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第十一話 尾行(中)


 相馬優希の弟、相馬暁が俺たちの眼前に姿を現したのは、太陽が南中に差し掛かるホンの少し前だった。そこに至るまで、実に二時間もの時間が経過していた。俺たちは、というか俺はかなりヒットポイントを削られていて、すでに疲労困憊だった。


「あいつで間違いないな」

「うん」


 何でこいつらはこれほどやる気に満ち溢れているのだろうか。いや、答えが出ないことは解っている。俺の理解の範疇を超えている連中なのだから、俺の思考回路で答えが出るはずなどないのだ。考えるだけ無駄だ。


「ようやく動き出したわね。行くわよ、一」

「了解だ。成瀬、勘定を頼む」


 言うと、二人は慌しく店から出て行った。勘定を頼むってどういうことだ?言っておくが、俺は絶対におごったりしないぞ。ビタ一文誤魔化さずに払ってもらうからな。




 ひょっとすると、学校に向かわないのではないかという密かな不安を抱いていた俺だったが、実際のところその予想はいい形で裏切られた。未だに相馬優希は姉として信頼されるべき存在であったようで、相馬暁は寄り道することなく学校に到着した。


「ここがあいつの学校で間違いないのか?」

「ああ。そして、俺たちが通っていた高校だ」


 俺の問いかけに、余計な一言を加えながら、二ノ宮一輝が答えてくれた。聞いていないぞ、と言いたいところだが、言わないでおく。こいつがおしゃべりで聞いていないことまで返答をよこすのは、すでにお馴染みになっている。これ以上詰まらん会話をつむぐのは不愉快だ。さっさと必要な会話につなげよう。


「とりあえず後を追ってくれ。何か解ったら連絡してくれ」

「解った。その間、お前たちは何をしているんだ?」


 ターゲットを差し置いて、俺たちがやることなど何もないだろう。強いてあげるならば、相馬優希からもらったターゲットの情報を熟読しておくくらいだな。それも大した作業とは言えないが。


「別に何もしない。出てくるまで待機している」

「そうか」


 俺と二ノ宮兄との会話を聞いていた姫が、一瞬かなり嫌そうな顔をしたが、そいつに関しては華麗にスルーさせてもらう。


「早く行け。見失うぞ」

「解った。大船に乗ったつもりで待っているがいい。必ずや吉報を持ち帰ろう」


 なぜ無関係であるこいつがここまでやる気に満ち溢れているんだろうか。しかも無駄に自信満々だ。暑苦しくてしょうがないな。いいからさっさと行け。これが初仕事だから一応期待していてやるけど、ここでしくじったら評価は上がらないと思え。


 腕まくりでもしそうな勢いで、息巻いた二ノ宮一輝が校門から中に侵入した。これからしばらくは暇な時間になりそうではあるが、どうなるかな。捕まったら一目散に逃げなくてはいけないから、一応準備体操くらいはしておこう。


「あんたはどう考えているの?」


 話を振ってきたのは、仏頂面の姫こと泉紗織である。どう考えているとは?


「何の話だ?」

「岩崎先輩の話」


 またあいつの話か。気にしすぎじゃないだろうか。もしかしたらそいつは恋かもな。今度会ったら告白してみるといい。


 と、冗談はおいといて、いったい何が気になっているのだろうか。急に休んだことか。それとも未だ返信がないことだろうか。


「あいつがどうかしたのか?」

「とぼけないで。岩崎先輩が今まで無断で休んだことある?一日以上返信してこなかったことがあった?」


 その両方だったようだ。ま、姫の言いたいことは解る。確かに異常事態といえばそのとおりだ。しかし、


「それほど気にすることじゃないだろう」


 何度も言うようだが、岩崎だって普通の女子高校生だ。実は秘密組織の秘密工作員なのだ、というなら話は別だが、そんな漫画的展開ありえるはずがない。それに、こんなことでいちいち心配されては岩崎だってうんざりするのではないだろうか。隠し事の一つや二つあってもおかしくはない。言いたくないことだってあるだろう。


「あいつに何を期待しているのか解らないが、あまり執着しないほうがいいと思うぞ。犬だって猫だって、あまり構いすぎると嫌われるぞ」


 ちょっとした冗談を交えながら、しみじみと諭してやったのだが、


「下らない言い訳はいらないから、何か知っていることがあるなら教えなさい」


 とえらそうにばっさり切り捨てられた。俺としては、確かに冗談を交えたが、結構真面目に言ったつもりなのだが、さてはこいつ、俺のこと嫌いだな。信用がないと思ってはいたが、それが原因だったようだ。


「何も知らない。第一隠す必要がない」


 これももう何度も言ったな。真嶋、麻生、そして姫。三人が三様の表現で、俺を疑いやがる。さすがに嫌になってくるぜ。


 しかし、俺の気持ちを無視して、姫はのたまい続ける。


「じゃあ、前に似たような状況になったことはなかった?」


 こうなればとことん付き合ってやるか。言ってやらなければ、姫の好奇心(老婆心?)は尽きないだろう。まあ俺とて、そこまで情報を持っているわけではないのだが。


 これは少し思い出してみればすぐに思い当たるのだが、岩崎が嘘をつくことはとても珍しい。ただ隠し事をしていたことはあった。あれは今年の二月のことだ。俺は俺がターゲットだったからと言う理由で、俺以外に隠していたわけではないし、実際に騙されたわけでも嘘をつかれたわけでもない。今回とは隠し事をしているという点以外は百八十度違うと言える。解りやすく例えるなら、元々欠陥のある商品を売ってしまうことと、売ってしまった後欠陥の見つかった商品をリコールせずに黙っていること、というくらいの違いがある。計画上の隠し事と不測の事態を隠すことではジャンルが違う。今回の岩崎は、どうも後者のような気がする。


「ないな。冗談を言ったことは何度もあるが、ここまで露骨な隠し事をするのは初めてだ。学校に病欠の連絡を入れるようなやつだ。無断で休んだことなんて一度もない」


 ま、これは俺に限った情報だ。他のやつには平気で嘘をつくようなやつなのかもしれない。そんなことあるとは思えないが。


「……………」


 俺の答えを聞いて、黙り込む姫。特にやることもないから付き合っているが、こいつにとって相馬優希の依頼などどうでもいいのだろうか。率先して受けたやつとは思えないほど、集中できていないな。一応今も、イトコである二ノ宮兄が走り回っているのだが、それすらもどうでもいいみたいだ。それほど岩崎のことが気になるのだろう。


「きっと、私たちを巻き込みたくないような事件に巻き込まれてしまったのね」


 さりげなく学校から出てくる生徒を見て、少しだけ依頼に対する意欲を見せていた俺だったのだが、相変わらず上の空である姫が、ぼそっと呟いた一言が耳に届いた。


「まあ実家で何か起きた、みたいなことを言っていたからな」


 家庭の事情に首を突っ込んでほしくないと思うのは普通だろう。しかし、姫は、全く違う考え方を示した。


「それがまず嘘だと思うわ」


 嘘だと思う。正に推測以外の何者でもないのだろうけど、言った姫の顔はかなり真剣な表情をしていた。証拠はないはず。しかし、


「実家の事情なら、ちゃんと連絡してきたと思うの。なぜなら私たちが首を突っ込む余地などないから。だから実家の事情というのは嘘だと思うの。加えて、先輩は連絡をよこさず部活を休もうとした。本当のことを言った場合、私たちが先輩を心配して、関わろうとしてくるのではないか、と思ったんじゃないかしら。つまり、岩崎先輩が現在巻き込まれている事件は、首を突っ込もうとしたら突っ込めるような、それでいてかなり危険が伴う、あるいは面倒極まりない事件なんだと思う」


 証拠も何もあったものじゃない。しかも、岩崎の人格と性格を勝手に決め込んだ推測である。曖昧極まりない。勘と言っても言い過ぎじゃない。しかし、完全に無視できる推測でもない。


 岩崎が嘘をついて、俺たちを騙すとしたら、余計な心配を掛けたくないから、という理由が一番妥当であるような気がする。事実、実家の事情と言われた俺たちは、何もできずにいる。もし、姫の言うとおりの事情が合ったならば、岩崎の作戦は半分成功していると言える。もっともそこまで考えているかどうか、解ったものではないが。もしかしたら、単に後ろめたくて連絡できず、俺からの電話で慌ててでっちあげた嘘っぱちである可能性もある。もちろん、姫の推測が全くの見当はずれである可能性もある。しかし、


「一理ある」


 と俺も思う。岩崎の性格や人格をどういう風に判断するのか、というところが一番の問題なのだが、前にも言ったのだが、俺は俺が知っている岩崎しか知らない。だから他の考え方など出来ない。ただ、だからどうしたと言えないこともない。


「一理あると思うが、俺たちに何ができる?」


 姫の考えが全て当たっていたとした場合、岩崎は俺たちの介入を拒んでいるということになる。それに反して、無理矢理関わろうとするとこが、果たして正解なのだろうか。これは前にも自問自答した難問だ。前のときは、社会意思に則るという考え方のもとに動いたが、今回の場合、岩崎以外誰が関わっているのか、全く解らないのだ。社会意思に則ろうとするにしても、まず関わらなければいけない。しかし、岩崎は関わられること自体を拒んでいるのだ。前回とは比べることが出来ない。


「………………」


 俺の答えを聞いて、姫が頬を膨らませる。俺の考えが気に入らないようだ。しかし、文句を言ってこないところを見ると、理屈では理解しているらしい。ただ感情的な部分で納得できないのだろう。このまま話を終わらせてもいいのだが、一応フォローを入れておく。


「明日、買い物に行くんだろ。そのときにいろいろ聞いてみればいい」


 もちろん来ない可能性もある。来なかった場合、しかも連絡をせずに、若しくはドタキャンした場合、状況は悪化していると言えるだろう。これは動かざるを得ないような気がする。


「解った」


 しばらく仏頂面で考え込んでいた姫だったが、その表情のままボソッと返事をよこした。感情的になることが多いが、基本的に頭の回転はいいみたいだ。一から十まで説明せずに済むのは楽でいいのだが、心配の仕方が異常であるような気がする。やれやれだ。相馬優希の依頼にしろ、岩崎の問題にしろ、面倒になるような気がしてならないね。


 それからは一応相馬優希からの依頼について話し始めたのだが、雲行きが怪しいのは言うまでもなかった。


これも何度も言うようだが、俺の嫌な予感はよく当たる。





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