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女勇者セレス 作者:松宮星

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たとえ死すとも

「新たな生き方を選びたければ、わしと共に来い。決して楽な道ではないが、『生きる意味』ができる。死すとも悔いのない人生を生きられよう」


 目覚めてからしばらくベッドでぼんやりしていた。
 昔の夢を見たのだ。
 バイトゥーキやクルグと共に、ムンバディの街で浮浪児の盗賊団をしていた頃の夢だ。


 それよりずっと前、俺にも家族があった。小さな村の子沢山の農家だった。おぼろげに覚えている。
 しかし、物心つく頃には、軽業師の弟子となっていた。よく覚えていないが、不作の年にでも売られたのだろう。
 軽業師は、買い集めた子供達を獣のように扱って調教した。ろくに食事ももらえないその檻から抜け出したのは、十になる前だった。同じ境遇の仲間と共に逃げたのだ。その時から、バイトゥーキやクルグと一緒だった。
 親元に帰れない子供が子供だけで生きるには、犯罪に手を染めるしかなかった。かっぱらいや強盗。身軽な体は盗みに向いていた。
 同じような浮浪児グループと手を結び、親に捨てられた子供や家出してきた奴を仲間に加え、俺達はムンバティのいっぱしの顔になっていった。俺は、街のヤクザ組織にアガリをおさめる、浮浪児盗賊団のリーダーとして生きていた。


 あの日、頭領(ガルバ)に出会うまで……


 あの頃、頭領は新たな忍者軍団を作ろうとしていた。部下全員を失っていたので、即戦力となる部下を欲しがっていた。
 浮浪児グループを拾い上げるなど、本意ではなかったはずだ。
 しかも、頭領は全員一緒でと願う子供達の気持ちを容れ、片足の子も、眼の見えぬ子も、知恵遅れの子も、共に連れ帰ってくれた。その上で、どのような人材が欲しいのかを話し、その為にはどのような鍛錬が必要かも教え、試験期間に見込みがないと判断した者には養子先か徒弟先を斡旋すると約束した。
 仲間の三分の一は脱落したが、頭領は約束通りその仲間にも新たな暮らしを与えてくれた。
 頭領とその友人、頭領の出身里の老人達の指導の下、忍者修行は続いた。
 指導者達と同じ家に住み、同じものを食べ、健康に留意してもらえ、病や怪我となれば手厚く看護してもらえた。大人達は、押さえつけるだけでなく話相手ともなり意見も聞いてくれ、一人一人の誕生日に贈り物をくれ、行事ごとに共に祝ってくれた。
 それが東国に比べぬるいと言われるインディラ忍者の世界においてですらも、ありえないほど人道的な教育環境であったと知ったのは……かなり大きくなってからだった。
 出かける度に、頭領は、人買いから買った子供や、俺達と同じような境遇の浮浪児を拾ってきたので、家は賑やかになっていった。
 古株となった俺はバイトゥーキやクルグと共に、頭領の為に子供達をまとめ、時には年少者の指導も引き受けたりした。
 そのまま、ずっと、頭領の下で生き、今では忍者軍団の副頭領となっている。


 共に生きてきたバイトゥーキが死んだことに、いまひとつ実感がわかなかった。その死体を目にしていない為だ。だが、バイトゥーキは死んだ、ダンルと共に。ケルティの魔の宴で亡くなったのだ。
 バイトゥーキは頭領に拾われた事を喜び、頭領の主人が大僧正候補でありいずれは還俗してインディラ国王に就くナーダ王子と知って仰天し、頭領とナーダ様の為に生き生きと働き、女勇者様一行の旅に加わるとなって感激していた。
 親に捨てられ町のダニと蔑まれていた俺達が、この世を救う為に働けるなんて夢みたいだと言っていた。
 忍となったバイトゥーキは、頭領の言うとおり『死すとも悔いのない人生』を歩めたのだろう。
 仕えるに値する主人、尊敬する上役、世を救う為の任務を与えられ、喜んで働き、そして死んだのだ。
 幸せだったに違いない。


 同じように生き、死にたいと思っていた。
 子供時分からずっと、『死すとも悔いのない人生』を送ろうと思ってきた……


 しかし……
 ここ数日、まともに主人(ナーダ)の顔が見られない。
 頭領(ガルバ)の顔も見られない。
 食欲もなく、キリキリと胃が痛む。


 あの東国忍者のせいだった……


 もともと、東国忍者には思うところがあった。
 女勇者様の命を狙っていた暗殺者。あの男とあの男の部下だった東国忍者達は主人(あるじ)ナーダ様の敵だった。
 そのうえ……ルドラカやパーンダにカイサの仇でもある。正しくは、あの男が殺したわけではないが……三人はあの男の体を乗っ取った魔族(サリエル)に殺されたのだ、シャイナの荒野で。
 それだけではない。インディラの要塞城跡で、アッチャとガナルもあの男の部下だった少年忍者に殺されている。
 東国忍者と、にこやかに馴れ合うなど無理だ。
 しかし、敵だった者と共に行動する事になるなど、忍の世界ではよくあること。努めて気にしないようにしてきた。副頭領という立場にあるだけに、東国忍者への不信や反発心、憎悪は、決して表に出さないようにした。
 エウロペで仲間として顔を合わせてからずっと、あの男は、上役の立場にある。東国の忍の里一の忍者といわれていただけあって、忍者としての技量は桁外れで、知識も豊富で指揮官・指導者としても優れていた。
 頭領をたて、頭領の命令に服してはいた。が、あの男の実力は頭領をも軽く凌駕している。
 その教えを乞い忍としての技量を高め、任務を完璧にこなしてゆくことが、主人への忠義に繋がるのだ……
 そう思おうとはしていたが……
 あの男の指導にはついてゆけなかった…… 


 宿屋の部屋から出ると、廊下でばったりとヤルーと会った。
「おはようさん、ムジャ」
 背が高く体格のよいヤルーは、ナーダ様の召使役だ。赤毛の戦士の召使役の俺とは部屋が異なる。ヤルーは俺の顔をジロジロと見てから、にやりと笑いかけてきた。
「まだ胃痛が治らねえの? ナーダ様に治してもらった方がいいんじゃね?」
 ムッとしてヤルーを見上げた。
 主人(あるじ)にそんなことを頼めるはずがない、そう承知した上で言っているのだ、この大男は。
 ヤルーは俺達の中では少数派の、まともな忍者組織で正規の修行をつんだ忍者だ。この大男は十年前、ウッダルプル寺院支部のジャガナート僧正の紹介で、組織に加わった。背格好がナーダ様に似ている為……ナーダ様の影武者用忍者として。それまでは仲間うちでも大柄なクルグがナーダ様の影武者だったのだが、成長期となってからの主人の著しい成長に俺達は誰も追いつけず、外部から影武者用忍者を探さねばならなくなっていたのだ。
 寺院付き忍者であったヤルーは、事あるごとに、頭領は甘いと笑い、仲間達の実力不足を嘲る。俺を副頭領と認めて命令に従っていたが、それは一対一の忍術勝負でヤルーに勝ってからの事だった。それまでは俺を『坊ちゃん』と呼び、あからさまにバカにしていたのだ。浮浪児盗賊団の元ボスだった俺を掴まえて『坊ちゃん』とはふざけてる……
「俺、九時半からだって。次がローラで、あんた、その後」
「……今日もか」
 胃を抑えた。
 今日も外は猛吹雪。勇者一行はこの宿屋に居続けだ。吹雪の中の移動は忍とて危険だ。急務でない限り外に出る事はないし、外で諜報活動中の仲間が合流して来る事もない。
『雪で動けぬのなら、その間、その場できる、最も有益な事をするのが一流の忍』
 と、東国忍者は主張し、俺達の再訓練を望んだ。
 頭領は東国の忍を快く思ってはいなかったが、ホルムの王宮で指導を受けてから俺達の働きが目に見えて良くなった事実を認めてはいた。情報収集のスピードがあがっただけではない。東国忍者の助言通りに俺達は仕事を手早くすませた上で仕事に付随して必要になるであろう情報を自分で予想し事前に調べておくようになっていた。
 宿屋で居続けの間、交替で警護の任から離れ、ジライの部屋へ行くようにと頭領は指示を出した。
 だが、しかし……
 頭領は間違いなく……今、東国忍者が何の指導をしているか知るまい。
 知っていれば、許すはずがない。あの頭領の性格からいって……
「深刻になるだけ損、損。訓練なんだし、気にする方がバカだっての」
 ゲラゲラ笑いながら、ヤルーが廊下を歩いてく。
 あの男の話し方にはいつも苛々する。が、『ナーダ様の影武者』であるヤルーは、普段、主人からかけ離れたしゃべり方をわざとしているのだ。あの下品な軽薄さも演技なのだ。わかってはいたが、気にくわなかった。


 部屋の中には、甘い喘ぎ声があふれていた。
 白子が金色の髪の少女を寝台に押し倒していた。
 俺が入室して来た事に気づいてるであろうに、白子は愛撫の手を止めようとしない。
 全裸の少女の息づかいは荒く、胸を、秘部を、まさぐられる度に声を漏らしている。
 ほんのりと染まった頬、うるんだ瞳。普段の澄ました顔とは結びもつかない、扇情的な顔だった。
 白子の忍者は少女の右の耳を舐めながら、そっと囁いていた。
「そのまま、二呼吸、締めよ。息をついだら、尻穴をすぼめるつもりで更に強く。後ろが締まれば前も締まる。そこで媚態じゃ。媚びるように、甘えるように、じれったそうに腰を使え。円を描くようにぐいぐいと……」
 ローラは、はぁ、はぁと熱く息を漏らしながら、腰を使い始める。
「うまいぞ。そこで、流し目じゃ。うるんだ瞳で男の情欲を煽れを」


 最初は、まともな訓練だったのだ。
 洞察術、情報分析、心理学。潜入先で正体を気づかれぬよう、情報を引き出す手管。相手の心を先読みし、都合のよいように会話を誘導する話術。
 忍者ジライの洗練された諜報技に感心できているうちは良かったのだが……


 ここ数日……
 房中術授業となってしまったのだ。


 しかも、個人指導(レッスン)つきの……


 つまり……


 この宿に居るナーダ様の部下は……
 頭領を除いて……
 この東国忍者と……
 致してしまったわけで……


 主人(ナーダ)が愛の告白をしまくっているこの忍者と……


「くぅぅ」
 胃を抑えると、東国忍者がジロリと睨みつけてきた。
「まだ胃がすぐれぬのか? 忍のくせに健康管理もできぬのか、情けない奴め」
 あんのたせいだろ! と、思った。が、言わなかった。
 言っても無駄なのだ。もう数えきれぬほど、この男にはいろいろ言っているのだ。頼み、情に訴え、忍としてあるべき道を説いたのだが、全く通じないのだ。
『主人の思い人に手を出すなど言語道断! 死して詫びても許されるものではありませぬ!』
 と、正道を説いても、東国忍者は、   
『阿呆』
 と、あっさりと切り捨て、
『どちらかが孕むわけでもあるまいし、なんでナーダを気にする? 第一、好いた惚れたではない。房中術じゃと言っておるだろう? 房中術は諜報術の一環。寝れば男も女も口が軽くなる。獲物を骨抜きにする技術を身につけよ』
 と、実に……手馴れた……素晴らしい技術をもって愛撫してくれて……その気なんかなかったのに……いつのまにやら……そうなってしまったわけで……。
 おかげで主人の顔も、頭領の顔も、まともに見られなくなってしまっていた。
「はようせい。我はこの後、セレス様の昼食の毒見をせねばならぬ。昨日までのさらいじゃ、とっとと我をイかせてみろ」
 前髪をかきあげて不満そうに睨みつけてくる白子。女々しいところはないが、たいそう綺麗な男だ。男が男に惑っても不思議はないほどに。
 頭領が子飼いの部下達に房中術をほとんど教えていないと知った時、東国忍者はひどく驚いていた。頭領は非常に潔癖な性格で、房中術など無くても情報収集は可能だと考えている。だが、それを東国忍者は効率が悪いと決めつけ、彼としては『非常に不本意』ではあったが、『指導する以上、きさまらをとことん育てて一人前の忍にせねばならぬ』から『いた仕方なく』、素顔を晒しての房中術授業に踏み切ったのだ。
 以前、東国忍者は『素顔を見た者は殺す』と言っていたそうだが、そんな脅しは一度も聞いていない。人間が丸くなったのか、同じ忍だから気兼ねしてないのか、主人(ナーダ)と縁を切る時に部下全員を始末すればよいと思っているのかは定かではないが…… 
 東国忍者から教わった房中術の手管で、白子を腕に抱き、人体の敏感な箇所を責め立てる。 
 二人とも全裸で、ベッドにいる。
 嫌な事はさっさと終わらせよう。  
 でなければ、胃がもたない。そう思ってヤケになって習った事をなぞっていると……
 ノックが響いた。
 外への注意が散漫となっていて、気の接近に気づかなかったようだ。
 慌てて、気配を探り……
 サーッと血の気が引いた。
 扉の向こうにいるのは……
 主人(ナーダ)だ。
「何用じゃ、あのクソ坊主」
 組み敷かれている東国忍者が見上げてくる。
「我は素顔では廊下に出られぬ。おまえ、行って来い」
 首がちぎれんばかりに、かぶりを振った。
 冗談ではない!
 東国忍者の部屋から、全裸もしくはガウンを羽織っただけの姿で廊下に出ようものなら……
 間違いなく……
 命がない……
 慌てて服を拾い、袖を通す。
 服を着ている間に主人の気配は遠のいていった。
 だが、もう一分たりとも東国忍者と二人っきりでいたくない。『きさま、サボる気か! このたわけ!』と、怒鳴りつけてくる白子を残し、東国忍者の部屋を後にした。


 自分用の部屋に戻って布団を被っていたのだが、じきにノックが響いた。扉の前にヤルーが居た。
「ナーダ様がお部屋でお呼び」
 ヤルーの声が、死刑宣告に聞こえた。
 主人のものに手を出したのだ、ただの死刑で許されるはずもないが。


「待っていましたよ、ムジャ」
 主人は穏やかに微笑んでいた。
 勘づかれたわけではないのか……?
 それとも、最初は笑顔で油断させそれから責め立てる気なのか……?  
 主人に対し片膝をついて跪いたが……本来胸にあてるべき右手は少し下がって胸の下を押さえていた。胃が痛い。いっそのこと血を吐いて倒れてしまいたかった……
「訓練の邪魔をしてしまって、すみませんでしたね」
 ドキン!と心臓が鳴った。
 知ってる……?
 やはり、知っているのか、何をやっていたのか……?
「お許しを!」
 深く、深く、頭を垂れた。謝って許されるものではなかったが、謝らずにはいられない。
「東国忍者に求められたからとはいえ、部下としてあるまじき行為をいたしました! 死して詫びても許されるものではありません!」
「許す……?」
 主人が不思議そうな声で尋ねる。
「何をです?」
「え?」
 恐る恐る顔をあげると、主人は微かに眉をしかめ、テーブルの前に座ったままだった。
 バレてなかった……のか?
 て、ことは……
 墓穴掘ったのか、俺は!
「遅参した事を詫びてるんですよ」
 と、横からヤルーが言う。
「副頭領、真面目だから」
「ああ……気にしなくていいですよ、急ぐ用事ではありませんし」
 ヤルーが助け船を出してくれるとは……
 目で感謝を伝えた。
 少し気持ちが落ち着いて……それで、ようやく気づいた。
 部屋に香の香りが満ちている。
 主人はテーブルの上に仮の祭壇を作り、インディラ式の香を焚いていた。
 思い出した。
 今日は……
 頭領の息子アシダの命日だった。


 頭領の息子アシダは、俺達が拾われるよりも前に亡くなっている。
 主人(ナーダ)やその母君の護衛の任に加わり、暗殺者に討たれたのだ。享年十四才。
 最愛の息子の死すら頭領は主人に隠し続け、護衛を続けたとも聞いている。
 主人(ナーダ)は、毎年、命日にアシダの魂を弔っていたそうだ。昨年、たまたまその場にいあわせる事となった俺は、頭領の息子の為に手を合わせた。
 自分達を頭領が拾ってくれたのは、アシダの死への悼みからだったのだろうか? 漠然とそう思いながら。
「ガルバに内緒で、今年も一緒に祈ってくれませんか?」
 頭領は、主人の為に部下が死ぬのは正しき忍道だと祭祀を断り、インディラ教徒ではないとの理由で一度も手を合わせようともしないのだそうだ。
 護衛役だったアシダと主人(ナーダ)は親しかったらしい。十四才であり、他の忍に比べ年が近かった為だろう。
 主人の目の前で主人を庇い、アシダは亡くなったそうだ。頭領は幼かった主人に、重傷だが生きてはいるとアシダの死を隠していたらしい。主人が出家を決め、アシダの元へ帰るよう頭領に勧めるまで……ずっと。
 命の恩人であり、頭領の息子……主人がその魂を弔いたいという気持ちもわかった。
「は。喜んで」
「ありがとう、ムジャ。それで、ですね、略式で申し訳ないのですが」
 主人は香と香炉を渡してくれた。
「ケルティの魔族の宴から、ちょうと今日で一ヶ月です。今日はバイトゥーキとダンル、カヤンにコタンの月命日でもあるのです。あなたが共に祈ってくれれば、彼等も喜ぶと思うのですよ」
「……ナーダ様」
「この異国の地まで共に来てくれ、私の為に働き、命まで捧げてくれた彼等……すばらしい忍でした。あなた方の働き無くして、今の私はありません。感謝しています」


「………」


 油断した。
 思いもかけぬ言葉を耳にしたせいだ。
 主人が気にかけているのは、勇者仲間のことであり、インディラ寺院のことであり……
 部下など頭領(ガルバ)のことぐらいしか関心ないのだと思い込んでいた。
 主人の口から……
 バイトゥーキの死を悼む言葉が出るなど……
 想像した事もなかったのだ……


 まさか、この年にもなって……
 主人よりも年上で……
 忍である自分が……


 人前で泣き出すとは……


「たまんねえよな」
 涙が止まらない。『私めにお任せを、少し向こうで話して参ります』とヤルーが、彼用の部屋に連れ出してくれねばどうなっていた事か。
 泣きながら、心の内をあらいざらい話してしまったかもしれない。罪の意識に耐え切れず……
「召使役やって初めて知ったんだけど、ナーダ様、今日は誰それの命日だ月命日だって、やたら祈るんよ。俺の知らない名前も多かったけど、ルドラカやパーンダにカイサ、アッチャやガナルの名前が出た時は……俺もジワーときたわけ」
「そうか……ルドラカ達のことも覚えていてくださったのか……アッチャやガナルのことも……そうか……」
「頭領も頭領なら、その主人も主人。下賎な忍をここまで気にかけてくれてる主人……どこを探したって他にゃあいないっしょ?」
「……うん」
「忍なんて、『死して屍拾う者なし』じゃん? けどさ、俺、死んでも、ナーダ様さえご無事ならずっと祈ってもらえるわけよ。俺が生きていたことをナーダ様はずっと覚えてくれている……お守りしなきゃって気持ち、新たに持つのも、当然しょ?」
「ヤルー……」
 そんなこと考えてたのか、こいつ。
「まあ、この十年で俺、すっかりフヌケちまってるから、もう古巣に帰ってもやってけねえとは思うけど」
 ヤルーはにやっと笑った。
「帰りたくねえからいいけど」
「……そうか」
「そうだよ。ここ、待遇いいし。同僚が『坊ちゃん』育ちの甘ちゃんばっかなのさえ目ぇつぶりゃ、最高の職場じゃね?」
「……『坊ちゃん』で、甘ちゃんかよ」
「ンだから言ってるっしょ、気にするなって。房中術なんて、どこでも、普通に、忍は仕込まれてんの。恋愛の性交と房中術は別物だっての」
「……それは頭ではわかってるんだが」
 溜息がもれた。
「ナーダ様のお気持ちを思うと……申し訳なくて」
「バぁカ。それが混同してるっての。ったく、クソ真面目の坊ちゃんめ。なんでも肥やしにすりゃいいのよ。今回習った事をとりいれて迅速な情報収集をすりゃいいわけ。これから主人の為に働けりゃいいのよ。忍は主人の為に働いてこそじゃね?」
「肥やしにして……か」
 そう考えればいいのかもしれないが、気持ちの切り替えは難しい。
「まあ、とりあえず」
 ヤルーは肩をすくめた。
「白子には言っとくわ、ムジャは神経細すぎっから実地訓練の相手は仲間にさせろ、って」
「ヤルー」
「胃に穴でもあけられたら困るわけよ。今、宿にいない奴らも仕込みたいってあいつが思ったら、俺らが代わりにやるってのもいいんじゃね? 俺らの実地訓練になるからとか言や、あいつも満足するっしょ?」
「ヤルー!」
 思わずヤルーの手を取っていた。
「白子との房中術授業は俺等だけの秘密で、一生、胸に秘めとけばいいんじゃね?」


 戻って来た俺達を主人は笑みと共に迎え、俺にいたわりの言葉をかけてくれた。
 先ほどの涙を、竹馬の友バイトゥーキの死を悼んでのものと思ってくれたらしい。


 その死を悼む気持ちもあった。
 二度と会えぬことも悲しかった。
 しかし……
 羨ましくもあった。
『死すとも悔いのない人生』を送れた友が……


 主人に対し口が裂けても言えない秘密ができてしまった事が、何とも苦しかった。


「ナーダ様……」
 ずっと心にひっかかっていた疑問を口にした。
「頭領の息子のアシダ殿は、我らの誰かと似てましたでしょうか?」
 主人(ナーダ)は首をかしげた。主人はたいへん記憶力に優れている。アシダの顔も鮮明に覚えていることだろう。
「似てる者はいませんね。母親似だそうで、ガルバともあまり似ていませんでした」
「さようですか……」
 亡き息子の面影を浮浪児グループの誰かに見いだして引き取った……と、いうわけではないらしい。


 手を合わせ目をつぶっていると、横のヤルーが小声で話しかけてきた。
「おまえ先に逝ったら、俺、ナーダ様と、祈ってやるわ。俺が先だったら、よろしく」と。
「おまえは死んだって死ぬもんか」
 笑みが漏れた。二人とも、いつ主人の為に命を投げ出す事になるかわからない忍ではあったが、そう思った。



* おまけ *

 そのまんまの流れで、俺用の部屋でムジャと酒盛りとなった。床の上にマットを敷いて座り込んで、さしむかいで飲む。
 胃が痛いんならやめときゃいいのに、ムジャは頭領に似て酒にはだらしないところがある。
 ムジャと二人っきりの酒は初めてだった。仲が悪かったわけじゃないが、俺はムジャ達頭領子飼いの部下達とはいつも一歩離れた所にいた。ムジャ達がまともすぎるんで、馴染めなかったんだ。忍のくせに常識的で善良で、いかにもあの頭領の部下らしい。
 前の前の職場はひどかった。天下のインディラ寺院ベナレンス支部の忍者組織だってぇのに、非人道的だった。ぐんぐん背が伸びるガキの頃の俺に『これ以上大きくなられては、諜報活動に向かない』と教育担当官は食事量を減らし、サイズの合わない小さな服やら靴を使わせた。それで、迅速に動けるわきゃないってのに、手をぬいてるって懲罰しやがった。
 腹を減らしていた俺は教育担当官の更に上役の坊さんに、泣きついたんだが……坊主ってのは必ずしも立派な人間ってわけでもなくて、『泣き言を言うな』と『不心得者の根性を入れ替える』と杖でさんざん殴ってくれた。
 視察にいらしたジャガナート様がやたらとデカい子供だった俺に目をとめてウッダルブル支部に引き取ってくださらなければ……成人になる前に死んでいた。飢え死にか、任務中に腹減らしてふらついて事故って死亡か……
 時々、その言動に苛つくこともあったが、ナーダ様の影武者忍者として頭領の配下でムジャ達と共に居るのは、居心地がいい。ここでは俺は人間扱いをしてもらえる。
「俺達は普通の房中術、習わされたけど、おまえ、特別授業だろ? ナーダ様の影武者だから」
 酒がすすんできてムジャの口に遠慮がなくなる。
「ナーダ様と東国忍者の閨の再現してるって聞いたぜ。やっぱ、鞭でビシバシとかやられてるわけ?」
 酔ったな、こいつ。主人のものに手を出した罪を死んで詫びるだのなんだのの思いつめた顔を、何処へやりやがった。
 興味津々って顔で、尋ねてくる。
「ナーダ様のM趣味ってどの程度なの? 鞭とか蝋燭とか逆さづりとか、やっぱハード?」
「違う」
「じゃ、ソフト?」
「てか、SMじゃないし……まともじゃないけど」
「まともじゃない?」
 キラッとムジャの目が輝く。こいつぅ……
「高貴な御方の閨房ってやっぱ特殊なんだ? どんなプレイ?」
「どんなって……」
「きさまには関わりないわ」
 ムジャの頭上にドカッと足がふりおろされる。
 東国忍者だ。
 いつもの、覆面に黒装束姿だ。
 すばやい体術で何の気配もなく現われ、ムジャの背後をとり、ムジャの後頭部をぐりぐりと右の足裏で踏みつけている。
「きさま、我が指導から逃げて酒か? いい度胸じゃな。さすがご老体の一の部下。副頭領なだけはある」
「いてぇ、て、て、て、て」
 東国忍者はキッ! と、俺を睨む。
「ヤルー、おまえ、ナーダの影武者のくせに酒を口にするほどの阿呆であったとは! 飲食は体臭にも影響する。おまえがバケる男は大僧正候補であろう? あれは酒は一滴も口にせん。水を大量に飲み、運動をし、まず酒をぬけ、このたわけ!」
 確かに、その通り……代役の予定はないが、いつでも入れ替われるように常に体調も万全にしておくべきだ。
「は。もうしわけありません」
「ま、おまえへの説教は後じゃ。さて……ムジャ。きさまが逃げたことを話したら、マリーに説教されての、我も指導を改めるべきかと考えておる」
 マリー? 今はマリーと名乗っているデヴィは、俺と同じく外部からこの忍者軍団に加わった中年くノ一だ。頭領の昔の仲間の娘だそうで、よその忍者組織のくノ一だったのだ。
 未熟者である俺達の意見には聞く耳を持たない東国忍者も、人生経験豊富なあのくノ一の言葉なら耳を傾けるのか。
「ご老体の育てたきさま達は、一般人に近い価値基準で動いておるゆえ、ひどく道徳的なのだそうだな? ナーダと寝室を共にしたことのある我を、抱くのも、抱かれるのも、恐れ多いと思うのだとか」
 尚もぐりぐりとムジャの頭を踏みながら、東国忍者は言葉を続ける。
「無理に我を相手に房中術授業をさせれば、きさまだけでなく、他の部下達も、良心の呵責とやらで体を壊し寝込むであろうとも言われた。きさま、我と寝るのが嫌なのだな?」
「そうだと申し上げてきたではありませぬか! ナーダ様のものに手を出すなど、反逆も同然だと」
「わかった」
 頭を踏みつけるのを止め、東国忍者は素早くまわりこみ、倒れかけたムジャの胸倉をつかみ立ち上がらせた。
「喜べ、ムジャ、きさまの希望を聞いてやる」
「え? ま、まことに?」
「うむ」
 東国忍者の覆面から覗く眼が、たいそうにこやかな笑みをつくる。
「これから、きさまに色責めをしてやるわ」
「へ?」
「きさまを縛って転がし、我が房中術をもってさまざまな手管できさまを責める。きさまの希望通り、挿入は一切無し。じゃから、決して達するな。道徳心をもって主人に対し忠義をつくしたいのなら、我慢できるであろう?」
「そんな!」
「我が手管を体で覚えよ。本来八時間はかかるフルコースを凝縮して四時間でやってやる。我慢できたら免許皆伝と認め、房中術指導をやめてやるわ」
 悲鳴をあげるムジャをひきずるように、東国忍者は部屋を出て行った。
 俺は……
 手を合わせ、ムジャの健闘を祈るしかなかった。まあ、たぶん、無理だろうと思いつつ……
 しかし……
「アレのどこがかわいいのよ……」
 ナーダ様はあの東国忍者との閨房で、『愛しています』と『好きです』をやたら連呼し、あの東国忍者を『かわいい』と言うのだそうだ……
「高貴な御方のお心はわかんね」
 俺は部屋の片付けをし、食堂に向った。水を大量に飲む為に。
『たとえ死すとも』 完。

 次回は『英雄の墓――バンキグ編』。舞台はケルティからバンキグへ。 
 いよいよ夢にまで見た国、バンキグに向う事となったシャオロン。英雄ゲラスゴーラグンの墓所を訪れる為、ナーダはセレスの名を使ってバンキグ国王に手紙を送ります。
+注意+
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