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君は僕の宝物
作:松の慎


『隼人、好きなの・・・。だから付き合ってほしい』

なにを見て、そう思うのだろう。
なにを思って、そう言うのだろう。

『ごめん・・・俺、恵菜のこと友達にしか見れない』

嘘なのか本当なのか分からない俺の答え。
でもきっと嘘だろう。
きっと俺は恵菜のことは好きじゃない。
だから、ああ答えて正解のはずだった。

けれど、今になって考えてみると本当に正しいのかって思える。
でももし正しくない判断だったとしても、俺にはそうするしかなかった。
そうしなきゃ、俺が俺自身を許さない。
俺が恵菜を好きになってはいけなくて、他の誰かと幸せになることもだめなんだ。
誰が決め付けたとかじゃなく、心の中であの日からそうなってしまっていた。
でもそれは決して間違ってはないと思う。
俺が他の誰かと一緒になることは有り得ないはずなんだ。

・・・・本当なら。

「おーっす、隼人」
「あーおはよ。敦士」
「振ったんだって?恵菜のこと」
「・・・知ってたんだ」
「まぁな」

敦士は寒そうに、手に息を吹きかけながら両手を温める。

「なんで?俺てっきり両思いだと思ってたよ」
「・・・」
「もしかして昔のこと忘れられないとか?」

答えにつまる。
図星だ。

「・・・恵菜とだけは絶対に付き合うとかはだめなんだ。というより有り得ないんだ」

恵菜は高校に入ってから知り合った。
俺から声をかけた。
もしあのとき声をかけなければ恵菜に告白されることもなかっただろうか。
もしそうなら、どうして声をかけてしまったんだろう。

『未宇?!』

歩いている恵菜を見つけ、俺は後ろから恵菜の手を引っ張った。

『え?』

振り返った恵菜を見て、はっと我に返った。
未宇がいるはずないのに、なにを言ってるんだろう。

『あ・・・ごめん』
『あ、同じクラスの池谷隼人くんだ。あたし相原恵菜!よろしくっ』
『あ・・ああ、よろしくな』

恵菜は明るくて可愛くて、まぁいわゆるケンカ友達でもある。
負けず嫌いなところもあるし、だけど寂しがりやだ。
しまいにはバレー部ときた。
高1にしてスタメンに選ばれ、ドライブサーブを得意としている。

その全てが、そっくりなんだ。
一緒にいるのが、恵菜じゃないみたいに感じるときもあるんだ。

俺がかつて愛した

荻原未宇。

「確かに・・・忘れられるわけないよな」
「ああ・・・」

ずっとずっとケンカ友達だった未宇。
けど、必死の思いで告白した。

『ほんと?ほんとに?じゃあ・・・じゃああたしたち両思いじゃん!』
『まじで?!』
『きゃ〜うれしいっ!!』

どうしてもっとはやく告白しなかったんだろう。
どうして最初からこうすることができなかったんだろう。

どうしてあの日だったんだろう。
あと1日・・・せめてあと1日告白するのが早ければ良かった。
そうすれば、そうすれば・・・・

「隼人」
「あ・・・恵菜」

教室へ行くと、恵菜が俺たちのところにきた。
少し戸惑いながら恵菜は言った。

「あの・・・昨日のことは気にしないで?だから・・・いつも通り仲良くやって?」

いつも通り仲良く・・・

「・・・もちろん。友達だって言ったろ?」
「うん!」

できるわけない。
だって俺、昨日告白されたときに思った。
恵菜を好きになってはいけない、けれど、ずっと一緒にいたら好きになってしまうんじゃないかって。
もし恵菜を好きになってしまったらどうするんだろうって。

けれど、恵菜も必死だったに違いない。
振られた後にそんなこと言うの、本当に勇気が必要だったに違いないんだ。
そんな恵菜を振り切れるわけ・・・ないだろ。

要は必要以上の感情を持たなければ良い。
普通の友達として接していれば、なんの問題もないんだ。

HRが終わり、俺は1限の準備をした。
1限は数学だ。
ノートと教科書を取り出す。

『じゃあ問の問題を・・・・荻原!』
『はい!えーっと・・・I like soccer better than any other sports.Becausu I・・・』
『おいおい荻原、発音はバッチリだが今は数学の時間だぞ』
『えっ、あれ?』
『しっかりしてくれよ〜』

ふと思い出す。
いつだったっけ、みんなでかなり笑ったのを覚えてる。
俺も腹かかえて笑ったなぁ。

昔のことを思い出していると、いつの間にか授業が始まっていた。

「じゃあこの問題を相原」

恵菜が当てられた。
俺は恵菜のほうを見る。
目を丸くして驚いた。

恵菜の手に持っているのは、英語の教科書だった。

「If I had wings, I could fry to you. But I don't have wings, so・・・」
「おいおい相原〜今は数学だぞ?発音はよろしいが、数学をやってくれぇ」
「あれ?」

教師を筆頭に、みんな笑った。
けれど、俺には笑えなかった。

デジャヴだ・・・
嘘だろ、こんなことってあるのか?

そう思いながら恵菜を見ていると、目があった。
みんな笑ってるのに、俺だけが驚いた顔してるのを見て不思議そうな顔をした。
俺はすぐに視線を前に戻す。

どうして昨日の今日でこんなことが起こるんだ?
それとも、俺の気にしすぎだって言うのか?
ああ、そうだ。きっとそうに違いない。
同じことが他人に起こっても別に全然おかしいことじゃないだろ。
よくあることだ。

けれど、じゃあなんでこんなに胸騒ぎがするんだ?
恵菜は恵菜で、未宇じゃない。
なのにどうしてこんなにも恵菜が未宇に重なってしまうんだ。

こんな悶々した思いを抱えていると、いつの間にか放課後になった。
今日は体育館が使えないらしく、バスケ部(俺)は練習がなくなった。
帰ろうとすると、恵菜が近づいてきた。

「隼人んちも部活なし?」
「うん。あ、恵菜んちもない?そりゃそうだよな」
「じゃあ今日暇?」
「うん」
「あのね、映画館のチケットもらったの。でも友達は部活だし・・・良かったら一緒に行かない?」
「へぇ映画か。良いよ。なんの映画?」
「『君は僕の宝物2』」

君は僕の宝物・・・?

「これって昔もやってたよね。今度はパート2なんだって!面白そうだよね〜」
「あ、ああ・・・」

恵菜と一緒に下駄箱へ行き、靴を取る。
そして学校を出た。
割と近くに映画館があるから、そこへ向かった。

歩いて20分、映画館についた。

「どうしたの?隼人。入ろうよ」
「お、俺・・・やっぱり行けない」
「え?」

映画館を前にして、俺は足がすくんで動けなくなった。
うつむいて何度も言う。

「入れない・・・ごめん」

全身が震えているのが分かる。
恵菜はわけが分からないというような顔をして尋ねた。

「なんで?」
「俺と・・・・あいつの約束の場所だからっ・・・・」

震える手で、自分の制服の横をわしづかむ。
手に汗をかいているのを感じる。

あの日、俺と未宇は約束したんだ。

『明日一緒に映画見に行かない?平日だと半額なんだって!』
『おー良いね。映画めっちゃ久しぶりだよ。今なんか良いのやってる?』
『んーとね、「君は僕の宝物」とか!』
『あの記憶喪失になる奴かー。俺もあれ見たかったんだよな』
『じゃあ決まりっ!』

見る映画も一緒だし、見る映画館の場所も同じなんだ。
これ以上の屈辱ってあるか・・・?

けど、未宇は次の日学校に来なかった。
学校に来る途中で車にひかれて死んでしまった。
居眠りトラックにひかれたらしく、即死だった。
最後の別れも言うことなく、俺は永遠に未宇と話すことはなかった。
葬式に出て未宇の顔を見たとき、あんなにもきれいなのに、本当に死んでいるのかとさえ思った。
ショックでショックで、何日も飯が喉を通らなかった。
けど、未宇が好きになってくれた俺でありたかったから、しだいに元気になれた。
笑うこともできるようになった。
敦士もいろいろ精神的にサポートしてくれて、ようやく俺は未宇の突然の死から立ち直ろうとしていた。

そんな矢先だった。
恵菜に出会ったのは。

「俺、ずるいよな・・・恵菜が隣にいてくれれば昔の自分に戻れるって思ったんだ。恵菜とケンカしたり笑いあったり・・・話してるとき、それは恵菜じゃなくて未宇だって思ってるときがあること、わかってたんだ」
「隼人・・・」
「けど、わかっててもなにもできないんだったら、知らないのと変わらないよな・・・」

少し似てる顔も、そっくりな性格も、それは全て未宇であると思い込んでしまっていたのはいつからだろう。
いや、そう自覚してたのはいつからだろう。
自覚してたのにも関わらず、それを続けてきた俺はこの上なく最低だ。

「恵菜がいてくれて未宇の死から完全に立ち直れたのも事実だけど・・・でも、それじゃあだめなんだ」

立ち直れたって言うけれど、恵菜を未宇だと思って側にいたのなら、それは立ち直れたとは言わない。
精神的にボロボロになる前の俺に戻っただけ。
結局は未宇の死を受け止められたわけじゃないんだ。

こんな俺は、許されない。
自分でも許したくない。

「・・・でも、隼人はあたしに笑ってくれた」

恵菜が震える俺の手を握る。
俺は恵菜のほうを見上げた。

「確かに未宇さんとあたしは似てるかもしれない。けど、今まで隼人が笑いかけてきてくれたのは未宇さんじゃなくて、恵菜だよ。相原恵菜だよ」

恵菜のその目には、涙が溢れている。
けれど、恵菜は笑う。

「あたしの恋は叶わなかったけど、でも隼人があたしの側にいることで未宇さんを思い出して元気になるんだったらずっと側にいる。辛くなるんだったら、離れるよ」

違う。

違うんだ。

未宇を思い出すとか、辛くなるとか・・・そんなことじゃないんだ。
確かに俺は未宇と恵菜を重ねてた。
恵菜の側にいることは、未宇の側にいることのように感じられるから。

けど、それだけじゃない。

「未宇さんはもういないけど、でも隼人の心の中でずっとい続けてくれるよ。未宇さんは・・・・隼人が未宇さんとの思い出に縛られるのを望んでないと思う。未宇さんはもう隼人の隣にいることはないけど、でもきっと未宇さんは隼人が幸せになってくれるように願ってるはずだよ」

恵菜を好きになることは有り得ないって思い込むことで、恵菜を好きでいる自分をなくそうとした。
未宇がいなくなった日に、未宇だけを好きでいると誓った自分が嘘でないようにするために、自分を守っただけだった。

これ以上側にいたら恵菜を好きになるかもしれない・・・・・俺は朝、そう思った。
けど、それは違う。
好きになるかもじゃなく、好きでいることに気づくかもしれないってことなんだ。
好きになってはいけないと決め付けた俺の心が、そんな恵菜への思いを封印してしまっていた。

本当は、もう恵菜を未宇としてじゃなく、恵菜として見ていて、恵菜を、恵菜として好きになっているって分かってたはずなんだ。

「・・・怖いんだ。自分に誓った決意を破ることも、また一緒になったらいなくなってしまうんじゃないかってことも」

今、告白したら明日恵菜は死んでしまっているかもしれない。
また昔のように、もう二度と会えなくなってしまうのかもしれない。
そう思えば思うほど、恵菜への気持ちを隠そうとした。

「もう失いたくないんだ・・・・大切なもの」

恵菜が握ってる俺の手の上に、涙がポツリと落ちる。

「恵菜を失いたくないんだ・・・・」

俺、知ってる。
恵菜が未宇に似てるのは本当にただの偶然でしかなくて、俺が恵菜に告白したって同じことが起こる可能性なんかゼロに等しいんだって。
けど、だめなんだ。
一度思いこんでしまったら、もうだめなんだ・・・・

だから一歩前に出ることもできなければ、下がることもできない。
ずっと同じ位置にいたまんま昔からなんも変わらない。
踏み出す勇気もないし、離れる度胸もない。

けど、失いたくないって勝手なことばっかり言う俺ってワガママなんだろうか。

「側にいるよ」

恵菜の手が、さらにぎゅっと俺の手を握る。
それはとても温かくて、優しくて、紛れもなく恵菜の手。

恵菜のぬくもり。

「あたしがいつ死んじゃうかなんて分からない。でも、約束するよ。隼人より先に死なないって。絶対に隼人を1人になんかさせないよ」

こんな台詞、本当なら男の俺が言うものじゃないかとか後になって思ったけれど、でもこのときはそんなことはどうでも良かった。
ただ、言葉が欲しかった。
俺の消えない心の誓いを解き放してくれる言葉をずっと捜してた。

「だから一緒にいよう」

未宇がいなくなってから2年弱、ようやく俺も前に進めた。
決して俺の力ではないけれど、それでも未宇を失ってから過ごした日々の中で全く進歩しなかったってわけではないと思うんだ。
俺の前からいなくなったけど、でも少しずつ以前の俺を取り戻して、中学を卒業して高校に入学して・・・・・恵菜と知り合って、恵菜を好きになってはいけないと思い込みながらも好きになってしまった俺を投げ出さなかった自分は、0.001ミリかもしれないけど、確実に進歩してた。

「うん・・・」

俺は涙を振り切り、恵菜に抱きついた。

「ありがとうっ・・・・恵菜・・っ・・・・」

はたから見たら格好悪いかもしれない。
なんで男が泣いてるのかとか、女に助けられてるのかとか、思われてるかもしれない。
でも俺にはこれが精一杯で、これが俺の頑張りなんだ。

一生懸命な奴を笑う人はいないって、教えてくれたのは恵菜だった。

近くのベンチに座って、しばらくすると、だんだん落ち着いてきた。
あんなに泣いてちょっと恥ずかしかったけど、恵菜が俺の顔を見て微笑んでくれたから、どうでも良いかって思えた。
すると恵菜が立ち上がって、言った。

「映画、見ようよ!」

みんなにしてみたら、映画館に入って、この映画を見ることは別になんとも思わないだろう。
けど俺がこの中に足を踏み入れて、それを見るには、過去を凌駕しなければならない。

少しだけ、カタカタと緊張する俺の手を恵菜が引いた。

「大丈夫だよ、あたしが側にいるんだもん」
「・・・ああ」

あの日約束した映画、ようやく見ることができる。
それは、隣にいるのは未宇ではなくて恵菜だけど、でも俺が愛した相手には変わらない。

2年経って、ようやく過去を思い出にできる。
見てるか?未宇。
俺やっと見つけたよ、俺の幸せ。
未宇が望んでてくれたことだろ?
未宇、俺はこんなにちっぽけで浅はかだけど、でも今度は恵菜をずっと守るって誓うよ。

もう大丈夫。

ほら、足を踏み入れればすぐそこにある。
大切なもの。

「いらっしゃいませ─────・・・」

           fin














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