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女勇者セレス 作者:松宮星

ケルティの闇と光

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極光の剣 終 (2)

 十二月下旬、勇者一行は王宮を後にし、他頭びきのトナカイ橇で東へ……バンキグへと旅立った。
 近衛少尉アレクセイを始めセレスに関わりがあった宮廷人は名残を惜しみ、移動魔法で現われたハリハールブダン上皇が大魔王退治の旅の成功を祈ってくれた。
 東国の少年シャオロンは、橇の上から遠ざかる王宮を見つめていた。
 春になれば、シベルア国からケルティ新王朝の新国王たる王子が王宮にやって来る。だが、その権限は以前に比べると狭められており、ハリハールブダン上皇と共に国政を行う事が定められていた。ケルティ人の代表――上皇には国王に匹敵する権力が認められているのだ。
 シベルア移民とケルティ人の間には深い溝があり、先日の魔の宴では殺し合いすらしていた。両者が真に許し合い理解し合うまでには、長い時間が必要だろう。
 けれども、ケルティに居た者は、皆、自分達を魔の呪縛から解き放ってくれた者を知っていた。魔力が無い者も、神秘を見通す眼がない者も、誰もが心の眼で巨大な鷲を見ていた。解放者ハリハールブダンは、シベルア移民とケルティ人両者から敬意を払われている。自身が最強のシャーマン戦士である上に、政治顧問としてカルヴェル(分身)を抱えている彼は、政治的難事にも正しく対処していけよう。
 ケルティの空気は冷たく凍えていたけれども……王宮もホルムも、もはや歪んでいない。魔の黒の気はケルティから完全に消えうせていた。
「セレス様、本当にアジャンさんを待たなくて良いんですか?」
 シャオロンは同じ橇の女勇者を見つめた。王宮に戻ってからセレスはずっと元気がない。『動物達の母』と同化(シンクロ)した疲れが抜けないのだろう……シャオロンはそう理解していた。勇者の剣をそばに置き、白銀の鎧をまとう何時もの雄々しい姿だったが、くノ一のマリーにかいがいしく世話をされる彼女はどうにも頼りない。橇に乗り込む時も、『勇者の剣』が重いと辛そうだった。まだ剣を持って戦うのは難しそうだ。こんな時こそ、頼りになる赤毛の戦士に側にいて欲しいのだが……
「オレ達だけで出発しちゃって良いんですか?」
 少年の問いに、セレスは弱々しい笑みで応えた。
「……良いのよ。アジャンは、今、忙しいんですもの」
「そうですか……?」
 シャオロンは小首を傾げた。
「でも、アジャンさん、すぐに戻るって言ってましたよね?」
「………」
「シャオロン!」
 橇を御していた東国忍者が鋭く叫ぶ。
「こちらに来い。きさまに橇の操り方を教えてやる」
「あ? はい! ジライさん!」
 少年は素直に、忍者の元へ向った。
 セレスは頬杖をつき、王宮の森林庭園の景色を眺めていた。マリーが肩掛けを渡してくれた。が、かぶりを振って断った。
 セレス達の橇の後を、少し離れてナーダやガルバが乗った橇が続き、その後にナーダの部下達と荷を積んだ橇が三つ続いていた。今日は天候が良いので、ホルムの街を抜け街道にまで出るのだと出発前にナーダは言っていた。魔術師協会の移動魔法は使わず、普通に進むのだそうだ。
 セレスは景色を……いや、雪を見続けていた。
 真っ白な雪を見つめているうちに……
 青の瞳は涙で潤んでいた。
 胸がどうしようもなく苦しくなっていった……
「アジャン……」
 誰の耳にも届かないように小声でその名を呟き、セレスはそっと口元を押さえた。
 その時だった……
「シャオロン! 手綱は任せた!」
 東国の少年に手綱を投げ渡し、忍者ジライが跳躍したのは……
「え? え? え? え?」
 橇に不慣れな少年から、くノ一マリーが手綱を奪い、代わって橇を御す。
「ジライ?」
 セレスは忍者の動きを目で追った。
 雪を蹴って走る忍者は、木々の間に佇む人物めがけて手裏剣を投げていた。
 大柄な男だ……その者は荷物を投げ捨てると、背より巨大な両刃の大剣を抜き……忍者の攻撃を全て弾き、粗野な笑みを顔に刻み、咆哮と共に忍者を狙う。
 離れた距離から放たれた剣圧を跳躍してかわし、忍者ジライは背の忍刀を抜刀し相手へと斬りかかっていった。赤毛を靡かせる相手へと……
「そんな……」
 セレスの顔に笑みが浮かぶ。
「そんな事って……」
 二人の姿が見えなくなる。
 木々に阻まれ、視界がさえぎられたのだ。
 橇がどんどん二人から離れてゆく……
「止めて! 橇を止めて!」
 スピードが少し落ちただけで待ちきれず、セレスは橇から飛び降りた。雪の上を転がり、何度も転びながら、それでも少しづつ二人に近づいてゆく……
「『ムラクモ』を使えよ、クソ忍者! そんなナマクラ刀じゃ、俺は殺れねえぜ!」
「やかましいわ! ウドの大木が!」
 罵倒し合いながら剣を交わす二人。
 セレスの接近に気づき、まずジライが刀を引く。覆面の下の目を辛そうに細め、セレスの為に道をあける。
「アジャン……」
 女勇者セレスは赤毛の男を見つめ、微笑んだ。泣き出しそうな顔で……
「見送りに来てくれたの……?」
「あん?」
「嬉しいわ……もう一回、あなたに会えるだなんて」
「………」
 赤毛の戦士は大剣――『極光の剣』を背に収め、ゆっくりと近寄って来る女勇者を待ち……
 彼女が赤毛の戦士の腕の中に飛び込もうとした、まさにその時……
 赤毛の戦士は自ら歩を進め……
 女勇者の額を右の二の指でバチン!と弾いたのだった。


「え?」


 痛烈な痛みに驚き、女勇者は後ずさった。
 東国忍者は硬直し……
 東国の少年は三人を目指して走り……
 武闘僧は止まった橇の上から成り行きを見守り……
 赤毛の戦士は、不機嫌そうな顔で女勇者を睨んだのだった。
「置いていくたぁ、どういう了見だ? ケルティを出立する目処(めど)がたったんなら、連絡ぐらいしろ! ジジイの分身が俺のそばに居るからって、怠慢すぎやしねえか、女勇者様! 自力で情報を得て、合流しろってことかよ? 移動魔法で運んでもらえなきゃ、間に合わなかったじゃねえか!」
「え? でも……」
 セレスは額を押さえながら、怒り爆発寸前の男の顔を見つめた。
「あなた……ケルティに残るんでしょ?」
「俺がケルティに残るだと?」
 赤毛の男が、一層、声を荒げる。
「俺が何時、ケルティに残るって言った!」
「言ってないわ! 言ってないけど、でも……あなた、体の中の血に従うって言っていたわ。一族の生き残りも集めるって……」
「まあ、そりゃあ、言ったが」
「だから……私……あなたがアジ族の王になったんだと思ったんだけど……」
 セレスは口ごもり、上目遣いに怖々とアジャンを見つめた。
「……もしかして、違うの?」
「違う!」
 赤毛の戦士がギン!と睨みつけてくる。
「アジの生き残りなんてなあ、女子供を合わせても百人ちょっとしか居ないんだよ! 俺ぁ、そんなみみっちい一族の王になんざなる気はねえ! アジ族は近いうちにハリに統合してもらう! ハリハールブダンとは話はもうついてるんだ!」
「……そうなの?」
 セレスは唖然とした顔で赤毛の戦士を見つめた。
「じゃあ、あなた……今まで何をしていたの?」
 赤毛の戦士は両腕を組み、偉そうにふんぞり返った。
「子づくりだ」


「……子づくり……?」


「そうだ」
 好色(スケベ)そうな顔をつくり、アジャンはセレスが嫌がる言葉を選んで説明を続けた。
「アジのジジイどもにそこら中から女をかき集めさせ、日がな一日ズコバコやり放題やりまくっていたのさ!」
「……どうして?」
「アジの王家の血を残す為だ。俺が居なくても、俺の血さえ残ってりゃ、『極光の剣』の振るい手はいずれ現われる。俺の血筋を守るってな使命を心の支えに、アジのジジイどもも、ハリの一族に混じる事に承知したんだ」
「でも、あなた、『極光の剣』を持って来ちゃってるわよねえ?」
 アジャンの背を見ながら、セレスが問う。
「心配ない。ジジイに、ああ、カルヴェルじいさんの事だが、剣に呪をかけてもらった。俺が死んだら、この大剣、俺の跡継ぎの元に物質転送魔法で飛んでゆく事になっているんだ。まあ、もっとも」
 アジャンはニヤリと笑った。
「何処に飛んでって良いのか、剣も困るだろう。なにしろ十五人の女を抱いて八人を孕ませたからなあ。カルヴェルじいさんの分身が教えてくれたぜ、来年の初秋には男三人に女五人が産まれるそうだ。娘のうちの一人がハリハールブダンの息子とくっついてくれりゃ、まさに万々歳だな」
「………」
 セレスはぶるぶると震えていた。
 つまり……カルヴェルは知っていたわけだ。
 セレスの元を離れたアジャンが何をやっていたのか。
『元気じゃよ、若いからのぅ、頑張っておる』
 と、カルヴェルはアジャンの事を言っていた。それは部族王として彼が活躍しているという意味ではなく、女の人とHしまくっているという意味だったなんて……
「何だ、女勇者様、真っ赤な顔をして」
 ニヤニヤと笑いながら、赤毛の戦士がからかってくる。
「俺の話を聞いて興奮したのか? ん? けどな、いつも言ってるが、俺ぁ、処女は抱かねえ。面倒くせえし、ぎゃあぎゃあうるせえし、痛がってばっかりで面白くねえからな。おまえさんが抱いて欲しくなったんだとしても、悪いがお断りだ。おまえのキツキツのオマ●コに突っ込むぐらいなら、六十過ぎのババアの枯れたオマ●コに」


「最低――っ!」


 赤毛の戦士が宙を舞った。セレスに左頬を拳骨(げんこつ)で殴り飛ばされたのだ。
「なっ! 何しやがる! 馬鹿女!」
 雪を舞い散らせ体を起こした赤毛の戦士が、女勇者に喰ってかかる。
「何で俺が殴られるんだ! 逆だろーが! 俺が、俺を置いて行こうとしたおまえさんを殴るのが筋だろーが!」
「あなたみたいな品性下劣な最低男、そばに居て欲しくない! 大嫌い! 何処へなりとも行っちゃって! 女の人とHしまくって早死にすればいいんだわ!」
「何を!」
「何よ!」
「おまえみたいな世間知らずの馬鹿女、俺だってできりゃあ縁を切りたい! 切りたいが……大魔王退治の仕事は成功報酬がほとんどだ。仕方ねえから、大魔王を倒すまでは、馬鹿なおまえを守ってやるぜ!」
「あ〜ら、嬉しい! 有難くって涙が出そう!」
「ケッ! 大魔王なんざとっとと倒して、てめえとはとっとと縁を切ってやる!」
「私達、ほぉ~んと気が合うわね、アジャン! 私も大魔王を倒したくって、たまらなくなっていたところよ!」
 二人はしばらくそのまま睨み合い……
 互いに荒い息を残し、そっぽを向き合った。
 と、そこで……
「アジャンさん、おかえりなさい!」
 二人の会話が終わったと判断し、東国の少年が尊敬する赤毛の戦士に飛びついてきた。
「おう、シャオロン! 元気にしてたか?」
「はい! オレ、雪の中での体術の鍛錬、毎日、続けましたよ! 寒さにも少し強くなりました!」
「上出来だ」
 赤毛の戦士は、亡くなった弟アジャニホルトに気性がよく似ている少年に笑みをみせ、その頭をくしゃくしゃに撫で回してやった。
「ん?」
 背中に何かがかかったのを感じ、赤毛の戦士は振り返った。
 彼の背後には、『ムラクモ』を抜いて上段に構えた東国忍者がいた。『ムラクモ』の刀身から飛び散る聖なる水が、背にかかったのだろう。
「……礼を言うぞ、アジャン」
「あん?」
 忍者ジライは高らかに声をあげて笑った。
「久方ぶりに爽快な気分じゃ! セレス様の先ほどのパンチを見て、心がすっかり洗われた! 『小夜時雨』も抜けたわ! 我は自分を取り戻せたのだ!」
「……何わけわかんねえ事、言ってやがる、クソ忍者」
「……勝負の続き、いずれしてやっても良い。この前のようにはいかぬぞ。あの時、我はセレス様のご命令で手加減してやっていたのだ。(われ)が本気になれば、きさまなど敵ではないわ」
「ケッ! 俺だって『極光の剣』を手に入れたんだ。おまえなんざ、ひとひねりだぜ!」
 忍者の覆面の下の目は不敵な笑みをつくっていた。が、それは、すぐに消えた。目の周囲の筋肉をへらぁ〜と緩め、『ムラクモ』をしまい、鼻歌を歌いつつセレスに背後から近寄り、その耳にフッと息を吹きかける。
「馬鹿ぁ!」
 ご機嫌斜めの女勇者の右拳が、容赦の無いパンチを忍者にお見舞いする。
「それはやめなさいって、いつも言ってるでしょ!」
 雪の上を転がっていく忍者を見つめ、アジャンはポツリと呟いた。
「なにバカなことやってんだ、あいつ……」
「……その台詞、そのままあなたに言ってあげたい気分です」
 アジャンとシャオロンの側には、ターバンを頭に巻き毛織のコートを身につけた武闘僧が立っていた。呆れたと言わんばかりの顔で。
「まったく気づいていないみたいですけれど……あなた、この先、もうおそらく二度と訪れないであろう幸運を……さっきドブに捨てちゃったんですよ」
「?」
 ナーダは肩をすくめた。
「……まあ、過ぎた事を言ってもしょうがないですね。とりあえず……おかえりなさい、アジャン。待ってましたよ」
 にこやかな笑みを浮かべ、ナーダはアジャンの顔の前に金袋をぶら下げた。
「私達一行の表向きの軍資金です。返しておきますね♪」
「……又、金庫番かよ」
 不満顔で金袋を受け取り、アジャンはそれを腰のベルトにつけようとした。
「あれ? アジャンさん、『聖王の剣』は?」と、シャオロン。
 赤毛の戦士の腰に、聖なる武器が無い。カルヴェルから借りた片手剣を、いつも必ず腰に差していたのだが。
「ジジイに返した」
 背の大剣に視線を向け、赤毛の戦士は満足そうに笑みを浮かべた。
「あれは、もう必要ねえ。俺には、俺の相棒ができたからな」


「橇を寄せないでちょうだい、アジャン! あなたの嫌らしい顔を見ると鳥肌が立つわ! もっと離れてよ!」
「ケッ! 文句なら、トナカイ橇の扱いが下手な忍者に言いな。のんびり走らせてても、トロくさい橇に追いついちまうんだよ」
「ジライ! スピードをあげてちょうだい!」
「承知!」
「セレス様、無茶な走りをしたら、トナカイがバテちゃいますよ」
「ジライ! トナカイをバテさせないように速く走って!」
「承知!」
「……て、できるんですか、ジライさん?」
「あああああ、もう! 途中で休憩をいれなきゃ、トナカイがもたないじゃないですか、このペースじゃ!」


 大魔術師カルヴェルは千里眼の水晶珠から顔を離し、ホホホと愉快そうに笑った。
 ケルティの首都ホルムを離れつつある一行。
 彼らの行く手には、大魔王ケルベゾールドが待ち受けている。そう遠くない未来に、最後の決戦の時が訪れる事をカルヴェルは知っていた。
 セレスは勇者として成長し、ケルティでは『勇者の剣』と心を通わせ、その能力をかなり引き出せるようになっていた。しかし、その後、アジャンを失ったと思い込んだ喪失感から、セレスは、『勇者』ではなく、ただの『女』となってしまっていた。
 アジャンを慕い涙する彼女を見て『勇者の剣』は……
 さぞ怒った事だろう。誇り高い剣は、自分を振るえるのは『剣と一心となって邪悪を討つ一流の剣士』のみと決めている。恋する乙女など、剣にとって穢れにすぎないのだ。
 まだケルベゾールドとの決戦は早い。
 セレスは、もう一度、剣と心を通わせ合い、剣の愛を取り戻す必要がある。
 剣のご機嫌さえ直れば……
 セレスが、ケルベゾールドに敗北を喫する事はない。
 従者達もセレスを守り、華々しく活躍するだろう。


 けれども……


 ケルベゾールドを倒した後に……
 悲劇の幕があがるかもしれないのだ……


「……アレの好きにはさせぬ」
 カルヴェルは右手の杖を握り締めた。
「ナラカよ……今度こそ、わしが勇者を守るぞ」


 大魔術師カルヴェルは瞼を閉じた。
 勇者ランツと僧侶ナラカ……懐かしい二人の顔が心に浮かんでいた……
『極光の剣』 完。

次回は『極光の剣 こぼれ話』。舞台はケルティ。
本編からカットしたエピソード集です。

『極光の剣 こぼれ話』をもって
第三章 ケルティの闇と光 は、終わります。
(第三章の章タイトルを《北方にて》から《ケルティの闇と光》に変更しました)。
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