Las Fallos(火祭り)(6/7)PDFで表示縦書き表示RDF


主人公とスペインの人たちの会話はほとんどスペイン語です。
Las Fallos(火祭り)
作:高村恵美



第6話


 翌朝、目が覚めてからお化粧を済ませて、バルでトーストやボジェリア(菓子パン)にチーズと紅茶の簡単な朝ごはんの後は、ファジャとカテドラルを見にそのまま出かける。 
今日の服は、カテドラルに入るので、シャツとチノパンにジャケット。うるさくは言われないけれど、ジーンズで教会に入らないほうが無難。どこでもそうだろうけど、夏であればキャミソールなどの露出の多い服も入場を断られる。そもそも、そんな服で歩いていたら、外国では娼婦と間違われるのがオチ。
 まずは昨日前を通ったカテドラル。ここはシエスタの間は閉鎖されるけど、何と毎朝7時15分から入ることができて、しかも無料。
入り口でもらったパンフレットによれば、モスクの跡地に建設が始まったのが13世紀で、14世紀にゴシック様式で完成。17〜18世紀にも手が加えられているので、その当時のバロックや新古典様式の部分もある。
中に入るとそこは、外で人がたくさんいて、ファジャを見に回っているのが嘘のように、しんと静まり返っている。
教会を上から見ることは少ないけど、実はキリストのシンボルの十字架の形をしている。人がたにも見える足の部分はナベ(身廊)、腕の部分はクルセロ(翼廊)、頭の部分をカベセラ(後陣)というのだそう。そしてナベの前の部分にあるのがコロ(聖歌隊席)で、昔、ここには聖歌隊に選ばれた声変わり前の少年しか座ることができなかったそうで、席の周りにはトラスコロという仕切りが立っている。しかも、昔は音楽(民衆の間で歌われていた民謡などは別の、今言われるクラシック音楽)は王侯貴族の特権だったので、教会でのミサは、民衆が唯一、音楽の教育を受けた人が歌う歌を聴ける場所だった。
そしてカベセラの真ん中にあるのが、ゴシック様式の教会に特徴的なステンドグラス。このステンドグラスはキリストが生まれた聖地イェルサレムの方向、つまりスペインでは東に向いている。ステンドグラスの手前に十字架があって、ミサに来た人たちはこの十字架をキリストに見立ててお祈りをささげるわけで、その延長線上にイェルサレムがあるのは、考えてみれば納得できる。
また、ここで見物なのがステンドグラスの上にあるロセトン(バラ窓)。これも作り方はステンドグラスと同じだけど、ステンドグラスが縦長なのに対して、このロセトンは同心円状に小さなステンドグラスが放射状に広がっている。
「きれいだったね。」
「うん。」
 カテドラルを出ると、そんな言葉がもれてしまう。
「こんなところで結婚式できたらいいよね。」
「来年、おさななじみが結婚するよ。教会式だって。」
「そっか。ウエディングドレス、1回は着てみたいよね。」
「でも、神式も捨てがたいよね。白無垢ってのもいいんじゃない?」
「うん。古きよき日本の伝統ね。でも、大学の友達が、『おれは仏式だ。』って言ってた。」
「大学の聖堂でやってるの見たことあるよ。」
「あの大学、卒業生はあの聖堂でただで結婚式できるって本当なの?」
 真琴に聞いてみると、
「いや、嘘。式はできるけどね。」
あっさり否定された。
 ……そうなのか。あのうわさはやっぱりデマだったのか(通っていた大学には、仏式の聖堂があって、「卒業生はそこで無料で仏式の結婚式を挙げることができる。」といううわさがあったのよ)。
「じゃ、次は塔ね。」
 カテドラルに付属しているミゲレテの塔は高さ70メートルで、上空から見ると八角形をしていて、ローマにあるピサの斜塔ほどではないけれど、カテドラルのほうに少し傾いている。
「これも上のほうの彫刻とか細かそう。」
 塔の最上階に窓があって、その上に細かい彫刻が施されている。
 入場時間は朝10時から12時半までと夕方4時半から6時まで。入場料は1.2ユーロ。
 上まで上ってみると、そこには高さ70メートルから見る景色が広がっていて、ここからならバレンシア市街を見渡すことができる。
 市内は至るところにファジャが飾られていて、通りは人がひしめいている。たくさんの女性が民族衣装らしいものを着て、楽器を演奏しながらパレードをしてるから、各地区から選ばれた祭りの女王が、カテドラルの裏の広場に置かれている聖母マリア像に献花をしに行く列だろうか。広場に作られたステージではコンサートや大道芸が行われているのも見える。昨日見た駅の隣の闘牛場の周りには、今日のチケットを買う人なのか、ちょっとした人だかりができている。
「すごい人だね。なんつーか、例えるならタタミイワシ?」
「真夏のディ○ニーランドの比じゃないわよね。」
「真夏でないからまだましだけど、それでもあんな中をこれから歩くのかと思うと、何かげんなりしちゃうなぁ。」
「でもファジャはあの中に!」
 真琴がファンタジーゲームのキャラクターよろしく、人ごみの中をびしっと指差した。
 そのとき、階段を上ってくるカップルの声が聞こえた。途切れ途切れにしかきこえないけど、日本語だから日本人みたい。
 その声がはっきり聞き取れるようになり、「和哉」という声に振り返ると、目が合ったのはあの「和哉お兄ちゃん」だった。
「お兄……ちゃん……。」「梨……維菜ちゃん……。」
 私たちの声が重なった。
 どのくらいそのまま黙っていただろう? 先に沈黙を破ったのは、照れたような顔で頭をかいているお兄ちゃんのほうだった。
「久しぶり。おれが大学に行って以来だから、9年ぶりかな?」
 その言葉にただうなずくしかできない。ようやく言えたのは、
「お久しぶりです。」
という一言で、他人行儀にも頭を下げてしまった。あぁ、きっとこの先、話しても他人行儀な敬語の会話で、昔みたいに何も考えずに笑って話すことなんかできない。
「こんにちは。」
 一緒にいる女性にも頭を下げる。
「こんにちは。」
 彼女も優しい笑顔で返してくれた。
「彼女は俺のおさななじみの崇徳梨維菜さんといって、実家が1軒間にはさんで隣同士なんだ。」
 お兄ちゃんが私を彼女に紹介すると、彼女は
「和哉の妻のちづるです。」
と頭を下げたので、こちらからも真琴を
「大学時代の友人の竹内真琴さん。」
と紹介し、真琴も
「竹内真琴と申します。」
と頭を下げた。
「結婚、してたんですね。おめでとうございます。」
「うん、ありがとう。先週式を挙げて、新年度で忙しくなる前に旅行しようって思って。」
「そうだったんですか。で、この火祭りを?」
「うん。彼女がとてもスペインが好きでね。時期も良かったし。」
 ターコイズ・ブルーの気持ちがいい快晴、とは言いがたいけれども、雲の隙間から光が神々しく差し込む、いわゆる「天使の階段」をバックにお兄ちゃんが言った。
「梨維菜ちゃんは、今何してるの?」
「楽器メーカーで事務です。」
「そっか、もう仕事してるんだね。自分はIT企業でSEをしてるんだ。」
「私だって24ですからね。大学も卒業しましたよ。」
「もうそんな年になるんだね。記憶の中では中学生で制服着たままだったからね。」
「いつまでも中学生じゃないですよ。」
 私がすっとお兄ちゃんから目をそらして窓の外に目を向けるのを見計らったように、真琴が、
「じゃ、そろそろ行こうか。新婚さんの邪魔しちゃ悪いから。」
と切り出してくれた。
「そうね。じゃ、私たちは行きますね。お幸せに。」
「ありがとう。」
 昔と変わらない、優しい顔で手を振ってくれるお兄ちゃんに手を振ると、私たちは階段を下りた。それが私たちがお兄ちゃんを見た最後だった。

「ありがとうね、真琴。自分じゃ『もう行くから。』って言い出せなかったの。」
 塔を出たところで真琴にお礼を言う。
「そうだろうと思ったわ。で、良かったの? あれで。」
「うん。何か、スッキリしちゃった。あんなハッキリと結婚したんだって言われたら、諦めもつくわよ。それに、もう10年近く前の話だったんだもん。大学の時だって、付き合った人がいなかったわけじゃなかったんだし。」
「そっか。スッキリしたかぁ。んでは、ファジャを見に人ごみに乗り込むとしようか!」
「おう!」
 私たちはこぶしを突き上げると、ファジャを見る人ごみの中へ。と思ったら、真琴は時計を見て、
「と、そのまえに、そろそろお昼だね。」
と。
「シエスタの時間帯は混むから、先にご飯食べようか?」
「そうだね!」
 意見が一致したので、目の前にあるバルへ飛び込んで、カウンターに座る。
「昼間だけど、お酒飲んじゃおうか。」
「せっかくだから、ファジャを見ながらはしごするのもいいよね。」
 スペインでは昼間からバルでタパス(おつまみの小皿料理)をつまみながらビールを飲んで、はしごするのも普通のことなのよ。いい文化だなぁ。
「じゃぁ……、まずはカニャ(生ビール)2つ!」
「ケソ(チーズ)とチョリソ(ソーセージ)、パン・コン・トマテ(カタルーニャ風トマトトースト)。」
 カウンターのおじさんは急に入ってきた、明らかに日本人観光客の私たちが、迷わずにポンポンと注文するのでびっくりしながらも、ニコニコ顔で料理を出してくれた。
「ブリンディアス(乾杯)!」
 何に対しての乾杯だかよくわからないけど、ジョッキを合わせると、一気に3分の1を飲み干す。
「おいしいねぇ。昼間からビール飲めるって、スペイン最高。」
「チーズおいしいよ?」
 ここのチーズはおじさんによればマンチェゴ産。ラ・マンチャ地方の羊の乳から作るもので、少し辛味があり、同時にいかにも「チーズです!」っていう感じの強い香りが特徴。
 トマトトーストも一口かじってみると、これも絶品。オリーブオイルの味が少し濃いけど、それ以外はもう何とも言いがたい。
そこで考えたのが、このパンにチーズをのせる。チーズとトマトのおいしさを同時に堪能できる、何とも贅沢な食べ方(安いけどね)!
「どうせなら、スペインにしかないものも食べたいね。」
「うん。ね、ね? このオレハス・ア・ラ・プンチャ(豚の耳の鉄板焼き)は?」
「お? 味覚がだいぶスペイン向きになってきたわね?」
「スペインは美味。」
 うん、自分で言ってもよくわからない理屈。
「おじちゃん、オレハス・ア・ラ・プンチャ!」
「はいよ〜。」
 日本の居酒屋のノリだ。しかも下町の赤提灯系!
 で、すぐに出てきたのがベーコンをカリカリににんにくで炒めたようなもの。
 食べてみると、これも美味! 食感は沖縄名物の(やっぱり)豚の耳で、コリコリとした独特な食感のミミガーみたい。そして味はやっぱりにんにくたっぷり。そのにんにく味の中に酸味があって、先にマリネ液か何かに漬けてあるみたい。
「あとをひくね、これ。止まんないよ。肌のために、コラーゲンはしっかり摂らないとね。」
「日本に帰ったら、ミミガーで作れるかな、これ。」
 ミミガーは塩コショウされた状態で、コンビニやリカーショップなんかでお酒のつまみとして売っている。
「いいねぇ。にんにくはチューブのじゃだめだね。丸ごと売っているのをスライスして、それで炒めないと。」
「日本に帰ったら、さっそくサングリアとマリネ液作らなきゃ。」
「あ、できたら呼んでよ。また飲もう。」
「んじゃ、真琴が材料費負担ね。私は労働力負担するから。」
「何か割に合わなくない? スパイスとか日本で買うと高いじゃない……。」
「あら、呼べって言ったのは真琴よ? 言いだしっぺがすることでしょ?(笑)」
「負けた……。」
 お酢の代金くらいは負担してあげよう。でもいくらなんでも、米酢じゃだめなんだろうな……。ワインビネガー買わなきゃダメかなぁ。
 これだけ食べても代金は格安。私たち2人分で15ユーロだから、日本円で2300円くらい。
 お店を出るとそろそろシエスタ。本来、いつもなら人通りも減るのかも知れないけど、この時期だからなのか、観光地でシエスタの習慣がなくなりつつあるからなのか、全く減る気配がない。
「うん、『祭だ!』っていう感じがするね。」
「それでは、腹ごしらえも済んだことだし、ファジャを見に行こうか!」
「行くぞ〜!」
 うん、何だか自分でもわかるくらいに、いい具合に酔っているみたい。いつもはちょっとクールな真琴も、いつもより陽気な感じがする。お金すられたりしないように気をつけなくちゃ。
 それから私たちは市内の大通りや路地の広場にあるファジャを見て回ったけど、とにかく、どこに行っても人ばっか。いつもはつんとして歩いている猫だって、この日ばかりは遠慮して歩くんじゃないかというくらいに、人が通りにあふれている。市内に住んだり、宿泊している人ばかりではないんだろうけど、形容するならば、まさに「うじゃうじゃ人がいる」。












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