3:反逆者
「つまる所、私とこの人──それに刃太くんは魔法使いなんです」
通常空間に帰還した夜の輝明学園大鳥居の前で刃太が言われたものは、おおよそこういうものだった。
隣に立つトレイターに掌を向けながら──指をささないのは彼女らしい──の台詞に、刃太は頭上にクエッションマークを浮かべた。
「……はい? ま、魔法使い?」
「はい。正しくはウィザードですが……って、刃太くん聞いてますか?」
花川ひかりが可愛らしく頭を傾げた。
聞いてるかと問われれば、刃太はちゃんとひかりの話を耳に入れていた。ただそれが必ずしも理解に直結するわけではない。
「ウィザードって、ゲームとかアニメに出てくる……あれ?」
「はい、あれです」
ステッキを振って魔法がばーんと出る。身振りを加えて肯定する様子は、端から見れば和むものがあった。眉目秀麗なひかりの子供っぽい動作を意外に思いながらも、ちょっとした親近感を抱いた。完璧な見た目だからか、刃太は今まで取っ付きにくさを感じていたのだ。
それが少し和らいだ気がするも、現状の意味不明さはまったく解決してはいない。
「それでですね、私達ウィザードはエミュレイターと言う異界の侵入者……さっき出会ったモノ達と日夜戦いを繰り広げているのです。彼らは裏界と呼ばれている場所から現れている異形のモノ達で人間のプラーナは彼らにとって極上のご馳走で、それを喰らうために人を襲っています。彼らが現れる時は必ず紅い月が昇りますが、これは実際の月ではありません。紅い月はこの世界とは違う別世界の代物で、これが昇る時は月匣と言う結界が張られている時でして……」
「ス、ストップストップ! そんないっぺんに言われてもわからないよ……」
頭が本格的にこんがらがってきた。異世界からやってきたという異形の化け物に、よくわからない力。紅い月に結界。わけがわからない。まるっきり未知の領域だ。イマイチ現実味も感じられず、ひかりの言葉をすんなり受け入れることが出来なかった。
「困りました……。私は他の方にウィザードの常識を教えたことがありません」
眉尻を下げてひかりが伏し目がちに洩らした。
こんな娘に困った顔をさせるのは男として非常に申し訳ないのだが、それでもわからないものはわからなかった。
「なら、代わりに俺が説明してやろう」
と、トレイターがフォローにまわった。
漆黒の外套に身を包んだ青年は、刃太が感じたことのない空気を発している。殺伐としているゆうか、人間身が感じづらい、でもなく──自分とは違う場所を渡り歩いていた戦士の貫禄とでも言うのだろう。
「ウィザードとは、普通人とは違う力、魔法を操れるようになった人類のことだ。魔法はお前の想像しているものでおおよそ合っているだろう。あの化け物はエミュレイター、と呼称されている。奴らは別世界、と言っても分かんないだろうが、そのままこことは違う世界とでも認識しておけ。それで充分だ。その別世界は裏界と呼ばれており、化け物は人間などに宿るプラーナ──魂の結晶か精神力とでも思えばいい。それを奪おうとこちら側に入ってくる化け物を俺達は狩っている。……背景はこんなところか。ここまではいいか?」
刃太は頷く。ひかりと言ってる内容に大差はないが、なんとなく理解は出来てきた。時間が経って頭も少しは落ち着きを取り戻したようだ。
「よし、ならば次は簡単に必要な用語を教えておこう。紅い月は見たな? あれは月匣という結界が張られた時に発生する目印だ。こいつは大抵、エミュレイターが展開しているから紅い月が浮かび上がれば近くに奴らがいて、なおかつ自分が月匣に巻き込まれてしまった状況だと考えろ。この中ではイノセントは行動出来ず、月衣を持ったものだけが活動できる」
それと月衣のことだが、とトレイターは中空に手を翳して、どこからともなく巨大な物体を取り出した。
サイズは二メートルを超えた、細長い筒状のもの。巨大な銃身に見えなくもない。
当然こんなものを隠すスペースはなかった。呼んで字のごとく忽然と現れた。
「これはウィザードに覚醒した者なら持っている、個人結界と言うものだ。この地球は、世界結界と呼ばれる巨大な結界に護られている。これは"世界には魔法など存在しない"、"科学で解明出来ないことはない"と言ういわば常識の壁だな。この中では人間が信じる物理法則から反した行動をとることはできない。だが、月衣があれば話は違う。この結界を個人で纏うことにより、ウィザードは世界結界から解き放たれ、即ち物理法則に支配されることはなくなる。月衣があるからウィザードは魔法が使用できるし、イノセントの物理的な攻撃もまったく利かなくなる。宇宙でも生身で活動出来るし、中には人工衛星が落下してきても無傷な奴もいるくらいだ」
エミュレイターもこれを纏っているから、地球上で活動できると備考した。
「さらに月衣は自分の所有物を閉まっておくことができる。武器なんかは普段堂々も持ち歩けないからな。これに収納している」
そう言ってトレイターは手に持った長物を月衣に収めた。現れた時と同様、溶けるように消え去る。まるで初めからすべて幻影だったかのような気分だった。
月衣についても、断片的にながら把握した。一般人からの科学系統などの物理的な攻撃では一切傷を負わず、通常の方法で死ぬことはないらしいと言うこと。物理法則を超越して収納機能まで完備の便利なモノ。
そんなたいそうなモノを作り出してる自覚も纏っている実感もないが、言われる限りはそうなのだろう。
ウィザードについては、なんとか理解出来た。それでもまだ分からないことは山ほどあるが、その筆頭のうち一つを尋ねてみる。
「あの……さっきから出たり消えたりしてる銃みたいのはなんですか?」
「ああ、これか。これはな、」
「箒です」
ひかりがようやく何とかなりそうだと、笑顔で引き継いだ。
中空に手を伸ばすと、彼女の手に機械的な杖状の物体が顕現する。
「……杖?」
「箒ですっ」
「箒って、あの掃除をする?」
「魔女の箒なんです」
「いや、魔女の箒も掃除用と同じだよね? 少なくとも見た目は」
どう見てもひかりが持っているのは、杖にしか見えない。しかも機械の杖だ。こんなの杖としても見たことがない。ましてや箒でだなんてあるわけはなかった。
トレイターのとも形は違うし、いったいなんなのか。杖を機械構成にしても用途はあまり思い付かないが。
結局また説明を詰まらせたひかりの横で、再度トレイターが長物を取り出した。重量のありそうな長物をトレイターは軽々と持っていた。
「昔はその箒を使っていたらしいが──今はこれがウィザードの間では"箒"と呼ばれている。無論掃除するための物ではない。ウィザードを支援する兵器だ。例えば俺のこれは、フォールンエンパイアと呼ばれている白兵戦兼射撃戦用の箒。そいつのはウィザーズワンドと言う魔法の増幅や補助を行う杖状の箒、というわけだな」
魔法使いが使うから"箒"と、そういうわけなのだろう。隠語に近いものと思っておこう。
箒の謎は解けた。これで粗方不明な点はなくなった。
でも、まだ分からないことがある。
それは、
「……で、この人はいったい何なんでしょうか?」
刃太は隣に突っ立っている女性を示した。
「わたしですか?」
女性、リンことドゥリンダナが目を瞬かせる。
「わたしは貴方の剣ですが」
「いや、それが分からないんだって」
平然と応える西洋衣装の女性の存在に、刃太は悩んでいた。
ウィザードと言うものの話を聞いても、剣になったり人になったりするモノのことが分かる記述はない。ちなみに今は両手共に人間のそれになっている。どこをどう見ても剣になったりするとは思えない。
トレイターが一瞬考える素振りをしたが、もう驚いたりすることはなかった。
「それは、人化する能力を備えた魔剣なのだろう。人と化す力を持つ魔剣の話は聞いたことがあるしな。魔剣は資質がある主を選びウィザードに覚醒させると言う。つまりお前は魔剣使いと言うウィザードになったと言うことだ。……愛刀を精々可愛がってやることだな」
「そ、そんな無責任なぁ……っ!」
「俺はお前に対する責任を負った覚えはないからな」
嘆く刃太に、リンは僅かに柳眉を顰めた。
「主よ、わたしの存在は邪魔だろうか?」
「邪魔、というか……」
とっさの答えに窮した。
リンは、どこからどう見ても美人に分類される顔立ちである。容姿も良く、刃太が今まで見てきた女性で間違いなく三指に入るほどに美しい。
そんな女性が不安そうな顔をすれば、刃太でなくても言葉を詰まらせてしまおう。
「強引ではありましたが、私は貴方を主と決めてしまった。もう貴方以外に私を振るうことは出来ない。私の喜びは主の剣となり敵を屠殺することです。……この矮小な剣を使ってはくれませんか?」
切実な願いに、刃太の心が揺らぐ。
ウィザードとなったからには、何かしら武器が必要でもある。しかし生憎と刃太にはひかりやトレイターのような箒はない。
なら、彼女が武器となってくれるなら万事解決ではないか。そもそもこの女性のお陰でウィザードになったようだし、こんなに懇願されたのだから使わない方がおかしい。
「えっと、うん。……良いけど、さ」
「ありがとうございます、主よ」
ドゥリンダナは深々と頭を下げたが、刃太は焦ってそれを上げさせた。見るからに年上な女性に頭を下げられでもしたら、普通落ち着けはしないものだ。それにこんな人格のある女性を武器と思うことが、後ろめたくもあった。
そんな二人、いや一人と一振りを不満気に見ている人間が一人。
「むぅ」
ひかりだった。
何故か二人の姿を見て、無性に腹が立った。理由は本人にも分からない。普段は温厚な彼女がこんなことを思うのさえ珍しい。
おかしいとは思ったけれど、ひかりの曲がったへそはなかなか戻らなかった。
「それより、皆さんちゃんと自己紹介しません? 知らない人もいますから」
なので、刃太とドゥリンダナの会話に無理やり割り込んだ。
ああそうだったな、と刃太達はそのことに気づく。今までそれどころではなかったせいか、すっかり忘れていた。
「あっと……輝明学園秋葉原分校高等部二年の上代刃太です」
どうもと刃太が頭を下げれば、ドゥリンダナとひかりが追随する。
「人類一般には魔剣と称されています。銘はドゥリンダナ。リンと及びください」
「私は刃太くんと同級生の花川ひかりです。お見知り置きを」
そうなると、最後は青年だけになった。
面倒くさそうな表情をしてから、仕方ないと言わんばかりに名乗る。
「……トレイターだ。本名は言わなくても良いだろう。絶滅社所属の傭兵だ」
「絶滅社っ?」
ひかりが驚いて声を上げた。
一方、刃太はその単語が分からずに首をひねる。
「絶滅社って?」
「傭兵斡旋企業の名前です。依頼を受けてウィザードの傭兵などを派遣している……」
不信感を抱きながら見つめてくるひかりを見て、トレイターは気の抜けたように首を左右に振った。
「安心しろ。お前らの不利益になることはしないさ。……俺を雇ったのは輝明学園だ。あのエミュレイターから、その魔剣を護れと言われてな」
ドゥリンダナを見てトレイターはどうしたものかと思案顔になる。
「しかし魔剣が主を選んだとなると……どうしたものか。これは任務失敗になるのか? それとも護る必要はなくなったか……」
難しい線引きだった。
一人難しく唸るトレイターに、ひかりが呟いた。
「それなら……任務は続行中なのではないですか?」
「……続行中?」
はい、とひかりが金髪を揺らした。
「魔剣を護る、と言うことは狙ってくるエミュレイターを撃退することと同意です。魔剣……えー、リンさんを狙っているのはあの紫稲妻なんですよね?」
「ああ、そうだが」
「なら、リンさんが主を見つけたとしても襲い来る驚異を払拭出来たわけではありません。トレイターさんが受けた任務は紫稲妻からリンさんを護ることですから、敵を殲滅すれば任務は成功ではないでしょうか? どんな理由でリンさんが輝明学園に封印されていたかは知りませんが、魔剣は主を定めるものです。その選んだ主が封印されていた輝明学園の生徒なら、弁明も効くはずではありませんか? 封印されていた地から離れるわけでもありませんし、依頼主も許してくれると思います」
「重要なのは敵を撃破すること、か」
ひかりの言葉にトレイターが関心を示した。
「……手ぶらで帰るのも後味が悪いからな。しばらく滞在して紫稲妻が動くのを待つのも良いだろう」
そう納得した。人を寄せ付けない冷徹な雰囲気があったが、他人の意見を素直に肯定する辺り悪い人間ではないのだろう。
なんだか自分に関係することも話されている気がしているのだが、蚊帳の外に置かれている刃太は不安そうに視線をひかりとトレイターの間を行ったり来たりさせた。
「あ、大丈夫ですよ。別に刃太くんがどうこうされるわけじゃありませんから」
「ああ、俺が紫稲妻を斃そうと言う話だからな。お前に益はあれ不利益はない」
「……なら、良いですけど」
魔剣を紫稲妻と呼ばれるエミュレイターが狙っていると言う話だったから、その主である刃太も狙われる可能性がある。
トレイターが紫稲妻を斃そうとしてくれるなら、刃太にも危険は及ばない。そういうことか。
「主よ、心配しないでもらおう。いかな敵が現れようと、わたしが貴方を護ります。巻き込んだ責任はきちんと果たしましょう」
「あ、ありがとう」
勇ましくドゥリンダナに宣言されるが、女性に護ろうと言われるのはちょっと情けなかった。本来狙われているのはドゥリンダナなのだから、刃太が護ると宣言しなければいけない立場だと思うのだが。
ひかりが腕に巻いた時計に目を落とす。
「もうこんな時間ですか……。今日のところは解散しましょう」
刃太も携帯に備え付けられたデジタル時計に目をやると、結構な時間が経っていた。家を出てから一時間以上経過している。そろそろ帰らねば不味い。
「それなら、俺も消えよう」
最初にトレイターが外套を靡かせると背を向けて歩き出した。
「あ、待ってください。貴方はどんなウィザードなんですか?」
それをひかりが引き止めた。
ウィザードにも、細かい分類がある。刃太は魔剣使いと言うものに当てはまり、ひかりも"魔術師"と言うクラスに区分されている。
でも、トレイターは一見ではどのようなウィザードか分からなかった。接近戦をしていたことから、前衛タイプのウィザードだとは思うが。
トレイターは一度足を止め、またブーツの踵を慣らしながら歩き出した。
「──落とし子、と言うやつさ」
風にも消されそうな声で呟き、トレイターは闇夜に消えていった。
去り際の言葉を聞いて、ひかりはしばらく放心したように立ち尽くす。
「落とし子……反逆者……?」
「……花川さん?」
そんな彼女に刃太が心配そうに声をかけると、遅れて彼女が反応した。
「ああ、はい。すいません、ぼーっとしてました。行きましょう、送っていきます」
「え、あ、ありがとう……」
無理やり作ったような笑顔を浮かべたひかりに急かされて、刃太は自宅への道を辿り始める。二人の後を無言でドゥリンダナが続いた。
輝明学園の校舎が徐々に離れていく中、刃太が控え目に尋ねた。
「あの、まだ聞きたいことがあるんだけど、いい?」
「はい、わたしに答えられる範囲でなら。……下手でも気にしないなら、ですけど」
トレイターにフォローされていたことをまだ気にしていたらしい。ひかりの顔に哀愁漂う影が差した。
うぅっ、とそれに怯みつつ口を開いた。
「トレイターが言ってた落とし子って、何?」
一瞬だけ、ひかりの動きが止まった。
足を止めたひかりに刃太が振り返る。
「どうかした……?」
気遣う視線を向けると、ひかりは誤魔化すように刃太から視線を逸らして歩を進めた。ひかりは刃太の家を知らないので、慌てて彼女の前に出て先導した。
聞いてはいけないことだったかと不安になりつつ、重たい沈黙に刃太が肝を冷やしていると、ひかりが答えを返した。
「……裏界には、魔王と言うものがいます」
「魔王?」
裏界とは、エミュレイターがやってくる世界のことだったか。
「魔王は何十人と存在していて、エミュレイターを支配しています。分類的に言えば彼らもエミュレイターですが……」
ひかりの説明にはマイペースなところがあるので、刃太は理解しようと必死に耳を澄ました。今のところはまだなんとか理解出来た。刃太がウィザードなどについて基礎知識を得たがらだろう。
「私達はエミュレイターや魔王と戦っていますが、最近力を求めたウィザードが魔王に組することがあるのです。魔王と契約を結めば強い力が得られますから。……私達から見れば、裏切り者ですね。それが落とし子と言われる人達です」
力を求める理由は単純に破壊欲が強かったり、復讐のためや魔王に就いた方が利益があると考えたウィザードなど様々だとひかりは説明された。
「最近は事情があってウィザードに協力してくれる魔王もいるので一概にとは言えませんが、一般には嫌われています」
そして、あのトレイターと言う人はその中でも特殊ですとひかりが俯きがちに話す。
「あの人は名も知られていない低級魔王と契約を結び──その場で契約相手を斬り殺しました」
いきなりの不穏な言葉に、刃太は驚いてひかりに振り返った。
「契約を結び油断した魔王を増加した力を使い、背後からバッサリと。こうして彼は、契約に縛られない特殊な落とし子になった。一度ウィザードを裏切り、今度は魔王を裏切る。だから、反逆者」
ひかりの口から語られた事に刃太は圧倒されていた。先程まで会話を交わしていた人間が、そんなに特殊な人物だったとは。ウィザードと言う非日常的な存在の中でも常軌を逸していると刃太でも理解は出来た。
「契約相手を無くして力は衰えたようですが、普通のウィザードとは段違いの強さを持つベテランウィザードです。……トレイターと呼ばれてはいますが、彼がウィザードに危害を加えたと言う話は聞きませんから、そこは安心して良いと思いますよ」
「う、うん……ありがとう」
そう答えるのが、刃太には精一杯だった。
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