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スープ嫌い
作:小出 あかり


今日のスープは、トマトのポタージュ。独特の酸味、とろりとした触感。梨々子は熱いスープを飲んで、ホッと一息ついていた。
 うん、いい感じ。
 我ながら、今日もいい味だ。
 目の前にすわる彼氏の聡一に、梨々子は何げない言葉を投げかけた。
「スープを飲むと、ごはん食べたって気がするよね」
 しかし聡一からは、何のコメントもない。
 テレビ画面に釘付けだった。
 ニュースのプロ野球速報に耳を傾けながら、ご飯にのせためんたいこをつついている聡一は、梨々子の方さえ見向きもしない。
 やがてテレビはCMに入り、しばらくしてから聡一が振り向いた。
「え? 何? 何か言った?」
 梨々子はちょうど、サバの塩焼きをつついていたところだった。そして数分前、自分が言ったことすら忘れかけていた。
「何が?」と梨々子。
 聡一はまた聞いた。
「何か言わなかった? スープがどうとか」
 梨々子は自分の言ったことを思い出そうと、記憶の断片を拾いはじめた。しかし、やっぱり何を言ったのか思い出せない。
 別にたいしたことじゃない。
 ただ、何となく言っただけだ。
 どうせ、忘れるようなことなのだ。
 かわりに梨々子は、別のことを言うことにした。
「聡一はさ、どんなスープが好きなの?」
「えっ?」
 聡一の手が止まる。
「うーん……」
 ひとしきり悩んだ末、聡一はご飯の上のめんたいこをもてあそびながら、こう言った。
「僕さ、ネコ舌なんだよね」
 梨々子は驚いて聡一を見る。
「そんなこと、聞いたことないよ? 聡一がネコ舌なんて」
 聡一は首をかしげて笑った。
「あれ? 知らなかった? だから鍋焼きうどんも苦手なんだ」
 初めて知った、恋人の新事実。
 梨々子は思った。2年も付き合っていて、聡一の何を見ていたんだろう?
 梨々子はつぶやいた。
「そうか、熱いのが苦手なんだ」
 梨々子は、頭の中で考えをめぐらせていた。
 今度の晩ごはんには、冷たいスープを作ろう。ジャガイモのポタージュ、コンソメスープ、トマトのスープ、ほうれん草の緑のスープ。梨々子の頭の中には、さまざまなレシピが浮かんだ。
 そして……。
 そうだ、ニンジンにしよう!
 梨々子は決めた。
 暑い夏には、これが一番。不足しがちな緑黄色野菜も、これでバッチリ摂取ね。
 梨々子は、聡一を見てニッコリ笑う。
「? なんだよ?」
 聡一は、イミが分からない、といった表情で梨々子を見返した。

 梨々子はスープが大好きだ。
 一番好きなのは『味噌汁』。日本食が好きな梨々子は、味噌汁が大好きだった。特に好きなのは、豆腐とネギの具が入ったカツオだしの赤味噌。タケノコとワカメの組み合わせも大好物だ。
 そして二番目に好きなのはポタージュスープ。ポターシュならカボチャだろうが、トウモロコシだろうが、何でも来い、という感じだった。
 梨々子は何でもかんでもミキサーにかけては、ポタージュスープにしてしまう。最近は、牛乳のかわりに豆乳でつくるのがマイブームだった。
 スープは梨々子にとって、『癒し』だった。
 スープがあるのは、『あたりまえ』。
 スープのない食事など、翼のない扇風機だと、梨々子は思っていた。
 今は夕方。
 『晩ごはん』のために、梨々子は料理の下ごしらえをしていた。
 今、ニンジンを鍋でゆでている。
 まだ、もう少し時間がかかりそうだ。
 そのとき、玄関のチャイムが鳴った。
「梨々子、いる?」
 聡一だった。
 ガチャリと鍵をあけた梨々子は、入り口に立つ聡一に言う。
「合い鍵持ってるんだから、チャイム鳴らさなくていいよ」
 そして梨々子は、もう一言つけ加えた。
「ウチに来るの、早くない?」
 聡一は、梨々子のアパートの近所に住んでいるのだ。いつしか聡一は、晩ごはんのたびに、梨々子の家に上がり込むようになっていた。そしてその状況はエスカレートしていき、最近では梨々子がいなくても、部屋に勝手にあがりこむことも多くなっていた。
 聡一のお目当てはゲームだ。
 ついこの間、梨々子は新型ゲーム機を買った。今聡一は梨々子が買ってきたRPGで遊んでいる。梨々子のメモリの隙間には、聡一のデータがこっそりセーブされており、聡一は毎日ちょっとずつ遊んでは、キャラを育てていた。
 梨々子がバイトでいない時、聡一はゲームをする為に家にあがりこみ、そして一人でゲームをして帰るのだった。梨々子はそれを容認していた。梨々子と聡一は、そんな仲なのだ。
 遊んでいる聡一の背中に向かい、梨々子が呼びかけた。
「今日は、特別メニューだよ」
「ああ、もしかして肉料理?」
 聡一が、妙にうれしそうに聞いた。
「バカ。ダイエット中で金欠の私が、肉なんか買ってくるわけないでしょ」
「へえぇ、じゃあ何?」
「冷たいスープだよ」
 それを聞いた聡一は、梨々子の方を振り返り、顔をゆがめて言った。
「えっ? スープ?」
 そして聡一は、
「あのさ、梨々子。僕は冷たすぎるのも苦手なんだ」と言った。
 梨々子の手が止まる。
「冷たいのも、ダメなの?」
 今しがたミキサーですり潰したばかりのニンジンを見つめながら、梨々子は言った。
「じゃあ、冷蔵庫で冷やすのはやめにする」
 そしてかわりに冷蔵庫を開けて、中から魚のパックを取り出した。
「じゃあこれから、塩ジャケでも焼こうっと」

 そして、晩ごはん本番。
 昨日と同じように、テレビではニュースが流れ、食卓には2人分の皿が並んだ。
 メインは焼きジャケ。その他に、納豆、トマトとコーンのサラダなどが並ぶ。そして塩ジャケの横には、生ぬるいニンジンのポタージュスープ。
 梨々子はスープを一口口に含んで、そしてつぶやいた。
「うへええっ、ちょっと生っぽくない? このスープ」
「ニンジンは茹でたんだろ?」と聡一。
「そうじゃなくって」
 梨々子は聡一に向かって、力説しはじめた。
「なんかさ、冷たい、とか熱い、とかハッキリしてよって感じなんだよね。私こういう中途半端って、キライなんだよね」
 すると聡一は、納豆を皿の中でかき混ぜながら言った。
「じゃあさ、スープ、梨々子一人で飲んでいいよ」
 梨々子は目を丸くする。
「なんで? どういうこと?」
 聡一は言った。
「だからさぁ、冷たいのでも熱いのでも、梨々子は好きなスープを飲めばいいよ」
 そこで、初めて気が付いた。
 何てバカだったんだろう? 今まで気付かなかったなんて……。そう梨々子は思った。
 そして梨々子は、聡一に恐る恐る核心に迫る質問をすることにした。
「もしかして、聡一はスープがあまり好きじゃないの?」
 聡一はヘラッと笑って答えた。
「ハハッ、実はそうなんだ」
 ちょっとムッとした顔で、梨々子は聡一に喰ってかかった。
「じゃあ、ネコ舌っていうのはウソ?」
「ウソじゃないよ。僕は正真正銘のネコ舌だ」
「冷たいのが苦手っていうのは?」
「それもウソじゃないよ。要するに極端な温度差についていけない体質なんだ」
 梨々子は頭の中を、必死に整理しようとして、もう一度聡一にたずねた。
「ということはつまり、ネコ舌で熱いのが苦手だから、スープもキライってことなの?」
 聡一は照れたように、頭をかいた。
「まぁ……そういうことになるのかな」
 その次の瞬間、聡一がいきなり大声を出した。
 おおっと!
 梨々子が驚いて聡一を見ると、聡一はもはや梨々子を見ていない。聡一の先には、テレビの画面。
「スポーツニュースがはじまる!」
そして聡一は、テレビを食い入るように見始めた。何か話しかけようか、と一瞬思った梨々子だったが、すぐに口を閉じた。梨々子は完全においてけぼりを喰らっていた。
 一人寂しく塩ジャケをつつく梨々子。
 やがて梨々子は、一人の世界に没頭していく。先程の一件を思い出し、梨々子は頭を悩ませはじめた。
 ああ、まさか聡一が『スープ嫌い』だなんんて。だけど私は、ご飯にスープは欠かせない。スープはあって当たり前のもので、食べないと『ごはん』を食べた気になれない……。
 結果、梨々子は自分なりの回答を導き出した。
 聡一も一人でスープを飲んでいいと言っているんだもの。明日からは、私の分だけスープを作ろう。嫌いだという人に、ムリに飲んでもらう必要はないわ。面倒でも、そうしよう。
 梨々子がぼんやりそんなことを思っていた時、聡一はまだ、スポーツニュースに夢中だった。仕方なく、梨々子は再び塩ジャケをつつきはじめた。夕食はまだ、終わりそうになかった。

 聡一は、スープが嫌い。
 梨々子はスープなしではいられない。
 だから、梨々子だけがスープを飲み、聡一にはスープを出さないというのは、一見理にかなっていた。それで2人の溝は埋まり、大団円になるはずだった。
 ところがコトは、そう簡単には終わらなかった。
 しばらくすると、聡一が梨々子に不平を漏らすようになったのだ。
「これじゃあ、お腹一杯にならないよ」
 ある晩ごはんの最中に、聡一がいきなり言い出した。
「梨々子、いい? 理屈で考えてみてよ。食卓に並ぶ皿が一品減ったんだ。その分今までより、食べる量が減るってことだよね」
 梨々子は、うんざりした顔をした。
「またその話? 聡一もダイエットすればいいじゃない。だいたいスープはいらないと言ったのは、聡一自身でしょ」
 聡一も反論する。
「でもさ、僕はダイエットしなくたって平気だよ。誰も僕のことなんか気にしてないし。そんなことより、僕は空腹が満たされたいんだ。お腹いっぱい食べたいんだよ」
 聡一は梨々子に手を合わせた。
「なぁ、この通り。もう一品おかずを何か増やしてくれよ」
「ヤだ」と梨々子。
「だいたい、体重も身長も違うんだぜ。男の僕が、梨々子より多くものを食べるのは当たり前じゃないか」と聡一。
「ばーか」と梨々子。そして言った。
「そんなにお腹がすいてしょうがないんなら、自分用に『おそうざい』を買って来ればいいでしょ。私はもう、面倒見ないからね!」
 梨々子にきっぱりと断られ、聡一はいつになく情けない顔で梨々子を見た。そして言った
「じゃあせめて、飯のおかわりくれよ」
「自分でよそったらいいじゃない」
梨々子は冷たく突っぱねた。
 テレビではスポーツニュースが始まった。しかし聡一はそれすら気付かぬ様子だった。
 今日のおかずはタラのみそ漬け。梨々子は白身魚をつついては、それを口に放り込んだ。 聡一は自分のカラになった皿を、うらめしそうに眺めていた。やがてふとテレビに目をやった聡一は、しばらくすると野球のハイライトシーンに夢中になりだした。そして、先程のやりとりすら、忘れてしまったようだった。
 ハハッ、子供なんだから。
 梨々子は心の中で笑った。
 やがてニュースが終わる頃、その日の晩ごはんは終わった。
 梨々子は後片づけをはじめ、聡一はゲーム機に電源をいれた。ひとしきり遊んだ後、聡一は帰り支度をはじめた。しかしその間中、梨々子とは言葉を交わさなかった。そして黙って帰っていった。

 あれから2日が過ぎた。
 昨日梨々子は、電気量販店でバイトをしていた。だから聡一とは顔を合わせていない。学校でも見かけなかった。
 電話をしようか、とも思ったが、なんとなくかけそびれ、そして何となく時間だけが過ぎてしまった。
 2日間が経つうち、梨々子は少しだけ反省モードに入っていった。
 聡一にヒドいことをしちゃったかもしれないな。明日、あやまろう。
 だが、梨々子は相変わらず料理を一品増やす気にはなれなかった。だいたい聡一は、料理をなめている。その手間も、時間も、食材代も。何一つ分かっていない。
 そこで梨々子は、素直に、いかに料理が大変かを聡一に訴える作戦に出ることにした。 心を込めれば、聡一にだって伝わるはず。 ああ、これで全て丸くおさまってくれればいいな、と梨々子は思った。
 そして夕食の時間が近づき、いつも通り聡一がやって来た。
 聡一は相変わらず早い時間に来て、ゲームするつもりのようだった。
 ピンポーン。
 チャイムが鳴り、梨々子が玄関のドアを開ける。
 扉を開けたとたん、揚げ物の、ふんわりとした香ばしい香りが漂ってきた。
 もしや……。
 梨々子は聡一に聞いた。
「それ……。その匂い……」
「ああ、心配しないで。僕の一品分しか買ってきてないから」と聡一。
「コロッケ?」と梨々子。
「ぶぶー。今日はメンチカツ」
 そして聡一は、嬉しそうに話をはじめた。「ここに来る途中に、肉屋があるでしょ、『長谷川』っていう。そこを通るたびに、いい匂いがするんだよね。いつか一度揚げたてを買ってみたかったんだ」
 梨々子はムッとした顔でつぶやいた。
「あの肉屋のコロッケは、私も大好きなのよ」
「だからコロッケじゃなくて、メンチカツだってば」
「私はメンチカツも好きなの!」
 梨々子は腹立たしかった。
 むしょうに何かに当たりたい気分だった。 まるで頭の中に、毒の沼地が広がっていくかのようだ。そしてそれを、鉄の棒でぐるぐるかき回しているかのようだった。

 その日の夕食は険悪だった。
 梨々子は一言もしゃべらずに箸をすすめ、聡一は梨々子にちらちらと視線を送りながらも、何を話していいか分からず、小さくなっていた。今日はテレビもついていない。無音の食卓。
 やがて聡一が口を開いた。
「あのさ」
「何?」梨々子が聡一をにらむ。
「メンチカツ、半分いる?」
 おずおずと訊ねる聡一。
 すると今までムッツリしていた梨々子の顔が、急にほころんだ。
「いるいる」
 聡一は、メンチカツを半分に切り分けながら言った。
「ゲンキンだなぁ、梨々子は」
 そして半分に切ったメンチカツの半分を、梨々子のご飯茶碗の上に、ドンとのせた。
「ソースいる?」
「うん、いるいる」
 聡一が、お総菜用のソースパックを取り出し、パックの口を切って、梨々子のコロッケの上にソースをかけた。梨々子は茶碗の上のメンチカツをさらに小さく切り分けて、その一つをとり口に放り込んだ。
「やっぱり、あそこの肉屋のは、最高だね」
「うん」
「メンチカツもいいけどね、コロッケもいいんだよ」
「うん」
 聡一は、もぐもぐと口を動かしながら言った。
「それはそうとして、どうしようかな。これから」
「何のこと?」梨々子が聞いた。
「お総菜」
「お総菜?」
 聡一はメンチカツを食べながら言った。
「だってさ、おかずが足りないからメンチカツを買ってきたのに、梨々子がむくれるんだもんな」
 梨々子は反論した。
「だって、コロッケ好きなんだもん」
「メンチカツだよ」
「メンチカツも好きなの!」
 聡一は言った。
「そもそも、もう一品欲しいなら自分で買え、って言ったのは梨々子じゃないか」
「だって、目の前にドン、と出されたら、私だって食べたくなるよ」
 溜息をつく聡一。
「ま、いっか。なるようになれ、だ」
 聡一は言った。
「でも、梨々子の機嫌が治って良かったよ」
「聡一の機嫌もね」
 そして笑顔になった梨々子が、テレビのスイッチを入れる。
 テレビでは、ちょうどスポーツニュースがはじまるところだった。

 それから数日が経った。
 聡一は相変わらず、夕食のたびに自分の分だけ『お総菜』を買ってきた。エビフライ、肉じゃが、春巻き、ギョウザ、シュウマイ、肉団子、などなど。日替わりで様々なお総菜が食卓に並んだ。それらは、聡一の前にだけ並び、梨々子はそれを見て、いつもむくれた。
 なにしろ普段は質素な食卓だ。健康を心がけ、梨々子が野菜の多い、魚メインの献立を立てたがるからだ。しかし聡一ときたら、匂いの強い、揚げ物や肉ばかり持ってくる。これはまるで梨々子にとっては拷問だった。
 梨々子がムッとするのを見て、最後には聡一が折れた。そして聡一は惣菜を半分に割った。毎日はそれの繰り返しだった。
 夕食時。
 梨々子と聡一は向き合って「いただきます」と言った。
 今日聡一が買ってきたのは、エビチリだ。
 これまた梨々子の大好物だった。
「……」
 いつものように、梨々子からの無言の圧力を感じた聡一は、ちょっと意地悪な口調で言った。
「食べたいの?」
 こくこく。梨々子は何度もうなずいた。
「分かったよ。半分食べていいよ」
 聡一がエビチリの中央に、箸で線を引いた。梨々子は嬉しそうに、エビチリを箸ですくった。
「いただきまーす」
 そして2口目。梨々子は思わず、食べてはいけない領域にまで、手を伸ばしてしまった。「あ!」
 聡一は見ていた。梨々子は聡一のブーイングを受けることになってしまった。
「半分ずつって言ったじゃないか。そもそもこれは、僕の『お総菜』だよ」
「えー。だって……」
 梨々子は口をとがらせた。
「聡一には愛がないのね。こういう時、黙って見逃すのが本当の愛よ」
「『お総菜』を半分あげるのは、愛じゃないのかよ」
 聡一は溜息をつき、そしてこう切り出した。
「あのさ、前々から言おうと思っていたんだけどさ」
 真顔で話しはじめる聡一に、梨々子の箸は自然と止まる。
「そもそも僕は、僕の分の『お総菜』を、自分の食べる分量だけ買っているんだ」
 なーんだ、そのことか。梨々子は心の中で思った。
「だけど僕の分を、梨々子は食べてしまう。それじゃあやっぱり僕のお腹は満たされない」
「つまり?」梨々子は聞いた。
「梨々子もお総菜が欲しいってこと?」
 聡一が聞いた。
 ズバリ言われた梨々子は、ドキッとした。そして、煮え切らない様子で言い訳をはじめた。
「そういう訳じゃないんだ。私はただ、目の前でおいしいものを、他人が食べているのを見るのがイヤなだけなの。そうよ、本当はお総菜なんか……」
「食べたくないってこと?」と聡一。
 うーん……。
 梨々子は悩んだ。
「やっぱりさ、1人分だけ買ってくるってのは、ダメだよ。平等じゃないよ」
「だけど、僕はスープを飲んでないよ」
 聡一が言った。
「そもそもお総菜は、スープの代わりじゃないか」
 梨々子は必死で反論する。
「お総菜はスープの代わりになんか、ならないよ。だって、『お総菜』と『スープ』のおいしさは、ベクトルが同じじゃないんだもん」
 聡一は、再び溜息をついた。
「分かった。『お総菜』、今度から2人分買ってくるようにする。2人とも幸せなら、それでいいや」
 聡一が、最後に折れた。
 梨々子は複雑な気分だった。
 本当のことを言うと、『お総菜』のせいで、お腹は一杯一杯だった。目の前にあれば、おいしそうなので食べたい。だけど、それを食べれば、お腹は腹八分目を越えて、満腹状態になってしまう。
 今はまだいい。
 1個のコロッケを半分に割っているうちは。
 だがこれからは、『一人前』。コロッケなら1個。唐揚げなら2個3個。確実に食べる量は、今より増える。
 それは健康にも、体重的にも、あまりいい状態とは言えなかった。
 だが、聡一にはそのことを言い出せず、梨々子は黙りこんでしまった。
 いいのか?
 本当にいいのか?
 そんな言葉が梨々子の頭の中を、行ったり来たりした。
 だが、これで大団円だと梨々子は思った。
 もう終わり。
 これで食卓に平和が戻ると、梨々子は信じることにした。必死に信じ込もうとしていた。

「太ったね」
 聡一はあっさり言う。
 しかもストレートに。
 この男、女心を知らなすぎると、梨々子は思った。
 あれから1ヶ月。梨々子の体重は徐々に増え始めた。そして確実に、目に見える形であらわれ始めた。
 ああ、バカだ。私は馬鹿だ。馬鹿者だ。誘惑に負け続けた結果が、こんな形であらわれてしまうなんて……。
 梨々子は急に悲しくなった。引き金を引いたのは、聡一の言葉だ。聡一にも見える形で「太った」ことが、悲しかった。梨々子は思わず聡一に愚痴をこぼしはじめた。
「そんなに率直に言うこと、ないでしょ。分かってたわよ。私だってそうなることぐらい。でもさ、でも……」
 愛がないよ、聡一は。
 そう言おうと思って、梨々子は口を閉ざした。
 そうだ。
 そもそも、スープのせいだ。
 スープを「飲む」、「飲まない」からはじまり、その結果は、なんだかサイアクな方向へ進んでしまった。だけどこのまま続けば、もっと悪い方向へ……確実に体重は増えていくだろう。
 どこかでブレーキをかけないと。
 でも、どうやって?
 夕食を変えないと、多分何も変わらない。でも、いい方法なんてこれ以上思いつかない。
 梨々子の頭は、回らなかった。何も、思いつかなかった。
 ふと、聡一が梨々子の頬に手をやった。
「泣くなよ」
 聡一はそして、梨々子を抱きしめた。
「バカだなぁ。こんなことぐらいで泣くなんて」
「なんでよ?」抱きしめられながら、梨々子は怒った。
「『こんなことぐらい』と思っているの? ヒドイ。太ったのは私よ!」
 すると聡一は梨々子の頭をなではじめた。
「梨々子は一人で、いろいろ悩んでいたんだね。僕は知らなかったんだ」
 そして梨々子を抱きしめたまま、聡一は言った。
「……そうだ、2人で何か、いい方法を見つけよう」
 聡一は続けた。
「まずは『お総菜』を買うのをやめよう。それから……」
「それから?」と梨々子。
「それから梨々子は1人でスープを飲むのをやめる」と聡一。梨々子が驚いて聡一を見ると、聡一は梨々子を見て微笑んだ。
「僕もね、また梨々子のスープを飲むことにするよ」
「えっ、何で?」
 梨々子は聞いた。
「だって、スープは嫌いなんでしょ」
「うん。だからスープを出された時は、最後に飲んでいたんだ。ネコ舌でも大丈夫なように」
 そして聡一は言った。
「スープはそんなに好きじゃないけど、梨々子は大好きだよ。だから、梨々子のつくったスープも大好きなんだ」
「ありがとう」
 梨々子は、泣き笑いをしながら聡一を見た。すると聡一は、
「でもね、1つだけ言いたいことがあるんだよ」と言った。
「何?」
 聡一が真面目な顔で梨々子を見るので、梨々子はドキリとした。2人の距離が近すぎるのだ。梨々子も聡一を見つめる。そして言葉を待った。
 聡一が口を開いた。
「そのう……。焼き魚にポタージュスープは似合わないと思うんだ。焼き魚には『味噌汁』がいいと思うよ」
 梨々子は思わず吹き出した。
「私もね、本当はそう思っていたんだ」
「じゃあ、今度の夕食には、『味噌汁』を作ってよ。具はね、キャベツとジャガイモがいいよ」聡一が言った。
 それを聞いた梨々子が、言い返す。
「邪道よ。キャベツとジャガイモなんて。やっぱり『味噌汁』は豆腐とネギよ」
 2人は笑った。
 今日こそは、大団円だと梨々子は思った。
 さて。
 今日の『晩ごはん』は、何にしよう?
 だが、スープだけは決まっている。『味噌汁』だ。具は冷蔵庫と相談して後で決めよう。
 梨々子の頭の中は、今日の晩ごはんのことで一杯になった。頭の中で、様々なおかずレシピが浮かびはじめた。














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