Las Fallos(火祭り)(3/7)PDFで表示縦書き表示RDF


主人公たちとスペインの人たちとの会話はほとんどスペイン語です。
Las Fallos(火祭り)
作:高村恵美



第3話


そして20時、今日の夕食へ繰り出すためにタクシーで王宮方面へ。王宮とは言っても、国王一家はここには住まれておらず、他の所に住まれている。年に何回かある祝日のほか、公式行事が行われるとき以外は一般に開放されていて6ユーロで見学することができる。
到着したのはソルからマヨール通りを東へ500メートルくらい走ったところのカサ・シリアコ。13時〜16時、20時〜24時。1・2・3号線ソル駅から東へ徒歩10分。
ここはサービスと味は天下一品級だとかで、国王陛下やその母君もお忍びでご来店されるそう。1906年創業の老舗で、建物が保存指定されているだけあって趣がある。
お店の外に看板があって、そのメニューを見ると、ここのお店は肉料理が得意みたいで、肉料理のメニューが多い(と真琴が言う)。
メニューがここはパソコンで打ったものを掲示しているからいいけど、黒板に手書きしてあるものがあると、これは厄介。スペイン語や料理の名前に詳しい人でも、スペイン人でも解読が難しいと(ある意味では)芸術的文字。そこまでこだわらなくてもいいのに……。むしろ、読みやすい字で書いてほしい! まぁ、最近は観光地なら英語や日本語のメニューも用意しているところもある。
店に入ると、若いカマレロのお兄さんが近づいてあいさつをしてくれた。席の希望と人数を伝えると店の奥のテーブル席に案内された。高級店なら予約しているはずなので、自分の名前を言えばいい。ちなみにこういう大衆的なお店ではテーブルにも種類があって、それぞれで値段が違う。一番高いのは白いテーブルクロスがかかったテーブル席。その次がカウンターの椅子席。一番安いのがカウンターの立ち席。
まずは第1皿として前菜、スープ、野菜料理、卵料理などの中から1品注文する。ただし、スペイン料理は日本では考えられないほど量が多いので、第1皿は2人で分けることにした(高級料理店では基本通り1人1皿ずつ頼むのが無難)。そこで注文したのは卵料理の代表格といえるトルティーリャ。ジャガイモとたまねぎ、コショウで味付けした、シンプルでオーソドックスなトルティーリャ・エスパニョーラを注文した。
この第1皿と同時に注文するのが肉料理か魚料理の第2皿。両方出されるフランス料理とは違って、肉か魚かを選ぶようになっている。これがメインディッシュ。
何がいいかよくわからなかったので、カマレロさんに
「おすすめは?」
と効いてみると、ある肉料理をすすめてくれた。
これはここのお店の名物料理と言われるペピトリア・デ・ガリナ。鶏肉を特製ソースで煮込んだものを注文する。真琴は色々な魚介類を煮込んだサルスエラという、スペイン風ブイヤベース。
 料理を注文し終わると、今度は
「飲み物は?」
と聞かれる。せっかくなので、安い割りにおいしいワイン。スペイン料理の時には、フランス料理のように「肉には赤、魚には白」という決まりは特にないので、ロゼのハネ・ペントゥーラ・ブリュット。最後にカヴァとついている通り、スパークリングワイン。
 もちろん、ワインだけでなくビールやミネラルウォーターもある(ただしコーヒーなどとは別)。水もワインと金額がほとんど変わらないので、お酒に弱くなければぜひとも飲んでみたいところ。
 まず最初に運ばれてきたのはワイン。やや辛口で程よく冷やされているから、コルクの香りや味が少し残る中にある苦味も嫌味な感じがしなくておいしい。そしてこのカヴァでのお楽しみは、何と言っても泡が弾ける時の小さなパチパチという音の「天使の拍手」。なんともキリスト教文化圏らしいロマンチックなネーミング。クリスマスに恋人と夜景がきれいに見えるバーで飲みながら……と思ってしまう。
 さっそく運ばれてきたトルティーリャ。うん、ホクホクで塩とコショウの加減が絶妙。このままパンにはさんでもいいなぁ。
「おいしい。」
「いくらでも食べられる。」
 お昼ごはんは13時過ぎだったのでちょっとお腹いっぱいかもしれないと思ったのは撤回。しっかりいくらでも食べられる。
「食べ応えあるねぇ。」
「なのに安いんだよね。」
「帰ってからの健康診断が怖いわ……。」
 ああ、年度始めに健康診断なんかがあることなんかすっかり忘れてた。どうやって体重をごまかそうか、今から対策を練らないと。旅行前にダイエットしたけど、帰ってからもやっぱりダイエット続行だわ。
「家にあるスカートとか大丈夫かな……。」
「今日買ったスカート大丈夫かな……。」
 そんなことを言いながらも、しっかり口と手は動いてしまう。恐るべし、スペインマジック。
トルティーリャは「スペインオムレツ」とは言うけども、日本のオムレツとは違って、形が丸い。ホットケーキを分厚くしたような感じで、ジャガイモが入っているからかなりボリュームがある。日本に帰ってからちょっと調べて作ってみようかな。きのこやほうれん草とか、ある物を入れたらできそうだし。
 ちなみにこのトルティーリャ。似たような名前のメキシコ料理のトルティーヤを聞いたことがある人も多いはず。 
昔、メキシコで元々現地の人たちがこれを作っているのを見て、征服しに行ったスペイン人がトルティーリャに似ていることからこう呼んだらしい。実際にはトルティーヤはクレープ生地のようなトウモロコシの粉で作った薄焼きのパンで、丸くてうす黄色いということ以外は似ても似つかないけど。
 さてさて、第2皿。今日のメインディッシュ。ペピトリア・デ・ガリナのお出まし。野菜と鶏のモモ肉をコトコトとじっくり煮込んであるみたいで、口に入れるとすごく柔らかくて崩れていく感じ。皮も適当についていて、味にコクがある。
「もう何も言えない。」
「おいしい。」
 もうさっきからこればっかり言ってる気がする。きっと私にはグルメリポーターという仕事は合わないんだろうなぁ。これおいしいけど、食べても某有名グルメリポーターみたいに
「味の○○や〜。」
なんてコメントは出てこない(あの人の表現が独特なのか……?)。
 真琴のサルスエラ(スペイン版ブイヤベース)も、目の前にあるだけでいい香りが漂ってきて生唾物。
はさみ付きのエビやムール貝など色々なシーフードの具がどっさり入っていてサフランで味付けされている。そりゃもう「味の悲喜劇」(サルスエラとは、元々スペインオペラの「悲喜劇」という意味のサルスエラが語源)よ。
 ほとんど「おいしい。」の一言と、ムシャ、モグという2つの音しか発せずに料理をきれいにお腹に収めた私たち。するとまたまたカマレロさんのご登場。
「デザートは何になさいますか?」
 しかし、私もさすがの真琴もお腹いっぱい。こういうとき、スペイン料理の場合はデザートをパスしてコーヒーなどの食後の飲み物に進んでも構わない。
 もっとも、理由はお腹がいっぱいだけではない。スペインのレストランであればプディングはどこにでもあって、それ自体はたいていの店ではおいしい。だけど、どこへ行っても、注文のときに何も言わなければ、その上にホイップクリームが必ず山盛りになって出てくる。しかもとんでもなく甘い。店によっては、さらにまずいというおまけがつくこともある。……でも、スペインの人たちは食べちゃうんだよねぇ、これ。
「いいえ、結構です。」
「コーヒーはいかがですか?」
「ミルク入りのコーヒーを。」
「ブラックで。」
 スペインのコーヒーといえば、エスプレッソが基本。せっかくだから小さなカップで出てくる熱々の本場のエスプレッソで、ちょっと高級感を感じてみたい。
「あ、タクシー呼んでもらうんだった。」
「じゃ、コーヒー持って来てくれたときに言おうよ。」
 毎度のことながら、ここからフラメンコのライブハウスまではあまり遠くはないけど、夜に外を歩くのは危険なので、絶対にタクシー。呼んでおいてもらえば待たずに店を出られる。
 すぐにカマレロさんがコーヒーを運んできてくれたので、
「タクシーをお願いします。」
とお願いすると、そのカマレロさん、愛想良く笑ってカウンターに入ると電話してくれた。
 カマレロさんによれば、10分くらいでタクシーが来てくれるらしいから、それまでコーヒーを飲んで一息入れる。
「エスプレッソってやっぱり濃いね。」
「でもおいしいんでしょ?」
「うん。」
 やっぱりエスプレッソは熱々のブラックに限るなぁ。コーヒーのうまみが凝縮されていて、余計な味がないから、その豆の味がストレートにわかる。ごまかしがきかないから、豆を挽いたり入れた人の腕がわかると思う。
 そんな風に飲んでいると、カマレロさんが来てタクシーが着いたことを知らせてくれた。
というわけで、お勘定へ。
「ラ・クエンタ・ポルファボール(お勘定をお願いします。)」
 そういうとカマレロさんが伝票を持ってきてくれる。
 スペインのレストランでは、日本と違ってレジではなくテーブルでお金を払うのが普通。言い方がわからなければ、右手にペンを持って左手に書き込むジェスチャーでも通じるのでご安心を。
 お会計は1人あたり23ユーロ。ここは予算が1人20ユーロくらいからだから、まぁ妥当な額。
 23ユーロずつお金を出して、さらにプラスしてチップとして1ユーロずつ渡して、
「グラシアス(ありがとう。)」
と言って店を出てタクシーへ。
 さぁ、次はフラメンコだ! 
 スペインの夜は長い! 22時過ぎに夕食が終了して、これからがお酒の時間。みんな夜更かしなんだなぁ。

 タクシーでタブラオ(フラメンコのライブハウスの前身)のラス・カルボネラスに着くと、そこはもう人が中の席に座っていて、ダンサーが出てくるのを待っている。
 入り口で昼間にフナックで買ったチケットを見せると、ステージに向かって左側の席を指差されたのでそちらへ。
 席を見つけて座ると、ここでもカマレロさん(って言うのかな?)が注文を聞きにきてくれるので、今度はチンチョンというアニス酒を注文。アニス酒は香辛料のアニスで味付けした淡いピンク色のリキュール。スターアニス(八角)というハーブによく似たスパイシーで甘い香りがするけど、金額は希少価値が高いアニスのほうが断然高いのだとか。
 アニス酒が運ばれてきたのとダンサーとギタリストが数人ステージに出てきたのはほぼ同時。その瞬間、周りの観客席から拍手が起こった。
 見た感じ、ほとんどのダンサーの女性はまだ若くて、22〜23歳そこそこくらいに見える。ラテン系の女性は大人っぽく見えるから、もしかしたらもっと若いのかもしれない。
 ここで補足だけど、フラメンコではダンスの途中で、フィナーレなどでステージから誘われない限り、観客からは手拍子パルマを打ってはならないというマナーがある。フラメンコは独特の足で鳴らすリズム(サパテアード)とギターのトーケがダンサーにとって重要で、素人の手拍子はこのリズムを狂わせてしまい、周りから白い目で見られてしまう。代わりに「オレ!」という掛けハレオは歓迎されるという。
 面白いことに、この「オレ!」という掛け声は、イスラム教の唯一神であるアラーに由来しているという説もある。これはスペインには8世紀初めから1248年に、レコンキスタでスペイン王国がムスリムの本拠地だったセビリアを陥落させるまで、イスラム王朝が支配した歴史があるため。
「アニスっておいしいねぇ〜。」
「ヨーロッパって、いいお酒の宝庫だよね。」
「日本の焼酎なんかもオツだけどね。」
 それにしてもさすが本場スペイン。ダンスもギターを弾きながらの歌も情熱的。最初のダンサーが踊るのは陽気でノリのいい曲で、ダンスやバックで歌われるカンテもかわいらしくてコミカル。
フラメンコというと、日本ではダンサーは女性のイメージが強いけど、スペインでは男性のダンサーもたくさんいる。違いは上半身、特に腕の動かし方。女性が曲線的で優雅なのに対して、男性は直線的で力強い。
と、ダンスを見ていたら隣のテーブルにいるカップルも日本人だということに気がついた。しかも男性の顔に妙に見覚えがある。というか、10年くらい前までは家の近くでよく見た顔だ。
私より3歳年上だから、もう27歳になるはずだけど、笑うと「男前」と言われる某お笑い芸人の男性によく似た、高校生くらいのときの面影はそのまま残っている(当時はその芸人さんもデビューしていたかどうかわからないけど)。
女性も男性と同じくらいか1・2歳若いくらいのショートカットで「美人」というよりも「かわいい」感じがする。
「隣のテーブルの人……。」
 真琴に顔を近づけて小声で言ってみると、真琴も
「何?」
と顔を近づけてきた。
「何か、見たことあるなぁと思ったら幼なじみみたい。」
「幼なじみ? どっちが?」
「男の人のほう。」
 真琴は彼に向けた目を私に戻すと、にやっと笑って、
「……結構、男前ねぇ。」
と言う。
「ば……っ!」
 「ばか」とさけぶ寸前で何とか口を手でふさいだ。おかげで周りのテーブルにいた人が4・5人ふりむいただけで、ステージは何事もなく進む。もちろん、例のカップルもチラッとこっちを見た、気がする。
 1人目のダンサーが踊り終わって、それまで後ろで手拍子を打っていた仲間のダンサーのうち1人が、1人目と入れ替わりにステージに立つ。
 今度の曲は暗くてシンプルなリズムではあるけど、ダンサーの女性の凛とした表情が、曲に深みと威厳を与えている感じがする。
 例のカップルを横目でチラッと見てみると、2人とも左の薬指にシルバーのリングをしているのが見えた。
(結婚……してる……?)
 そのとき、女性のほうがこっちを見た気がした。
 その後もステージは何事もなく進み、5人目のダンサーである男女のペアが踊り終わったところで今日の1回目のステージは終了(大体毎晩、ステージは2回。混んでいなければ1回目と2回目を連続で見ることもできるけど、基本的に入れ替え)。
 ここでもやっぱりタクシーを呼んでもらう。例のカップルは私たちよりも先にタクシーが着いたらしく、タブラオを出て行った。
「ねぇ、さっきの人、ただの幼なじみとは思っていないみたいね。」
 オスタルに戻るタクシーで、真琴がおもむろに口を開いた。
「うん……。」
 オスタルの部屋に戻ると、私はベッドに腰掛けて、ポツポツと話し始めた。
「あの人はね、石原 和弥さんといって3歳年上で、昔、2軒隣に住んでいた幼なじみなの。私は『お兄ちゃん』って呼んで、お兄ちゃんは私を『梨維菜ちゃん』と呼んでた。」
「うん。」
「中学のとき、数学なんかでわからないことがあったら、2年生まではお兄ちゃんは数学が得意だったから、ノートと教科書抱えて、宿題聞きに行ったりしてたんだ。」
「……。」
「高校卒業したら、お兄ちゃん、関西の大学に行ったから、家を出たのね。それっきり会わなくなって、9年ぶりに。」
「……うん。それで?」
「……初恋だったの。小学生のときから。」
「そうか……。」
「あれから9年もたってるんだもん、結婚くらいしててもおかしくないよね。」
 ふっとため息をついてしまう。
「結婚? 一緒にいた女の人と?」
「うん。左の薬指にシルバーのリングしてるのを見たの。」
「……で、梨維菜はそのお兄さんに、まだ未練はあるの? 9年前、言わなかったことについて。」
「どうなのかなぁ。言ったところで、彼の進学先が変わったわけではないだろうし、当時、私は高校生だったから、携帯も持ってたかどうかのころで、電話番号聞いても、まだ通話料高かったし、関西まで会いに行くというのもかなり無理な話だったしね。それに今、『昔好きだった。』と言ったところで何も変わらないじゃない。別にあの女性と別れてほしいわけじゃないもの。」
「そう……。」
 その夜は遅いから寝ることにした。明日はついに祭り真っ只中のバレンシアへ。やっぱりすごい人出なんだろうなぁ。












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