Las Fallos(火祭り)(5/7)PDFで表示縦書き表示RDF


主人公とスペインの人たちとの会話はほとんどスペイン語です。
Las Fallos(火祭り)
作:高村恵美



第5話


 ぶらぶら歩くと、ちょうど20時。エル・フォルカットに着いたところでさっそく今日の夕食。店内に入る前からいい匂いがあたりに漂っていたけど、店内はもっと。サフランや魚介、オリーブオイルのいい香りが充満している。
「おいしそうな匂いがするね。」
「こんな匂いさせられたら、食べないわけにはいかないでしょ。えぇ、食べなかったらむしろ『おいしいものを無視した罪』になるでしょ。」
 何だか「ファジャを見に行くスペイン女2人旅」が、だんだん「真琴と梨維菜のスペイングルメ珍道中」になってきたなぁ。でも、真琴って、こんな子だったっけ? もっとクールだった気がするんだけどなぁ。これも旅のせいか? おそるべし、スペインマジック。
 カマレロさんに案内されて席に着くと、カウンターに巨大な鍋がいくつも並んでいて、もう大迫力。しかも、その鍋からシーフードやお肉、オリーブやサフランなんかのたくさんのいい香りが……。もう生唾モノ! 今夜もお酒が進みそうだなぁ。
「さぁ、何にしよう?」
「やっぱりパエリア食べてみたいな。」
「さすがにニンニクスープはきついかな。」
「メインはどうしよう?」
「ナバーラのマスとかおいしそう。」
「デザート食べてみようかな。」
「ねぇ、カリンのゼリーなんてのもあるよ?」
 で、10分も迷って結局注文したのが、私がきのことウナギのパエリアにナバーラ風マス料理、真琴が海老とムール貝のパエリアに山ウズラのシチュー。
 野鳥料理はヨーロッパでも珍重されているらしい。他にも子豚の丸焼き、牛の臓物ヘレス風、マドリッドの臓物料理なんてものある。まぁ、臓物料理は匂い・味ともに強烈なものが好きな人向きなんだろうなぁ。
 そしてお酒はハウスワインの赤。スペインはワインにかけてはフランスに勝るとも劣らないから、ハウスワインでも十分おいしい。手持ちがないときにはこれかサングリアに限る。ハウスワインとサングリアはお財布の強い味方。
 で、まず運ばれてきたそれぞれの1皿目を見て、正直絶句。量が多い! どう見ても1皿に2人分はあるんですが!? でも周りを見ても、どのテーブルにもこれと同じくらいの量のパエリアがあって、みんな涼しい顔して、普通に食べてる。スペインの人たち、きっと胃袋がブラックホールにつながってるんだ……。間違いない!
 ……とか何とか言いながら、おいしいから、ついつい、私たちも食べてしまいましたとも。きれいに完食。バラエティ番組だったら、空いたお皿にポン!と音がして「完」というハンコおされそうよ!
「おいしかったぁ。」
「まだまだあるわよ〜。」
 で、イケメンカマレロさんに運ばれてきた第2皿。これがまたおいしそうで……。お皿にのったマスが、生ハムの下で
「食べてくださ〜い。おいしいですよ〜。」
とうったえてくる(ような気がする)。
 真琴の山ウズラのシチューもおいしそう。ビーフシチューのようなブラウンソースに野菜とお肉。いい匂いがして、こっちの鼻がヒクヒク動いちゃいそう。
 まずはマスとその上にのっている生ハムを一切れ。
「おいっし。」
 あ、日本語が変。でも、とにかくそれくらいおいしいの。マスは余計な脂がなくてさっぱりしているし、生ハムの塩加減も抜群。
 シチューのお肉を食べてみた真琴も、
「おいしい。お肉柔らかいの。」
とまた素直に喜んでる。
 料理の後でカマレロさんが
「デザートはいかがですか?」
と聞いてくれるので、しっかりカリンのゼリーを注文。これといっしょにカフェ・カプチーノ(スペインのカプチーノには、上にシナモンパウダーをふった生クリームがのっている)も注文。
 すぐに運ばれてきたゼリーは透き通った明るいオレンジ色。よく見ると薄くスライスされた果肉が中に入っていて、これがまたおいしそう。
 ぷるんっと適度な弾力があるのに、それでいてスプーンがすっと入る。
「おいしそう。」
「おいしいに決まってるじゃない。」
 カプチーノのカップからはコーヒーとシナモンの香りが立ち上って、これでもかと嗅覚を刺激してくれる。
 視覚、嗅覚、味覚、触覚を十分に刺激されて、食事を堪能した私たちはエル・フォルカットを後にし、またブラブラ歩いてファジャを見ながらオスタルへ戻る。
「おいしかったね。」
「バレンシア最高。」
 あぁ、女って旅先では食べることに余念がないって言うけど、今回の旅でそれを実感したわ。大学のときのサークルの合宿だって、お金がなかったのもあるけど、こんなに食べなかったと思うんだけどなぁ。せいぜい、城之崎に行って超格安でカニラーメンとか、松島で特大カキとか、浜松でウナギとか……。あら、考えたら案外食べてるわ。
「ねぇねぇ、イルミネーションだよ?」
 私が指差した方向には、建物と建物の間に見える、いくつものアーチに電球を飾り付けて並べたイルミネーション。
「神戸のルミナリエみたいだね。」
「ほんとだね。」
 神戸のルミナリエとは、1995年の1月に発生した阪神・淡路大震災後、被災してなくなった人たちの追悼と、被災地域の復興のために行われている「光の祭典」と言われているもの。もっとも、こっちのバレンシアの方がずっと昔からやっていたことなんだけど。
「でもさ、そもそも、何でこの火祭りって始まったんだろうね?」
 めずらしく真琴が聞いてきた(いつもは私が聞くほう)。
「んっとね、いくつか諸説があるんだけど、私が知っているのは、サン・ホセっていう人がキリストのお父さんで、大工さんだったから、今でも大工さんの守り神なんだ。で、ある年、大工さんたちが、この時期、夜はまだ寒いから、木材の切れ端を集めてたき火をしたのが始まり。この木材がいつ人形になったのかとか、起源はいつごろなのかは知らないんだけどね。」
「そうなんだ? 日本でも、お母さんは『マリア様』って言われてみんな知ってるけど、お父さんの名前って知られてないよね。」
「まぁ、クリスチャンや神学者でない限り、たいていの人が知らないんじゃないかな?」
「うん。日本ってほとんどの人が無宗教だからね。」
 火祭りは別名で「サン・ホセの火祭り」と言われているけど、男性中心に見えがちな日本のお祭りとは違って、もう1人の守護聖人マリア様に捧げるお祭りと言っても間違いではなさそう。
 エル・フォルカットから南へ300メートルくらいのところに、ラ・ロンハという昔の交易所が残っていて、その向かいに中央市場メルカード・セントラルがある。
「このラ・ロンハって、中世にイスラムの王宮があったところに絹の交易所としてできたもので、10年位前に世界遺産になったんだって。」
「きれいだもんねー。」
 ゴシックの建築様式で、中の透かしで彫られた窓やらせん状の柱があって、とても優美なのだとか。今は展覧会やコンサート会場として使われるほか、観光施設にもなっていて、定休日の月曜日以外は無料で入ることができる。
市場の裏に小さな広場があって、ここにもファジャが置かれている。ここのファジャ、今までに見たほかのファジャとは少し違う。
「見て見て。日本の戦国武将をファジャにしてるよ?」
 このファジャ、発泡スチロールか何かの土台に、平たくて小さな板を何枚もうろこのように重ねて甲冑の小札こざねを作るなど、ぱっと見ただけでかなり手が込んでいるのがわかる。しかも、馬に乗っている像で、馬が前足を上げて、後ろ足で立っている状態なので、馬からも生き生きした感じと勢いが伝わってきて、武将の甲冑や馬具をしっかり研究した上で作られていることがよくわかる。
 武将の後ろに立てられた軍旗のぼりに書いてあるのが、「風林火山」だから、モデルは武田信玄? この人、スペインでこんなモデルにされるほど有名なの?
「すごいねぇ。日本人だってこんなの作れる人なかなかいないよ?」
「うん。」
 後ろから
「ハポネサ・カバレロ(日本武士)!」
という女性の声が聞こえ、そのカメラを持った中年の女性が、私たちの肩をたたいて、何か言っている。
「何て言ってるの?」
「さぁ? 早口でわかんない。でもカメラ持ってるから、自分を写真に撮ってくれって言ってるんじゃない?」
 で、カメラを受け取ろうとすると、その女性、「違う違う!」のポーズ。どうやら、私たちを写真に撮りたいらしい。日本人だと完璧にわかっているみたいね。
 で、女性は近くにいた男性にカメラを渡すと、男性はファジャの前を指差す。「並べ。」って言われてるの? で、3人で並んで写真撮られちゃった。きれいに撮れたかな?
 おばちゃんは撮り終わると私たちに
「グラシアース!」
と言って去っていった。ワーッときてワーッと去っていくあたり、嵐みたいなおばちゃんだったなぁ。スペインなんかのラテン系の人って、陽気だって言うけどね。
 で、私たちもせっかくなのでここで1枚ずつ写真を撮る。日本の武将のファジャが飾られているなんて思いもしなかったもの。
 オスタルに戻ったのは日付が変わってから。明日も一日中歩き通しだから、今夜もしっかり寝ておかないと。お風呂上りにマッサージオイルで、今日の功労者の脚をマッサージしてあげることも忘れない。












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