挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
女勇者セレス 作者:松宮星

得るもの失うもの

しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

98/151

英雄の墓―――バンキグ編 2話

 国境で女勇者を待ち構えていた五百の兵。その大半は国境付近に留まり、百近い戦士が女勇者を首都サヴォンオラヴィまで護送した。国境付近に軍を配備している理由は、南の影響を強く受けたケルティの上皇への警戒と思われた。
 護衛の軍人達は屈強そうな戦士達ばかりだったが、装備も装束もてんでばらばらで寄せ集めの軍隊のようだった。それについてナーダは、兵士の装備を統一化しようという考え自体がバンキグの国風にないのだと説明した。剣や斧、槍など各々得意武器は違う。画一化された装備ではなく、『戦士』としてふさわしい装備を自分で選ぶ事をバンキグ人は信条とするのだそうだ。
 彼らはがやがやと無駄話に興じながら、トナカイ橇で進む女勇者一行を、やはり橇で囲んでいる。監視者である事には違いなかったが、戦士達は南から来た珍奇な一行を面白がって眺めているようでもあり、街道でも宿でもあからさまな敵意を向けられる事は一度も無かった。
 三日で、雪曇の空の下、女勇者一行はバンキグ首都サヴォンオラヴィに着いた。森と湖に囲まれた首都は石造りの大型の建物で埋め尽くされていた。木造建築を尊ぶケルティとは明らかに異文化だが、シベルア建築とも異なっている。華美な装飾の無い質実剛健な造りで、民家ですら厚い岩壁でできていた。
 街の南西の河口を守る王宮も石造りの堅固な造りで、要塞のようだ。三本の塔を持つ巨大な王宮だ。護衛の兵達は王宮の庭に残り、国王の親衛隊の案内でセレス達は王宮へと足を踏み入れた。
 勇者一行が通る通路の左右には、屈強そうな戦士達が整列していた。が、ここでも、やはり装備も装束もばらばらだった。得意武器を装備した腕自慢達が、威圧半分、興味半分でじろじろと不躾な視線を送ってくる。
 殊に、白銀の鎧をまとい『勇者の剣』を背負った美貌の女勇者は、常に注目の的となっていた。
 彼等に監視されながら勇者一行は王宮の奥へと向かい、召使役のナーダの部下達とも離され、五人のみで国王と対面した。戦士達が壁際に居並ぶ広間で。
 バンキグ国王ルゴラゾグスは『豪傑』という呼び名がふさわしい壮年の王で、背はニメートルを越え、横幅も広く、誰より体格が良かった。毛皮と鎧、兜姿の王は赤銅色の髪と髭で、類人猿を思わせる愛嬌のある顔をしていた。
「我が王宮へようこそ、女勇者とその従者よ! あなた方の到着を、今か今かと待っておったぞ! 今すぐこれからでもあなた方と闘いたいところだ。しかし、まあ、長旅でお疲れだろう。まずはゆるりと休まれるがいい」
 大地を揺らしかねない迫力の声に、セレスは度肝を抜かれた。ルゴラゾグスの言葉はバンキグ語だったが、間を置かずジライがこっそり共通語に直して通訳してくれたので、相手の歓待の意思はわかった。
 セレスは王に対し膝を折り、歓迎への謝辞をバンキグ語で述べた。この台詞だけは鬼教師ナーダの三日にわたる特訓のおかげで暗記している。言語音痴の彼女の挨拶だ、下手くそで聞き取りづらいものではあった。
 けれども、その国の言葉で挨拶をしようとする姿勢自体には、国王は好感を抱いてくれたようだ。ニコニコと笑っている。特訓に耐えて良かったと、セレスは思った。
「武術大会の準備は整っておる。そちらさえよければ三日後に大会を開きたいのだが、どうか?」
 先ほどの挨拶で、セレスは既にバンキグ語に不慣れな事は断ってある。シベルア語に切り替えて尋ねてきた国王に対し、セレスは大輪の薔薇のような艶やかな笑みを浮かべて答えたのだった。
「私達も、国王陛下と勇敢なバンキグの戦士達と今すぐにも闘いたく思っております。三日も待たずとも疲れはとれます。そちらさえよければ、明日にでもいかがでしょう?」
 国王と広間に集まっていた戦士達が、どっと沸く。美しく勇ましい男装の麗人に、皆、好感を抱いたのだろう。
「良かろう! では、明日、王宮の武術会場で勝負を行う! 戦斧・大剣・格闘・弓・自由武器の五部門の勝負でよろしいのであったな?」
「はい」
「ならば、ルールなどの細かい決め事は今日中に決めよう! こちらの代表はノリエハラス、おまえじゃ!」
「は」
 王に指名されたのは、白髪のかくしゃくたる老人だった。この国の宰相と、事前情報で聞いている。それほど高位の者が大会の準備をするなど意外だったが、それがバンキグの国風であり、勇者一行への歓待を表しているのだろうとセレスは納得した。
「勇者一行の代表は、インディラ国王の長子ナーダです」
 インディラの王族の衣装をまとったナーダが、王に対し深々と頭を下げた。
「よし! めんどうごとはこやつらに任せた! 女勇者よ、我らは酒宴じゃ! 明日の戦いに備え、これから飲み、歌い、愉しもうではないか!」


 王宮中が王に倣い、勇者一行を歓迎した。広間には牛の丸焼きが運ばれ、酒が樽ごと何樽も運び込まれた。
 真昼間から浴びるように酒を飲み、陽気に笑う国王と家臣達。ケルティ生まれのアジャンは彼等にすぐに馴染み、酒の飲み比べなどを始めていた。
 周囲はすぐに酔っ払いだらけとなった。彼等は陽気にセレス達に声をかけてきたが、残念なことにそのほとんどバンキグ語なのでセレスには理解できなかった。酔っ払い達は声をはりあげて歌い、浴びるように酒を飲み、肉にかぶりつく。女性のセレスや子供のシャオロンに強引に酒を勧めるような、不届き者は一人もいなかった。
 酒宴の最中にセレスはルゴラゾグス国王から、従者が一人足りないようだが? と、尋ねられた。人前では覆面を外さない主義の東国忍者は、早々に酒宴の場から逃げたに違いない。酔い冷ましに外に出たのかもしれませんね、と、セレスは適当な事を言って誤魔化しておいた。
 王宮中が自分達を歓迎してくれている事を、セレスは嬉しく思った。しかし、この歓迎ムードは明日の武術大会の結果次第では消えてなくなるかもしれないのだ。バンキグ人が敬意を払うのは、自分と対等か、それ以上の力を有する戦士だけだ。
 明日は、何としても『勇者』にふさわしい戦いぶりをしなくてはいけない。バンキグで魔族退治をする為にも……『勇者の剣』の為にも。
 実は、ケルティの魔の宴の後、『勇者の剣』が重いのだ。心をこめて手入れをしても心の中で話しかけても、何の反応もなく、重量も変わらない。ホルムの王宮で気力を失いふぬけていた自分を怒っているのだろう。剣のご機嫌が直らず、明日、試合場で重たいままだったとしても、剣を使いこなし、持ち手にふさわしい技量を示そう……セレスは決意を新たにした。


『勇者の剣』を抱えるように椅子に座るセレスの為に食事や飲み物を運んだり、忙しく立ち働く城の女性達の手伝いをしたりして、シャオロンは酒宴を過ごしていた。
 北の戦士達は豪快で底抜けに明るく、親切だった。明日の武術大会にシャオロンも出場するのだと知ると、彼等はひどく驚き、同情してくれた。子供のシャオロンは人数合わせの為に出場させられるのだと思ったようだ。彼等は出場予定者の名前をあげ、彼らの得意技や癖を教え、危なくなったら降参するのだぞと、本気でシャオロンを心配してくれた。ケルティ新王朝の王宮とは比べようも無いほど、バンキグの王宮人は素朴で優しかった。
 バンキグの戦士達は、皆、ゲラスゴーラグンに似ているように思えた。シャダムが見せてくれた過去の映像の中で、ゲラスゴーラゴンは冗談を言い、豪快に笑っていた。赤毛赤髭の小柄ながら逞しい体つきをしていたゲラスゴーラグン。紅一点のユーリアを気遣う優しさもあった。
 ゲラスゴーラグンの国の王宮にいるのだと思うと、感激はひとしおだった。一刻も早くシャダムの思いを伝えたかった。ゲラスゴーラグンの墓参りを許してもらう為にも、明日は頑張ろうと、シャオロンも、又、セレスの横で決意を新たにするのだった。


 だが、その夜遅く……
 セレスの為に用意された部屋に集まった勇者一行は、ナーダから意外な話を告げられるのだった。


「どーすんだよ、クソ坊主!」と、アジャン。
「もうどうにもなりません、こちらも出場者リストを出してしまいましたので」と、ナーダ。
「ナーダ、あなた、言ったわよね、戦斧部門の出場者は十中八九、ルゴラゾグス国王だって」と、セレス。
「……はい。本気でそう思っていたんです」
「読み違いか」と、ジライ。
「……まったくもってその通りです」
 ナーダは東国の少年シャオロンに対し、頭を下げた。
「すみません、シャオロン。ノリエハラス大臣からいただいた出場者リストによりますと、自由武器部門の出場者三名の中に……ルゴラゾグス国王のお名前があるのです。バンキグの国王陛下は自由武器部門にご出場するご意志のようです」
「………」
 シャオロンはごくっと唾を飲み込んだ。バンキグ(いち)の戦士と闘えると知ったせいか、体が勝手に震え始めた。
「……総当たり戦ですか?」
「いえ、勝ち抜き戦です。弓を除く四部門はまず二組に分かれて予選を行い、各勝者が決勝に進む形で行われます」
「オレ、予選で王様に当たっちゃうんでしょうか?」
「いいえ。予選では我々が本命と当たらないように配慮してくれるそうです」
「……じゃ、闘うのなら決勝戦なんですね」
 少年の顔が明るく破顔する。
「よかったぁ」
 ホッと胸を撫で下ろし、少年はにっこりと微笑んだ。
「神技クラスの戦斧の名手と闘うんじゃ、オレじゃ、絶対、勝てないと思いますが……闘う以上は持てる力の限りを尽くして全力で闘いたいから……王様との試合が最後で良かったです。後先考えずにぶつかってゆけますものね」
「シャオロン……」
 晴れ晴れとした少年の顔を見つめるうちに、四人の仲間はそれぞれ少年の為に何かしてやりたい気分となった。
「身軽さを生かせば、道はひらけるはずよ、シャオロン!」
「いいか、シャオロン、斧と闘うときはだな、相手が大振りした時に素早く間合いを」
「斧の名手と闘う機会なんて滅多にないんですから、楽しんでいらっしゃい。怪我をしたら私が癒してあげますから、迷わずにいきなさい」
「……しびれ薬、必要ならばわけてやるぞ」
 助言を与えてくれる(約一名、不正を唆す発言ではあったが)仲間に対し、少年は極上の笑みを見せ、
「ありがとうございます! セレス様、アジャンさん、ナーダ様、ジライさん! オレ、正々堂々とがんばります!」
 と、元気に答えるのだった。


 三勝二敗が理想。二勝二敗一分けでも可。全勝や全敗は避けましょうと、ナーダは小声で仲間にもちかけた。勝ちすぎればバンキグの戦士の矜持を傷つけてしまう。かといって負けすぎればバンキグ国中からナメられてしまう。ほどよい勝利がよいのだ。
「女勇者のセレスが優勝するのは義務として……」
 ナーダは、アジャン、シャオロン、ジライの顔を見渡した。
「我々のうち、二人は負けた方がいいと思います。それも、あっさりと負けちゃいけません。好勝負の末、後もうちょっとで勝てそうな時にポロっと負けるのが良いでしょう」
 ノリエハラス大臣との話し合いの結果、倉庫並に広い武術会場を二面に分け、そのうちの一面で大剣・格闘・戦斧・自由武器の順に勝負を行い、もう一面でジライと三人のバンキグ戦士による弓の耐久勝負を行う事に決まった。
 勝ち抜き戦の他勝負とは異なり弓勝負は、武術大会の開始から終了まで延々と続けられる。自分の前方にある的を射続けて、最も多く的中(的の中心に矢を当てる)した者が優勝するシステムだ。成績下位二名は半ばで脱落し、最後には成績上位者同士の勝負となる予定だ。しかし、全員が的中を続ければ最後まで脱落者無しに、四人で勝負が続ける事になるだろう。
 老宰相ノリエハラスは、胸をそらせ、弓部門に自身が出場する事をナーダに教えた。老大臣はバンキグ(いち)の弓の名手で、ルゴラゾグス王の弓の師なのだとか。
「勝敗の調整をしやすいのは、弓のジライと、出場順番が遅い私です。私はアジャンが勝ったら負け、負けたら勝つようにします」
「俺が負けるかよ」
 と、言う赤毛の戦士は無視して、ナーダはシャオロンを見つめた。
「あなたは性格的にこの手の細工には不向きですから、手加減は無用です。全力でルゴラゾグス国王と闘って、格闘家の意地をバンキグ人に教えてあげてください」
「……わかりました」
「で、ジライ、あなたは的中の数を調節して、一矢外せば優勝を逃す状態を保ってください。最終戦でシャオロンがルゴラゾグス国王に大金星をあげた時には、悪いですけど、最後の一矢外してくださいな」
 忍者は小さく舌打ちを漏らした。が、
「承知した」と、言葉少なく承諾の意思を伝えた。
「もう一回言っておきます。明日の武術大会、第一種目は『大剣』で出場者はセレス、第二種目は『格闘』で出場者はアジャン、第三種目は『戦斧』で出場者は私、第四種目は『自由武器』で出場者はシャオロンです。『弓』の出場者ジライは大会開始から終了まで弓を射続ける耐久勝負をします。『弓』以外は三人のバンキグ人との勝ち抜き戦です。『大剣』・『戦斧』・『自由武器』は、相手の武器を奪うか、かすり傷でもいいから怪我を負わせるか、『参った』を言わせれば勝ちです。『格闘』は一対戦ごとに五本勝負で、相手の上半身を床につけた数を競います。みなさん、くれぐれも予選落ちしないでくださいよ。頼みましたからね」


 武術会場は天井が高く、中で軍隊の閲兵式ができそうなほど広い、石造りの建物だった。
 会場に足を踏み入れた勇者一行を、割れんばかりの歓声と拍手が迎える。扉から見て正面と左右の壁の前に階段式の観客席があり、逞しい戦士達によって埋め尽くされていた。セレスは扉のちょうど正面にあたる位置の、建物最奥部の玉座の国王に対し恭しく頭を下げた。
 中は二面に分けられており、扉から見て手前が弓競技場、奥の玉座に近い方が大剣・格闘・戦斧・自由武器の競技場だ。奥の競技場には、床の上に盛り土がされ、十五メートル四方の正方形の試合場が造られている。
 競技場や観客席の上空には、幾つかの光の玉が浮かんでいた。魔力のこめられた照明兼暖房だ。会場の最前列をローブをまとった魔法使いが占めており、交替で魔力玉を維持しているようだ。
 戦士見習いの少年の案内で、ジライだけが弓競技場に向かい、他の者は玉座の下の出場者の控え席に向かった。
「がんばってね、ジライ」
 と、去り際にセレスが手を振ると、
「はい、セレス様ぁ」
 と、忍者が幸せそうに手を振り返した。
「頑張りすぎないでくださいよ、ジライ」
 と、釘を刺してきた武闘僧に対しては、
「わかっておるわ。とっとと失せよ、目障りじゃ」
 と、忍者は毒づいて応じていた。
 弓勝負は長丁場だ。まず出場者は弓と矢を確認し、弦が切れた時用の代替弓や張り替え用の弦まで調べておくのだ。
 ジライは弓の弦の強さを慎重に確かめた。バンキグの弓は一本の棒から作られた単弓で、使い慣れたジャポネの白木弓に比べると威力・飛距離・命中が劣る。しかし、簡易さと即射性においては東国の弓より秀でており野戦向きと言えた。
 弓競技場に現われた覆面に黒装束の珍奇な服装の男に対し、観客席から野次が飛んだ。しかし、ジライはそんなものは気にもせず、自分が使用する武器を控えのものまで調べ終えた後、立ち位置から的までの距離を測った。
(二十メートル……単弓といえども、中心を射抜くぐらい楽勝じゃ。目をつぶってでも当てられる)
 弓勝負は四人が一列に並んで、一斉に、それぞれの前方にある標的の板に張られた紙を射る。紙には三重円が描かれており、外側から等間隔円心状に白、赤、緑に塗られている。外側の一番大きな円の直径が約三十センチ、その内側の円が二十センチ、最内の円の直径は十センチ。最内の緑の円を射れば的中となるのだ。
 ジライは玉座から見て、二人目の位置に立つ。玉座に最も近い位置には、ノリエハラス宰相が立つ。バンキグ(いち)の弓の名手に対し、ジライの右に立つ二人の若者が最善の礼をつくしていた。二人とも老大臣の弟子か何かなのだろう。
 東国忍者は目の端で、老大臣や若者の動きを追って確信した。ほぼ間違いない、敵はノリエハラス一人だ。若者達は気の充実具合から言っても、その実力はたかが知れていた。早々に脱落するだろう。
 ジライは覆面の下に微笑を浮かべ、試合開始まで再び弓のためし引きを始めた。


 一方、出場者席に着いた四人には、これから対戦するバンキグ戦士から陽気な歓迎を受けた。 
 女勇者セレスに対しては、品性下劣な冗談が飛ばされた。言葉の意味がわかれば潔癖な女勇者は間違いなく怒り狂うのだが、『ごめんなさい、バンキグ語はわかりません』と、たどたどしいバンキグ語を口にして、セレスはただにっこりと微笑むばかりだった。
 周囲の下品な冗談はエスカレートしていった。が、彼等は明るく楽しそうに冗談を言う。そこには性の生々しさは無い。性的侮辱も彼等にとっては、美女への挨拶のようなものなのだろう。
 セレスは背にのしかかっている『勇者の剣』のバンドを外し、席にたてかける形で置いた。武術大会出場が決まってから前にも増して心をこめて謝り続けてみたのだが……やはり、重量に変化は無かった。体格の良い成人男性並の重量なのだ。背に背負ったままでは、鞘から抜くことすらかなわいないだろう。
 重すぎて思うとおりに扱えない状態である事を、絶対、周囲に気取られてはいけない。『勇者』として堂々と振舞い、バンキグ人に『勇者の剣』の偉大さを知らしめる……それ以外の道は彼女には許されないのだ。


 赤毛の戦士アジャンに対しては、戦士達は非常に気安い態度をとった。昨日、共に酒を飲んだ男は、アジャンの背を叩きながら、昨日の飲み比べでは負けたが今日は勝たせてもらうぜと笑った。返り討ちにしてやると応じたアジャンは、出場者控え席に、みすぼらしい身なりのデブの大男が座っているのに気づいた。座高からして、背はアジャンどころかナーダよりも高そうだし、横幅は最初から勝負にならないほどアジャンが負けている。
「あいつは?」
 と、アジャンが尋ねると、バンキグの戦士はにやりと笑い、
「アガナホーゲルだ」と、得意そうに答えた。
「昨日の酒宴には居なかったよな? 居りゃあ、あんな大男、隅っこに居たって目立つはずだ」
「ああ、あいつ、今朝、王宮に着いたんだ」
「今朝、着いた?」
「あいつは戦士じゃない。ルゴラゾグス陛下お気に入りの、農夫だ。陛下に呼び出されて、この大会の『格闘』に出場しに来たのさ」
「農夫だって? おいおい、俺達は国王陛下とその戦士と闘う為に来たんだぜ、それなのに戦士ですらない者と対戦させようなんて」
「違う、違う。侮辱する意思はない。その反対だ。アガナホーゲルとの対戦は、最大級の歓待なのさ。なにせ、あいつは」
 男は肩をすくめた。
「この国の格闘王だ。ルゴラゾグス陛下ですら、格闘では、あいつにかなわない。それほどの実力者なのだ」
 アジャンはデブの大男をジッと見つめた。戦士達に囲まれ、農夫は居心地が悪そうにデカい体を縮めている。顔も朴訥だ。多分、ひねりのない力押しの技を使うのだろう。本来なら御しやすい対戦相手なのだが……
(あの巨体を転がして、上半身を床につける……?)
 体重差がありすぎる……
 投げるのは不可能だ。
 しかも、北方の『格闘』では、拳や蹴りは禁じ手。組み合うしかないのだが、あの巨体にふさわしい怪力の持ち主なのだとしたら、まともに組み合っては勝ち目がない。
(……どうすりゃ、勝てる?)
 アジャンは低くうめいた。
『敗北』など耐えられない。相手が常識はずれなバケモノだとしても、だ。
 勝つ為の策を求め、赤毛の戦士は頭を働かせた。


「陛下が『戦斧』部門に出場なさらないからって、楽勝と思ってるんなら大間違いだぜ」
 と、ナーダに話しかけてきたのは、予選の対戦相手カラドミラヌだった。
 陛下が出場なさらない『戦斧』部門ならば、俺の勝利は確実。今日こそは俺が頂点に立つ! と、息巻く若者。
 ナーダは微笑ましく思い、笑みで応じた。腕に覚えのある若者ほど増長しやすいもの。その高い鼻っ(ぱしら)は、いずれ彼の技量を上回る達人にポッキリと折られる運命にある。そう考えれば、挑発的な態度もかわいいものだ。
 ニコニコと笑みを絶やさぬナーダに、若者は次第に苛立ちを覚えていった。ナーダの僧衣に両腕両脚だけの装甲も、若者の目には戦士にふさわしくないみすぼらしいものと映っていた。この男は本当に『南』の戦斧の達人なのだろうか? 疑問が頭をよぎった。
「あんたがインディラ(いち)の戦斧の名手だとしても、南の田舎斧がバンキグで通用するものか!」
 挑発する若者に、ナーダは笑みで答えた。
「私は戦斧の名手ではありません。インディラには、私よりも戦斧の技量に恵まれた者は数多くいます」
「ハン! 負けた時の用心に、言い訳を用意してあるのか!」
「言い訳ではありません。この度は『戦斧』部門に出場させていただく栄誉を頂戴いたしましたが、本来の私は素手で戦う武闘家です。神への信仰心と鍛え上げた己の肉体をもって魔族を倒してきました」
「素手で戦ってきたぁ? あんた、武器も満足に扱えないへっぽこ戦士だったのか!」
「………」
 ナーダの眉間にぴくっと青筋が立つ。しかし、ここで怒っては、あまりにも大人気(おとなげ)ない。今日は、動きやすさを考え、久しぶりに僧衣に戻ったのだ。ターバンも取った。今は有髪がぶざまではあるが、自分は僧侶。徳を示さねば……
「インディラでは格闘を中心とする武闘も盛んなのです。インディラの武闘は組み合うのが基本の北方の『格闘』とは異なり、打撃、投げ、蹴り、関節技を用い、時には気を、ああ、つまり精神力を攻撃に込めます。聖なる魔法を拳に宿らせる事もあります。舞に通じる攻撃の型は非常に多様で洗練されており、無駄のない美しい動きを……」
 ナーダの言葉を遮るように、若者は声をあげて笑った。
「楽勝じゃん。あんたが予選の相手で良かったぜ」
「……は?」
「格闘しかできないへっぽこなら、十秒で倒せるぜ」
 むかぁぁぁぁぁ〜と、ナーダは怒りの炎を燃え上がらせた。が、顔は、何とか笑みを保った。
「私も……あなたが予選の対戦相手でよかったです、確実にあなたと対戦できますものね」
 場合によっては決勝戦でわざと負けようと思っていたナーダの心の内を知らないカラドミラヌは、とどめに、又、余計な事を言った。
「へっぽこのあんたは予選で消える運命だもんな。優勝候補の俺とやるには一回戦で当たるしかないよな」
 カカカと笑う若者を、ナーダは糸目で睨みつけた。
(何が優勝候補ですか! 予選で私と当たるって事は、あなた、この王宮で三番目か四番目の戦斧の使い手でしょうが! ルゴラゾグス王に次ぐ使い手は予選じゃ私と当たらないんだから! その鼻っ柱、私が叩き折ってあげましょう!)


『自由武器』部門に出場する二人の戦士は、戸惑っていた。勇者側の出場者が子供だったからだ。しかも、十歳ぐらいにしか見えない痩せたひよわそうな子供(シャオロンは東国人なので年よりも幼く見られる)。
 彼らはシャオロンにではなく、ナーダやアジャンに尋ねた。『自由武器』部門の出場者は本当にその子供なのか? 本気で闘わせる気なのか?と。
 間違いないと、彼等は答えた。勇者側の出場者は、数多くの魔族を葬ってきた、十四歳となったその格闘家の少年に間違いないと言うのだ。
 二人のバンキグ戦士は思った。ルゴラゾグス王が『自由武器』部門に出場なさると知って、勇者側は『自由武器』を捨てたに違いないと。勇者側のどの戦士も王にかなうわけがない。誰があたっても負けるとわかっているので、最も弱い駒を最強の王にあて、他の部門で勝ちを拾ってゆく腹積もりに違いない。
 姑息な! と、二人の戦士は怒っていた。が、捨て駒とされた少年には怒りよりも同情を感じていた。長い間、未熟な腕前を人目にさらさせるのも気の毒なので、予選でシャオロンとあたる槍使いの戦士は、すぐに少年の武器を落としてやろうと心を決めた。
 そんな同情の眼差しを向けられている事など、シャオロンは気づいていなかった。会場内の雰囲気に、すっかり心を奪われていたのだ。
 戦士達の高揚が、熱いほどに伝わってきた。
 これから始まる戦いを、会場中が期待しているのだ。
 武術を何より愛する国……
 バンキグ……
 ゲラスゴーラグンの国……
 シャオロンは、いつになく興奮していた。


 ルゴラゾグス王が大会開始を告げると、観客席の戦士達の(とき)の声で会場は揺れた。
 その喧騒の中、号令係が旗をあげる。
 合図に合わせ、弓部門の四人の戦士が一斉に矢を放った。
 四本の矢が、見事、標的面の的に的中した。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ