『オープニング』
『オープニング』
桜が散る校庭。新しい春風が髪を揺らす。
神様、宜しければ一緒にお花見でもしませんか?
四月二十九日
「ほら、もう授業が始まるわよ! 早くしなさいよ」
「分かってるよ。もう少し、あともう少しなんだ」
「全く。私は先に教室行ってるわよ。授業に遅れたら許さないからね!」
「あぁ、分かってる。こんなに綺麗な空を描かないでいられるかよ」
今日はここぞと言わんばかりの青空。白い雲が少しずつ顔を出している。
こんなに綺麗な空は幾ら待っても一生来ない。空は同じものは無いからだ。
この空を見ていると勝手に腕が動き出す。鉛筆を持って左右上下に斜めに、動き始める。
違う景色だってそうだ。例えば夕焼け。例えば朝焼け。例えば七色の虹。
全て、鉛筆と紙さえあれば勝手に腕が動き出す。
俺がこの伊勢御崎高校に入学して一ヶ月が経とうとしている。
入学式の日は桜の花びらが綺麗に吹き荒れていた。
新入生の俺達を出迎えてくれているように、桜が、春風が、俺達を包んでいた。
それは一ヶ月前の話。今はもう五月になろうとしていた。
「ちょっと和哉、こっちに来なさい」
「莉奈、ごっごめん。俺が悪かった。だから許してくれ」
「話が違うんじゃないの? 堂々と授業サボって許してあげるような約束したっけ?」
「わっ、悪かったよ! 本当に悪かった。だから莉奈さん、機嫌を直して……」
「誰が悪いのかなぁ? 分かってないなんて事ないわよね?」
「俺が悪かった。だから、許してくれ!」
「じゃぁ明日は一秒たりとも授業を休まないように。約束できる?」
「分かりました。莉奈さん……」
俺の名前は、新垣和哉。
そして、さっきから怒っているのが幼馴染みの坂崎莉奈。
俺達は伊勢御崎高校の一年A組。この高校で共に暮らしている。
とりあえず今日はこれで授業も終わり。皆が待ちに待った下校の時間だ。
大勢の生徒達が一つの門から出て行く。徒歩か自転車。二種類の登下校手段で家に向かう。
俺はと言うと、毎日のようにその大勢の中に入って帰らず、いつも屋上にいる。
今日は綺麗な茜雲だった。昨日は曇っていたからただ眺めていただけだったけど、今日はちゃんと画用紙と鉛筆は持っている。こんな綺麗な空は見逃す訳にはいかない。
「また絵描いてるの?」
「あぁ。今日の空はまた綺麗なんだ。あの変の雲の色とか…」
「絵書くのも良いけどさぁ、和哉。沙耶ちゃんの所に行かないの?」
「忘れてた! 今日は沙耶の大事な日だったんだ」
「全く。妹の誕生日を忘れるなんて、最低な兄ね」
「ヤバイぞ……プレゼントも何も買っていない…」
「はい、これ。これでいいでしょう」莉奈の手には可愛いクマの人形が握られていた。
「サンキュ! 助かるよ。」
「これは出世払いって事で。和哉がちゃんと仕事をして後でお金返しなさい」
「分かった。そんな事より早く行くぞ! 病院までの電車がなくなる」
「ちょっと! 待ちなさいよ。待て!」
絵を描いている途中だったけど、やっぱり妹の方が大事だからな。
俺はまだ仕上げが足りない絵を抱えて莉奈と駅に走っていった。
何とか電車に間に合った。結構走ったからな。
「全く。和哉が忘れてなければこんなに走らなくて済んだのに」
「悪かったよ」
「まぁ沙耶ちゃんのところに行けるのなら良いかな」
「沙耶も今日で十二歳かぁ。大きくなったな」
「そうね。和哉がずっと側に居たから変な性格うつってなければ良いけど……」
「余計なお世話だ」
431号室。沙耶の病室。
俺が毎日のように行っている部屋。沙耶が毎日暮らしている部屋。
沙耶は病気で入院している。病名は俺にも沙耶にも医者の人は教えてくれない。
でもいつも明るいから俺は結構安心してるけどね。元気だし。
病を抱えている事を忘れるくらい。沙耶はいつも明るかった。
しっかり者だから心配しなくても大丈夫だと思っている。
ガチャ、
「あっ! お兄ちゃん!」
「よっ。沙耶、元気にしてるか?」
「沙耶ちゃん、体の調子は大丈夫?」
「うん! 大丈夫だよ、莉奈さん」
「今日は沙耶の誕生日だよな。誕生日おめでとう」
「わぁー ありがとう! クマさんだ。可愛い! ありがとう、お兄ちゃん」
「沙耶ちゃん。そこのお兄ちゃんは今日ね、誕生日の事忘れてたのよ」
なっ、なんてストレートに俺の弱味を…
「お兄ちゃん……本当に?」
「ごめん。忘れてたわけじゃないんだ。空の絵を描いてたらすっかり……」
「そうなんだ……」
「その代わり、これもやるから」俺は沙耶にまだ未完成だけどさっき描いた茜雲の絵を渡した。喜んでくれるとありがたいのだけど……
「ありがとう!」簡単な妹だ。
「でもこれまだ未完成じゃないの? お兄ちゃんらしい仕上がりがないから」
「ごめんな。全部中途半端で。じゃぁちょっと今から描いてくるから。そっちをやるよ」
「うん。ありがとう。面会時間が終わらないようにね」
「おぉ! 任せとけ」
「じゃあ、莉奈さん遊ぼう!」
「うん。分かった」
病院の屋上。ここから見える空はまた一段と良い。特に夕焼けが綺麗だ。
今はさっきの茜雲が少し消えかかっていて、夜が近付いている景色を出していた。
綺麗だ。これも綺麗だ。空はいつ見ても綺麗で魅了される。
「はぁ、よしっ! じゃあ描くか」
そう独り言を言ってから鉛筆を持って俺は空を描き始めた。
雲の線。生きているように滑らかに。
太陽の存在感。雲に増す壮大な紅い色。
「君、絵描くの上手いね」
広い広い世界の中。高い高い空の下。
誰も居ない屋上で 俺達は出会った。
今日は綺麗な茜雲。陽が暮れるまで空は紅く染まっていた。
俺達を包み込むように紅く、大きく、広く、空は圧倒的なまでに綺麗だった。
もし、こんな空がまた来るのならその時はカメラを持って写真を撮ろう。
でも今はカメラが無いから、この右腕でこの空を写真とはまた違う魅力を写そう。
何故なら空が好きだから。何故なら景色が好きだから。何故なら絵が好きだから。
「びっくりしたなぁ」
「こっちもびっくりした。だって君が急に驚いたように飛び跳ねるから」
「跳ねてはいないけど……」
「同じ様なものだよ」
「そうかぁ……っで君は誰なんだ?」
「私ね、いつもこの屋上から空を見てるの。毎日、毎日綺麗な空を。綺麗な景色を。私を照らしてくれる星空とか、出迎えてくれる朝焼けとか」
「おーい。返事になってないぞ」
「君は誰なの?」その質問はさっき俺がしたのだがなぁ……
「名乗るような人間じゃないな」
「じゃあ私もそうかな。名乗るほどの人ではない!」
「それじゃ話が終わらないじゃないか」
「君、絵描くの?」また話がずれた。天然か? 確信犯か?
「あぁ。好きなんだ、絵を描く事が」
「へぇ〜楽しいの?」
「それはもう、初めは鳥肌が立つほどにな」
「すごいねぇ。そんなに楽しいんだ」
「あぁ、景色にはいろんな顔がある。そいつを無駄には出来ないだろ。俺がそいつを描いて絵の中でずっと生きていて欲しいし、絵を描いてると景色の中に一人でいる感じがするんだ。こう、包み込まれてるように」
「ふぅ〜ん」
「なんか興味無さそうだな」俺が語りすぎたか。
「感心したの。すごいなぁ〜って」
「それはどうも」
「その絵。もう完成したやつでしょ?」
「あぁ、ほとんどな。妹にあげるんだ。ここで入院してる妹に」
「妹さんもなんだ……」
「妹さんもって……」もしかしたらお前も入院してるのか?
そう言おうと思った瞬間。彼女は歩き始めて俺に言った。
「ゆみ子。釘月ゆみ子」
「えっ?」
「私の名前。じゃあね。また会えたら会おうね」
「ちょっと!……」
暮れた陽が微かに照らす屋上。紅い色から闇に変わっていく狭間。
その何分か前の景色を手に持ち、屋上で一人ドアを見ながら佇んだ。
誰かも知らない。名前しか知らない女の子の事を考えながら。
ただ一人でそこに居た。
「あぁ、お兄ちゃん遅いよ!」
「悪い悪い。ちょっと描くのに時間かかって。ほら、これ」
「わぁ〜い! お兄ちゃんの絵だ! ありがとう」
「あぁ、本当に悪かった。来年は忘れないからな」
「うん。期待してるね」
「おぅ! 期待してろ! じゃあ、もう面会時間終わっちゃうから俺は行くな」
「うん。じゃあね」
「また明日な」
「莉奈さん。じゃあね!」
「うん。またね」
全く。姉でもない莉奈にこんなに甘えて、莉奈の性格がうつったらどうするんだ……
外はもう真っ暗になっていた。さっきの空が嘘のように。
俺と莉奈はバスに乗って家がある街まで戻り、歩いて家に向かっていた。
別に一緒じゃなくてもいいと俺は思ったのだが、莉奈が「可愛い女の子が襲われるでしょ」というのだから仕方ないというか、お前の場合、襲った方がお前に襲われそうだけどな。
「なんか言った?」
「いえ、何事も言ってません。」聞こえていたのか。考え事なのに……恐るべし。
「そんな事より、屋上で何してたの?」
「何って……絵描いてたんじゃないか」
さすがに知らない女の子と話してました。なんて言えないな。言えるはずが無い。
「なんか妙に遅かったし、顔が考え事してるような顔だったから」
俺の事をどれだけ知っているんだ、こいつは。
「疲れてたんだ。最近ちょっと寝不足で……」
「本当に?」
「本当に」
「まぁいいわ。なら家に帰って早く寝なさい! 朝寝坊しないように」
「分かったよ。じゃあな」
「じゃあね。おやすみなさい」
「おやすみ」
俺は家に着くとすぐさまソファーで寝てしまった。本当に疲れていたのか。
明日朝早く起きないとまた莉奈に殴られたり蹴られたりで起こされるのか……
じゃあ、このまま朝まで寝てしまおう……今日はいろいろあったしな。
(「おい!」)
(「おい! って言ってんだろ!」)
(「この野郎! 起きろ! 早く起きなさいよ!」)
バシッ!
「おはようございます(怒)」
「お……おはよう、莉奈さん」
「私は昨日なんて言ったっけ?」
起こしてくれるのは良いけど、もうちょっと良い起こし方は無いのかなぁ……
こうなんか耳元で「お・は・よ・う」とか、そうしてくれればたとえ相手が莉奈でも雰囲気だけは楽しめると思うんだけどな。幸せの朝を目覚めを……
「何か言ったかなぁ〜和哉くん?」
「いえ、いえ、何も言ってません。独り言です」
「そう、今何時だと思う?」
「えぇ〜と……時計には八時ちょっと過ぎと記してありますけど……」
「じゃあ和哉くん。学校のホームルームは何時からかなぁ?」
「えぇ〜と。あと三十分したら始まります」
「和哉くん。ここから学校まで何分掛かるか知ってる?」
「急いで二十分くらいでしょうか……」
「じゃあ、こんな事してる暇があると思う?」
「いいえ。今はとても大変です。急がないと遅刻になります」
「そうだよね〜じゃあ、早くしろ〜! せっかく起こしに来たのに!」
「はいはい。分かりました……」
「早くしろ!」
バシッ!
あぁ眠い……昨日はよく眠れたけど、朝の気持ち良い目覚めの時間があんな事になると……
さすがに疲労感を感じるな。まだ朝なのに……
「何か言った?」
「いいやっ、何も言ってない! 空耳とかだろ」
「ふーん。まぁいいけど」
いつにもなく今日も莉奈は驚くほどに俺を察する。考えた事が聞こえているようだ。
まぁ所詮、偶然なのだろうけどな。
「はい。えぇーと、今日は新しいクラスの一員を紹介する」
転校生? この学校にか?
ここは目立った場所でもないし近くに大きな会社や工場も無い。
どんな理由なんだ。
「じゃあ、入って」
ガラガラッ……
さすがに体が固まった。黒板の前に立つ女の子を見たまま、疑うように。
「転校してきた、釘月ゆみ子です。よろしくお願いします」
俺達は、小さな教室という空間で再会した。
「皆、仲良くしてやるように。じゃあ席は端の空いているところね。よし、出席取るぞ……」
ガチャ、釘月ゆみ子が席についた。
端の席。俺が思う特等席。莉奈から見て斜め三人挟んだ席。俺の後ろの席。
ここまで上手く再会や席が決まると神様は本当に居るのでは……と思ってしまう。
「久しぶり! 元気にしてた?」後ろから小声で聞こえる。
会ったのは昨日だけどな……「何故だ?」俺は問う。そうなるだろ。
「ただの転校生だよ? 美少女転校生かなぁ〜」自分で言うな。
確かに可愛い事は認めるけどな。
「なんで転校してきたんだ?」親父の転勤か?
「やっと退院したの! 四年間も学校行ってなかったのですよ? 少し優しさが欲しいなぁ」 本当に入院していたのか。しかも四年間も。どんな病気だ。まるで沙耶だな。
「だから昨日病院の屋上に居たのか?」
「うん。最後にしっかりあの屋上から見る景色を覚えていこうと思って」
確かに、あの屋上は良いポイントの場所だ。
「そういえば、君の名前まだ聞いてないなぁ〜」
「だから言っただろ。名乗るほどの人間じゃないって」
「でも、もうクラスメイトだよ? 名前は教えてくれても良いと思うけどな」
確かに、釘月の言うとおりだ。
「和哉、新垣和哉」
「和哉? 普通な名前だね。平凡な人間かな?」
人を名前で決めるなんて見る目がないと思うけどな。
確かに平凡というところは否定出来ない。
「よろしくね! 和哉くん♪」
こういう会話が青春の一ページというものなのだろうな。正しくそうなのだろう。
朝から叩かれたり蹴られたりっていう設定もよくあるけど。
やっぱりこういう会話の方が良い。
キーン、コーン、カーン コーン……
「さっき、一人で何か言ってた?」
「いやっ。何も! 聞き間違いだろ。きっと……」
例により、俺の頭の中が見えているかのように話し掛けてくる莉奈であった。
いい加減どんなトリックになっているか教えて欲しいな。
釘月はと言うと、チャイムが鳴ったらすぐ教室から出て行った。
「和哉。あの釘月ゆみ子って子、知り合いなの?」
「何故そうなる?」
「なんか仲良く話していたように見えたから」
「俺は初めて見るよ。あんな女の子」
「なら、いいけどね」
こいつの勘はどこまで当るんだ……超能力か? エスパーか? とも思ってしまう。
今は授業中。日本史だ。俺にはあの黒板の前に立っている大人どもの言ってる事が全く分からない。まるでどこかの魔法学校の呪文を聞いているかのようだ。
あぁ〜こんなの分かる奴は果たしているのだろうか。
クラス皆が仲間なら成績も気にならないのに。頭が良い奴には聴き慣れた音楽のように聞こえるのだろうな。あぁ〜すごい、すごい。そんな奴はこの近くに居るのかねぇ。居ないだろう。居て欲しくない。俺が悲しくなるから。
「じゃあ、ここの問題。釘月、分かるか?」
転校初日から驚いた。四年間入院していたって聞いたのに、俺には何処かのアラビア文字みたいに見える文をすらすら解きやがった。先生よりも貫禄があるように見えた。
「正解。良く出来たな」
クラスも少しはどよめくな。知らない奴が全く分からない問題を簡単に解いたのだから。
頭良いぃ〜ガリ勉か?ってかよく見ると結構可愛いぜ、声の大きさは呟くぐらいにしろ。
皆、こっちまで聞こえるぞ。俺の後ろの席まで恐らく……
授業が終わった。分かっていた事だが周りからクラスメイトが近寄ってくる。
俺にではない。俺の後ろの席。釘月にだ。男子、女子問わず、皆近付いてきた。
俺には立場が無いから……仕方ない。廊下にでも非難するか。
「和哉!」莉奈が呼んできた。
「何だよ、莉奈」
「あんた何処行くのよ?」
「俺の居場所が無くなっちまったから廊下に非難だよ」
「あの釘月さん。和哉はどう思う?」
「別に。どうも思わないよ。何でだ?」
「特に何もないんだけどね。何か和哉が遠く見えたから……」
「おいおい、俺はここに居るぜ。目の前に居るじゃないか」
「そうだけど、そうじゃなくて……女の勘って奴」
女の勘って、お前の勘はほぼ正解率百%だぞ。俺に向けての勘だったらな。
でも今回は釘月についてだ。それはたぶん思い違いだよ。
「まぁ、いいや! ごめんね、なんか私らしくなくって」
「そうだな、いつものお前だったら、鬼のように……」
「なんですって! ふざけるなこの野郎!」
「そうなるんだよ。いつもなら」
全く。確かにいつもの莉奈は怖いけど、変に静かになって大人しくなると逆に怖い。
いつもの莉奈の方が何故か安全に見える。慣れかな。
今日も嫌な嫌な授業は終わった。一応、莉奈との約束の「さぼらない」は守った。
よしっ! やっとこさ終わったし、屋上に行くか。
「莉奈。悪い! 先に沙耶のところ行っててくれ」
「別に良いけど絵描いてて忘れないでよ」
「分かってるよ。俺も後で行く」
「じゃあ先に行ってるから」
「おぅ」
今日も空は綺麗だった。晴天。快晴。そんな言葉通りの空だ。
今日は描くのにそんなに時間はかからないだろうし、早く沙耶のところに行こう。
屋上は日差しが強い。まだ五月だけど暑さがある。気持ちが良い暖かさとも言える。
「また、絵描いてるんだ」
「お前はいつも突然現れるな」
「突然じゃないよ。ちゃんと『失礼します』って言って屋上に入ったんだよ?」
俺は昔、頭の良い奴は天然でドジッ娘と聞いた事がある。それが本当かどうかと少し考えた事があったが恐らく、それは事実に近いようだ。今、実感した。
「それより君。じゃなくて新垣くん。そんなに絵描いてどうしてるのですか?」
突然敬語か? 一応名前は覚えていたみたいだな。
「誰にも言ってないけど、ここまで見られたら言うしかないか……」
「爆弾発言ってやつかなぁ?」
「そうだな」
「っで何? 新垣くん♪」
「えぇーとな。俺が絵を描いてる理由は、まぁ好きっていうのが一番だけど、両親が生きてる時に二人とも美術館みたいなのを家で開いててね。それであっさり二人ともお陀仏しちまってそこの美術館が営業出来なくなってな。そしたら芸術関連の仕事をしている坂本さんって人が、ここを譲ってください。って言うから条件に『俺の絵を飾ってくれるならいいですよ』って言ったんだよ。だから……はっきり言うと職業みたいなものかな。絵を描いている事が。その金で過ごしてる部分もあるしな」
「ん〜とりあえず絵が好きなんだ!」
結構詳しく説明した気がするのだけどこいつには伝わらなかったのか?
「嘘だよ嘘! へぇ〜すごいんだね。新垣くん」
「そんなにすごくはねぇよ。勉強とかはさっぱりだし。釘月が羨ましいな」
「釘月なんて固い呼び方じゃなくて『ゆみ子』でいいよ! 和哉くん♪」
「あぁ、わかったよ。じゃぁ……ゆみ子」
「はい。何ですか?」
「いやっ。試しに呼んでみただけっていうか……」
「あれれ〜ほっぺが少し赤いよ?熱でもあるのかなぁ〜」
うわぁ!そんなに顔を近く……釘月ゆみ子と俺のデコは重なった。
なんて大胆なんだ……
「うん! 熱はないみたいね。大丈夫かな?」
「あぁ……大丈夫だ」
「良し! 良かった良かった♪」
「じゃあ私は行くから。じゃあね和哉!」
「あぁ」
これが本当の再会だったのかもしれない。
本当の釘月ゆみ子との再会だったのかもしれない。
「俺、何突っ立ってんだろ……沙耶のところに行かなくちゃ」
蒼い綺麗な空が茜色に姿が変わる頃、
俺の人生が変っていく物語が始まった。
その物語は間違いなく俺を中止に回っている。
俺が壊れても、俺が崩れても、
莉奈とゆみ子が近くに居るまでは俺が主人公の物語。
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