鏡ヶ塚の祟り
老婆は、ポツリポツリと語り出した。
鏡ヶ塚にゃあ近づいちゃあならね。あの塚に近づいたもんは呪われる。
昔なあ、江戸時代のことさね。あっこには村があったさ。こげな山奥だで、仕事っちゃあ炭焼きと木樵の村さ。
そこにゃ娘っこがおったでな。マメで気立てのええ、かわいか娘っこだったと。そんじゃあけえ婿さになりてえ若い衆も多かったとさ。
んだでそん中から婿さをとることになったさね。婿さもええ男衆でさぞやよか花嫁花婿になろうさと言われてたさ。
そんじゃけどな。祝言あげてすぐんとこ、山火事さ起きてな、婿さかばうて娘っこはえらい怪我ぁしたとさね。
かわいか顔も焼けて足もよう動かんとなったさね。
あわれなことじゃあ。
だで婿さは逃げた。
そりゃあ、かわいか娘っこが恐ろしげな顔さなって、マメじゃったのに体もよう動かん。
山火事のせいで食うもんにも困るけぇ、婿さもしょうがなかろうなぁ。だどもさ、娘っこが怪我ぁしたんは婿さのためじゃろ。
娘っこはそのままおっ死んだ。
さぞ辛かろうて。
悲しかろうて。
婿さは町さ出て別ん仕事して新しか嫁っこもろうてな、幸せやったんとな。
んだば、それでよかろと思うじゃろ。
娘っこはかなしかったろうねぇ。
苦しかったろうねぇ。
婿さの新しか嫁っこが子供を産んで、さぁこれからだと言う時から、婿さはだんだん顔色悪うなってな。
んである日おっ死んだ。
その後な、その子供も大きゅうなって嫁さもらって子供こさえて、さぁこれから幸せになるぞと言う時におっ死んだ。
ある時婿さの孫が来てな、ぜぇんぶ話していきおった。
「爺さまのせいで、おらがは呪われちょる。
おらがは七代祟られちょる」
そげなこと言うたとさね。
そんでせめての供養さと塚さ作ったとさね。
祟りいうても、信じちょらん若い衆もおる。
肝試しに丁度よかろと言うて、こん村の若い衆が行きおった。
最初はなあんも起きなんだ。
だどもな、なんば考えちょったか知らんがな。
一人の若い衆が鏡さ持ってそん塚に行きおった。
んでな、鏡越しに塚さ見た。
鏡ん中にゃ、恐ろしげな顔した娘っこがおったんだと。
そんでから若い衆の肝試しで鏡さ覗くんがはやった。
かわいかった娘っこの恐ろしげな顔覗くなんてひどかろうもんね。
じゃがな、鏡さ覗いた若い衆は、みんな早死にしよった。さぁこれから幸せになるぞと言う時にさね。
「鏡ヶ塚に鏡を持ってっちゃなんね。鏡を覗いちゃなんね」
老婆はそこまで語ると押し黙った。
俺はリュックの中身を確認してから山に登った。
祟りは本当にあるのか。
そもそも老婆の語った塚が本当にあるのか。
鬱蒼とした山。
足場の悪さに苦労しながらも細い道を歩き、老婆に聞いた塚があるという場所に俺は向かった。
塚は実在した。
古い塚だ。
麓の村の人間が、たまに手入れに来るのだろう。
俺は覚悟を決めた。
リュックから鏡を取り出す。
そして、塚に背を向けて鏡を覗いた。
鏡の中には恐ろしい顔をした女が、こっちを睨んでいた。
母さんが泣いている。
黒い留袖を着て、こらえきれない様子で涙を何度も拭っている。
「母さん、泣かないでよ」
「まさかあんたが……こんな……」
俺は少し困った顔をする。
「30も越えて無職で引きこもりだったあんたが、仕事についてこんな可愛いお嫁さんをもらえるなんてね。
お母さん、嬉しくて嬉しくて。
うちはあんたしか子供もいないから、あんたがあんなだったからお嫁さんもあきらめてたし、孫の顔を見られるかもなんて期待もしてなかったのに」
「大丈夫だよ、母さん。そのうち孫の顔も見せてやるって。
それより、もうすぐ披露宴が始まるから泣きやんでよ」
大学を中退してから引きこもっていた俺は最底辺だった。
失うものなんてなかった。
俺は賭けに勝った。
どうせあのままなら俺に子孫なんてない。
結婚できて子供まで出来ると確約された未来があるなら、多少早死にするのも悪くない。
俺の子孫も、バカでブサメンな俺に似たら、結婚なんてそもそも無理でニートになる可能性が高い。
それが結婚できて子供まで持てる。後は高額な保険に加入すればいい。
披露宴会場に俺は満面の笑みで入場した。