は二階にひとつ余っているし、しばらくはいいでしょう」

「ありがとうございます」

 ひかりとドゥリンダナが頭を下げて、刃太も釣られてそれに倣う。
 こうして、四人家族の家にひとり──一振り──の同居人が加わることになった。

     *

 時間も時間だから送っていってあげなさい、と言われて刃太はひかりと一緒に外へ出ていた。
 刃太の家の前で、ひかりはふふっと笑った。

「これじゃあ逆ですね。私が送っていたはずなんですが」

「……ああ、そうだね」

 少し忘れていたけど、彼女はウィザードなのだ。自分が送る必要などなく、ひかりは安全だろう。彼女が言うに送った後、ドゥリンダナもいない状態でひとり帰宅する刃太の方が危ないらしい。

「だから良いですよ、ここまでで」

「そう?」

「はい。今の刃太くんが一〇人いても私は負けませんから」

 冗談の積もりだろうけど、そう言われると案外傷つくもんである。

「そ、そっか……そうだよね。なら、ここで見送るよ」

「はい、ではまた明日」

 お辞儀をして立ち去ろうとするひかりに、刃太はあっと声をかけた。

「待って、花川さん。どうしてあんな簡単にもっともらしい嘘が浮かんだの?」

 正直何も知らなかったら刃太もあっさり騙されていただろう。そこまで見事な演技力と言葉だった。
 不思議そうにする刃太を振り返り、ひかりは悪戯な笑みを浮かべた。

「──女の子は、意外と嘘が得意なんですよ?」












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