10-b:幕間
燃え滓のような黒い残滓が風に吹かれてもいないのに浮遊していた。
その黒い霧は、人気のない場所で肉体を作り上げる。不定形のそれが形作ったのは、あどけない少女の姿だ。
その少女は息を切らせながら月匣内の壁を叩き、口汚く言葉を吐き連ねた。
「クソクソクソクソッ! 最悪なんでどうして!? 何年も潜伏してたって言うのになんで失敗するわけ!」
黒い霧──紫稲妻、またの名をティス=ロンダ。裏界では名さえも知られていない低級の魔王である。
人間界へ訪れ人間に寄生しプラーナを集めたのは良かった。最近は焦って1ヶ月に何十人も殺してプラーナを収集していたが、それもどうでもいい。別に人間がどうなろうと知ったことではない。問題はそんな豚畜生のような生物に敗北したことだった。
せっかく集めたプラーナは泡沫と消えた。何年も掛けて行ったモノが人間のせいでなかったことにされるのは、許し難きことであった。彼女らにとって数年なんてまばたきの時間でしかなかったとしても、だ。
「もう最低、ムカつくウザイウザイウザイああもう! 復讐してやるわ。必ず地の底からでも追い掛けて喉笛に噛み付き八つ裂きにしてやるわ。……この"追跡の猟犬"の名に掛けてねっ!」
ティス=ロンダの鋭い牙と爪に凶悪な光が反射する。
魔王の脳裏には何百と言う復讐パターンが浮かんでいた。どれが一番苦しめられる。どれが一番愉しい? いや総て飛びきりに愉しい。ならばどれを実行する。腕をもぐ? 頭皮を剥がす? それとも目の前で友人を殺していく?
どれもこれも最高だ。いっそ総て行おう。最後にウィザードのプラーナを喰らえばもう最高に違いない。今からその日が待ち遠しい。
「ふあはははははっ! 月夜ばかりと思わないことね、ウィザード! 精々背中には気をつけなさい。このティス=ロンダに殺されないようにねッ」
月匣に響き渡るは狂気の入り混じった哄笑。見るものを総毛立たせる壮絶な嗤い。確かに"ソレ"は人と異なるモノだった。
「──ああ、それは怖い。おちおち寝てもいられない。安心するには元凶は断つしかないな」
「…………え?」
ティス=ロンダは突然の声に背後を振り返った。
飾り気のない無骨な砲身が目の前に突きつけられていた。
「謝らんぞ。俺は寝るときくらいぐっすりと安眠しないんでね」
「アンタは──」
それが、ティス=ロンダの残した最後の台詞だった。
フォールンエンパイアから放たれた弾丸は魔王の頭を吹き飛ばし、この世界から抹消させた。
愛箒を肩に担いで、トレイターは消えかかった月匣を見上げた。
「──さて、帰るか」
こうして、世間を騒がせた大量行方不明事件はその幕を閉じた。
|