『第1章』
『第一章』
綺麗な綿雲。爽やかな風。耳に溶け込むように入ってくる風の音。
神様、貴方なら空になりたいですか?風になりたいですか?
五月二日
今日は土曜日。やっとの思いで辿り着いた休日だ。
毎週やってくるのだけど、今週はやけに長く感じた。
嫌な思いでもしていたのかなぁ、それとも本当に時間が止まって!……
まぁーんてな。そんな事はあるわけ無い。今週はただ遅く感じただけだ。
確かに嫌な事が無かったって訳でもないけど、充実した一週間だったと思う。
謎の転校生とは会うし、莉奈にはいつものように殴られるし。
まぁ俺には女心は分からない。転校生なんてもっと分からない。
って事で今日は何も悩むことはない一日だから、午前はゆっくりして午後は仕事の為に絵を描きに行こう。沙耶の病院にな。
莉奈は呼ばなくてもいいか。いつも行ってるしな、今日ぐらいは家で頭を冷やせ。
鬼の角が生えないようにな。さすがに叩かれたりもしない。
何故なら土曜日。休日だぁ♪
「鬼の角ってなにかしら?」
「……」
「なんで黙り込むのだろう? えぇ? 言いなさいよ」
「……」
「言えないって訳ね。いいわ。分からない奴には愛のムチが必要ね」
「あの、何故莉奈さんはここに居るのでしょうか?」
「お母さんからの差し入れを持ってきたのに誰かさんがボーっとしてたみたいでね、鍵開いてたから入ってきたの。いつもそうだし」
「はぁ、分かった。ありがとう。じゃあな」
「じゃあな? 何か忘れてませんか? 鬼の角って何かな?」
「ほら、莉奈は襲われるだろう。だから早く帰らないと……」
「まだ午前中ですけど? あと、此処から私の家までは二分と掛からないわよ」
「そうだったな……」あぁ俺は此処でこいつに殺されるのか……ありがとう、俺の人生。
「まぁいいわ。じゃあそれだけだから」
「あっ、あぁ、分かった。ありがとうな」
ガチャ。
死なないで済んだ……それにしても莉奈にしては……何かおかしかった。まだあいつはあの転校生、釘月ゆみ子を気にしているのか? 一体、あいつに何があると言うのだ。
俺が知ったこっちゃねぇ。とりあえず寝不足の体を休めようかなぁ。
んぅ〜……あぁ〜……今何時だ……?
なんと! もうこんな時間。早く沙耶のところに行こう。空も色を変えてしまう。
この青い色を。透き通った青を。
今日も綺麗な空。ここの屋上から見る空は最高だ。今日はここから見える丘の景色も描こう。そうすれば仕事は終わりだ。
それから二時間後……
「今日も描いてるんだ」聞き覚えのある声。
「なんでそういつも突然現れるんだ?」
「ご愁傷様です!」
「会話になってないって」
「そうかなぁ〜」やっぱり頭の良い奴って天然なのか?
「今日は何の用だ?」
「和也に会いに来たの♪」
「何でここに居るって分かったんだ?」
「この時間はいつもここに居るのかなぁ。と思ってね」
確かにこの時間はここに居るけど、まだ数えられるほどしか話してないのに何故そのことがすぐ分かったんだ? 謎だ。こいつは謎人間だ。
「っで用は何だ?」
「絵」
「絵?」
「見せて欲しかったの。和哉が描いた絵」
「俺の絵をか?」
「うん! 和哉の絵を見たかったの」
でも、もう暗くなってきてるぜ。とりあえず出品する絵は描けたし後は家に帰って飯食ったり風呂入ったりして寝るだけだ。絵は今持ってる二枚だけだな。
「今は二枚しかないぜ?」
「そっかぁ……」
「じゃあ、俺帰るから。じゃあな」
いくらゆみ子だからってもう諦めたりして帰るだろ。こいつの変人レベルは結構高目みたいだからな。ずっと側に居ると何が起きるか見当がつかない。
案の定。こいつの変人レベルは高かった。まさかクラスメイトをストーカーするとはな、恐れ入った。
俺は後ろを向いて「おいっ!」と叫ぶが、ゆみ子は電信柱の後ろに隠れてバレてない。と言ったような不雰囲気を出している。バレバレだっつーの。誰でも気付くさ。
俺達はその遣り取りを何回も繰り返した。結果。俺が呆れて黙り込んだ。
そのまま沈黙の時間とバレないようにストーカーを続ける少女の緊張感溢れる時間が流れていった。バレバレですよ。もう気付けって。
まさか、そのまま家に着いてしまうとはな。家に着いてからもストーカーするつもりか?
とりあえず俺は家に入ろうとドアを開けた。ガチャ、
その時……
「わっ!」
ゆみ子という少女が脅かしてきた。驚かないって。ずっと居ることは分かっていたんだ。
「何の用だ?」
「あれ? 何で驚かないの? まさか私が後ろに居た事に気付いていたとか……」
「そのまさかだよ」
「いつから気付いてたの?」急に開き直ったような口調で喋りやがって、本当にストーカーだったのか?
「始めっからだよ」
「すごいね。結構こういう事に敏感なのかなぁ?」だったら世界中の人は敏感だ。
「っということで……おじゃまします♪」
おじゃましますって……
「待て! 勝手に人の家に入るな」
「じゃぁ……おじゃましてもよろしいですか?」なんて丁寧な言い方なんだ。
「何するつもりだ?」
「言ったでしょ。絵を見せてって」
もしかしたら、こいつは最初からその気で俺に会いに来たのか? ストーカーもこれが目的でずっとしていたのか?
「分かったよ。少しだけな」
「やったぁー♪」
まるで子供のようにはしゃいだゆみ子は俺の家に入っていった。女の子がこの家に入るのは莉奈以来二人目の快挙だ。と言っても莉奈は毎日のように来てるけどな。
「これ全部、和哉が描いたの?」
「あぁ。そこの壁に飾ってあるのは全部そうだ」
「へぇ〜すごい。すごいよ」
「それはどうも」
「他には? 他には?」
「とりあえず、そのリビングにある一番高そうな額に入ってるやつがコンテストで金賞とったやつかな」
「すごいね。すごいよ♪」
「見物料頂くかなぁ〜」
「見物料?」ぐぅ〜。俺の腹が鳴った。そういえば今日は飯食ってなかったんだ。腹減った。これはちょっと限界に近付いてきている合図だ。
「じゃあ、私ご飯作ってあげる♪ それが見物料ね!」
「いいって」
「遠慮しない! こう見えても私は料理得意なんだからね! ほら画家さんはそこで待ってて。台所かりるね♪」
「おい! ちょっと待てって!」
勝手に人の家を物色しやがって。今度は泥棒か? 犯罪者になりそうだな。
「だから! 画家さんは大人しく待ってて! すぐ出来るから」
そういえば昔もこんな事あったっけなぁ〜。あの時は……莉奈が見た目は綺麗なカレーを作ってくれた。見た目だけな。味は……今思うとあれは本当にカレーだったのかと思うような……思い出させないでくれ。とにかくどうやったらあんな味になるのか教えて欲しいほどに恐ろしい物だった。あのカレー。カレー。カレー?
「はい! 和哉出来たよ! ゆみ子特製愛情カレー♪」
カレー? カレー! カレー……めまいが……
「和哉? どうしたの? 大丈夫?」
「あっ、あぁ。大丈夫だ。たぶん……」
「じゃあ早く食べて♪ 早く、早く♪」
「あぁ……分かったよ」
俺は今日死んでしまうのか? カレー恐怖症なんて……カレーで死ぬなんて……
とりあえず、スプーンを持ってカレーを掬った。そして……口に運んだ。
パクッ。
ん? 何だこれ? 何だこのカレーは?
「うっ。うっ……」
「う? う? 何?」
「うっ。ウマイよ! これ美味しい。すげぇウマイ」驚くほど美味しい。やっぱりカレーってこういう味だよな。涙が出そうだ。
「やったぁー♪ でしょでしょ! 料理は結構自信あるんだよ♪」
この漫画やドラマでよくあるような展開って本当にあるんだ。
俺はすぐにゆみ子特製愛情カレーを食べ終えた。
「ごちそうさまです」
「お粗末さまです♪ お皿洗っちゃうね!」
これって夢なのか? ってか良く考えてみろ。家に来た趣旨変わってないか?確か絵を見に来たはず……待てよ。そういえばこいつ、全く知らない転校生だぞ。この事を誰かに知られたら……鳥肌が立った……
「終わった! 出来ましたよ先生♪」何故先生? 画家だからか?
「新垣先生?」どうやらそうらしいな。
「あぁ。ありがとう」
「どういたしまして♪」
何だこれは? まるで新婚生活とか同居中かそんな感じじゃねぇかよ。
いつからこんな仲になったんだ? まだ会って名前くらいしか教えあってないのに。
「はい! お口直しにコーヒーでも♪」
「あぁ。ありがとう」
なんでこいつは俺の家の物をすぐ使えるんだ? 自分の家のように勝手に使いやがって。
ゆみ子がお盆にコーヒーが入ったカップをのせて歩いてくる。よく見る展開だ。確かここで何かに躓いて……ん? そこのカーペット上がってないか? ちょうどゆみ子が歩いてくるところに……うわっ! これはヤバイ。漫画でもあるぞ、こういうの。
次の瞬間。
「わっ!……」
やっぱり転んだ。でもドラマや漫画では俺にコーヒーがかかるはずだけど、違った。
こいつは倒れる時、何故か体を反転させた。見事に俺にかからずゆみ子にかかった。
「痛い! うぅ〜痛いよぉ……」
ちょっと漫画と違うようだ。俺は安全だったらしい。
「大丈夫か?」
「うん。つい昔やってた柔道の癖で背中から……」
受身か? 癖ってすごいな。転んでも格好良いじゃねぇかよ。その技術は是非俺にも備え付けて欲しかったな。
「あぁ……服汚れちゃった……」本当だ。白っぽいワンピースが黒く染み付いていた。
「ごめん。ちょっと洗濯機貸して!」
「あぁいいけど……玄関の横の洗面所にある」ん?洗濯機? 洗濯機って洋服とか洗濯する時に使うよな……待てよ。
「和哉―? かずく〜ん! ここのバスタオル使っていい?」
「あぁ!……?」バスタオル?
「ふぅ〜」そこにはバスタオルを巻いて歩いてくるゆみ子が居た。バスタオルって……
こいつもしかして下着まで洗いやがったか? じゃあ今バスタオルの下は……? 駄目だ。
ダメだ、想像しちゃ駄目だ。
さすがに俺は顔を赤くして俯いた。
「どうしたの? 和くん?」和くん? 何だその呼び方は。
「どうしたって……そんな格好するなよ!」
「どうして? 仕方ないじゃん♪」
「いっ、今ジャージ持ってきてやるから! 待ってろ」
「は〜い! 分かったよ」
全く。あんな格好されたらこっちだって緊張するだろ……
確かジャージがあったはず……自分の部屋の押入れの中からジャージを取り出した。
「ほら、ジャージ。これ着てろ」
「ありがとう♪ ふぅ〜んふぅ♪」
こいつ、鼻歌歌いながら着替えやがって……後ろを向いているだけの俺の気持ちにもなってみろ。そんな鼻歌聴いたら何故か照れてくるだろ。あぁ〜……窓にちょっと写ってるし……瞼を閉じよう。今は光を嫌おう。
「もぉいいよ!」着替え終わったらしいゆみ子は満点をあげたくなるような笑顔で居た。
「和くんって……男の子ってやっぱり大きいね」
「まぁ女に比べるとな」
と言ってもほとんど標準レベルの体型で大きいわけではない。
「っで、家に来た用事はもう済んだか?」
「う〜ん……大体は済んだかな!」大体って……
ゆみ子はテーブルの上に置いてあった絵を手に取った。さっき俺が描いた茜空の絵だ。
「これ、いくらぐらい?」いくらって値段か?
「ん〜。今はまだ三千円ってところだな」
「よしっ! 貰った! これ買うよ♪」
「買うって、おい!」
「はい、三千円」ゆみ子は持ってきた鞄から財布を出して言った。
「いいって。タダでやるよ」
「本当に?」
「本当に」
「やったぁー♪」本当に子供みたいに喜びやがる。
そんなこんなで大変だった一日。俺がゆっくり休める日っていうのはないのかなぁ。
もし学校が簡単に休めたら苦労はしないのだけど莉奈の奴がうるさいからな。
あの釘月ゆみ子が家に来てから一晩明けた。結局、ゆみ子は絵を貰った後ジャージ姿のまま家に帰った。そう、自分の洋服を置いていってね。あぁ、本当に辞めてほしい。ワンピースだけならまだ良かった。だが下着もとなると……さすがに困ったものだ。とりあえずゆみ子の洋服は、俺が目を逸らしたり前を向いたりまた逸らしたりを繰り返しながら、なんとかたたんで置いてある。俺の部屋にな。女装が趣味のようだ……
まぁ、そんな事は気にしない。何故なら、今日は本当に予定の無い日曜日だからだ!
やったぁ〜♪ いえーい。
一人で盛り上がれるほどテンションがあがる。昨日みたいな事はもう起きない。
何故なら、家の鍵は閉まっている。即ち(すなわち)莉奈は侵入不可能。絵を描きに行く予定も無い。
イコール、ゆみ子とも会わない。俺は一人で家の中。誰とも会うはずがない。まさに家の中は絶対領域だ。フィールドが張られているような物だ。あぁ、家ありがとう。
先週と昨日の土曜日。俺を悩ませるような物事が次々に起きた。もう頭で説明文を考えられないほど淡々と障害はやって来た。だが、立ちはだかる俺。それを題材にヒーロー戦隊でもテレビで放送しようか。芸術戦隊ガカレンジャー。なぁ〜んてね。
今日はこんな事を考えるような余裕がある。実に良い日だ。
プルルルルルッ。プルルルルルッ。
携帯が鳴った。
「はい、もしもし」
「よぉ、新垣、元気にしてるか?」
その声の発信地は俺の実家、美術館を引き継いだ坂本さんだった。
「何の用ですか?」
「おぉ? 用事が分からないって事はちゃんと今度の絵画展に出展する作品出来上がったのか? 良い作品だろうな? 手抜いてないか?」
「えっ? 今なんて言いました?」
「だから、手抜いてないだろうな?」
「そこじゃなくて」
「じゃあどこだ? 絵画展か? 出展か?」
「両方です……」
「忘れてました。なんて言わせないぞ?」
「忘れてました……」
「じゃあ早く描いて来い! 明日の夜までに俺の所に着くように送らないと給料無しだからな。覚えてろよ!」
「はい……」
「じゃあ早く描いて来い! ただし、手抜きは無しだ。分かったか?」
「分かりました。すぐ描きます……」
「じゃあな」
プー、プー、プー、プー、…
地獄だ……天国から一瞬にして地獄に落ちた。すっかり忘れていた……あぁ、俺の休日。
どうしてお前はいつも俺を嫌うのだ。教えてくれ。
絵かぁ……何を描こうか。今日はあまり晴れていないし、描く物がない。どうする俺?
モデルが居ないと画家はただの絵が上手い落書き野郎だぞ。何を描けばいいものか……
時間が無い……時間が無い……時間が無い……
仕方ない。とりあえず外に出るか。何かいい物があるかもしれないからな。
頑張れ俺。
そういう事で、俺は近くの街を歩いている。釘月ゆみ子と共に……
何故そうなったか、聞きたいか? 俺はそんな気分ではないが仕方ない。
それは突然の出来事だった。あいつはいつも突然だ。
それでは、今から三十分前の話だ……
俺は街に来た。電車に乗ってすぐの街。沙耶が入院している病院がある街でもあった。
何か絵になるいい景色はない物か、と歩いているが全くそんな物はない。思い切ってお花屋さんでも描けば、そうすれば花がいっぱいあって綺麗だし、その分どのくらいの駄作になるかは分からない。そんな事を承知は出来ない。手抜きは無しだからな。いい景色を探すのも画家としての才能だ。俺は親父にそう習った。今もそれは信じている。
でもなぁ、天気悪いし。今日は景色には頼れそうもないな。何かいいものは……
そんな時だった。ここで登場。
ドンッ!
俺に何かぶつかった。思いっきり後ろから何かがあたった。
「痛ぇ〜何だよ。後ろから……」
「また会ったね! 和くん♪」突然にも程がある。かなりの変わり者だな。
「何の用だ? 洋服か?」今は生憎持っては居ないけど。
「ここ歩いてたら和くん見つけて、ただ飛びついただけ。それだけだよ? 洋服? 何だっけ?私、和くんに何か洋服の事で……ん?」
こいつ覚えていないのか?いや、わざとの確率が高い。
「お前が汚して洗濯した洋服だよ」
「あぁ! そっかぁ、忘れてた。だったら私も和くんのジャージだね」
「あぁ。そうだ、俺のジャージもだな」
「和くん、もしかして私の服に変な事した?」
「何でだよ!」
「おっ? 怒鳴るところが怪しい! もしかして私の下着で夜に……」何を言いやがる!
「バカッ! ちょっとこっち来い! 街中で何言ってやがる!」
「あぁ〜和くんそんなに引っ張らないでぇ〜」
「うるさい。黙ってろ!」
っで、ここに戻るって訳。今は三十分後。俺はゆみ子と歩いているって事になる。さっきのが理由でね。とりあえずもう少しで公園に着く。ここなら人が居ないから思う存分ゆみ子の発言に反論やら文句、苦情、怒りの言葉を届けえてあげられるな。覚悟しとけよ。
そして、街から出てすぐにある公園に着いた。傍から見ればこれはまるでデートだけど、俺の頭の中は愛情ではなく怒りで埋まっている。俺が下着なんかで…何をすると言うのだ。
さぁ、まずゆみ子に何から反論してやろうか。と言っても最初に言いたいのは、あの下着の事だ。俺が下着で何をするって? 言ってみろよ。規制がかかるだろうけどな。
「ごめんね。ちょっと私、冗談が過ぎたかな。うん」
これからいろいろ言ってやる。と思った時にもう謝るか。俺が攻める所が無くなったな。何故か負けた気がする。ゆみ子は謝って真剣な顔になった。と思いきや、すぐ笑顔になりお茶目にウインクしやがった。多彩なキャラを持ち合わせている。
「まぁ、謝ってくれたから許すけどさ。っで洋服はどうする? 家に置いとくといろいろと困る事があるんだけど……」
「目のやり場に困るってやつかな? それで当たりの予感がするなぁ」
何を言いやがる。今さっき謝ったばかりの奴が。家にあると莉奈が家に入ってくる時とか困るし、目のやり場が……そこからは言わないことにしよう。ゆみ子に何言われるか分からないからね。
「当たりじゃねぇよ! ……とっ、とりあえず洋服どうするんだ? ちゃんと持ち帰れよ」 「じゃあ、学校持ってきて!」
「それは却下」
「何でぇ〜? 汚いから触れないとか……酷いよ……」
「誰もそんな事言ってねぇよ! 良く考えてみろ!」
良く考えなくても分かるような話がこれから始まる。
「まず、男子が学校に女子の洋服を持っていくか?」
「女装趣味とか?」
「じゃあ、クラスメイトの下着を学校に持っていく男子がいると思うか?」 「ここにいる!」
「それをもし周りの奴が見たらどう思うか分かるか?」
「きゃー、新垣くんの変態! 最低! 近付かないで。気持ち悪い。この学校、いやっ、世界から消えて! ってなるかなぁ?」
あぁ妄想の世界で俺は酷いいじめにあったなぁ。実際、一人の女の子に口に出して言われたのは隠す事が出来ないほどショックだった。傷がアキレス腱断裂ってくらいついたかもしれない。
「……まぁそうなるだろ? だから学校に持っていくのはやってはいけない事だ」
「うぅ〜ん……学校が駄目となると……じゃあ、また和くんの家にお邪魔になろうかなぁ♪」
結局そうなるか……確かにそれが一番楽だけど、なんかまた家に来るってところに何故か引っ掛かるな。嫌な予感ってやつか。
「そんな事より、和くんはなんでこんな所に居たの?」
「いろいろあってな」
「いろいろって?」
「明日までに絵画展に出展する絵を送らないといけないんだ。それで何かモデルとなるものは、と思ってなんとなくこっちに来た」
「じゃあ、暇って訳じゃないんだね。プロは大変ですね〜何かいいもの見つかった?」
「それが無いからずっと困ってんだよ。天気は悪いし。得意の空は封印されちまったからなぁ」急がないとヤバい事は分かっている。でも急いだって何も出てこない。崖っぷちな状況だ。
「和くんも大変だね〜モデルかぁ。うぅ〜ん、そこまで自信は無いけどスタイルだったら良い方かなぁ……」
ゆみ子はそう言いって、腰に手をあてながら歩いてこっちを向いた。自分を描いてください。って猛アピールが伝わってくる感じがする。昔もこんな事あったなぁ〜……
いかん。こんな黄昏ている時間はない。あぁーもう仕方ない! ゆみ子をモデルで描こう。
「分かった。じゃあゆみ子は……よしっ! この傘を持って立っていてくれ」
俺は持っていた傘をゆみ子に渡した。かなりの間に合わせ作品になりそうだな。仕方ない事だ。
「これでいい?」そう言ってゆみ子は傘を広げて振り返るような仕草を見せた。 「そこだ。止まれ! ちょっとそのまま待ってろ。描き終わるまな」
「は〜い。これちょっと疲れるみたいだなぁ」
「動くなよ。絵がズレルからな」
思った以上に良い感じだ。紺色の傘とゆみ子が着ている薄いピンク色の服と下のチェックのスカートが実に合っている。
これなら手抜きとは言われないだろう。良かった。
「和く〜ん、疲れたよぉ。まだ? まだなの?」
「お前真剣にやれ! まだ三分も経ってねぇよ」
「は〜い……すみません」全く。
自分からやりたいって言ったようなもんなのに。飽きるのが早いな。飽きっぽいタイプなのか、それともまた俺を試すように冗談を言っているだけなのか。意外と難しい性格をしているのかもな。そんな事を考えながら俺は右腕を動かしている。顎のライン。傘を持つ手の力が伝わるライン。こう、ゆみ子を描いてみるとこいつは綺麗なラインを持っている。絵を描けばそいつの心境が分かる。俺はずっとそう思っている。絵はその感情も伝える事が出来る。今ゆみ子は…楽しそう。楽しそうな顔をしている。描いてる俺も嬉しくなる。
「なぁゆみ子。今楽しいか?」
「うん。楽しいかな! うん、うん! 楽しいかも!」
「じゃあもう少しそのままにしててくれ」
「分かった!」あと少しだ。もう少しで描き終わる。
気が付けば描き始めて三十分を過ぎようとしている。やっぱり描いてる時は時間を忘れる。
そして……
「よしっ! ゆみ子、楽にしていいぞ」
「ふぅ〜。出来ましたか先生?」いいかげん先生って言うのはやめろ。俺はそんなに偉くない。
「あぁ。出来たよ。自信作がな」
「自信作? それは楽しみだなぁ! さてさて、じゃあ拝見しますかな!」
「お前には出展する前に見せてやる! ほら、あっ! それとゆみ子、ありがとう」俺は笑顔で持っていた絵をゆみ子に見せた。ゆみ子の絵をゆみ子に見せるのは恥ずかしいような気がするけど。
「すごい……」
「それだけか?」そう言った途端、予期せぬ出来事が俺に訪れた。
「すごいよ……」そう言ったままゆみ子は突然泣き始めた。おいおい、ちょっと待てよ。目の前で急に泣かれるとどうしたらいいか悩むだろ。こんなに困ったのは久しぶりだ。何故絵を見て泣いた? そんなに傷付くほど俺は変な絵を描いたか? そうだとしたら早く謝らないと。
「ありがとう……和くん、ありがとう」
「何だよ突然。俺が何かしたか?」俺は女心が分からない。だからこんな状況はかなり混乱するし、とにかく困る。
「なんで泣いてんだよ?」
「だって……私。今まで一緒に居て笑ってくれる人居なかったから……嬉しくて」
そうか。こいつはずっと一人だったんだ。四年間も入院して学校生活は愚か、人との関わりがなかったのか。そんな暗い過去があるっていうのに何でこいつはいつも明るいんだ?
何故だ?
「お前も色々あったんだな。大変だっただろ」俺に言う権利はないかも知れないけど、こんな事しか俺には出来ない。
「ううん。大丈夫だよ。私はずっと一人だったから、優しい人に慣れてないの」
「そうか。家族は?」一人とはいえ、家族が居るはずだ。お見舞いに来てくれる人とか居たはずだ。
「家族はいないの。二人とも、私が小学生の時自殺したの。学校から帰ってきたら首を吊ってね。私を捨てて人生から逃げたの」
そんな事言われるとただ黙って立っている事しか出来なくなる。そんな悲しい過去があるっていうのになんでこいつはあんなに綺麗な笑顔で居られるんだ? 絵を描けばそいつの心境が分かる。なのに、こいつの本当の悲しみまでは見えなかった。
絵だけじゃ限りがあるな。俺もそれ相応の過去は持っているが、そんなに覚えてはいない。何故かと言うと物心付いてる時の事だから耐えたり忘れようとする事が出来たから。
でもゆみ子は、まだ小さい時なのに、家族が愛しい時なのに、こんなに強く居られる。それを支えているのは一体なんなのだ?
「あれ? どうしたの和くん? そんなに暗い顔しちゃって」いつの間にか俺は暗く俯いていたみたいだ。
「何でもねぇよ! ちょっとお前の話に悲しくなっただけだ……」
「なんで? 全然悲しくならなくていいのですよ?」やっぱりこいつはお調子者で居る方がこいつらしい。突然の敬語にだってもう驚かない。俺はこいつの事を知りたくなった。特に変な想いは無いはずだ。
「じゃあ俺はこれを送りに行くから」早く郵便局に持っていかないと明日中に届かなくなる。
「そっかぁ! じゃあ私も帰るかなぁ」
「おぅ。今日はありがとうな! また学校で会おうぜ」
「うん! じゃあね」
こうして俺とゆみ子は離れていった。俺は近くの郵便局を目指して北に歩き、ゆみ子は家に帰るのだろうか、南に歩いていった。って駅は北側なのにゆみ子は何故向こうに行くんだ?
学校から結構遠い所に住んでいるのか? まぁそれは人の勝手か。そんな事より早く出さないと。
俺はまだ気付く事が出来なかった。
俺の中に芽生えた想いと、二人の人間の辛さ悲しみに。
俺は今、駅のホームにいる。とても小さな、無人駅と言っても過言ではないほどの駅に一人でいる。
とりあえず、やらなくてはいけない事はやった。だから真っ直ぐ家に帰るところだ。何故かゆみ子の事で頭がいっぱいになっている。
何故あんなに色々な性格が出るのか、何故ゆみ子はあんなに強いのか。
それが俺にはどうしても理解出来ない。まぁ明日学校だし、あいつを見てれば分かってくるかな。今日は真っ直ぐ家に帰って寝よう。
そして家の前。
俺は見た。家の前にある人物が立っているところを。腕組みをして、足でイラつきをなんとか抑えようしている。そう、そこに立っていたのは莉奈だ。
今の時刻は午後六時。これからどんな用があると言うのだ。
「莉奈、なんか用か?」話し掛ける事に躊躇ったがなんとか……
「あっ! 和哉。何処言ってたのよ」
「ちょっと街までな」
「もう、行く時は私に言ってよ!」
お前は俺の保護者か? 俺が何処に行こうと勝手だろ。
「っで何の用だ?」
「今日お母さんが夜遅くなるって言ってたから和哉の家でご飯食べようと思ってね。もち
ろんいいでしょ?」
「もし駄目って言ったら?」
「殴る……」
「大丈夫です。いつでも来てください」
「よろしい。じゃあお邪魔しま〜す!」
結局、さっきの質問の答え。俺が許された選択肢は一つだけだった。もう勝手にしてくれ。
本当に勝ってにしやがった。人の家の冷蔵庫を無闇に漁らないでくれ。って待てよ、莉奈が飯作ろうとしてるのか? それは大問題だ! 今すぐ辞めさせないと俺の胃袋が悲鳴を上げる。もちろん俺自身もな。意識が遠くなっていく感覚をもう覚えてしまう事になるのか。
「莉奈、飯はさぁさっき食ってきたんだよ」
「ふ〜ん。何処で?」
「あの駅前のレストラン!そこでハンバーグ定食を食べた!」
「そう、それは美味しかったでしょうね」
「あぁ、そうなんだ。とても美味かった」
「っで何処の駅前のレストラン? いつも和哉と行ってる駅前のレストランは今日、定休日だけど? 遠くまで行ってきたのかなぁ?」
「それは……」
しまった!そんなのありかよ……あぁ〜レストランも頑張って年中無休にしてくれよ。あぁ、もう俺を救ってくれる物は無いのか……グッバイ俺の人生……
それから30分後……
「はい! 出来たよ。莉奈さん特製オムライス♪」
どうやら見た目はなんとかオムライスになっている。見た目が出来るなら味の方も頑張っていただきたいものだけど、こいつに言うと危険だから我慢して食べるしかない。
オムライス……俺から見ると毒薬にまで見えてくる。駄目だ! オムライスだと思え……オムライス。オムライス。オムライス……オムライス……
よしっ! 覚悟は出来た。じゃあ、今まで俺に関わってくれた人、ありがとう。俺はこれから戦場に行きます。どうか無事を祈っていてください。では、去らば……
「早く食べなさいよ!」
腕が動かない……麻痺しているかのようだ。頑張れ俺!
「あっ、あぁ食べるよ。いただきます……」
そして口に運んだ。もう腕も我を見失ったのだろう、この見た目オムライスを口に運びやがった。今から後悔しても無駄かなぁ……じゃぁな沙耶……
「どう? 美味しい? ねぇ聞いてるの? 和哉? 和哉!」
「ごめん……」そして気を失った。悪かったな俺の人生。もう少し良い終幕にしてやりたかったよ。生きていたらまた会おう、皆さん……
「和哉?」
ここは何処だ? 天国か? 地獄か? どうも光が眩しいから地獄ではないみたいだ。でも、地獄が暗いっていうのは単なる固定観念かも知れない。どっちでもいいか、死んだのか俺?
「おぅ莉奈」
目の前に莉奈が居る。死んでも夢って見れるのだろうか。死んでもまだ、気を取り戻せないのか。こんな状況になったら確かめる方法がある。まさか俺もこの手を使う時が来るとは、思いもしなかった。
「莉奈、頼む。俺を思いっきり殴ってくれ。最後に死んだかどうか確かめたいんだ。悪足掻きってやつかもしれない」
「和哉」
「何だ?」
「最低!」
バシッ! バシンッ! ボコッ!
またもや気を失った。今度は本当に気を失ったらしい。そうもなるよな、生きていたのにあんな右ストレートや左フック、ハイキックを喰らえばな。
一足間違えると生死に関わる事に成りかねない。打たれ慣れていて良かったと思える一瞬は本当に一瞬で過ぎ、星も見えない黒い世界に誘い込まれた。それからの事は案の定、覚えてなどいない。
気が付けば陽射しが差し込み、小鳥の声が聞こえる。その音と混ざるように足音が聞こえる。リビングか?
今俺が居る部屋は自分の部屋だ。そこからリビングまでは階段を降りてすぐ。住まい関係の金は知り合いの人が免除してくれるからとても良い物件だ、と俺はいつも感じる。
そんな事より音の発信地を確かめなければ。
リビングのドアを開ける。そこに居たのは……やはり莉奈だ。どうやら食パンを焼いているらしい。トースターがあるからこれなら味に保証はあるな。
「あっ! 和哉おはよう」
「おはよう……何やってんだ?」
分かってはいるけど一応聞いてみる。実はこの質問には今日の莉奈の機嫌を確かめるという任務がある。そして遂行したって訳だ。
「今日は月曜日。学校よ! いつまでも休日気分で寝てる和哉が少しでも早く学校に行けるように用意しといてあげたの。感謝しなさい」
どうやら機嫌は悪くないようだ。感謝はするけど睡眠ぐらいはとらせてくれ。こっちは昨日……ん? 昨日? 俺は何時に寝たんだ? 昨日は殴られてからの記憶が無い。俺は何時間寝ていたんだ?
「全く。和哉は本当に疲れていたのね。昨日十二時間も寝てたんだから」
やっぱりあれからずっと寝ていたのか。
「疲れてはいたけど、寝たのはお前が殴ったからだろ!」
「誰が殴れって言ったのよ! 和哉でしょ!」
確かに、仰るとおりだ。
「そうだったなぁ……じゃあ、お前が部屋まで運んだのか?」
そうだ。俺はリビングで倒れたはずなのに自分の部屋にいた。莉奈以外に誰が居るというのだ。
「そうよ。大変だったんだから! 男を二階まで運ぶなんて。じゃあ私、今日日直だから先行くね。ちゃんと朝ごはん食べてくるのよ! じゃあね」
「莉奈!」
「何?」莉奈は靴を履き終えて振り向いた。
「ありがとうな」
「うん!」
そう言って勢い良く走っていった。ありがとうな。そう、何だかんだ言って俺は莉奈に感謝してるぜ。幼馴染みで良かったよ。
とりあえず俺は莉奈が焼いてくれた食パンを食べてから制服に着替えて家を出た。今日も嫌な学校生活が始まる。でも今日は気分的には嫌じゃない。確かに学校は嫌いだ。でも気分だけは良い。外の天気も良いしな。一日も良くなれば良いのだがな。 家を出てから自転車で学校に向かう。一応言っておくけど、莉奈の家には自転車が無い。どうやら入学当時に盗まれたらしい。それから学校には走っていくか歩いていくかだ。まぁそのくらいの距離にある学校だから別に気にする事はないけどな。
自転車を漕ぐこと十分、学校に着いた。駐輪場に自転車を置いて教室を目指す。
そしていつも通りの全く分からない呪文のような授業が毎時間、毎時間続く。
今日、唯一違った事は、後ろにゆみ子の姿が無い事だ。風邪でもひいたのだろうか。そういえば莉奈も朝とは違い何故か暗い感じだ。一体、俺が居ない数時間の間に何が起きたと言うのだ。
昼休みになった。莉奈がまだ一人でぼぉ〜と何かを考えてるようにしている。 「莉奈、どうしたんだよ? 何か暗く見えるぜ」
聞こえているのか? 全く違う世界に居るみたいに反応の感じを見せない。こっちも勇気を出して声を掛けたのに。少しは躊躇したけど。
「なぁ莉奈。莉奈、莉奈!」
「えっ? あぁ何?」やっと聞こえたか。衛星中継のように時間差があったけどな。
「どうしたんだよ、暗いぜ?」
「ううん。別に何でもない」
「好きな奴でも出来たか?」
「最低!」バシッ!
それでこそいつもの莉奈だ。少し顔が赤くなってるけど、乱暴なところは莉奈らしい。ついでに俺の顔も赤くなっている。照れてる訳じゃない。莉奈のビンタのせいだ。もともと俺の顔は血の気があまり見られないから叩かれた後は良く確認出来る。
はっきり言うとかなり痛い。
「それでこそ莉奈だな……まぁ朝みたいに元気出せって」
俺に言う権利があるかどうかは分からないけど、朝の元気な莉奈を知っているのは世界で俺一人だけだからな。俺にしか言ってやれない事だ。
「ねぇ和哉」
「何だ?」
「和哉はさぁ、あの転校生の釘月ゆみ子ってどう思う?」またその話か。莉奈ってこんなに転校生を気にする性格だったかなぁ。
「どう思うか? まぁ平均よりは遥かに可愛いと思うぞ」
まさかゆみ子が家に来て洋服置いて行きました。なんて言えるわけがないよな。洋服は今、紙袋の中に入っているから莉奈にバレる事はなかった。だが何故に転校生を気にする?
何かあったのか?
そんな事を考えながら授業には集中出来ず、気付けば帰りのホームルームになっていた。
今日は沙耶の病院に行く。莉奈は家の用があると言い今日は行かないようだ。まぁ、たまには一人で行くのも良いよな。電車に乗って街まで行く。
駅から病院までは徒歩すぐで着く。とりあえず沙耶の病室に行く前に屋上に行こう。今日はプライベートスケッチだ。縛られた気持ちで描かなくても良いし、何よりこの快晴の空は見逃せない。白い雲がやたらと目立つ空だ。
久しぶりに最後までちゃんと描いて額で飾ろうか。そんな事を考えながら屋上のドアを開けた。
そこで見たものはあの姿だ。
学校に来てないくせに制服を着ていて、鞄まで持っている。何処に行っていたと言うのだ。
「今日は学校サボりか?」俺は問う。
「何か行きたくなかったの」そいつは言った。
「それでずっと此処に居たのか?」
「ずっとって訳じゃないけど此処に居たかな」
「何してたんだ?」
「うぅ〜ん……黄昏てた」
「そりゃ、ご苦労だな」
「どういたしまして!」
たぶん本当はこんなに元気じゃないはずだ。何故学校を休んだんだ。それが聞きたい。でも女心が分からない俺でも容易く聞いていい質問じゃないと言う事は薄々勘づいた。何かあったのか?
「ねぇ、和くんはさぁ一人って寂しいと思う?」
一人? こいつ、やっぱり親の事とか気にしているのか。寂しいか。一人が寂しいかどうか、殆んど(ほとんど)考えた事はなかった。
いつも莉奈が側に居たり、沙耶に会いに行ったり。一人とは感じなかった。意外とプラス思考な人間なのかもしれない。
でもゆみ子はそれをプラスに考えられないのか。何故なら小さい頃から一人だから。きっと両親が亡くなった後は施設とかに居たのだろう。だからこいつは一人ぼっちだったのか? 寂しいって気持ちしか知らないのか? それとも寂しいって気持ちを知らないのか?
「ゆみ子、お前は感情ってやつを良く知らないんじゃないか?」
「うん……嬉しいとか思える事もなかったし、悲しいって気持ちも何だか分からない」
だろうと思ったよ。こいつが入院した理由、それは一体何なのだ?何故かそこが気にかかる。病気? 怪我? もしかすると……後で聞ける時に聞いてみよう。
「でも、和くんにありがとうって言われた時は嬉しくて……」それであの時泣いたのか?」 俺は泣かせる事が出来るほどの感動的な「ありがとう」は言えないと思うけどな。理由はそれだったのか。
「和くん、今怒ってる?」
「何でそんな事を聞くんだ?」
「人の顔色が恐いの……」
顔色が恐いって……人との接し合いがなかったから知らないのか。
「大丈夫だよ。俺は別に怒ってなんかいない。ゆみ子に怒る理由なんて無いからな」
「ありがとう……」
ゆみ子はまた泣いた。
何故だ? 何故泣いた。今の会話に泣けるドラマがあったか?
「今度はなんで泣いてんだよ」
「人の優しさが苦しいの……」
優しさが苦しいって……辛いとかじゃないのか? 苦しい? 優しさにまで慣れていないのか。今まで本当に一人ぼっちだったのか。ゆみ子はそれから涙を流し続けた。
無音の屋上。五分が経った。
ゆみ子に何か言ってあげないとな……
「ゆみ子、慣れてないんだったらこれから慣れれば良いんじゃないか?」 「どうやって……?」どうもこうも方法は限られているだろ。
「学校生活でだよ。確かに俺も学校は嫌いだしたまにサボる。でも感情って面では学校はすごく色鮮やかだ。怒ってる奴が居れば楽しそうな奴も居る。自己中な奴も居れば優しい奴も居る。お前には勉強になる事ばかりだと思うぞ」
実際、それを学ぶのは俺自身もそうだ。俺は学校ってそういう場所だと思っている。
「うん! ありがとう。和くんは優しいね」
「ありがとよ。よしっ! じゃあとりあえずは俺に慣れてもらわないとな。これから何処かちょっと行こうぜ」
「デートって奴かなぁ? そう思っていいよね?」仕方ない。
「あぁ。別にいいよ」
「初デート♪ 初デート♪」
まさか俺の人生で一度の初デートが謎の転校生とのものになるとはな。生まれた頃からずっと考えもしなかった。
さぁて、何処へ行こうか。意地張って格好良く誘ったのは良いがその先はノープランだ。
前莉奈と二人で遊びに行った時はちょっと離れた街の遊園地に行ったけど、あの遊園地は詐欺並のつまんなさだった。
莉奈とのそれはデートと数えていいのか?
「何処か行きたい所はあるか?」
俺は結局、解答をゆみ子に押し付ける事にした。
「行きたい所かぁ〜んぅ……」
確かにこの辺じゃ大きなデパートも無いし面白い遊園地も無い。今までの俺は家が一番のパラダイスルームだったからな。所謂、引きこもりとは少し違うが。
「行こうと思ったのは良いけど、やっぱりこう悩むのがオチだな……」
「空が見たい」
「えっ?」
「綺麗な空が見たい!」
「綺麗な空? 此所じゃない所でか?」
まさかの発言だ。俺の想像だと……女の子=(イコール)お買い物やら遊園地。なのだけどこいつはちょっと違うようだな。まぁそれも分かってる事だ。
「此所より綺麗な所かぁ……じゃあ、あそこの展望台だな」
「展望台?」
そう、展望台だ。俺の取って置きの場所。時間に余裕がある時、天気がとても良い時、俺はあそこに描きに行く。
あの場所から見る空は絶品だ。病院の屋上より、学校の屋上より、あそこは遥かに綺麗に見える。特にこの時間帯の夕焼けがな。
「じゃあ行くか!」
「うん♪ 此所から遠い?」
「まぁな。海沿いの所だから電車でちょっとだ」
「うん! じゃあ行こう行こう♪ 綺麗な空見れるかなぁ?」
「あぁ、見れるさ」
今日は夕焼けが綺麗と天気予報では言っていたし、俺も分かっている。
長年絵を描いている勘ってやつか、はたまた体が自然に覚えた天気予報士勝りの空色予報と言うべきか。とりあえずなんとなく分かるんだ。
四駅ほど乗り継いで展望台がある近くの駅に着いた。そこから展望台まではただ歩くだけ。しかも2分もすれば着く。そこは上に邪魔な物がなく空が一面に見れる場所だ。
あと少しで陽が暮れる。電車に乗っていた数分で空は綺麗な紅い色になっていた。俺が大好きな色だ。今日はこの景色をゆみ子にやろう。
いつもの一人占めのような気持ちはお預けだ。
「わぁー綺麗! すごく綺麗!」
「当たり前さ。俺が思う最高の観覧席だからな」
「こんな所に今までの一人で居たなんてズルいよ!」
「でも今日は一人占めじゃないだろ?特別にお前にあげたんだからな」
物にならない贈り物ってやつだ。
「ありがとう♪」
それからは無音。二人は空に包まれたようにずっと動かず上を見上げていた。綺麗な空だから、ゆみ子にもこの空を知って欲しかった。心が震えるって思いを知って欲しかった。俺がいつも見ている空を見て欲しかった。
ゆみ子、お前にもこの素晴らしさが分かるか?
時は今日、朝。私は学校に向かって走っている。走っている理由は日直って事もあるけど、正確には自転車が無いから。
「あぁ〜早く行かないと!……」この点々は何だろう。私にも分からない。
でも候補としては、疲れたぁ〜、って感じか、もう嫌だ! 面倒!か、どっちにしろ同じ様な感じ。
私は今最高に気分が良い。何でだろう? それは分からない、本当は分かってるくせに。和哉に「ありがとうな」って言ってもらえて本当に嬉しかった。ん? 何よ! あんな嘘吐き野郎に言われて喜べる言葉なんてあるか!血迷うな私。冷静になれ。 あいつはただの幼馴染みなんだから! 家が近くて昔から側に居るってだけなんだから! それだけだからね! 勘違いするな!
って独り言を言うほど私は今気分が良い? のだろうか。
学校の前に着いた。毎朝、学校までの早朝ランニングで良い運動になっているかなぁ〜(ダイエットにも)←怒!まぁまぁ。日直の仕事もスムーズに進みそうな気がするし、今日も一日頑張ろう!
校門の前に一人ずっと佇んでいる女の子が居た。一週間前に転校してきた女の子。
「どうしたの?」私は話かけている。意外とほっとけないタイプの人間だから。
「ありがとうって嬉しい言葉だと思う?」
「えっ?」急に何を言うのだろう。私は驚きを隠せないで居る。なんとか戸惑っている表情だけは隠そうと必死に努力をした。
「ありがとうって本当に嬉しい事なのかなぁ……」女の子は空を見上げながら言った。
「嬉しい事だと思うよ。ありがとうって一番伝わりやすい最高の言葉だと思う」
今の私には一番言える事だ。ありがとうって言われると嬉しい。それをさっき体験したはずだ。ただの……ただの幼馴染だけど!
「私ね、昨日ありがとうって言われたら急に泣いちゃったの。どうしてだろう」
泣いた? 何でだろう? 普通は嬉しい事なのに。ありがとうってお互い気分良くなる言葉じゃないの?そうだよね?私はそう思ってきたよ。
「何で?……」
女の子は歩き出した。学校の敷地内じゃなくて校門の前の道を学校から遠ざかって行く様に。
「何処に行くの? 学校は?」
「ごめんね……」
行ってしまった。ありがとう。それは感謝の言葉じゃないの? 本当の意味って何だろう。
そんな事をずっと考えていた。
「莉奈、どうしたんだよ? 何か暗く見えるぜ」
ありがとうって、ありがとうって、ありがとうって、ありがとうって、ありがとうって、ありがとうって、ありがとうって、ありがとうって、ありがとうって、ありがとうって、
ん? 呼ばれてる? 和哉?
時は夜。七時現在。
今日もいろいろあったなぁ〜、とにかく疲れた! 俺の生活リズムを崩す気なのか、ゆみ子と莉奈は。どっちも暗い顔しやがって。
とりあえず俺はさっきコンビニで買ってきたカップラーメンを食べる事にした。腹減ってるし、莉奈が「ご飯作ってあげるね」とか言い出す前に食べておかないと……
それを察知したかのように、
ピンポーン、ガチャ。
普通、家の主が出てから家に入るのではないか? チャイムはただの合図なだけじゃないか。付いているのだからしっかり仕事が出来るように使ってくれ。
承知の通り、莉奈が家に入ってきた。
一応だな、ここは俺の家だ。世界で二つに分けると男に属する人間の家だ。そしてお前は性別的には恐らく女だろう? まぁこの際男でもいいか、とにかく! 人の家に勝手に入るな! 一応俺にもプライベートと言うものがあるのだよ、莉奈さん。
「ご飯まだでしょう?」いえ、もう今さっきの一瞬で咽るくらい早く食べました。
「あれ? もう食べちゃったんだ。またカップラーメンなんか食べて、健康によくないわよ」
「今日はちょっと出掛けてきたもんだからさぁ」
「何処に?」
「展望台」
「誰と?」
「ゆみっ……えぇ〜と……」
「幼馴染みに隠してデート?」
「デートではないと……」神様、僕を助けてください。神様、僕を助けてください。神様、僕を助けてください。神様、僕を助けてください。神様……あぁ、お願いします。
「たまには……」
「えっ?」
「たまには私もデートに誘ってよ……」
いっ、いきなり何を良いやがる! 待てよ、まず一つずつ考えていこう。莉奈の態度は置いといて、たまには? たまにはって、一度も莉奈をデートに誘った覚えは無いぞ?
あと一つ、やっぱりこいつの態度だ。こんなに大人しそうで可愛い性格ではなかっただろ?もっと、こう、「ふざけんじゃねぇ!」とか「斧でぶった切ってやる!」とか、暴力沙汰になりそうな性格だが、果たしてこの発言はどうした事やら。
「おいっ。莉奈、どうしたんだよ?」
「私、やっぱり帰るね……」
「おいっ! 待てよ!」
ここで整理しよう。整理する事はただ一つ。俺が悪いかどうかだ。俺は悪くなど無い。
そうさ、俺は悪くない。そこだけは分かっていただきたい。
何故、莉奈があんな感じになってしまったか、気になるけど我慢しよう。このままの性格でずっと居てくれるなら、俺は毎日コブやら痣を作らなくて済むからな。でも、前の方がいいや……
そして翌日。
朝から地獄が待っていた。神様も脅えるほどの地獄が。
「こらっ! 和哉、早く起きろ!」
バシッ!
「痛えぇ……」
「痛いのは当たり前でしょ! 殴ったんだから! 今何時だかご存知?」
「存じておりません」
「学校がそろそろ始まる時間よ」
「それは大変で…すね……」
「早く行くぞ!」
「分かりました!」
という事で今日も朝から大急ぎで学校に向かっています。毎朝こんな感じだから、この時間がいつもの登校時間と体が覚えてしまっているのかもしれない。まぁ遅刻してもそんなに気にしない。
今一番気にしている事は、莉奈の態度だ。昨日まではなんか優しくてちょっと照れ屋って感じのキャラを作り上げていたのに、朝になったらこうだ。いつもの莉奈さんに元通り。
あぁ神様、幼馴染みというのはこういうモノなのでしょうか……
それにしても昨日はどうしていたのだろう。たぶん今本人に聞いたら言葉よりも先に右ストレートやハイキックが飛んでくるであろう。それは嫌だから、昨日の莉奈は夢と考えよう。是非そうであって頂きたい。
何とか朝のホームルームには間に合った。足はもう筋肉痛になりそうだけど。莉奈を後ろに乗せて自転車漕ぐのは一苦労だ。
黒板には今日の日直の名前と日付、そして中心に大きく実力テスト、と書いてある。
ん? なんだそれは。俺は一言もそんな話聞いてないぞ! まぁ威張れる訳ないか。 何故なら担任がその連絡を言った時は、恐らく屋上に居たと思う。あまりの快晴に体がムズムズしてつい描きに行ってしまったんだ。それで莉奈に呼び出された。あの日かぁ〜……
勉強など一分足りとも家でしてないぞ。どうする俺……まぁいいか。たかが実力テストだ。点が悪くても大丈夫だろう。
「よ〜し、前に言ったように今日は実力テストをやるぞ。実力テストだからってなめてかかるなよ。この点数で高校生活三年間の評価、レベルを調べるからな!」
助けてくれ……
全然大丈夫そうではない……
後ろに居るゆみ子はきっと学年一位とか取るのではないだろうか。その結果が楽しみだ。俺の結果もある意味楽しみだ。
というか、ゆみ子は今日学校に来たのか。静かに読書してるけど、もしやその店で付けてくれるブックカバーの奥には、暗号のような数式の嵐、PCのプログラムような年表の山、見たまんま英語の森……俺には抜け出す事が出来そうもない参考書という迷路なのでは……
「ん?和くん何見てるの?」バレたかぁ〜! じゃなくて……
「いやぁ〜、いつもゆみ子はどんな本読んでんのかなぁと思って……」
「知りたい?」
「あぁ」
もし本当に参考書ならどんな反応をしたら良いのか……
「これなんだけど……」
「これって……」
参考書ではなかった。文学的な本でもなかった。その本の正体は、
「ラ、ライトノベル?」
「うん……」
なんとラノベだった。意外だなぁ。ゆみ子は話す時はうるさいけど、学校に居る時はやたらと静かだから本当に真面目で勉強熱心なのだと思っていた。けどラノベって……
人は見掛けによらず、か?
「えっ、え〜と意外だな。ゆみ子がラノベ読んでたなんてね」
「やっぱりおかしいかなぁ〜?」
「おかしくはないと思うぞ」
「そうかなぁ?」
「あぁ、そうだよ」
女子だってライトノベルくらい読むさ。流行っているし、面白いもんな。
俺だって何冊か読んだ事はあるぞ。可愛い女の子が出て来て、つい「萌えぇ〜」ってなった事もある。
でもライトノベルというのはストーリーがとても良く出来ている。最近売れている漫画や、人気のあるアニメ作品はラノベ出身というのが多いからな。ゆみ子も何だかんだ言って同じ時代に住む女の子なんだ。同級生なんだよ。時代の流行にのって何が悪い。
いやっ、誰も悪いなんて言ってないだろう。俺の勝手な思い込みだ。ごめん、ゆみ子。
そんな事よりも! まずはテストだ。どうか俺が知っている範囲内の問題よ出て来てくれ。
俺は今、神様を本当に信じるしかないね。自分の実力はそこまで当てにならない。
一時間目。国語。
前の席から受験の時のようなテスト用紙が流れてくる。俺には借金取りの請求書やリストラされた時に渡される会社からの手紙のようだ。怖い、怖い……
クラス全員、一斉にスタート。
俺は問題用紙を見る!
「うわぁ……」
つい口に出してしまったね。何故ならさ、全く分からない漢字や古典的な文章ばっかり載っているからだ。
こういう時は一体何に頼ればいいんだ? 神様、仏様……なんなら今はキリスト教でも良い、イエス・キリストよ、俺にも勇気をくれたまえ。この無敵敵軍のような問題用紙に勝てる勇気をくれ!
って、やっぱり勇気なんて出ないし、勇気が出たところで問題は解けない。
俺は仕方なく知っている漢字以外は全部「チョコレート」と読み方をふった。
別に特別チョコレートが好きな訳ではない。なんか難しい漢字はこういう引っ掛け的な問題があるのでは、と思ったからだ。
周りを見渡してみると、まず斜めにいる莉奈。あいつは勉強はそこそこ出来るらしく、手がスムーズに動いている。テストがあるって分かっていたなら俺に教えといてくれよ。
そして、お待ちかねのゆみ子さん。実況風に言うと、ものすごくリズムの良い鉛筆の音だぁ!
止まる事を知らない解答の速さ! F1界のトップレーサーと言える鉛筆の走りっぷりだ!
そんな感じ。たぶん本当に頭がいいのだろうな。
と、そんな事を考えている暇があるほど、俺は稀に見る解答数の少なさだ。カンニングって大変かなぁ……いかん、いかん! そんな事はしてはいけない! いくら困っていても俺には出来ない。何故なら眼鏡を掛けていないけど本当は目が悪い。
だからそんな遠くにある字は見えないのです。だから……ここは男の勘だぁ!
キーン、コーン、カーン、コーン。
日本人として恥ずかしい国語の解答が沢山ある解答用紙を、俺は後ろから集めに来たクラスメイトに渡した。
「グッバイ、俺の無残は戦闘の結果よ……」そんな独り言も今は恥ずかしくないね。本音だから。本当に今回のテストは嫌な予感の塊だ。
それからも毎時間、毎時間、故郷の文とは思えないほどの難解な問題用紙は俺に襲い掛かってきた。
その度、悩み苦しみ出てくる事のない解答を頭の中から引き摺り出そうと精一杯になって脳をフル回転させた。
でも、出てくるものはどうしようもない珍解答ばかり。採点者もきっと丸付けが面白いに違いない。
そして、午前の部。が終了した。という事は昼食だ! 待ちに待った、村に待った? 昼食の幸せな一時。それは今日の俺に勇気と悠長と一先ずの安心をくれる。ありがとう、昼食!
さぁ今日は何を食べようか? 学食だけど殆んど食べ尽くしたんだよなぁ〜。
何かないものか……そんな事を考えながら廊下を歩いていると、
「和くん! 和くん!」ゆみ子に呼ばれた。廊下でその呼び方はちょっと困るんだけどな……
「なんだ?」
「一緒にお昼食べよう!」
「ゆみ子とか?」
「うん!」
「でも、俺は弁当も何も持ってないぞ?」
するとゆみ子はその手に持っているものを差し出してきた。
「じゃ〜ん! ゆみ子特製ランチセット、二人分!」
それはピクニックとかで使うようなバスケットだった。じゃ〜ん! とか言っているのに中身は見せないんだな。
「おぉ、っで何処で食べるんだ?」ゆみ子は指を上に指した。
「やっぱりあそこかぁ……」
「早く行こう!」
空は綺麗な青。言うなら晴天快晴。真っ青と言うと気分が悪いような言い方だけど、確かに真っ青だ。雲もない。海のような空だった。
「やっぱり、誰も居ないような所だったら屋上でしょ!」
「あぁ、今此処に来るような奴は俺だけだろうな」
「私もだよ! 私も此処によく来る」
「その前に学校に来い! たまにしか来ないじゃないか」
「だっていろいろあるからぁ……」
おっと、ここから先の会話は進めない方が良いよな。また泣かれたりしたら困るから。
「とりあえず、腹減ったから飯食おうぜ」
「そうだね。じゃあ、はい!」
箱の中はサンドイッチだった。しかも沢山。二人分? 俺はこんなに食えないって。でも残すわけにはいかないか……どうする?
「おぉ、ゆみ子はやっぱり料理上手いな!」
「でしょ、でしょ♪」とりあえず誉めておこう。
「早く食べてよ!」
「あぁ分かった。じゃあいただきます!」
俺の大食いへの道のスタート音が鳴らされた。ギャル〇とかなら簡単に食べてしまうのだろうけど、俺はただの一般高校生だ。途中で便所に駆け込む準備をしておこう。
「おぉ! ゆみ子、これ美味いな!」
「当たり前じゃん! このゆみ子様が作ったのだから♪」
本当に美味しい。最近は殆んどコンビニかスーパーの弁当だったから、より美味しく感じる。でも、この量はやっぱり困るな……
それから五分。ゆみ子との会話も盛り上がって一緒に食べていたサンドイッチも三分の二は食べた。だが、あと少し、そのあと少しがどうしても口に運べない。
言いたくないが、限界だ……ゆみ子は二、三個食べたら「もういいかな、いっぱい食べてこのスタイルが崩れたら困るしね♪」とか言って早くも断念した。
頑張れ俺! ここでへこたれるな! 胃袋を何とかして大きく……
その時、ガチャ、屋上のドアが開く音がした。ここに人が来るなんて殆んどない。
俺とゆみ子と……という事は、俺はサンドイッチに向けていた視線を一つの人間型決戦兵器にずらした。
「あっ! 和哉やっと見つけた!」
「よう、莉奈」
「よう、じゃないでしょ! 午後の授業もう少しで……あれ? ゆみ子さん?」
「はい、釘月ゆみ子ですけど?」
「和哉、ゆみ子さんとどういう関係なの?」
どうもこうも言われても関係という関係は無いと思うけど……
「一緒に昼食なんかしちゃって……」
「あぁ、莉奈!お前腹減ってるよな? 一緒にゆみ子のサンドイッチ食べないか?」
「えぇ? まぁ……確かにお腹空いてるけど……」
「じゃあ、食おうぜ!」
「では、私は和くんと莉奈ちゃんの進展を祈って、教室に戻るね! じゃあ……」
「おい、ゆみ子!」
行ってしまった。俺と莉奈の進展と言っても幼馴染みだぜ?お互いそんな感情あるわけないだろう? なぁ莉奈? そうだよな? っておい、莉奈も何だか俯いていた。
「和哉、あんた達はどんな関係なの?」
「別に特別な関係なんかじゃねぇよ!」
「特別な関係って何よ!」
「こう……だから、お互い……愛し合ってるとか……そのだなぁ……」
「バーカ!」
「何だよ急に!」
「私も教室戻る!授業に遅れるなよ!」
「おい、莉奈!」
こちらも行ってしまった。何だよ二人とも……はぁ、莉奈にサンドイッチ食べてもらおうと思ったんだけどなぁ……仕方ない! さっき話した分、隙間が空いた胃袋に押し込もう!
頑張れ俺! ……
私、何やってるだろう……和くんとサンドイッチ食べて仲良く話してたのに、なんで逃げてきちゃったんだろう……馬鹿だなぁ…私は自分の席に座って考えていた。
はぁ、莉奈ちゃんと和くんってどんな関係何だろう……なんか仲良かったなぁ……私も和くんと仲良くなれるかなぁ。
でもこんなに気持ちがモヤモヤするのは初めて、何だろう……
全く、和哉ったら、やっぱり転校生と何かあったんだわ! だから怪しいと思ってたのよ。
じゃあ昨日出掛けてた相手って……やっぱりそうなんだ、もう……
「和哉のバーカ!」
俺はなんかしたかなぁ……女心は全く分からん!
誰も居ない屋上に仰向けになって寝転んだ。空が綺麗だ。お前にはこんな考え事無いんだよな。
「よしっ! 教室行くか!」
午後のテストもどうせ散々な結果に終わるだろう。でも、まぁ出来るだけ空欄をなくしてやるさ。
空はいつも俺達を眺めている。
空は俺達を知っている。
だったらこれから何が起こるかも教えてくれれば良かったんだ。
空はいつも俺達を見ているのだから。
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