Las Fallos(火祭り)(4/7)PDFで表示縦書き表示RDF


主人公とスペインの人たちとの会話はほとんどスペイン語です。
Las Fallos(火祭り)
作:高村恵美



第4話


「ん……。」
 今日も真琴がお風呂で浴びているシャワーの音で目が覚めた。
昨日の夜はあの後、ベッドに入っても、タブラオで見たあの2人を思い出して、寝返りを打っているだけでなかなか寝付けなかった。最後に時計を見たのは2時半だったから、2時間以上寝返りを打っていたことになる。
「おはよう。」
 ふりむくと昨日と同じようにバスルームの出口で、真琴がまだ乾かない髪にタオルをかぶって立っている。
「眠れた?」
「まぁ、4・5時間は寝てると思うわ。」
「そう、ならバレンシアまでの列車で寝たらいいよ。」
「眠かったらそうさせてもらうわ。シャワー浴びてくるね。」
 そう言うとバスルームへ向かい、シャワーの蛇口をひねった。熱めのシャワーですっきりと目を覚ましたら、ダイエットのために脂肪燃焼効果のあるグレープフルーツとラズベリーの香りのシャンプーで髪を洗う。せっかくスペインの高速列車に乗って景色を見られるのに、寝不足で景色を見られないのはもったいなさすぎる。
 お化粧を済ませてスーツケースに荷物を詰めると、いつもどおり小銭だけを持ってオスタルを出て、朝ごはんへ。今日は近場のバルで済ませる。
 オスタルからグラン・ビアを西へ100mほど行くと、ガイドブックには載っていないけど、ここにも小さなバルがある。昨日のムセオ・デル・ハモンのように天井から生ハムがいっぱいぶら下がっているというわけではないけど、それなりに繁盛している。
 今日の朝ごはんはトーストに「オレンジしぼっちゃうわ機」(笑)で客の目の前で搾ってくれる、ビタミンCたっぷりの濃厚なオレンジジュース。真琴はレタスやたまねぎなどの野菜とチーズを挟んだボガディーリョと、カフェ・コン・レチェ。そして2人で分けるのが、クラッシュアーモンドがのった厚切りのベーコンのシーザーサラダ。アーモンドにはミネラルと、体にたまりにくい脂肪のオレイン酸がたっぷり入っているから、ダイエットに効果的。他にも味覚を正常に保つ亜鉛が多いので、旅行で食事を堪能したい私たちにはぴったり。せっかくおいしいものを食べても、味覚がくるって味がわからないのでは、後々、大後悔間違いない。
「「いただきまーす。」」
 まずは本場のできたてしぼりたてのフレッシュオレンジジュースを一口。
「味が濃いわ。おいしい〜。」
 オレンジなのに甘く、独特の酸味が少なくて、日本のみかんジュースみたいな感じ。あ、日本のお茶とみかん欲しくなってきた。日本に帰ったら、ご飯はしばらく和食三昧かな。うどんにお味噌汁、焼き魚とお漬物。……スペイン料理って日本人の口に合うけど、しばらく和食を見ないと、和食が恋しくて、つくづく自分が日本人だと実感させられる。
「さて、ご飯も終わったことだし、行こうか。」
 そう言って真琴と立ち上がって代金とチップを払ってお店を出たら、オスタルに戻る。
 オスタルのカウンターでチェックアウトをして鍵を返すと、オスタルのおかみさんがにこにこしながら、
「気をつけて、いい旅を楽しんでらっしゃいな。」
と言って送り出してくれた。
愛想のいいおかみさんに手を振ってオスタルを出た私たちは、グランビアでタクシーをつかまえて、昨日行ったプラド美術館の南にあるアトーチャ駅へ向かった。

 アトーチャ駅に着いたのは10時30分。バレンシアへの高速列車アラリスが出発するのは11時20。切符を買っていなければ、全席指定なので早めに切符を買う必要がある。
この時期、バレンシアへ行く列車の指定席は、私たちと同じように、火祭りへ行く人たちが世界中から集まってきて長い列に並ばなければならない。下手な時期だと、駅の窓口では切符を取るまでに半日近くかかってしまうので、私たちは旅行会社に相談した時点で切符は取ってあるので大丈夫。
案の定、アラリスの切符販売窓口には長蛇の列ができて、とにかく整理券が配られるほどにごった返しているが、並んでいる人も駅員さんも「毎回のこと」というような涼しい顔だから、毎年、こんな列ができるのか……と思ってしまう。
「切符は取っておくもんだね。」
「うん。あんなのに並んだら、日が暮れるよね。」
 真琴がげんなりした顔でうなずいた。もし、今ごろあの列にまともに並んでいたら、バレンシアに着くのはきっと夜中近くになるんじゃないかと思う。
アラリスをふくむ高速列車の1等車のプレフェンテと日本のグリーン車に当たるクルブでは料金にもともと飲食料金がふくまれているので、飛行機のように乗務員の人が席まで食事を運んでくれる。それも時間によって、朝・昼・夕食の他、スナックまであるというから至れり尽くせり。まぁ、私たちが乗るのは2等車のトゥリスタだから、食事は自分たちで買って持ち込むことになるので、構内の販売所でパンとフライドポテト、紅茶など適当にお腹にたまるものを買った。
 発着掲示板を見ると、11時20分発のアラリス1123号は5番ホーム発、バレンシアまで約3時間半で着くので、14時50分ころにはバレンシアの駅に降り立つことができるはず。
 改札口を通ってホームに出ると、スペインの駅は高速列車でなければ改札はないので、ホームまで自由にでられる。ただし、列車に乗ると車掌さんが検札に来るから、切符は目的地まで買わないと、不正乗車扱いになってしまうことがある。
「そろそろ来るかな?」
「ねぇ。結構いい車両みたいよ。」
 そう話していると、また昨日のタブラオで会ったカップルが横を通り過ぎて行った。
「昨日の……。」
「うん。」
 そう話していると、男性、つまりお兄ちゃんが一瞬振り返って、目が合うと、はっとしたように目を見開いたのが見えたけど、女性に呼ばれたのか、すぐに彼女を見て話を始めた。
 それと同時に、アラリスが5番線に到着するというアナウンスが入り、間もなくアラリスがホームに入ってきた。
「ほら、来たよ。」
「うん。」
 私たちが乗るのは7号車前から5列目の3番と4番席。
席を見つけて座ってみると、これが2等車とは思えないほどに座り心地がいい。
「ふかふか……。」
「気持ちいい。」
 もう私たち2人とも、この信じられないほどの座り心地の良さにうっとり。この座り心地で2等車だったら、1等車とかグリーン車みたいなクルブはどんな座り心地かと思ってしまう。でも私のそんな夢見心地も束の間。
「これ、本当に2等車だよね?」
「んー。まぁ、大丈夫でしょ。間違っているとか言われたら、車掌さんに確認したりして、本当に自分たちが間違っているなら、移動したらいいのよ。」
 あまりの座り心地の良さに、ついつい、ここが本当に2等車なのか、実は1等車やクルブと間違えて座っているんじゃないかと心配になってしまうけど、小心者でヒヤヒヤしている私とは違って、隣の席に座っている真琴は、至って涼しい顔。
 列車が動き出して間もなく、車掌さんが検札に回ってきたけど、別に席が間違っているとか言われなかったし、別の乗客の人から、「俺の席だ!」なんて言われるわけではないので、どうやら間違ってはいないみたいで一安心。
 列車は途中でマドリッドのすぐ南にあるアランフェスを通る。
「ほら、ここのアランフェスって、国王一家の別荘があるんだよね。」
「ここの王宮なんかも見てみたかったよね。」
 アランフェスは、マドリッド一帯のカスティーリャ・ラ・マンチャ地方にある、あまり大きくはないけれども、王家の別荘として使われた王宮がある町。この地方は一年中雨は少ないけれど、「乾燥した土地」という意味の通り、夏はとにかく暑くて乾燥し、冬は冬で北部にあるグアダラハラ山脈からの冷たい風が吹き付ける、気温差の激しい地域。列車の窓から外を眺めても、一面に乾燥した平原が広がっていて、町という町はほとんど見えない。とにかく、ずっと地平線まで平原に風車が点在するのが見えるだけ。しかし、アランフェスはそんなカスティーリャ・ラ・マンチャ地方の中でも、珍しく肥沃な土地にあるという。
 そしてアランフェスの王宮とは、タホ川のほとりに、王家の春と夏の別荘として16世紀、フェリペ2世が建築を命じてから18世紀後半のカルロス3世の時代に完成した、贅の限りを尽くした豪華な建物。この中でも異質な感じを受ける「アラブの間」(喫煙の間)は、ガイドブックの写真を見ても、アラビア風の装飾で、ここが本当にスペイン王家の別荘なのか疑ってしまう。その理由は、アンダルシア地方のアルハンブラという都市にある、かの有名なイスラーム風建造物のアルハンブラ宮殿にある「二姉妹の間」の完全コピーだから。
 王宮の庭園の写真がガイドブックに載っているけど、これを見るだけでも、ロードリーゴ作曲の「アランフェス協奏曲」が聞こえてきそうなほどに、ゆったりした時間が流れていそう。
 アランフェスを通り過ぎると、列車は山の中に入っていく。この辺りはアルカラス山脈と言って、スペイン国内でもピレネー山脈やアンダルシア地方のシエラネバダ山脈についで、かなり標高の高いところ。降水量が少ないところだから、雪はほとんど見えないけれど、まだ3月で日中の最高気温は、暖かいイメージが強いマドリッドでも14〜5℃と、案外寒かったりする。しかも、人がほとんど見えない。何もない寒々とした景色が、余計に体感温度を下げている。
「案外、スペインでもにぎやかなのはマドリッドとかバレンシアなんかの大きな町だけなのかもね。」
「うん。マドリッドにとにかく人が集中している感じがする。都市部と田舎の地域格差の問題は、万国共通なのかもしれないわね。」
 途中で停まったアルバセーテという町もあまり大きくなく、カスティーリャ・ラ・マンチャ地方の南東に位置する。
「ねぇねぇ、クエンカの宙吊りの家の奥の橋を渡ったところに、修道院を改装したパラドール(中世のお城、昔の貴族の館、修道院などを改装して造った国営ホテル)があるんだって。今度スペインに来たら、パラドールに泊まってみたいよね。」
「スペインのパラドールは、豪華だって言うよね。それなのに安いんだよねぇ。」
「そうそう。一番人気は、グラナダだって。」
「アルハンブラ宮殿の敷地内にあるって言うから、豪華なんだよね、きっと。」
「今回は無理だったけど、アルハンブラ宮殿も行ってみたいよね。歴史的なイスラーム風の建築物に描かれたミニアチュール(細密画)の中を歩くって言うのも、素敵じゃない?」
「しかも、ここのレストラン、シェフの人がすごく腕いいみたいよ。」
「今度来たら、パラドールに決定だよね。」
 ……この後も、しばらく気の早い旅行計画は続いたことは言うまでもない(笑)。またお金貯めなきゃ。
 気がつくと、列車のアナウンスで、マドリッドで聞いていたスペイン語とは明らかに違う言葉のアナウンスが流れている。
「何語? スペイン語じゃないよね?」
 真琴に聞くと、彼女は
「多分、カタルーニャ語ね。地中海沿岸のバレンシア地方やその北のカタルーニャ地方、南のムルシア地方では、公用語はカタルーニャ語やバレンシア語なんだよ。」
と解説してくれた。
彼女の持っているガイドブックによれば、もともとスペイン国内にはスペイン語(カスティーリャ語)やカタルーニャ語、ガリシア語、バスク語などのなどが話されていた。しかし、第二次世界大戦のころからスペインで独裁政権を作り上げた(どっかの北の国みたいな政治体制ね)フランコという将軍が、国内でスペイン語以外の言語を使うことを禁止したため、彼が1975年に死去するまでカタルーニャ語をはじめとするほかの言語は封印されていたらしい。その後、それまでの厳しい中央集権制度に反対する形で地方分離運動が起こって、カタルーニャ地方がその急先鋒となり、1977年に自治政府を樹立して、カタルーニャ語やバレンシア語がこのあたりの公用語になった……とのこと。……高校のときに世界史の授業で聞いたことがある人も多いはず。                                               
 スペイン国内には、スペイン語のほかにカタルーニャ語、ポルトガルの北に位置するガリシア地方でガリシア語、ピレネー山脈の東にあるバスク地方ではポルトガル語に近いが、いまだに言語系統不明な独特のバスク語が公用語として使用されている。もちろん、観光地でお店などであれば普通のスペイン語や英語も、ある程度のジェスチャーも通用するので、それほど困ることはない(その土地の公用語を話せるにこしたことはないけど)。
そんなことを話していると、昨夜の睡眠不足なんかどこ吹く風。お昼ごはんもしっかり堪能して、あっという間にバレンシア・ノルド駅に到着。
「来たよー、バレンシア!」
「マドリッドよりも暖かいねー。」
 バレンシアは地中海に面したバレンシア地方の町で、雨が少なくて一年中乾燥してはいるけども、その分、マドリッドに比べて、夏は涼しくて冬は暖かい、リゾートにはもってこいの町。マドリッドと気温自体はそう変わらないのに、冷たい北風が吹かない分、ずっと暖かく感じられる。そして何とも風情があるのが、バレンシアの東にある地中海の海岸線につけられた、「コスタ・デル・アサアール(オレンジの花の海岸)」という名前。とにかくここの特産品はオレンジが有名で、これがこの名前の由来。
この町のすぐ南にある、アラビア語で「小さな海」という意味のアルブフェラ湖周辺は、この地方独特の、土壁にわらぶきの民家が今でも残っている。農業で少し意外なのが、ここはスペインきっての米どころということで、ヨーロッパなのに、日本のような水田がたくさんあるのだそう。まぁ、それもパエリアがバレンシアの郷土料理だと気がつけば納得できることで、この湖のほとりにあるエル・パルマールという村には、本場のパエリアが食べられるレストランがひしめいているというので、余裕があるのならぜひ行ってみたいところ。
ちなみに余談ではあるけど、バレンシアよりもだいぶ北だけど、カタルーニャ地方のバルセロナ(1992年夏のオリンピック開催地ね)には、1883年、有名なアントニオ・ガウディが31歳の若さで、前任者の辞任によって途中から製作を手がけ、残りの人生のすべてを費やした、サグラダ・ファミリア大聖堂が彼の死後70年以上たった今でも建築中。それでも今完成しているのは、何と東側の「御生誕の正面」、西側の「御受難の正面」と、それぞれにある合計8本の鐘楼だけ。しかも、彼が手がけたのは「御生誕の正面」とその4本の鐘楼だけ。最終的にこの鐘楼が18本建つ予定。
今までのペースを考えると、技術や機械の開発があるとしても、完成にはまだ軽く100年はかかるので、完成品を見たい人は、代わりに地下の展示場にある、彼が作った最終案の石膏模型が展示されているので、こちらをどうぞ。
バルセロナの町中には彼の作品が至るところにあり、これらを見たい人にお勧めなのは、「ルータ・ガウディ」というチケットで、大人7.5ユーロ、学割4ユーロ。これでサグラダ・ファミリアやグエル邸などの入場料が割引される。パセジ・ダ・グラシアという地下鉄3号線の駅の南にある、カサ・アマトリェールで買うことができる。
駅の構内に小さいけど案内所があるので、ここで1枚ずつ地図をもらうことを忘れない。ガイドブックはあるけども、このガイドブックには、残念ながら地図は駅周辺しか載っていないし、持ち歩くにはちょっとかさばるので不便。
 バレンシア駅のホームから、一緒に降りた他のたくさん乗客と改札をくぐり、木枠の窓とオレンジ色の外壁の装飾がかわいらしい駅舎から出ると、すぐ隣には何とでん!と、石を積み上げた何とも重厚な闘牛場が建っている。
「いきなり闘牛場……?」
 その時、闘牛場の中からわぁっ!という大きな歓声と拍手があがった。どうやら、闘牛ショーの真っ最中らしい。
 スペインの闘牛は、最後に牛が殺されるけど、この伝統的な闘牛を見られるのは、今ではスペインだけ。ほかには隣の南フランスとポルトガルで闘牛は見られるけども、牛を殺さない「無血闘牛」が行われている。
「そう言えば、スペインの闘牛は火祭りでスタートするんだったね。」
「うん。でもあれも結構、命がけだよね。観客席でも一番前だと、牛が興奮したら飛び込んでくるって言うし、プロのマタドールの人でも、牛をさばき切れないときがあるっていうし。」
「うん。牛1頭につき、大の男が5〜6人がかりだもんね。」
「見るのはテレビだけで十分だわ……。」
「パンプローナの牛追い祭りも、闘牛ではないけどすごいんだよね。」
「毎年、日本でもニュースになるよね。『今年はけが人が○人出ました。』って。」
「なるなる。あと、どこだか知らないけどトマト祭りもね。町中真っ赤だってね。」
「インドだか東南アジアのどっかの国では、水かけ祭りってあるんだよね。とにかく水鉄砲でも何でも使って、お互いに水かけるって。この日は基本的に、たいていの人にかけても笑って許される。」
「どっかで小麦粉祭りってのもあるって聞いたことあるよ。小麦粉とか投げつけるんだよ、多分。」
「片づけが大変そうだわ……。そんな祭りのときにおしゃれしようなんて考えちゃだめだよね。きっと、逆にねらわれる。」
「祭りのときはどこも無礼講で容赦ないからねー。」
「そうだね。この火祭りも危ないかもよ? まさか、トマトとか投げ合うことはないだろうけど、人ごみだからアイスを服につけられたり、ぶつかったときにジュースかけちゃったりとか。」
「本当だよね。洗濯しやすい服にして良かったよ。」
 ちなみに私たちが持ってきた服は、シャツにジーンズとチノパン、デニム生地のジャケットとスニーカー。動きやすさと洗濯のしやすさ重視といえば、とにかくこれに限る。
「さて、オスタルでチェックインしようか。」
「そうだね。チェックインしたら、さっそくファジャを見に行かないとね。この時期はシエスタなんか取ってる暇はないわよね。もともと、暑い時間に休憩して、涼しくなる夕方に活動再開するためのものであって、今は昼間でもまだ涼しいし。」
「できれば全部見たいなぁ。……でもすごい数らしいから、多分、無理だよねぇ。」
「見たいファジャは、あらかじめピックアップしておかなきゃね。なんせ600点あるっていうんだからさ。」
 ファジャとは、このお祭りのメインである張子の巨大な人形。専門の職人さんが、このバレンシアには何人もいて、毎年、1年かけてこの火祭りのためにファジャを準備するというのだから驚き。準備に1年かかることじゃなくて、むしろ、このファジャを作ることが仕事になるということの方がびっくり。
 駅から北に伸びるマーカス・デ・ソテロ通りを進むと、左に市役所、その向かいに市役所広場がある。祭りの最終日の19日深夜0時、日付が変わると、飾られていたファジャが大小約600体、町中からここに集められ、最優秀作品以外のファジャが全て焼かれるそう。再優秀作品として焼かれずにすんだファジャは、市街地の北部にある火祭り博物館に追加展示される。
「そうそう。毎年優秀作品のファジャが博物館に展示されるでしょ? これ、年代を追って順に見ていくと、社会の変化がわかって面白いんだって。」
「へぇ〜。じゃぁ、バルセロナオリンピックがあった1992年の優勝ファジャは、やっぱりオリンピック絡みだったりしたのかな?」
「どうだろう? 観客の投票で決まるから、その年にオリンピックがあるからって、それをテーマにしたファジャが優勝するとは限らないんだし。」
「そっか。でも、戦争とかあった年には、それ絡みの作品が強いかもしれないよね。」
「その可能性はあるよね。観客の関心もあるしね。」
 ここバレンシアでの宿は、市役所の北100mくらいのところで、マーカス・デ・ソテロ通りに面した、どこへ行くにも交通の便がいいオスタル・ベネシア。
「あ、ここだね。今夜の宿。」
「見た目きれいだねー。」
 オスタル・ベネシアはオスタルとしては大きな建物で、客室は51室もある。外から見た感じはとてもきれい。
 フロントでマドリッドのときと同じように、
「TAKEUHCI.」
「SUTOKU.」
と告げると、ここのご主人らしい、赤ら顔のおじさんはとても歓迎してくれた。
チェックインの書類を書いていると、ご主人は娘さんなのか、私たちと同じか少し若いくらいの女性を呼んで、その女性が私たちを部屋に案内してくれた。
部屋に入ると、これまた外観よりびっくり。すごくきれい。さらにお風呂場にはバスタブ、エアコン、テレビ、ドライヤーが備え付けられていて、設備はホテル並み。これでシングル49.28ユーロ、ダブル57.09ユーロとお手ごろ。うれしいことに、金曜日から日曜日には割引料金が適用されるので、さらに安くなる。
しかも運がいいことに、南東側の角部屋で、一番市役所広場に近くて面しているので、うまくいけば、ここの窓から最終日のファジャを燃やすフィナーレが見られるかもしれない。何と言っても、ここなら服にジュースをかけられる心配も財布をすられる心配もないし、窮屈な思いをして見ることもない。反対の西側の部屋でなくて良かった。
「ついてるよね、この部屋。広場目の前だよ!」
「見えるといいなぁ。」
 そう言うと、案内してくれた女性が
「ファジャ、ミエマス。」
と片言の日本語で言ってくれた。
びっくりすると、彼女が笑って言うには、彼女は一昨年の9月に大学に入学した大学2年生で、後々、ここのオスタルを継ぐつもりで、
経営学部で経営学を勉強しながら、外国語学部の日本語の授業にも出席しているのだとか。スペインは日本人の旅行客が多く、このオスタルにも日本人が多く泊まるので、日本語を話せればとても便利になるという(もしかしたら、英語は高校まででクリアしてるのかも。フランス語やイタリア語は、同じラテン語から派生した言葉だから、スペイン語を話せれば、大抵は理解できるというし)。
彼女が部屋を出て行くときに、
「グラシアス(ありがとう)。」
と声をかけると、彼女は人懐こい笑顔で手を振って出て行った。

「いざ出陣! さぁ、ファジャを見るぞ!」
「おー!(笑)」
 真琴の声に合わせて拳を突き上げてみたのはいいけど、……何だか戦国時代の合戦の陣みたいな会話だなぁ。「いざ出陣」ってのも、それに対して「おー!」ってのも。私たちは間違いなく日本人だけど、ここは間違いなく21世紀のスペインだぞー? 日本の戦国時代にタイムスリップしたわけじゃないぞー? バレンシアには火祭りを見に来たはずだぞー?
 持ち物はいつもどおり、必要最低限のお金とハンカチ、パスポートのコピー、ジャケットとさっき案内所でもらった地図。これだけ。当然、残りのお財布やパスポートの原本はセーフティボックスへ入れて、戸締りも忘れない。
「さて、とりあえずどこから行こうか?」
「うむ、夕食をどこで食べるか決めて、そこに向かいながら見ない?」
 そこで私たちが今夜の夕食に選んだのが、旧市街の北の端にあるエル・フォルカット。パエリアが有名なお店らしいから、今からお腹を空かせておかないと。
「すごいねー、ファジャも人も。」
 すでに街中は私たちと同じようにたくさんのファジャを見る人でいっぱい。それはもう、昔、テレビで見た、大阪万博のうじゃうじゃとした人ごみを思わせるような感じ。さらに、それを報道する各国のテレビの取材陣なんかも繰り出している。
「こりゃ、財布なんか持ってたら、すられても文句言えないわよね。」
 ……この人ごみで財布を持ち歩こうっていう考えが、そもそもの間違いでしょう。たとえ、外国に比べて犯罪が少ないという日本でも、十分すられる可能性はあるわけで……。
 バレンシアの旧市街は、ノルド駅の北、昔、トゥリア川を埋め立てて公園にしたトゥリア公園まで。人口が増えて旧市街に収まりきらなくなったので、トゥリア川の外側に新しく拡張されたのが新市街。ヨーロッパの都市、特に要塞都市として発展した都市の中には、城壁こそ取り払いはしているものの、こういうように旧市街の外に新市街を持ち、それを区別している町がいくつもある。
 私たちはオスタルからまず東に出て、トゥリア公園の手前にあるサント・ドミンゴ修道院方面へ向かった。
「修道院って、ほんと、きれいだよね。」
「うん。シスターの人たちって、毎日大変なんだよね。起床朝4時とかだよ?」
「お祈りの最中に眠くなったりしないのかな……?」
 私ならお祈りしながら頭カクカクしちゃいそう。高校や大学の授業中も、興味がないのに必修の授業はそんな感じだったもの。
「興味なかったらそうなるよね。でも、現代のシスターの人たちって、家が没落した貴族の娘がシスターになっていたような(もちろん、そういう人ばかりではないけど)昔と違って、自分の意思でシスターになってるからね。」
「キリスト教じゃないけど、仏教であったよね。そんな話。」
「あったっけ……?」
「仏陀のお弟子さんが、説法聞きながら寝ちゃってね。他のお弟子さんたちは『説法の途中で寝るとは不真面目だ。』と言うのを、仏陀はその場では『まぁ、人間だから寝てしまうことはありますよ。』と言ってあげるんだよ。でもその後で寝ちゃったお弟子さんを呼んで叱ったら、そのお弟子さんは常坐不臥と言って、仏陀の前では絶対に横にならない、つまり寝ないという誓いを立てて、そのまま失明しちゃったという話があるんだよ。」
「へー。仏教の話は全然知らないわー。」
「しかし、ここ、質素なのにきれいだよね。」
「うん。何様式なのかな……?」
「ゴシックではなさそうね……。」
「あれって、わりと豪華な様式だもんね……。」
 ゴシック様式はドイツなどヨーロッパ北部のよく教会に見られる建築様式で、高い塔とステンドグラスが特徴の、日本人がよく思い浮かべる、いわゆる「教会」のイメージ。
「ロマネスクとかなのかな?」
 ロマネスク様式は12世紀ごろイタリアの教会でよく使われた建築様式で、ドーム型の天井が特徴。
「わからん……。お手上げ。」
「こっちも降参。」
 ちょうど夕方の鐘が鳴った。こんな音を聞くと、別にクリスチャンでも何でもない私たちも、何だか厳かな気持ちになってしまう。
「そろそろ日も暮れてきたね。」
「うん。暗くなっちゃう前に見に行こうか。」
「うん。ここの道を北に行くと、広場に2つファジャがあるみたいよ。」
「じゃ、それだ。」
 サント・ドミンゴ修道院の前の道を北に進むと、確かにトゥリア公園沿いに小さな広場と教会があり、大きくはないけどファジャが2つ並んでいる。
 タキシードの男の子とウェディングドレスの女の子が並んでいるものと、セルバンテスの「ドン・キホーテ」の主人公らしいファジャがある。
「ドン・キホーテのほうは、今年でセルバンテス生誕450年だからかなぁ。」
「……1457年生まれか。そんなのを日本のテレビで言ってた気がする。」
「もう1個のカップルのほうはなんだろう?」
「さぁ? 作った人が結婚したとか?」
「あぁ、納得。かわいいよね。」
 他にもいくつかファジャが見つかったけど、さすがスペイン。フラメンコダンサーのファジャもある。
 そしてかなりびっくりなのが、材質がものすごくしっかりしていること。これが1つの発泡スチロールを切ったり削ったり、組み合わせたりして、その上に色を塗っている。だけど、ぱっと見た感じでは土台が発泡スチロールだとは全然思わないし、安っぽい感じも全然ない。
「見て見て。カテドラルだよ?」
 カテドラルとは、その都市(周辺地域もふくむ)の中でも一番大きな、いわゆる大聖堂。
「今から入るのはもう遅いから、明日にしようか。」
「これ、付属の美術館と塔にも上れるっていうから、明日入ってみようよ。」
「いいね。」


まだまだ続きます。おいしいもの満載。











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