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焔駆けつ
作:鏑木恵梨





 夜を徹し歩き、今田荘に着いたのは、山の端が明けの光に満ちる朝であっただろうか。
 今田荘は深い霧に覆われていた。
 すべてが白く、刺すような気が身体の末端にまとわりつく。
 私はそれを振り切るように歩を進めた。
 農夫は、眠りから覚めたばかりだったのだと思う。
 農夫とは声無くすれ違った。行き交うまで私が居ると気づかなかった。
 彼が声を上げたのは、私に気づいたからではない。二人の下人、四頭の馬が運ぶ俵を見たからだ。
「皆を集めてくれまいか」
 私がそう頼むと、嘆息とも喘ぎともつかぬ声のあと、彼は何度も首を縦に振った。
 まるで、言葉を知らぬ者のようであった。

 霧は、山の奥へと流れ往きつつある。
 馬は霧が残していった湿り気をたてがみに忍ばせ、静かに佇んでいた。日が高くなるにしたがい、その湿り気は山間を吹き抜ける風にさらされてゆく。
 村の老人たちは馬を取り囲んだ。
 そして喧々諤々と話し続けていた。
 ……米は手に入った。これなら夏まで生きながらえることが出来るだろう。
 ……上手く乗り切れた。めでたいことである。
 実りの無い繰り言がただ綴られていく。
 老人たちはその愚昧さに気づいている。だが、たれもその先には進めない。
 この先のことを、たれも考えてはいなかったのだ。
 今回ばかりは、私たち必死の思いで焼き上げた。
 その思いが天に通じたのだろう。摩訶不思議なほどに思いの通り、上手くいったのだ。
 今、私は思う。
 新しき器を焼くことも天啓であり、事実焼けたことも天恵であったのだ。
 だが、次は天に任せていられぬ。質、量とも出来映えにむらがあるようでは駄目だ。
 永年半済の約定に見合う器を、作りつづけねば。
 それには、今のままではどうにもならぬ。
 あの焼物が出来る窯がただひとつというのは心細い。
 ……せめて、いまひとつ有れば。
 小野原には古くより器を作ってきた窯がある。
 その窯では、生活のためや、周囲の村落との物々交換のための器を焼いている。
 他にも窯はあるが、村落の中心で多くを担うのは小野原窯だ。
「この小野原の窯も、三本峠と同じものを焼けるようにしたいのです」
 私はそう切り出した。
「小野原の窯を潰すなぞ出来ない話や」
「ここなら」私は体の奥から突き上げるものを感じた、「この小野原なら人が集められるのです。焼成だけ、野良だけに手をとられることはないのだから」
 三本峠の窯を中心とすれば、陶工はそこに釘づけとなる。三本峠は村落から離れすぎているからだ。だが小野原は今田荘本荘の隣の集落。田畑の仕事があるときにでも、窯に目配りができるのだ。
 ……それに、私の母は小野原にいる。
 病がちの母を忘れ土に向かう日々は、辛かった。
「なるほど」
 老人たちは静かに首をもたげた。
「任せたぞ。窯を立て器を焼くは、そこもと等のしごと」
 私は唇を結んだ。
 頭の中では天へ上るような高揚感を感じながら、一方体ではどっしりとした重量感を強く覚えた。
 この村の行く先を任されたことへの充実感と、行く末を左右することへの責任感。それぞれを頭と身体が別に捉えている様だった。
 ……そうだ、母は。
 持て余し気味の思考から逃げようと、母に意識を向けた。
 私が荘を発つ前も、あまり具合は良くなかった。隣家の娘に頼んではいたのだが。
 私は馬と食料の倉納めを任せて、気もそぞろに家路を急いだ。












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