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焔駆けつ
作:鏑木恵梨





「大変じゃ」若者が幾度も声を上げ、東の坂から転がるように駆けてきた、「武士どもがこちらに向かっておる!」
 日の光が私の足元を走り去ってゆく。
 そして、この村に残されたのは、重苦しく立ち込めた曇り空であった。
「武士とや」
 私は東を見た。
 坂の向こうへ、雲は流れていく。
「いくさや」
 たれかの呟きが漏れた。
 風の音のようだった。
 いつの間にやら、集落の者は集まり、ざわめきとおののきが辺りを駆け巡った。
 私は再び、荘の中心へと戻っていった。
「皆!」そこでは長老は枯れた喉を絞り上げていた、「米を隠せ! 手分けせい!」
「どこや」
「どこへや」
「本荘のお蔵へか」
 百姓名の蔵など隠したことにはならない。真っ先に武士どもが乗り込み、徴発してゆくだろう。
 私は叫んだ。
「本荘の、森だ!」
 ……村人たちは次々に痩せた腹から息を吐き、唱和した。
 ゆけや、ゆけ!
 運べや、運べ!
 隠せや、隠せ!
 俵を担ぎ、西へと走る。
 私はただ、曇り空を仰いでいた。
「源氏やな」
 私はささやき声の主を見た。長老のひとりであった。
「東光寺の御坊が云うておった。三草山に平氏の陣立が上がっておったと。みな知っておる」
 渡し舟での噂話がよみがえる。
 平氏は幼き主上を抱えながら、京と戦うのだ。
 院の宣旨とみかどのご聖旨とでは、どちらが天つ神を味方にするのであろう。
「法皇さまは宗旨替えをなされ、追討を源氏の範頼に命じたと、道中聞き及びました」
「……お前様は平家が負けると云わしゃるか」
「それはまさか」
 私は口ごもった。
 公家の御方々はもとの都に戻ったとはいえ、福原の京のことは近くにありてよく聞こえる。
 唐天竺より湊にやって来る、あまたの銅銭や珍宝。平氏はこれら天下のお宝を、数え切れぬほど持っているのだ。
 法皇の新たな御在所も、平氏の懐から出たものと知るは都人ばかりではない。
 その平家が負けることがあるだろうか。
 ……否、考えることは無い。
 源氏であろうと平氏であろうと関係は無い。
「武士どもは私の館で足止めをさせましょう」私はゆっくりと云った、「いのちの米を決して、奪われぬように」

 坂の名は、不来坂このさかといった。
 だがその武者どもは来た。
 予想に反し、憐れなまでにおろおろと、坂を下って来るのが見えた。
 私は目を細め、兜の奥の表情を見きわめた。
 彼らは歩むすがたの通りの、まったく疲弊しきった顔をしていた。












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