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短編集

未来のお仕事

作者: 枝鳥

 白く清潔な部屋。

 ワゴンを進めながら入室すると、中央に置かれたベッドがまず目に入る。

 シングルサイズのベッド。

 白い清潔な布団には、一人の老女が寝かされていた。

 全身を機械で繋がれ、周囲のモニターは老女が生きている証としての曲線が描き出され続けている。


 空調の数字をチェックする。

 オールグリーン。

 項目にチェックを入れる。


 バイタルの確認。

 オールグリーン。

 項目にチェックを入れる。


 繋がれた機械の先にある輸液を新しいものと交換する。

 老女の出した排泄物をワゴンの下部にある容器に回収する。


 ──毎日のことだけど、この仕事はやっぱり好きになれないわ。


 最後に老女の顔を一瞥してから部屋を出る。

 老女は終始、ただひたすら眠っているように見えた。



 後片付けを終えたらこれで当分仕事はない。

 浮き立つ心を抑えて、メニューウィンドウを開く。


『フリー ファンタジア オンライン』

 自由な幻想の国。

 マイルームへのログインと共にボイスチャットが飛んでくる。


「姫~遅いよ、湧きの時間までもうすぐだよ」

「ごめん、仕事だったんだもん。すぐ行く」


 すぐに返事をして待ち合わせのウルファスの街へ転移する。


 白い魔方陣が足元を照らす。そして円環が上がっていく。

 すらりとした細い脚。

 キュッと引き締まったヒップ。

 ひらひらと薄い桜色のミニワンピースは、限定レアの桜竜の羽衣。一見頼りなさそうに見えるのに、その防御力はミスリルアーマーの数字に引けを取らない。

 指先にきらめくリングは守護の指輪。

 胸元の聡竜のペンダントは魔法攻撃上昇。

 額のサークレットは生命力上昇。


 姫と呼ばれる長い耳のエルフの美少女は、流れるような銀髪の輝きを残して転移した。



「姫っ、そっちに雑魚2匹!」

「オッケー、瞬殺してからメインに極大魔法ぶちこむから」

「バフ入れるよ」

「サンキュ!」


 エルフが右手に持った銀のレイピアを左下から右上に振り上げると、ゾファウルフが2匹まとめて緑の光の粒子へと変化した。


「マジックアップ!マジックアップ!クイックアップ!」


 左手にいたケットシーの少年が連続して魔法威力増加と速度上昇効果のある呪文をエルフに向けて唱えた。複雑に絡み合う蔦のような魔方陣がエルフの少女の頭上でクルクルと光の輪を放つ。それをちらりと確認したエルフが極大魔法を奥にいる巨大なマウントゾファウルフに向かって放った。


「アイスコフィンッッ!!」


 ギギギギギッ!


 マウントゾファウルフの足元から氷が生えていく。マウントゾファウルフは必死に逃げようと四肢をもがくが、既に氷はその巨体にまで到達し始めている。

 頭上に光る体力ゲージがぐんぐんと短くなっていく。


「GYAOOOOOOOOO!!!」


 地を震わせるような咆哮を上げるが、やがてそれも氷に封じ込められていく。そして、ピシリという氷のきしむ音を残してマウントゾファウルフは動きを止めた。

 そこへエルフとケットシーが余裕の表情でそれぞれがレイピアと短剣を何度もヒットさせる。後はコツコツとダメージを与えればいいだけ。


「姫がアイスコフィン覚えてからホントに楽になったよね~」

「だね。固めてから削ればいいもんね。でもトシのバフがなかったら、固めるにはちょっと威力足りないんだよね」

「俺らっていいコンビだよな」

「だね」


 にかっとトシと呼ばれたケットシーが猫目を細めて笑った。

 上機嫌で二人でマウントゾファウルフにダメージを与え続けるうちに、トシの一撃がクリティカル判定の赤い色を放ったかと思うと固めていた氷ごと緑色のエフェクトでマウントゾファウルフが光の粒子へと変化した。


「おっしゃああ! レア出現!!」

「こっちもだよ!」


 二人して手を取り合ってその場でくるくる回る。

 と、ピピピピとアラームが鳴った。


「あ、トシごめん。もうすぐ仕事の時間みたい」

「そっかぁ、じゃあどうする? 戻るのは今度はすぐ?」

「うん、すぐに戻るから次の湧きには間に合うと思う。待っててくれる?」


 上目使いにエルフが見つめると、トシはもちろんといった風に大きく頷いた。


「じゃあ、ちょっとだけ待っててね」


 素早くメニューウィンドウを操作して切り替える。

 


 急いでワゴンの準備をして病室に向かう。

 思わずひとり言が漏れる。


「介護なんて面倒くさい」


 手早くロボットアームの操作をして老女のベッドメイクをする。ついでに輸液も交換する。

 深い皺を刻んだ老女の顔が、一瞬苦痛の表情を浮かべる。


「あ~あ、せっかくレア素材出たからすぐに加工したかったのにな」


 新しいシーツの準備が完了する。

 やや手荒な操作のロボットアームのせいか、多少シーツのシワがあるが気にしない。


「よし、もういいや。戻ろうっと」


 メニューウィンドウを操作して『フリー ファンタジア オンライン』の操作をする。

 老女の顔を眺めながら呟いた。


「どうしてもこれが自分だなんて思えないわ」



 

 21世紀後半。急速に進化したヴァーチャル・リアリティ。そしてロボット。

 VRでロボットを操作することは当然の流れだった。


 人間の脳は150歳まで生きることができる。

 しかし体はそうもいかない。

 いくら科学が発達しようとも、老化の流れに逆らうことはできない。

 寿命だけが延び、満足に動けないまま生かされ続ける。


 だが深刻な介護の人手不足は、VRロボット操作によって一気に解消することとなった。

 自分自身を介護する。

 当然、虐待やなんかは起こりようがない。


 しかし彼女にとってすでに現実はここにはない。


 エルフの美少女となり、今日も彼女は『フリー ファンタジア オンライン』の世界で笑い、戦い、生き続ける。

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― 新着の感想 ―
[一言] もう一歩進んで脳内データを丸ごと電脳空間に保管出来れば永遠に生きていけるかな。まあ、それが幸せかどうかはわからないけど。
[一言] ……地獄のような未来だと感じました。オートメーション化の恐ろしさの一端を垣間見たような。
[一言] なんと! お見事!! 前半楽しくて、ゲームに気をとられている彼女が雑に仕事をするのに、イラッとしたのをみすまして、それが自分だと明かされる。 そして未来のお仕事。あっけらかんとしていて怖いの…
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