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ミツバチと小さな恋のお伽草子

作者:未彩
 八媛(やえ)波知(なち)は幼馴染です。生まれたときからのお隣さんの二人。八媛はふわふわとカールした癖ッ毛の薄茶色の髪と瞳の可愛い女の子。対して、波知はサラサラの黒髪と利発そうな大きな瞳の男の子です。

 いつも一緒の二人は好きなものも似ています。八媛がはちみつたっぷりのあまぁい紅茶が好きなら、波知も甘いお菓子に目がありません。
 波知が青く広い大空を大好きなら、八媛は青く広い大空をいつか絵本で見たように自由に飛んでみたいなぁと思うのです。

 お母さん達がどれだけ頑張って刻んで刻んで細かくしても、避けてしまうくらいには、二人はピーマンと人参が大の苦手です。
 好きなものも嫌いなものもほとんど一緒、遊ぶときもいつも二人一緒と、仲の良すぎる二人に、お母さんや保育園の先生は苦笑いです。

 小さな田舎町で育つ二人です、道端を歩く虫達はお友達と言っても過言ではありません。八媛も波知もアマガエルのひょうきんで愛らしい姿も、毒を持たない小さな蛇の何だか神様みたいな威厳を感じさせてくれる姿も、ヤモリやトカゲのコロっとした瞳も大好きです。

 けれど、八媛がとても苦手としていて、波知がとても大好きな生き物が一つだけ、あります。レンゲの花の咲くころになると、野原を自在に飛び回り出す、ミツバチ。

 八媛はミツバチをとても苦手としていました。波知はミツバチがとても大好きでした。八媛の好きなはちみつたっぷりのあまぁい紅茶は、ミツバチがいるから出来るんだよ、と、訳知り顔の波知がなだめても、八媛はミツバチがどうしても苦手でした。


 八媛は飛ぶ虫が苦手というわけではありません。ミツバチが苦手なだけで。八媛がどうしても受け付けないミツバチ、それは、一つの絵本を読んでもらった頃から。
 絵本の中で、ミツバチは最後に死んでしまうのです。他の強いハチ達と違い、誰かと戦う為に自分の針を一度使ったならば、針と共に死んでしまうミツバチ。
 そのお話を知ってから、なんとなく苦手なミツバチは、八媛にとって決定的に苦手なものになりました。どうしてでしょうか、八媛は死んだそのミツバチを知っているようで、とてもとても悲しかったのです。

 八媛には死んでしまったミツバチが、八媛がどうしてもミツバチが苦手なことを知っていて、八媛を守ってくれる優しい幼馴染に。まるで、波知に思えて仕方がなかったのです。
 けれど、この話を誰かにすると、笑い飛ばされてしまうので、この話は八媛の心の中だけにしまっていました。


 或る日、八媛は道端で、雨に濡れて死にかけの状態のミツバチを見つけました。ミツバチなんか、死にかけてても知らない。心の中で繰り返して、八媛は一度はその場を去ります。  

 けれど、結局気になって仕方がなかった八媛は、再びミツバチのいた場所に戻りました。隣に、波知を連れて。どれだけ気になっていても、八媛はやっぱりミツバチは苦手なのです。

 だけど、死にかけていたミツバチを、そのまま放っておけるでもなく、そんな八媛を知った波知が、八媛と一緒にミツバチの所に来てくれました。


 直接触って、驚かせて針で刺されてしまわないように、近所の植木鉢からもぎ取ってきた一枚のはっぱ、八媛と波知はミツバチにこれ以上雨が当たらないようにしてやりました。
 それ以上に出来ることは、残念ながら八媛と波知には在りません。八媛は小さなハンカチを取り出し、二重に雨が当たらないようにとしてやりました。



 そんな出来事の夜のことでした。お母さんにお休みなさいを告げて、ベッドに潜ろうとした八媛は、何処からか聞こえる小さな声に呼び止められました。

「プリンセス、プリンセス、私の声が聞こえますか?」
 突然に響いた声に、八媛は驚いて、首を傾げます。小さな声はプリンセスと呼んでいます。今、この部屋にいるのは八媛だけです。八媛のことを呼んでいるのでしょうか?


「だぁれ、わたしは八媛よ。プリンセスって、だぁれ? あなたはだぁれ?」
「ああ、プリンセス。私めはお昼間に情けをかけて頂きました。プリンセス、ハンカチをかけて下さったのを覚えておいでですか?」
 その言葉に、八媛はとても驚きました。小さな声は昼間に八媛が波知と共にはっぱとハンカチをかけてやったミツバチだというのです。そして、八媛のことをプリンセスと呼びます。


「プリンセス、私めは貴女さまをお探ししておりました」
「変なハチさんね、どうしてミツバチさんがわたしを探すの? あなたはホントにお昼間のミツバチさん? ミツバチがどうしてお話しできるの?」
 八媛の疑問に、小さな声は少し悲しげな声で返します。

「プリンセス、貴女がお情けをかけて下さった私めは、あれからほどなく天へと召されているのです。天へと召されはしましたが、貴女さまの行動はとても嬉しかった。 
 召された私は、貴女さまの正体を知り、こうして参りました。貴女さまに昔話を思い出して頂こうと……」

 八媛には難しい言葉がたくさんで、けれど、一つだけ解ったのは、あのミツバチは死んでしまったのだと、それだけです。八媛は悲しくて、耳をふさぎました。


「知らない!! 死んでしまったミツバチなんて、大嫌い!! 出てってよ」
 叫んだ八媛の耳に、思いがけない声が飛び込んできました。



「余計なことをしないでくれる? 八媛には必要のない話なんだ」
 突如、割り込んだ声に、八媛は心から驚きました。それは、今頃は隣家の子ども部屋で眠るはずの波知の声でした。


「なぁに、どうして波知が? なぁに、いったい、なにがなぁに?」
 八媛の言葉に応えたのは波知ではなく、小さな声。八媛をプリンセスと呼ぶミツバチの。

「プリンセス、貴女の悲しみを癒やす為に、貴女が間違えずに選んで下さる為に、どうか私の話を、言葉を聞いて下さい」
 小さな声に、八媛はただ驚き、波知が溜息を吐きました。

「八媛はミツバチが嫌いだよ。その八媛に、昔話を?」
 波知の言葉に、小さなミツバチの声がはっきりと答えます。

「プリンセスが我らを苦手とされているのは存じています。けれど、私は、プリンセスがどうして我らを苦手とされるのかも知っている」
 ミツバチの言葉に、八媛はびっくりしました。

「なぁに、どういうこと?」
「プリンセス、貴女が我らを苦手となさるのは、我らの死に方にあるのでしょう? 大事なものを守る為に戦い、自分の針と共に死ぬ定めの……」

 ミツバチの言葉に、八媛は言葉を見失いました。


「貴女はそれを、まるで彼が自分を守って死んでゆくかのようで、嫌だと思い、苦手とされてしまった。けれど、プリンセス。貴女の心は正しい。
 遠い昔、貴女を守って死んだ彼を、とても嘆かれた貴女です。いかがですか、プリンセス。これでもまだ、話を聴いてはいただけませんか?」

 驚いたままの八媛に構わず、ミツバチは昔語りを始めます。





 昔々、一つのミツバチの王国がありました。王国はとても平和で豊かな楽園でした。或る日、侵入者に襲われて、突如として壊滅させられてしまうまで。
 王国には、次期女王陛下となられる小さなプリンセスと、プリンセスや女王を愛するミツバチが大勢いました。あの日、侵入者に気付けなかったミツバチは、小さなプリンセスへと侵入者が近寄ることを許してしまった。

 いち早く異変に気付いて小さなプリンセスを守ったのは、プリンセスと一番仲の良かった小さな騎士。ええ、そうです。彼はプリンセスを守って、命を落としたのです。  

 壊滅状態となった王国で、取り残された小さなプリンセス。屍となった彼の身体をいつまでも抱き締めて、涙に明け暮れ、やがてプリンセスも命を落としました。
 悲劇に嘆いたのは、侵入者に気付くべき役割を担っていたミツバチ。自分を責め続けて天に召され、そして神様から一つの話を聞きます。プリンセスが、涙で神様へ嘆かれたことを。


「プリンセス、貴女は神様に仰った。『彼が死なずに済んだ世界に生きてみたいのです、彼と共に』と」

 けれど、それは無理な話でした。小さなプリンセスを守って召された彼の魂は、既に妖精王の治める国へと渡されて、自害に近かったプリンセスが次に生まれるのは、同じようにミツバチの王国。
 赦された小さな魂だけの楽園へと渡る彼の魂と、再度の試練の生を定められたプリンセスの魂、二つの魂は引き裂かれることが決まっていたのですから……。


 そこまでの話を聴いて、八媛はパチンと視界がはじけるような感覚に襲われるのを覚えました。ええそうです、ミツバチの話を八媛は知っています。
 ミツバチの王国の小さなプリンセスとは、他ならぬ八媛の話です。八媛を守って死んでしまったのは……そうです、やっぱり波知でした。

「ええ、そうよ。神様の許で私の嘆きを知った妖精王が言うの。妖精王の下に在る魂、暫くの間、情けにお前と同じ場所に送ってやろう、と。
 けれど、そこからの定めはお前次第に動く。お前の行い、それによって。お前の行いで定まる世界。お前が間違えたならば、お前とこの魂は再び引き裂かれる。
 我が元にある魂は再び我が元へ、お前はその世界で生きる定めとなり、二度とは魂は巡り逢わない」
 八媛の言葉にミツバチの小さな声が響きました。


「プリンセス、貴女がかけて下さったお情け、それ所以に私めは参りました。神様が貴女の行動にお許し下さったのです」
 ミツバチの言葉に八媛は涙が止まりません。


「ああ、酷いわ、私の愛した小さな騎士。一人で、また一人で置いてゆくつもりだったのね」
「キミが昔の僕らを苦手としていたから」
 困ったような波知の声。ミツバチの声が響きます。


「神様は赦された。プリンセス、貴女が望むならば妖精王の国へと渡して下さいます。束の間の夢ではなく、ずっと一緒に居る場所へと」
 淡い月の光が差し込みます。妖精王の国へといざなう光が。


「さらって行って、私の愛した小さな騎士。二人が共に生きれる世界へ」
 八媛の、いいえ、ミツバチの王国のプリンセスの言葉に、波知が、いいえ、プリンセスの小さな騎士が微笑みました。



「……プリンセス、どうか幸せに」
 月の光の中に人々の記憶と共に消えた二人に、ミツバチは囁きます。あの日の侵入者を許した自分を責めながら、プリンセスを探し続けたミツバチが……。

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