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美少女になりたい!

作者: 夏川優希



「どこ見てんだよキモオタ!」


 向こうからぶつかってきたくせに、女は俺に謝るどころか暴言を浴びせてスタスタ歩いていってしまった。

 俺は一人散らばった荷物を拾いながら女への不満を呟く。


「なんだよあの女……だから女は嫌いなんだ、周りが見えてないくせに道の真ん中歩きやがって……」


 たくさんの人間が俺の横を行ったり来たりするにもかかわらず、荷物を拾うのを手伝ってくれる者はいない。それどころか邪魔だとでも言わんばかりに睨んでくる人間までいた。


「はーあ。最悪」


 俺は周りに聞かせるように大きなため息を吐き、家へと急いだ。



********



「はーあ、女は楽でいいよな。美人なら貢いでもらえるし、俺みたいなブサイク男を罵ってストレス発散もできるしよ、はは……あっそうだ」


 パソコンを起動させ、検索欄に「女 楽 なりたい」と打ち込みエンターキーを押す。

 すると出るわ出るわ。男たちの怨嗟の声の数々。やはり俺と同じ考えを持った男は多いようだ。

 「分かる分かる」とか「やっぱそうだよなぁ」などと呟きながらページをスクロールしていく。すると一つ他とは少々違うテイストのサイトを発見した。


『美少女になりたい! そんなあなたのために、楽しい美少女ライフをご用意!』


 最初は今流行りの女装用通販サイトか何かかと思ったが、どうにも違うらしい。

 よくよく読んでみると、このサイトは「女に変身するためのグッズ」を扱っているというのだ。しかもただ女になるのではない。自分の好みの女をカスタマイズし、好きな姿に変身できるという。


「ははは、詐欺師も次から次へといろんなことを考えるなぁ」


 こんな子供だましのような詐欺に騙される馬鹿がいるのかと笑ったが、サイト自体はなかなかに作りこまれていて興味深い。変身できるという女のサンプル写真も豊富にあり、実際に商品を購入して変身したという客のレビューまである。

 気が付けば一時間以上もそのサイトに夢中になっていた。


「……こんなに楽しめたんだ、ネタとして買ってやるのも良いかもしれないな」


 俺は美少女ライフお試しセットというのを注文した。





 数日後、1封の封筒が俺の元に届いた。中には「美少女ライフへの手引き」と題された小冊子とハート型のシールが一枚。

 取り敢えず冊子を手に取り目を通す。そこにはシールを使って美少女に変身する方法、女性らしい振る舞いのコツ、話し方や女性としての楽しみ方の例などがイラスト付きで書かれていた。

 正直きちんと商品を送ってくるか半信半疑だったので、そのしっかりとした冊子には驚かされた。このクオリティーならジョークグッズとしても優秀だ。

 ……まぁそんなに期待している訳じゃないが、せっかくなのでこの冊子に騙されてみるとしよう。

 冊子に書いてあるとおりにシールを水に濡らしてうなじに貼り付ける。子供の頃に遊んだタトゥーシールのような原理らしい。

 貼り付けてから気付いたがこのタトゥーシール、おっさんがつけるには恥ずかしすぎるデザインだ。

 女なら髪で隠せるだろうが俺はそうもいかない。擦っても取れなかったらどうしよう。ワイシャツの襟で隠せるだろうか……そう思いうなじに手を伸ばした瞬間、俺は言いようのない違和感を覚えた。


 違和感の正体にはすぐに気が付いた。

 髪が伸びているのだ。今まで耳を髪の毛で隠したことのない俺が、ロングヘアになっている。

 その髪はしなやかで、細くて、艶があって……まるで……まるで女のようじゃないか。


「!!」


 慌てて洗面所に飛び込み鏡を覗き込む。

 そこにはモデルや女優と見紛うほどの美少女が写っていた。

 俺が横を向くと美少女も横を向く。横顔も美しい。

 俺が胸に手をやると美少女も胸に手を当てる。柔らかくて温かい感触が伝わってきた。

 すごい、あのシールは本物だったんだ。

 家で過ごすなんてもったいない。俺は着の身着のままで家を飛び出した。







「すいません、モデルとか興味ありませんか?」

「間に合ってますわ」


 俺はニコリともせずスーツを着た男を一蹴する。

 この姿でいると少し街を歩くだけでナンパやスカウトが後を絶たない。男の姿だったら完全な無視か嘲りの視線を送るだけだった奴らがこの姿では羨望や嫉妬の表情を浮かべるのだ。面白くて仕方がない。

 結局大事なのは顔なのだ。美しい者が正義で、醜い者はいつだって馬鹿で間抜けな悪役だ。

 伝説上の英雄だって映画のヒーローだってみんな美しく描かれているじゃないか。口ではなんと言おうと、みんな腹の底ではそう思っているんだ。


 今の俺はどうだろう。

 完璧なボディと完璧な顔。服だって高級ブランド店で俺に相応しいものを揃えた。俺はあんな安っぽいTシャツを着ていい女じゃないのだ。

 今の俺は絶対的な正義。

 男の俺が道端で歌を歌えばただの不審者だが、今の俺が歌を歌えば退屈な日常がミュージカル映画に早変わりする。

 いつもの風景もまるでドラマのワンシーンのようだ。

 次はどこへ行ってやろう。ルンルン気分で駅の階段を上ろうとしたその時――


「わっ……」


 何かにぶつかり、地面に尻もちを付いてしまった。

 せっかくのボディーと俺に相応しい服にホコリが付いてしまったらどうするんだ。

 顔を上げてぶつかった相手を睨みつける。

 いかにも冴えないオタクっぽいサラリーマン風の男がオドオドしながら散らばったアレコレを拾い集めていた。

 その光景は酷く醜く、俺はイラつきさえ感じた。

 今の俺は絶対的な正義だ。こんなにも美しいのだから。

 俺はすっくと立ち上がり、地面に這いつくばっている男に向けて吐き捨てる。


「どこ見てんだよキモオタ!」


 そう言って俺は足早に階段を上っていく。

 後ろでなにかブツブツ言っているようだが今の俺の耳には全く届かなかった。










 そんな夢の時間は瞬く間に過ぎ去り、俺は再びうだつの上がらないサラリーマンへ戻ってしまった。

 まるで夢のような出来事であったが、あの冊子と高級ブランドの服、それから服を買った時のクレジットカードの請求が届いてあの経験が夢ではない事を俺に知らせる。


「それにしても……楽しい時間だった」


 あの万能感は凄まじいものだった。

 中身はそのまま、姿が変わっただけなのに周りの反応も自分自身も全てが変化したみたいだった。

 またあの体験をしたいものだが……


「はぁ、高すぎるだろ」


 スマートフォンであのサイトを眺めながらため息をつく。

 「お試しセット」は破格の値段だったが、通常の商品は普通のサラリーマンじゃとても買えない値段だ。高級ブランドの服が何枚も変えてしまう。

 それでもいつか――あの体験をもう一度できたら良いのに。


「どこ見てんだよキモオタ!」


 ヒステリックな声がして目をやると、地面に這いつくばっている男にハイヒールを履いた女が捨て台詞を吐いて去っていくところだった。男は女に聞こえるかどうかの音量でブツクサと文句を言っている。

 いかにも冴えないサラリーマン風の男だ。一方、女の方はいかにも高飛車な感じだったが凄い美人である。


 俺は男を避けて駅の階段を上る。可哀想な気もするが、ブツクサと文句を言っているのが風貌も相まって不気味なのだ。

 その時、ふと人混みの影から女の後ろ姿が見えた。

 高級ブランドを纏った若くて美人な女。

 その艷やかな髪がふわりと広がり、細くて白い首筋があらわになる。


 うなじにはあのハート型のタトゥーシールが――


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