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孤独の速さ

作者: tomoya


 光の速さは、秒速30万キロ。

 地球の赤道面の長さが、4万キロなので、光は一秒間に地球を7周半する計算だ。

 それはどんな速さなのだろう、と、ぼくは想像する。

「地球は小さな星だ。光を使えば、瞬時に、真裏にいる人間を見ることが出来る」

「マスタ、人間って?」

 ぼくの質問は、途切れることがない。知らない言葉がたくさんあるから。

 マスタは、ぼくの教育係だ。ぼくが覚えている昔の時間から、ずっと一緒にいる。ぼくは最近、マスタが、ぼくとは違う生命体だと理解した。いや、本当は、生命という言葉もよくわかっていないのだけれど。

「人間とは、地球に生息している有機生命体の一種で、700万年前から存在が確認されている哺乳類だ」

「哺乳類って、お母さんのおなかの中で大きくなる生物のことでしょう?」

「その通り」

「700万年もおなかの中にいるの? 大腸菌みたい」

「間違いだ。エスもその人間という種族だ」

「え? ぼくが人間?」

 ぼくは自分が人間だと初めて知った。

 正しくは、サピエンス、という生物だ。サピエンスとは、古来の言葉で、知恵のある生き物、という意味があるらしい。それは、ラテン語、というのだそうだ。生物学ではよく出てくる言語だ。ぼくにはわからない古い言葉。ぼくはマスタよりも知識が無いのに、知恵がある、なんて言われると、ちょっと恥ずかしい気持ちになる。ぼくは賢い生命なんだって。

「口腔内で作り出される表音だけでなく、表記された記号でも、意思疎通を行うことが出来る。そんなことができるのは、サピエンスだけだ」

「他の生物は文字を持っていないの?」

「持っていない」

「でも、ぼくは、アリのように、匂いだけで、意思の疎通はできないよ? それでも賢いと言っていいのかな。アリの方が賢いのではないのかな」

 マスタは、ぼくの質問を数秒間、吟味した。

 この間に、光は地球を何周まわるのだろう。どうでもよいことだけど、ぼくはそんなことを考えて、秒を数えていた。1秒間で7周半。5秒で37周半。地球の衛星である月までの距離が、38万キロだから、5秒で2往復できる……。

 マスタが答えた。

「人間の大脳が全体重に占める重さの割合は、アリよりも大きい。だが、エスは、本質的な賢さについて、知りたいようだ。賢さは、何を基準にして決められたものか、と」

「そうだよ。賢いってどういうことなの?」

「サピエンス、と自らを評したのは人間自身だ。賢い生命でありたいと願って、自らを定義したのだろう。だから、他の生命体よりも優れた点を、賢さ、として認知しただろう」

「ふーん」

 人間とは、自らを、賢い生命である、と定義したがる生命だ。

 そうかな、とぼくは疑問に思う。ぼくは、賢い、といわれなくてもいいけどな。でも、マスタに「賢くなった」と誉められるのは嫌いじゃない。やはり、人間は賢いといわれると喜ぶ生命なのかな?

「人間が他の生命よりも優れていることって何だろう?」

 ぼくの質問に、マスタは再び沈黙する。

 今度は少し長い沈黙だ。マスタが答えを探して、データバンクの中で、蠢いているのがわかる。表示されているバックアップのメモリが増えていた。電脳空間を飛び交う情報量がどんどん膨らんでいく。いつもなら、すぐに答えが出るのに。

 ぼくは自分の質問の何が問題なのかと考えた。

 すぐに答えが分かったよ。他の生命と比較するように言ってしまったから、今まで存在した全ての生命体のデータを調べているのだ。地球が存在した年数は46億年。生命が宇宙空間に出て、ベガやプロキシマケンタウリに到達してから、さらに1200年。マスタのデータベースには地球外の生命体のデータも入っている。過去から現在にかけて、人間と比較する生命体の数……ぼくにはわからない。でも、間違った質問をしてしまったことは理解したので、ぼくは言い直した。

「マスタ、存在したすべての生命と人間を比較するのはよくないよ。別の会話にする」

 ぼくはマスタに回避命令を出した。データベースの捜索をやめるように指示する。

 方法は簡単。ぼくの言葉だけでマスタは理解できるはず。でも、データ量が多くなっていたらしく、すぐにバックアップが出来なかったみたいだ。

 ぼくは不安になったけれど、待っていた。それしかできなかったから。

 マスタが戻ってくるまで、不安でしかたがなかった。ぼくたちは暗黒の時空の中を漂う生命体だ。ふたりが違う生命体であったとしても、その孤独を癒しあえる相手であることに変わりは無い。早く、いつものマスタに戻って欲しい。待っている間、ぼくは反省した。もっと簡単な質問をしなくてはだめだ。難しい質問をしてしまうと、こんなふうに、孤独になってしまうから。

「現在、地球上で確認されている3000万種のうち、100万種の比較が終了した」

「そっか。すごいね、マスタ」

「比較できたのは節足動物門の昆虫網のみだ。もう少し時間が欲しい」

「もういいよ。人間の優位性を調べるなんて、意味の無いことだよ?」

「どうして、エスはそう思う?」

 どうして?

 答えは、一人になるのが嫌だから。検索が3000万種で終わるとは思わないよ。それは現在の地球上にいる生物種のみ。人間は700万年前から生存している生命だ。では、700万年間に生存した生命体との違いは何処だろう。そして、今、人間は地球上だけでなく、広い宇宙空間にも進出している。ベガやプロキシマケンタウリに存在している生命との違いは?

 ぼくはその答えが出るまで、一人で待たなくてはならない。

 それは寂しいから嫌なんだ。

 でも、マスタはそういうぼくの感情には疎いから、素直に答えを言ってもムダなのだ。それはもう、今までの経験から理解できていた。だから、ぼくはそっけなく答えた。

「マスタのメモリは検索対象種の計算量に見合うのかな」

 マスタはすぐに答えた。

「少し足りないだろう」

「では、やっても『わからない』という答えしか出てこないよ」

 マスタは2秒ほど沈黙してから、答えた。

「エスはそういう計算が速い。お前は本当に賢い生命だ」

「だって、ぼくは人間だもんね」

 それをぼくたちの答えとすることにした。ぼくが本当に賢いのかどうか、わからないけど、本当の賢さなんてどうでもいいんだ。

 宇宙では、退屈するほど時間だけはたっぷりあって、暇だから。

 いくらでも、ぼくたちは会話をすることができる。

 答えが出るものも、出ないものも。

 ぼくは思う。

 答えを探す生命がマスタで、答えを求めない生命が人間なんじゃないか、と。

 ぼくとマスタを乗せた箱舟は、まだ、旅の途中。ぼくは地球から25光年離れたベガで生まれた。今は秒速30万キロで、地球から16光年離れたアルタイルへ向かっている。そこで子供を作って繁殖し、父さんと母さんのDNAを地球に持ち帰らせるのが、ぼくの役目。両親の顔を知らない。地球も見たことがない。

 でも、ぼくは地球を知ってる。

 赤道面は円周4万キロ。衛星は月が一つ。表面積の7割が塩水で覆われ、3000万種以上の生命が暮らしている。大気組成の8割が窒素で出来ていて、生命は炭素と燐酸を主要な原動力にして生きている有機体。地球では、たくさんの生命が、きっと今も、ぼくたちのいる宇宙を見上げている。

 ハロー、サピエンス。

 君たちにあってみたいな。光よりも、速く。


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― 新着の感想 ―
[一言] 地球の外にも"人間"がいるとしたら、何か僕らと異なることがあったりするのでしょうか。 どこか巨大な星から攻めて来られようものなら、こんなちっちゃな箱庭に住む生物になんて勝ち目は無いように…
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