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アパートライフ
作:zens


両親が交通事故に遭ったと聞いたのは、夏休みが始まって間もない頃の話だった。
幸い、命に別状はなく2,3週間ほど入院すればいいらしい。特に後遺症も残らないとの事だ。
だけど、この両親はアパートの大家を副業としていた。

「すまん、。俺がいない間、しばらく大家をやってくれないか?お前1人に押し付けてしまうのはすまないとは思うんだが」

病人の頼み。しかも自分の父親の頼みを無碍にすることできず、僕はそのアパートへとやって来た。



「あの子、大丈夫かしら。私たちのことで、混乱してるでしょうし、それに昔から辛いことを隠して誰にも相談しないから・・・」
「大丈夫だ。俺の子供だからな。と言っても、こっちでは色々とあったからなあ・・・。さっさと退院して、不安要素を1つでも取り除かないといけないな」
「そうね」




「えーと、ここが七海荘か。七海って、母さんの名前だしなあ・・・。それにもう戻ってこないと思っていたのに」

ここ、七海荘は僕が生まれ育った家でもある。2階建てのアパートを見上げ、ふと昔を思い出す。この土地から逃げるために受験をして、数ヶ月。こんなに早く帰るとは思わなかった。別に家に帰りたくないわけじゃない。
入り口には、木の板に七海荘と書いてあった。今もそれは変わらない。
安直なネーミングに呆れつつも、僕は1階の大家の部屋へと向かう。

「101号室はこっちと・・・。えーと、このノート、一体何が書いてあるんだろう・・・」
「きゃっ!?」
「・・・、うわっ!!」

余所見をして歩いていたのが良くなかった。
頭から知らない女の子に突っ込んでしまったんだ。簡単に言うと頭突き。
それでも頭が痛くないのは・・・・、その女の子のそれなりにあると思う胸に突っ込んでしまったからで・・・。
そして、それはあまりよろしくない状況だったりするわけです。
僕は、はっとと気づいて慌てて離れました。だけど、決定的に遅いわけでして・・・。女の子は親の仇でもみるかのような目で僕を見ています。

「なななな、バカーーーーッ!!」
「おーっと、最近の若いもんはやることが違うねえ」

真っ赤になった表情は、割とかわいいと思える。けど、事態が事態なために割とどうでもいい。
さらによく見ると、そのぶつかった女の子の肩には一匹黒猫が乗っかっていた。
しかも、この状況の中暢気に欠伸なんてしてる。何か、こっち見て笑った気がする。
って、早く謝らないと。

「ごめん・・・って、行っちゃったよ・・・。てか今猫が喋ってなかった?何か疲れてるみたいだし、さっさと部屋に入ろう」

僕は謝ろうとしたけど、そんな暇すら与えてくれず2階への階段を登り彼女は走り去っていった。・・・202号室か。
でも、僕も疲れていたので、すぐに部屋に入ると寝てしまった。





・・・。

これは・・・確かここに初めてやって来た日の出来事だ。

今思うと猫が喋っていたのは動揺していたことによる思い込みに違いないと思う。

七海荘に大家としてやって来た翌日。

今日から大家代理としての1日が始まる。

「そろそろ起きないといけないか・・・」

僕は布団で背伸びをすると起き上がる。
いつものように顔を洗って、歯を磨いて、朝食を作ってっと。

「いただきます」

1人になっても、この朝の言葉は忘れない。
僕の名前は、夏目 小次郎 (なつめ こじろう)と言う。
今は、都会の高校に通うため、親戚の家に下宿でさせてもらっている。むしろ向こうから呼んでもらったんだけど・・・。まあ、僕の下宿先の話はとりあえず置いておいてと。

実家であるアパートに戻ってきたのは、色々と事情があるわけでして・・・。

「今日の最高気温は32度。それに夕方から雨が降るのか。早いとこ洗濯物干さないと」

現在、このうちには僕1人。そのため家事炊事と何でも1人でこなす必要がある。
幸い、ここを出る前からそういうことだけは得意で、小学校の時の卒業アルバムのアンケートで嫁にしたい人ランキングというので1位を獲得した苦い思い出がある。
それは、今でも遺憾なく発揮され、親戚の家では既に台所を任せられていたりする。

・・・とりあえず、僕がいなくて大丈夫だろうか?
みんなの料理の腕があまりにも酷いのでちょっぴり心配だったりする。
でも、帰ったらどうなっているのかと思うと、あまり帰りたくなかったりする。

「ごちそうさまでした。さてと、昨日そのまま寝ちゃって挨拶に行かなかったから、早く行かないと。そういえば、親父からこれを預かってたんだっけ。どれどれ・・・」

僕は朝御飯を終えると流しへと食器を持って行く。
茶碗は水につけておかないと後が大変だったりする。

そして、居間へと戻り、親父から預かったノートを開く。
どうやら、ここの住人についてのものらしい。貴重な資料をありがとう。

「・・・全員で4世帯か。しかも、知ってる人が武者大路さんしかいないや。みんな、引っ越したんだなあ。それに入居者は意外と少ないんだ。しかも、3ヶ月滞納している人いるし。あ、親父からのメモだ。何々、小次郎。面倒を押し付けてすまないと思っている。だが、頼まれついでにもう1つお願いしたい。今月の家賃を7月25日に回収しておいてくれないか?よろしく頼んだぞ」

いちいち読む必要があったのかは、もうどうでもいいことにしよう。
しかも、今日が7月25日だし。挨拶ついでに今月の家賃も回収って・・・、ちょっとよろしくないような気がするんだけど。

あ、そうだ。洗濯物干さないと。
そう思って立ち上がる。その時だった。

「おはようございまーす。おばさーん、朝御飯頂きに来ましたー」

突然、玄関の扉をノックする音ともに元気な声が響き渡る。
まだ、8時なんだけど。しかも朝御飯をもらいに来たって、いつもこうなの?

「はーい。今出ますので待ってくださ・・・」
「ああっ!?昨日の変態!!」
「近所迷惑だから、叫ばないでください。その前に変態って何ですか!?僕は何もしてません」

僕が急いで玄関の扉を開けるとそこにいたのはよりにもよって昨日ぶつかった女の子だった。
今日も猫が肩に乗ってるし。
叫んだ女の子に向かって僕は自分のために注意する。変態とか朝から叫ばれて、変な噂が広まったら最悪だ。

「む、胸に突っ込んできたでしょ!?」

そう言って、僕の鼻先に箸を突きつける。
箸で指差してはいけませんって、母親に習ってないのだろうか、この女の子は?
とりあえず、マナーがなってないと思う。

「それに!・・・ううっ」

ぐぅぅーという音とともに彼女の元気も無くなる。
さっきまでの威勢のよさはどこに行ったのか、今はうちの玄関先で座り込んでしまっている。
よく見ると、左手にはお茶碗を持っている。

「お腹すいたー・・・」
「・・・余り物で良かったら食べます?持ってくるけど・・・」
「え、えっ?本当にいいの。じゃあ、もう昨日のことは忘れてあげる。ねっ?ねっ?」

僕は、何だか不憫に思えて思わず、食事を持ってくると言ってしまった。その時の女の子の顔は、神でも見てるかのようだった。・・・手を合わせてありがたや、ありがたやって。

女の子を少し観察していると何だか猫みたいな人だなあと、根拠はないけど、そう思った。いや、肩に乗っている猫のせいか。じっと、こっちを観察するように見ていた。うぬぬ・・・ここで視線を逸らしたら負けな気がする。
僕も猫の目を負けずに見返す。

「・・・そ、そんなに見つめられると困るんだけど」
「えっ!?いや・・・」

それが間違いだと気付いたのは、目の前の女の子に指摘されてからだった。
それ違うよ。そう指摘できるほど僕は冷静ではなかった。朝から女の子と見つめ合う経験なんて今までの人生で無かった出来事だ。
どぎまぎして言葉が出てこない。

「・・・」
「・・・」

キュルルルー。

そんな空気をぶち壊したのは、女の子のお腹から発せられた間抜けな音だった。
その音は全てを現実に戻してくれた。ありがたいのか、それとも残念なのか。

「ご飯ー」
「今、持ってくるから・・・」
「おじゃましまーす」
「・・・振り向いた先に何でもういるの?それに持ってくるから待っててって・・・」

僕はその・・・よく分からないけど、朝御飯に対する執念みたいなものに圧倒されているだけだった。

「ご飯、どこーーーっ!!」
「今行きますから、落ち着いてください」

いつの間にか、ちゃっかりと椅子に座ってテレビを見ていた女の子がまだ玄関先にいる僕に言う。
ここ、僕の家だよね・・・。
妙にうちに馴染んでいる女の子に呆れつつ部屋へと戻ったのだった。



20分後。
彼女は朝御飯の残りを全て食べてしまっていた。そして、満足そうに言った。

「ごちそうさまでした」
「お粗末さまです」

やっぱり知らない人であっても食事は1人よりも2人。大勢の方が楽しいものだと思う。
それに残り物では、あったけど女の子も喜んでくれたみたいだからよしとするか。うちのお皿を流しに持っていきながらそう思う。
そして、冷蔵庫から麦茶を取り出すと、コップに入れて持っていく。

だけど、居間でくつろぐ女の子を見てふと思う。
・・・ところで、この人誰だっけ?ノート見れば分かるよね。

「これ麦茶ですけど、どうぞ」

居間に戻った僕はコップを1つ女の子に手渡す。そして、僕は女の子の反対側に座った。
そして、ノートを見ようとした時、彼女は麦茶を一気に飲み干す。そして何か思い出したらしく僕に向かって言った。

「ありがとー。冷えてておいしいね。・・・。そういえば、自己紹介まだだったよね。私は、永井 美幸 (ながい みゆき)。聖蓮大学1年生。今年、田舎から出てきたんだー。で、こっちはじじっていうんだ。カタカナじゃなくて、ひらがなでじじ。と言っても、安直にアニメ映画から名前を拝借したわけなんだけど。あ、そうそう。呼び方は美幸でも、美幸ちゃんでも、お前でも、ハニーでも構わないからね。むしろ、後半2つを強くお勧めするよ。で、君は?」
「僕は、夏目 小次郎と言います。今は大家代理といったとこでしょうか。普段はちょっと離れた街の高校に通っているので、ここにはいませんけど。永井さん、たぶんここにいるのは2,3週間ですがよろしくお願いします」

呼び方のうち最後の2つは軽く流しておいた。聖蓮大学は、確かにここからなら歩いて5分と、通学には便利だと思う。
互いに自己紹介を済ませると、そんな僕の反応が不満だったみたいで永井さんはさらに言葉を続ける。

「ぷーっ。初対面で私の胸に飛び込んできたじゃない。そんな君はどこへ行ったの?」
「あれは、事故です。もともと存在しません」

事故というところを特に強調しておく。故意だったら立派な犯罪者だよね。
そんな僕の言葉に頬を膨らませる仕草はどう見ても大学生には見えない。同い年くらいだと思っていたんだけど。
それに、他人で遊ぶのが好きみたい・・・。性格が変わりすぎです。

「うーん、残念。まあ、それは置いといて。私の方が年上みたいだけど、普通に話していいからね。私堅苦しいの好きじゃないんだ」
「そうですか・・・?」
「敬語は禁止。丁寧語もダメ!」
「あ、はい」
「何か、堅苦しさが抜けないねえ。そうだ!」

急に何かを思いついたのか手を叩いてうれしそうな顔になる。何かいたずらを思いついた子供のような笑顔だった。

「お姉ちゃんって、呼んでもいいよ」
「ぶっ!!げほっげほっ・・・」
「きゃあ!?」
「にゃあ!?」

突然の発言に飲んでいた麦茶を吹いてしまった。
き、気管に少し入った・・・。

「だ、大丈夫ですか」

ようやく落ち着きを取り戻した僕は永井さんに声をかける。

「大丈夫、大丈夫。水も滴るいい女ってね」
「ふーっ!!」
「・・・タオル取って来ますね」

軽口を叩いているけど、逆に僕が惨めに思えるのは気のせいだろうか。
そんな空気が嫌で、僕はタオルを取りに行くことを口実にその場を逃げ出した。




「すいません・・・」
「いいよ、そんなに気にしなくても」
「にゃあー」
「ほら、じじもそう言ってるよ」

タオルで顔で拭きながら、気にしなくていいと言ってくれる永井さん。
猫まで使って慰めてくれるなんて・・・。いい人なんだなあ。
やっぱり、何かけじめをつけないといけないよね。永井さんを見ながら、そう思った。
そして、僕はゆっくりと口を開いた。

「何か、お詫びができたらいいんですけど・・・」
「別にいいよ、そんなことしなくても」
「いえ、でも・・・」
「そうだね・・・。じゃあ、こうしようか」

少し、永井さんは考えると僕をじっと見て、視線を真っ直ぐに向けてきた。
その真剣な眼差しに視線を逸らしたくもなるけど、逸らしたらいけない。そう思った。
だけど、その口からは意外な言葉が出てきた。

「名前で呼んで。それに丁寧語、尊敬語一切禁止。これで許してあげる」
「はいっ!?」
「だ・か・ら。これが許す条件だよ。さあ、張り切って行ってみよう!」
「にゃあっ!!」

朝からテンションの高い永井さんと対照的に、僕のテンションは底へと落ちてきていた。
ふと猫と視線が合った。確かにその目は言っていた。

早くやれ、と。

・・・でも、名前で呼ぶだけだなんだから。
僕は意を決して言った。

「美幸さん。・・・これでいい?」
「・・・うん、オッケー、オッケー。ばっちりだよ。じゃあ、ついでにお姉ちゃんって呼んでみようか」
「それは絶対にやらないから」
「ぷーっ。まあ、でもいいよ」

自分で言ったのはいいけど、物凄く恥ずかしいことをしたんだなと今更ながらに認識する。
そう思ってしまったからか、顔が熱くなってくるのを感じた。
美幸さんは、一瞬黙ってこっちを見ていたから、不安になってけど、どうやら許してもらえたみたいでほっとした。
だけど、調子に乗ってお姉ちゃんと呼んでと言った要求は却下する。
言ったら最後、恥ずかしくて死んでしまうかもしれない。

「じゃあ、そろそろ出て行ってもらってもいい?」
「どうして?」

僕は、許してもらえたとこで時計を見ると、もう9時を過ぎていた。
美幸さんは不思議そうな顔をする。確かに、許したと思ったら、出て行ってだもんね。
でも、僕は早く洗濯物を干して、他の住人に挨拶に行って、家賃を回収しないといけないのだ。

「そろそろ洗濯物干して、他の住人の方にも挨拶しようと思ってるから」
「そっかあ、いってらっしゃーい」

だけど、何故だか帰ろうとしない美幸さん。
それだけではなくテレビの前に移動すると、ごろりと寝転ぶ。そして、頬杖をついてテレビを見始めた。
おーい、食べてすぐ寝ると牛になるんだよ?

「あのー・・・もしもし?」
「あっ、私のことはお気になさらず」
「とても、気になるんだけど・・・」
「うちね・・・冷房も扇風機もないのよ。ということで、しばらく居座りまーす」

テレビを見ながら、頬杖をついていない反対側の手を挙げる。
僕の言うことは無視ですか?

「扇風機なんて、その辺の家電量販店で2000円とか売ってるじゃないですか?」
「そうなんだけどねえ。だって、外は暑いし、ここにいればお昼もご馳走になれそうだし。それで、おばさんはどこに行ったの?旅行?」
「両親は、交通事故で入院してるんだ。だから、僕が大家代理でここにいるわけなんだけど・・・。・・・あっ」
「えっ!?」

僕は、バカ正直に言ってからしまったと思った。
こういう話題を出せば、相手がどう思うかなんて簡単に予想がつく。大体の人は同情するだろうけど。まあ、恨んでいたらざまあみろといったとこだろうね・・・。
でも、美幸さんの反応を見る限りでは、とりあえず両親は恨まれてはなさそうだ。

「・・・」
「・・・それで、大家さんの怪我の具合はどうなの?」
「幸い2週間程度の入院で済みそうだよ。両親とも暇だ、暇だってうるさいから、最初は冗談とさえ思ったくらいだから」

僕は、両親の所へ駆けつけた日のことを思い出して言った。
病室に行くまでは、もしかして死んでいるんじゃないかと本気で思ったくらいだ。
慌てすぎて、乗る電車を間違えたくらいだし。
まあ、病室に着いて最初に見た光景が、両親とも看護士さんに怒られていたというものだから・・・。両親が入院しているという部屋に入る前から、怒声が聞こえてきたから、最悪なことも想像したわけで。
今でも、あの思いを思い出すだけで背筋がぞっとする。

「・・・」
「両親のことは、そこまで心配しなくて大丈夫だよ。よく考えたら、交通事故くらいで死ぬような両親じゃないし、100まで生きるが口癖だから」
「そっか、なら安心だね。・・・だけど、1人で寂しくない?」

美幸さんは黙って僕の言葉を聞いていたけど、僕が駆けつけたときの話を聞いてほっとしたみたいだった。
だけど、にこりと微笑んだ後、急に真剣な顔になると寂しくないかと言った。

「・・・そんなことはないよ」

そう答えたけど、それはたぶん嘘だと思う。
何だかんだで、ずっと賑やかな家庭に育ってきた。昔も、今も。今の高校では、誰かが僕を支えてくれるし、傍にいてくれる。親戚の女の子だってそうだ。あの子がいなかったら、友達なんてできなかった、そう思う。
だけど、中学校での生活を思い出すと、今でも吐き気がする。ここに来ると、この土地にいるとどうしても思い出す。それが1人なら尚更。

「・・・嘘つき」
「どうして、そんなことが言えるの?出会ってたった2日の人に」

自然に僕の声は冷たい無機質なものになっていた。
出来る限り自分の心は表に出さないようにしていたつもりだった。自分の気持ちは今でも不安で揺らいでいるのだから、1度表に出てしまえば、それは弱さに変わる。
それを内に秘めて、自分に嘘をついていれば、きっと辛くない。誰も気付きはしない。いつかは忘れることが出来る。明るく振舞っていれば、それでいい。そう思っていた。
だから、両親には中学のことは話したことはない。

「目を見れば分かるよ」

だけど、美幸さんは言った。僕が動揺していると。寂しさを感じていると。
結局の所、僕は隠しきれていなかったらしい。
今まで忘れていたのは、そういられたのは周りに誰かがいて楽しいと思える時間が、そこにあったから。

「目を見れば分かるよ。小次郎は、ここが嫌いだって。理由は分からないけど、辛そうだもん」

もう1度、静かに同じ言葉を繰り返す美幸さん。

「それが、人の過去の傷を掘り返すって事に気付いているのに、どうして聞くの?」
「そうやって、また隠すの?」
「隠してなんて・・・」
「そうやって、また嘘をつくの?」

だけど、僕は卑怯だ。美幸さんが、親切で言ってくれていると分かっているのに・・・。
この人は、きっと両親や親戚夫婦、その娘である女の子と同じような人なんだと、この時、いや違う、初めて会ったときから分かっていたんだと思う。
だけど、思いとは裏腹に口からは別の思いが出てくる。

「嘘じゃないよっ!!」
「・・・嘘だよ、私も同じようなことがあったから。ちょっと長くなるけどいいかな?」

もうこれ以上、追及してほしくない。ただそう思った。
いいかな?と聞いてきたけど、僕の返事を待つことなく美幸さんは話し始めた。
その口ぶりはどこか懐かしそうで、その話の中身は、既に捨ててきたはずの思い出話だった。
その話を聞いていると、目の前の美幸さんは強い人なのだなと感じた。
でも、次の言葉を聞いたとき、僕は驚愕のあまり固まってしまうことになる。

「というわけなの。だから、しばらく一緒に住んであげよう」
「じょ、冗談ですよね?」
「ううん、そんなことないよ。大家さんたちが戻ってくるまでだけどね」

そう言って、ウィンクをする。
辛うじて喉から出てきた言葉は、情けなくも掠れていた。
一縷の望みをかけた言葉ではあったが、それは無残にも打ち砕かれる。

「その前に、どこが『だから』なんですか!?さっきまでの話と落差があり過ぎじゃないですか?」
「丁寧語に戻ってる。それに、さっきの話は嘘だよ、う・そ。私ね、大学で心理学を専攻してるのよ。だから、何となくわかっただけ。それに、私がこっちに来たのは、いじめじゃなくて両親との不仲が原因だからねえ」

遠い目をして言う美幸さんにもう唖然とするしかない僕。
そんな僕を見て、薄く笑う美幸さん。最初から、からかいたいだけだったのか・・・。

「ということで、よろしくね」
「・・・」
「それは、黙認ということだね。・・・ふーっ、これで家賃が浮くわ」

ん?今何か本音が漏れたよね。
僕は、心底嬉しそうな美幸さんを見据えると言った。

「絶対に嫌だ。料理できないよね?掃除とかしないよね?生活費も払う気ないよね?」
「・・・ちっ」

・・・僕の言葉に舌打ちをする美幸さん。一体この人は何者なんだろうか?全く分からなくなった気がする。
僕はただ飯を与えるほど慈善精神豊富な人間じゃないことは確かだ。
それにどこまでが事実かどうかも分かりはしない。

でも、・・・少しだけだけど、いつもの自分に戻れた気がした。
それだけは感謝かな。

「はいはい。・・・でも、たまには遊びに来てくれると嬉しいかもしれない」
「なーに?もしかして、誘ってる?毎日、家にいる時は食事を食べに来るから、安心して」
「全く安心できないって」


美幸さんが冗談を言うと、僕は笑った。こっちに来てから、初めて心から笑えた。そう思えた。

「やっと笑ってくれたね。うん、笑ってるほうがいいよ。仕方ないから、私の分の食費は出してあげようかな」
「それって、普通のことだと思うよ」

美幸さんは満面の笑みを見せると嬉しそうに言った。
その笑顔に騙されて、うっかり流しそうになったけど、僕は彼女に突っ込みを入れておく。

「まあ、それは置いておいてっと。3週間かな?楽しくやろうよ。よろしくね」
「ええ、こちらこそ」

美幸さんは、ばつの悪そうな顔をするけど、すぐに表情を変えると僕に向かって手を差し出す。
僕はその手を握り、僕らは握手をした。
だけど、僕はまだ知らない。これが、賑やかな夏の始まりだということを。


短編を読んで頂いた方、ありがとうございます。
今回は、主な登場人物は2人。後は、ちょっとだけ両親が出てきましたが、ほとんど空気です。

登場人物の苗字は1人だけ少し変えていますが、皆作家の方から取っているものです。
何だか、急展開過ぎたなあと反省しております。
次は、ホラーでも書いてみたいものです。













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