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ヅレチンカヌム物語

作者:紅月赤哉
どんな物語?
 その小説の名前を見かけたのは、ネットショップ内を検索している時だった。
 面白そうな小説はないかと探していた所に目に飛び込んできたのは『ヅレチンカヌム物語』の文字。
 よく分からんタイトル。
 何も絵が描かれていない茶色の装丁で、格好よくしたいのかタイトルの下に英文字が筆記体で書かれていた。
 120件のレビューがあり、かなりの人に読まれているのに小説タイトルはまったく知らなかった。読まれすぎにも思えるのに、書店で見かけた記憶はない。名前だけならインパクトあるというか、発音しづらい。
「どんな話なんだ?」
 ある程度ネタバレされても作品は楽しめると思ってレビューを読んでみるとネタバレになりそうな、ならなそうなレベルのものが多数書かれていた。
『めっちゃ感動した! 主人公がヒロインを敵から救いだす時のセリフ超かっこいい! 俺が、お前の死神だ!』
『息詰まる知略戦に脳内アドレナリンが大量発生でした』
 ヒーロー物あるいは知略バトル物なのか? 少年漫画にありがちなレビューを読み進めると、おかしなところが出てくる。
『次々と人がモフェケラスの闇に引きずり込まれて殺されるあたりが背筋凍ります』
『まさか湯船の中から毛まみれの女が出てくるなんて』
『剛毛って感じですね。むしろGO! MO! ですわ』
 どこに行くんだよ。
 新しいレビューから遡っていくと、最初に思い浮かべた話とはイメージが違ってくる。徐々に昔のレビューを読んでいくと、ジャンルさえも分からなくなってきた。
『ディープキスの描写がエロい! 正直、レビューには書けないようなことしそうになりました』
『みょんタソ萌えww エロスww』
『あかりちゃんがバッナーヌに胸を触られて悶えるシーンとか描写力はんぱないです。絶対この人、それ系の文庫で書いてます』
『死地へ向かうちづれんカヌムを引き留めるあかりちゃんが愛おしいです。ファーストキスを生きて帰ってきたらするとか。チヅレンカヌムは幸せ者です』
 主人公の名前、間違ってるだろ。変換しづらいだろうけど。
 次々と脳内に浮かぶイメージが変わっていくので、そもそもこれは書かれているレビューが誤っているのではないかと思う。でも、登場人物は主人公の『ヅレチンカヌム』とヒロイン『あかり』にサブヒロインの『みょんタソ』で、世界を滅ぼしそうな敵『モフェケラス』『バッナーヌ』と戦っているらしい。もしかしたら同じ話だけど感想を書いている場面が違うのか?
 そう思って更に読み進めるとまた別の視点で感想が書かれていた。
『主人公の一手で相手が「参りました」っていう時の張りつめたものがパッとなくなる描写が凄かったです。モフェケラスも頑張りましたが最初の一手の時点で負けが決まってましたね』
 囲碁? 将棋?
『銀河破壊爆弾シュートによってボールがネットを突き破ってブラックホールを発生させてゴールごと吸い込んだからノーゴールって斬新だと思います。ブラックホールの描写凄い』
 トンデモサッカー?
『バドミントンってよく知らないんですけど試合描写が綿密に描かれていました。人間の肉体のことを知り尽くした上で無理なことを描かずに凄くリアルでした。あと、主人公の成長っぷりが少年漫画ですね』
 リアルなバドミントン?
『エメラルドカレーってどんなカレーか描写全くないのに涎出ました。相手の味百八天王全員の料理をなぎ倒す味の描写は失禁ものですね』
 りょ、料理バトル漫画? カレーの描写ないのに味の描写はあるの?
 レビューを30件読んだところで、俺はそっとブラウザのタブを一つ閉じた。これほど信用ならないレビューも珍しい。ネットをある程度使っている身としては、ピンとくるものがあった。
「これ、ネットの掲示板であったアレじゃないか」
 アレ。
 現実には存在しないものを、あたかも存在しているかのように思わせる手法だ。かなり昔に架空の怪談とか、架空の事件を誰かが掲示板に書きこんで、便乗して肉付けして行く。そうすることでネット掲示板でのコミュニケーションを行って楽しんでいた時があるらしい。そういうコミュニケーションにも名前がついていたはずだけど忘れた。
『ヅレチンカヌム物語』なんて変な名前の小説に対して、読んだことのない人たちが好き勝手にレビューを書いたに違いない。
 なら、最初のほうに書かれた感想なら本当のことを書いているだろう。
 もう一度ネットショップのサイトを開いてレビューを見てみた。
『大国の侵略に一人立ち向かう男の不屈の闘志が凄まじい』
『世界チャンピオン決定戦の決勝で殴り合う二人の男の友情。たぎりますね』
『お風呂で三人仲良く水鉄砲をどれだけ飛ばせるかってことだけに400ページ使ってよく面白く書けますよね。感心です』
『ぼくは、ごにんのなかで、あかれっどが、いちばん、すきー!』
 俺はそっとブラウザを閉じた。

 ◇ ◇ ◇

 ヅレチンカヌム物語。
 出版は今から一年前にも関わらず在庫は無し。一冊だけ350円で個人が出品していたけど、個人からの購入だけはこれまでやったことがなくて怖くて買えなかった。仕方がなく、親に読んだことがあるか尋ねて、クラスメイトに買ったことがあるか聞いて、本屋を数件まわったけれど何も分からなかった。
 正確には、読んだことがあるというクラスメイトは何人かいた。
 出版数も少なかったし、出版社もその後倒産したらしく、地方の物流が少ない本屋ならあるかもしれないが、商品の回転が速い普通の本屋にはもうないだろうということだ。
 読んだと言っているクラスメイトの感想は、ネット上のレビューと変わらなかった。
「ヅレチンかぁ。だいぶ内容忘れてるんだけど。確か、洗面器を頭の上に乗せてどれだけ落とさないように進めるかの話だろ? それだけで400ページとか舐めてるよね」
「カヌム! 懐かしい! セパタクローを題材にしてるのって珍しいよね」
『チンカヌね。チ、ン、カ、ヌ。みょんタソのヌードたまらんちんかぬ。なんつって』
 せめて略称統一してくれよ。こっちがたまらんちんかぬ。
 文系男子、理系女子、アニオタと三人の言は、別の話をしているようにしか思えなかった。というか、どれもレビューで見かけた意見だ。ネット上でレビュー読んだだけで実物は読んでいないのかもしれない。本を持ってたら貸してくれって聞いたら全員売ったって言うし。
 最終手段ということで、学校でも有名な文学青年してるやつに話を聞いたんだけど、まさかの当たりだった。
「ヅレ……ヅレンチッ……ヅレチンカヌム、物語、って小説を知ってるか?」
「ヅレチンカヌム物語? うん。持ってるよ」
「まじで!?」
 期待はしていたものの、本当に持っているとは思っていなくて声をあげてしまった。言い慣れなくて二回も噛んでしまった舌がヒリヒリと痛む。でも痛めた甲斐はあった。俺の表情が余程おかしかったのか、目の前の文学青年は呆気にとられた顔をしていた。
「お前ぇ。流石だな。文学青年してるだけあるよな」
「職業じゃないけど」
「で、持ってるなら読ませてくれよ!」
「転校した友達が持ってったまま」
「持ってねえじゃんかよ!」
 期待したとたんに奈落に落とされる屈辱。舌のヒリヒリ返せ。
 俺が振り上げた拳を両腕で包み込んで、文学青年は言ってくる。
「まあまあ。貴重な本だし。そんなに読みたいなら郵送で送って返してもらうように言うからさ。あっちも学校あるだろうから週末になると思うけど。来週の月曜日には渡せると思うよ」
「来週の、月曜」
 今日は火曜日。生殺しともいうのもアレだな。ヌムッとする。いや、もやっとする。
「なあ、どんな話なんだよ」
 それは自分で読んだほうがいいよ。てか、内容を人に話すと十日後に死ぬって噂があるんだよ」
 それもレビューで見たよ、と離れていく背中に言う気も失せた。

 ◆ ◆ ◆

『ヅチレンカヌムかっこよかったぉ。理想の男性ですぅ。ネタバレ伏せますけどぉ、犬に土下座して骨をしゃぶろうとするのとか、いいですよね。はぁん』
 どこが格好いいんだ投稿者。理想の男性の名前を間違うな。
 結局、誰も当てにならなかった。試しに他のレビューサイトをまわったりググったりしたけれど、ネットショップのレビューと書いていることは変わっていない。単にネットショップのレビューに書き込んでいないだけでしかない。
 おはじき三つと棒を用いた競技で覇者になる男の話だとか、開かなくなった扉にはりついて血が全部抜けた、つまり『赤なくなって』青くなった、みたいなホラー物だとか。
 やっぱり何が何だか分からない。
 共通しているのは登場人物の名前と、綿密な描写力があること。出版年が去年であること。直後に出版社が潰れたこと。本屋で売られたものは回収されたこと。正規の流通経路じゃもう入手は無理らしい。まさに幻の本だ。
 それでもレビューは何日かに一件増えているようで、ネットショップのレビューは122件目が書き込まれていた。曰く『どれだけ鳥葬に耐えきれるか。という耐久合戦』とのことだ。流通が止まっているはずだけどレビューが増えているということこそ、嘘レビューが大量発生している証拠になるだろう。
 でも、書店から出た本に対して嘘しか書いていないわけがない。ちゃんとしたレビューも中にはあるはずなんだ。皆が遊び半分でレビューを書いている。ネット上の小説レビュー欄だけが荒ぶっているわけだが、必ず真実が隠されているはず。
 まずは最初の頃のレビューをもう一度見てみる。後のほうになればなるほど、間違いなくネタだろう。最初のほうは読者こそ少なくても、真実があるはずだ。
 だけど最初四つの時点で全く書いていることは違う。
『大国の侵略に一人立ち向かう男の不屈の闘志が凄まじい』
『世界チャンピオン決定戦の決勝で殴り合う二人の男の友情。たぎりますね』
『お風呂で三人仲良く水鉄砲をどれだけ飛ばせるかってことだけに400ページ使ってよく面白く書けますよね。感心です』
『ぼくは、ごにんのなかで、あかれっどが、いちばん、すきー!』
 戦記物なのか格闘物なのかお風呂物なのか戦隊物なのか……お風呂物ってなんだよ。
 ん、お風呂物?
 そこではっと気づく。
 戦記。戦闘。お風呂。そして戦隊。
 お風呂とはつまり、銭湯。
 何かしら『せんとう』をしているんじゃないだろうか?
 戦闘、せんとう……。
「分かるか」
 考えるだけ無駄だった。二秒で止めた。
 明らかな嘘の中から本当のものを探し出すなんて、そもそも本当かどうか証明ができない。読んだことある人たちが別々のことを言って、あまつさえ俺に読めと薦めてくる。その人たちも本当に読んだことがあるのか怪しい。変なタイトルにたくさんのレビュー。ネタを探してネットサーフしてれば見つかりそうなもんだ。俺のようにおかしいと思って、嘘レビューに参加しているのかもしれない。
 それを嘘だとは証明できない。
 まさに、悪魔の証明だ!
 一つの話に群がって話が作られる。明らかに荒唐無稽だから、嘘だって分かる。そしてジョークを楽しむ。案外、ヅレチンカヌムって人が魔王を倒す王道な話なのかもしれない。
 誰も嘘レビューにクレームをつけずに放置されている本。
 どうしても気になった。
 怖いとか言ってられないと意を決して検索する場所を少しだけ変えて、タイトルを入力して検索結果を出す。
 350円で出品されている本を購入するボタンをすかっと押した。

 ◇ ◇ ◇

 届いたのは、次の週の月曜日だった。文学青年が渡せるだろうと言ってた日だ。先に手に入れてしまった。
 手荒にならないように段ボール的な包みから本を取り出すと、パソコンの画面で見た通りの装丁にゴシック体のタイトル。筆記体の英文字が書かれた本が手の中に収まった。画面では読まなかったけれど、英文字の正体は単にタイトルをローマ字で書いているだけだ。あまり格好良くないな。
 逸る気持ちを抑えて、パソコンの前に座り、本を開く。
 俺が真実のレビューを書いて、皆の目を覚ます。
 現物を手に入れるとそんな使命感に駆られた。
 癖で背表紙をめくってみると文学青年の名前が小さく書かれている。お前、どうやら本貸した友達に売られたらしいぞ。明日返してやろう。金はもらう。
「しゃ! 行くぞ! ヅレチンカヌム!」
 気合いを入れてページをめくって読み始めた瞬間、俺は既視感に襲われた。一ページをめくるたびに綿密な描写によって色とりどりの物語が描かれる。
 色とりどりというよりぐちゃぐちゃ。カオス。
 混沌。泥沼にはまっていくかのような感覚なのに心地よかった。
 それほどまでの描写力。
 ヅレチンカヌムの真実。
 本が届くまでに目を皿のようにして見たレビューが次々と頭の中に浮かんでは本文の中へと溶け込んでいく。
 最初から答えはネットの中にあった。
 数々のレビューは嘘であり、ある意味では本当のことを書いていた。つまりは、皆で祭りを楽しんでいただけだったんだ。
 最後まで読み終えて、俺は全てを理解していた。
「――ふぅ」
 あとがきまで読み切って顔をあげると二時間過ぎていた。夕食を食べた後から一気に読み進んでしまったらしい。
 綿密な描写の上に描かれる混沌とした話。そしてあとがきまで巻き込んで完結する物語。
 今なら分かる。読んだことがない人は意図せずに。読んだことがある人は作者の思いを汲んだに違いない。だから、数多くのレビューが書かれているのだろう。
 たまに真実が書かれていても多くのウソにまぎれてしまう。
 それらのレビューを含めて作者がやりたかったこと。
 小説本文とレビューの融合。作者と読者の遊びの結晶。

『ある小説に書かれた全く違う内容のネタバレレビューを読んで、どんな物語なのか想像して混乱する話』とは。

 正に今の自分の状況が小説内で描かれていた。
 名前を聞いてもすぐ忘れてしまうような無名な作家の作品で、更に出版社がなくなって流通もなくなったからこそ成功したネタかもしれない。流通が続いていれば、きっとおかしなレビューも淘汰されて本当のことだけ書かれたに違いない。
 ならば、自分はどうするか。
 この無名の実力派作家が描いた世界を素直に表現するか。それとも。
 自分のとるべき道を決めて、指をキーボードの上に走らせる。レビュー欄に『ネタバレ上等!』と銘打って俺はレビューを打ち込んだ。
『いやー、楽しかったです。モフェケラスとバッナーヌの鼻毛ミサイルとスネ毛触手の撃ち合いとか最高でした。最後に成層圏に漂うレーザー兵器に向かって突貫して地球の危機を救うところとかも。ヅレチンカヌムあっぱれです。あかりとみょんタソのレズレズっぷりの綿密な描写に背筋凍りました』
 投稿ボタンを押して123件目のレビューが画面に表示されるのを確認してから、俺はブラウザをそっと閉じた。
 そして作者のあとがきに書かれていることを確認しようとタイトルの筆記体をメモ用紙に書いて並びかえる。
 あとがきの通りの文字が出てきて、頬が緩んだ。

 DURETINKANUMU STORY
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