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女勇者セレス 作者:松宮星

ケルティの闇と光

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極光の剣 終 (1)

 女勇者セレスは惚けていた。
 王宮に戻った彼女は力なく頭をたれ、ただ床を見つめるばかり。再会したナーダとジライに今までの経緯を説明したのは老忍者とシャオロンで、彼女はろくに口を開かない。開く気力すらなさそうなのだ。
 そんなセレスの事を東国の少年は、『動物達の母』と共感した為にお疲れなのだと言って気遣っていた。カルヴェルの術に眼を使われたシャオロンの方が、むしろ、顔色は悪かったのに。
 シャオロンにつきそわれ、セレスは部屋で休むこととなった。ナーダが許したのだ。勇者としての使命やケルティの前途について話しても頷くしかできず、侮辱しても何の反応も示さない今の彼女では、『役に立たない』。そう判断したのだ。
 そのままセレスは、ほとんど部屋に籠もる事となった。
 ナーダに命じられるままに、高官と面談したり、会合に出席したりはした。が、何をする元気もないので、ただその場に居るだけだった。変声術でセレスの声色でしゃべるジライの、腹話術の人形のようなものであった。


 それとは逆に、武闘僧ナーダは不眠不休の忙しさの中にあった。
 上皇擁立に動いていたからだ。
 まず最初にやった事は老魔術師との交渉だった。移動魔法・物質転送魔法で力を貸して欲しいと願うナーダに、老人は『聖なる武器に関する記録』他寺院秘蔵の書の写本を報酬に要求した。それに対し、ナーダはあっさりと、大僧正から許可が下りたものであれば時間がある時に写すと要求を呑んだ。大魔術師とすっだもんだする時間すら惜しいと判断したからだ。
 次に、王宮・寺院宛のケルティへの人道支援依頼の手紙を持たせたガルバを、老魔術師にインディラに送ってもらった。ケルティは、雪深くなる冬に国中が混乱状態にある。食料も衣料もさまざまな物資を必要としていた。ガルバには隠し財産をある程度処分し、物資を確保するようにも命じてあった。
 同じような内容の手紙をムジャに持たせ、エウロペへと老魔術師に派遣してもらう。エウロペ国王は慈悲深く、名君と名高い。北方との国交再開の為にも積極的に動いていた。ケルティの現状を知れば、軍事行動は起こさず、支援へと動くはずだ。その支援が、いずれは国交正常化に繋がると判断して。
 ジライに情報収集を依頼し部下の忍達への指示も任せてから、部下のヤルーを自分の影武者として王宮に残し、ナーダは現存している十二部族の元を順に訪れた。部族の現状・被害・必要とする援助物資を尋ねた上で、生き残っていた指導者に早急に部族会議を開きたいと伝えた。
 シベルアの支配から脱する為にも、魔の宴からの解放者ハリハールブダンを上皇として十二部族は団結すべきだと訴えたのだ。
『動物達の母』の浄化の光を浴びた者は、皆、翼の上の二人をイメージとして感じていた。皆、ハリハールブダンをよく知っており、恩義を感じていた。
 ゼグノスの魔の宴からわずか二日で、部族会議はなった。
 カルヴェルの魔法によってネスパ族の部族王の家に運ばれた部族王もしくはその代理の中には、アジャンの姿もあった。魔の宴でアジ王を名乗ってたアジカラボスも亡くなっていた。アジャンは生き残った者を村があった場所に集めているようだった。
 その席に、ハリハールブダンは自らの移動魔法で現われた。二日の間に、ハリの戦士は父ハリビヤルニからハリの部族王の位を継ぎ、『知恵の指輪』を自在に使えるシャーマン戦士となっていたのだ。現実世界とは時の流れが異なる異次元空間で、実質半年相応の時間を使ってカルヴェルの分身の指導を受けた成果だった。
 魔族からの救済者でありケルティ(いち)のシャーマン戦士となったハリハールブダンを上皇と祭る事に、否を唱える者はいなかった。
 その後、今後のケルティのあり方について話し合われた。新王朝ひいてはシベルアとの徹底抗戦を望む声もあったが、最後には、皆、上皇となったハリハールブダンの考えを受け容れ従った。
 ケルティ十二部族はケルティ新王朝と共存する……新王朝の下僕ではなく、対等な地位の協力者である事を承認させた上で。
 シベルアとの完全対立を回避する為の策であり、シベルア文明に染まったケルティ人をも受容する為の方針だった。
 ナーダはハリハールブダンへの援助を約束した。
 ナーダには自由となる時間はあまりなく、アジャンとはろくに会話ができないまま別れた。『こっちは順調だ。俺の事は気にせず、そっちはそっちで頑張ってくれ』と、ニヤニヤ笑う赤毛の戦士の顔は実にふてぶてしく、ケルティ入国からずっと彼と共にあった憂いは全て取り除かれているように見受けられた。
 むろん、十二部族を回っている間も、部族会議の準備、出席の間にも、王宮内で動きはある。ヤルーの手にあまった時には王宮に顔を出し、ナーダは民への食料・医療・衣料の援助を差し出し、生き残った新王朝の高官達に救助活動の指示も出していた。
 国の中枢を失い、軍隊にも壊滅的な被害を受けたケルティ新王朝の大臣達は、ナーダの指示に従った。
 本国シベルアに援助を頼んだのだが、雪深い冬である悪条件もあって色よい返事はきていない。物質転送魔法でわずかな援助物資は届いたものの、それだけではホルムの民にすら行き渡らない微々たる量だった。
 対してナーダは、インディラ及びエウロペの支援を得た上で、豊富な支援物資を所持していた。内政に干渉しないとして届けられたインディラ・エウロペの物資を拒否してしまっては、ケルティはたちゆかなくなる。
 金銭的・物質的援助でさんざん恩を売ってから、ナーダは上皇ハリハールブダンを登場させた。新王朝への協力を申し出ている人物として。
 既に大魔術師カルヴェルがケルティの部族王と親密である事は強く匂わせている。大魔術師を家来のように従えて、魔からの解放者であり、大魔法使いでもあるハリハールブダンがケルティ人代表として現われたのだ。ケルティの十二部族は新王朝に協力する事、民の救済活動援助、当面の国境警備を担う事を約束し、見返りとしてケルティ人の地位向上を要求して。
 国力を失ったケルティ新王朝が、ハリハールブダンに勝てるはずは無い。
 上皇制度復活が成る事を、ナーダは確信し、ケルティの為に働いた。


「こりゃ、セレス」
 王宮の客室(ゲスト・ルーム)の寝室。寝巻きのまま枕を抱えてベッドの端に腰かけボーッと虚空を眺めていた女勇者、その頭を老魔術師が杖でポカリと叩く。
「起きたまま寝るでない」
「……お師匠様……」
 セレスの声には、まったく張りがなかった。
 移動魔法で唐突に現われた師匠に驚いている様子も無い。
 ぼうっとして、宙を浮遊魔法で漂う老魔術師を見つめるだけだった。
 王宮に帰ってきてから、ずっとこんな感じなのだ。何事にも無気力無感動で、ひょんなことでポロポロと涙を流したりする。そんな頼りない彼女を慰め元気づけようと、シャオロンはなるべく彼女と共に居るようにしてあれこれと話しかけ、近衛少尉のアレクセイは任務の合間に顔を出しては贈り物をしていた。二人の厚意に感謝こそ示したが、セレスに気力が戻る気配はなかった。
「何のご用でしょう……? セクシー・ポーズですか? お望みなら今すぐに」
「いらん、いらん」
 カルヴェルは左手を払うように振った。
「気の抜けた腰振りダンスなぞ、見ても楽しゅうない。おぬしが恥ずかしがってくれれば、まだ風情があるのじゃが……感情が麻痺しておる今のおぬしにやられても、色っぽさの欠片もないわ」
「……すみません」
 セレスがしょんぼりとする。
「報酬を払えなくてすみません……」
「貸しにしておく。今度、なんぞ返してくれればよいわ」
「今度?」
 寝台から見上げてきた女勇者に、カルヴェルはニッと笑った見せた。
「わしはエウロペに帰る」
「じゃあ」
「うむ」
 カルヴェルは力強く頷いた。
「上皇制度の復活がケルティ新王朝に承認された。王宮でのわしの役目は終わった。後はナラカの甥に任せる。ま、アジスタスフニルとハリハールブダンの所には分身は残すが、の。民への救援物資の運搬もこれからは分身にやらせるわい」
「……そうですか」
 セレスの口元に微かに笑みが浮かんだ。
「良かった……本当に良かった……これからが本当に大変なんでしょうけれど……まずこの一歩から、ケルティは変わっていくんですね」
 セレスは青の瞳を細め、遠方をみやった。寝室の窓から見える森林庭園……雪の積もった木々……この白い世界の何処かに居る仲間を思って……
「アジャンも……喜ぶでしょうね」
「うむ。まあ、そうであろうな」
「……アジャン、元気ですか? 分身を側に置いているんだから、お師匠様はご存じなのでしょ?」
「元気じゃよ、若いからのぅ、頑張っておる」
「……そうですか。なら、いいです」
 セレスは瞳を閉じ、天を見上げるように頭を上げた。
「アジャンが頑張っているのなら……もうそれで良いです」
 セレスは、きゅっと唇を噛み締めた。
 アジャンが故郷に戻り、亡くなった家族を弔い、一族の者を率いていけるようになったのだ。
 こんな喜ばしい事はないはずなのに……
 祝福しなければいけないはずなのに……
 何故……苦しいのだろう?
 何故、胸が張り裂けそうなのだろう?
 何故……?
 目を開くと、カルヴェルがやさしく微笑んでいた。
「セレス、少し寝た方がいい。体を横にし、目を閉じてきちんと休め。おぬしが寝るまで、側に居てやるわい」
「……ありがとうございます、お師匠様」
 女勇者は素直に寝台に横になった。
「ほれ」
 と、差し出してきたカルヴェルの右手を、ためらいながらもぎゅっと両手で握り締め、セレスは瞼を閉じた。
「……お師匠様」
「ん?」
「内緒なんですけど……」
「ん?」
「私……この前、魔法使いのナーダ様にお会いしました」
「ほほう、何時、何処で、どうやって?」
「それは内緒なんですけど……魔法使いナーダ様は、おじい様の事も『勇者の剣』の事もよくご存じでした」
「ふむ」
「私、思うんですけど……」
「ん?」
「あの方、ランツおじい様の従者だったのではありませんか?」
 カルヴェルは苦笑を浮かべた。ついにバレたか、と。そもそも『魔法使いナーダ』などと名乗る奴が悪い。『武闘僧ナーダと関係がありますよ、気づいてください』と、言っているも同然だ。
「その通りじゃ、セレス。あやつはランツの従者であった。わしと共に旅をした仲間じゃ」
「……やっぱり」
 セレスは瞳を閉じたまま、にっこりと微笑んだ。
「おじい様の従者の三人目なんですね」
「……へ?」
 目をぱちくりとさせるカルヴェル。
 セレスはとろんとした声でしゃべり続けた。
「お師匠様と……ナーダの伯父さんの僧侶ナラカさまの他に……もう一人、魔法使いの従者がいただなんて……知りませんでした……どうして、おじい様の従者は二人だなんて事に……なってるんでしょう……?」
「………」
 言いたい事だけ言って、セレスはすやすやと眠りについた。赤毛の傭兵の事で心を痛め、このところ寝不足だったせいで、すぐに寝入ってしまったのだが……
 カルヴェルは声を殺し、忍び笑った。
 とことん鈍い弟子をかわいく思いながら、セレスの手をそっと離し、当代随一の大魔術師は移動魔法でエウロペへと渡っていった。


「乾杯」
 グラスを合わせた相手を、老忍者ガルバは見つめた。主人(ナーダ)に悪影響を与える卑しい東国忍者と嫌ってはきたが……戦闘能力も情報収集能力も、ガルバの部下達を遥かに凌駕している。この男は、一人で、部下十数人分の働きをしてしまうのだ。
 東国忍者は普段は異常なほど顔を隠したがっているのだが、今日は覆面を外し、老忍者の前に白い素顔を晒していた。上皇制度は復活し、民への救済活動もつつがない。インディラとケルティを(老魔術師の魔法で)往復してのガルバの物資確保も終了した。ムジャもエウロペから戻って来ている。ようやく仕事に一段落がついたのだ、祝したいと持ちかけたガルバに応え東国忍者は覆面を取ったのだろう。
 魔族の宴で、王宮の諜報組織は壊滅している。酒盛りを邪魔される、或いは覗かれる恐れは無かった。
 二人はガルバ用の召使の部屋で、差し向かいで酒を酌み交わしているのだが、東国忍者は気のない顔でうまくなさそうに酒を飲むばかりだった。わざわざ調べて、当地の蒸留酒の中でも美味いと評判の銘柄を準備したというのに。
「何だ、飲めん口だったのか?」
「飲める」
 水で割った強い酒を、ゴクゴクと飲み、適当にツマミをつまんでは口に放り込む。明らかに、味など愉しんでいない。
「酒が好きではないなら、先に言え」
「好きなわけあるか。酒も煙草も魔薬も感覚を鈍らせる。訓練をつみ耐性をつけてはおるが、必要がなければ口になどせん」
「なら、飲むな」
 酒瓶を抱え、老人が唇を尖らせる。
「わしとて滅多に飲まぬわ。仕事がうまくいった時だけに、その土地の名酒を愉しむぐらいじゃ」
「ご老体……大僧正候補の忍のくせに、飲酒して良いのか? 表だって部下を名乗れぬ身であっても、部下は部下。ペリシャ教ほど厳格ではないが、インディラ教も飲酒は禁忌。東国はともかく、インディラではそのはず。部下が戒律破りをしておっては、大事な主人の評判を落としますぞ」
「たわけ。インディラ忍者は寺院付き忍者であれ、そのほとんどがインディラ教徒ではないわ」
「ほう?」
「我らが崇め奉るのは己が主人だけよ。信仰は教えゆえに信者の行動を縛る。それが正しき規範であっても、己が行動を縛るものを忍は受け容れてはならん」
「もっともだな」
「まあ、酒でも何でもよかったのだ。おぬしとサシで話がしたかっただけじゃ」
「ふん」
 どうせろくな話ではなかろうと、東国忍者の口の端が歪む。
「バンキグでの諜報活動の打ち合わせちをしたい。部下ぬきの場でおぬしの率直な意見を聞きたかったから酒に誘ったのだが」
 手酌をしながら、老人は言う。
「祝いたいという気持ちもあったのよ」
 老人が杯を口に運ぶ。アルコール度の強い蒸留酒だというのに、水で割ってもいない。
「上皇制度が復活してよかったわ。これで間もなく御身様も……あ、いや、女勇者様もこの国ではお役御免となる。ケルティ新王朝との交渉は上皇に任せ、次の国のバンキグに向えるであろう」
「うむ」
「ま、次の国へ行けば……」
 ガルバは東国忍者を見て、ニヤリと笑った。
「女勇者様のふぬけも治るであろうなあ」
 東国忍者は、ピクッと頬をひきつらせた。
「セレス様はふぬけてなどおられぬ……少々、お疲れなだけじゃ」
「そうじゃのう……恋の病にお疲れなのであろう」
 ガチャン!と、東国忍者の右手が音を立てた。グラスを握りつ潰したようだが、掌が傷ついている様子はない。
「セレス様はお優しいゆえ……赤毛の傭兵の行く末を案じておられるのだ。ただ、それだけ、だ」
 東国忍者はぶるぶると震えながら睨みつけてくる。女勇者の赤毛の傭兵への恋心に気づいてはいるのだが、認めてはなるものかと自分を誤魔化しているのだ。このところ熱心に情報収集を手伝ってくれたのも、余計な事を考えたくなかったからだろう。
 案外かわいいところのある男だ、そう思い、ガルバは話題を変えてやった。
 情報屋組織から買った情報と己が部下の名簿を東国忍者に渡しつつ、あれこれと説明をする。
「部下の編成をしなおす。ダンルとバイトゥーキも、戻らぬしの。あの魔族の宴に酔い、命果てたのであろうな」
「さようか」
 資料を速読しながら、東国忍者が冷たく言う。
「ご老体の部下のうち、魔族の宴で亡くなった者は四人か。ほんに未熟よの」
 ガルバはムッと顔をしかめた。が、
「忍のくせに一般人に殺されるとはな、情けない。ご老体の部下は、我が里の小僧よりも技量が劣る」
「何ぃ!」
「我が縛っておいてやらねば、王宮に居た残り八人もおそらく死んでおった。インディラ忍者はほんにカスばかりじゃ」
 ムカァァァァ!とガルバは顔を赤く染めた。
「狂人ぞろいの里の東国忍者が偉そうに言うな!」
「む?」
「東国の忍の里はキ印の里であろうが! 親子兄弟姉妹で乳くりあって、カ●ワ者ばかり産みおってからに!」
「………」
 東国忍者が不思議そうにガルバを見る。相手が悪口を言っているのはわかるのだが、何が悪口なのかがわかっていないのだ。近親相姦を禁忌(タブー)と思ってないからだ。
 ガルバは白髪をかきむしった。
「ええい! わからぬ! わからぬわ!」
 酒を煽って熱い息を吐いてから、ガルバは白子の忍者を指差した。
「何ゆえ、きさまだけが魔族の宴に踊らされなかったのか、さっぱりわからぬ」
「我もわからぬ」
「カルヴェル様に尋ねたところ、あの方は、おぬしが無欲だったゆえ、ゼグノスの誘惑の鐘そのものが聞こえなかったのだと教えてくださったが……おぬしが無欲じゃと! 御身様を誘惑し、人の良いあの方の善意につけこんで、御身様を利用しておるおぬしが!」
「………」
「おぬしの何処が『からっぽ』なのじゃ!」
「からっぽ……」
 東国忍者は自嘲の笑みを浮かべた。
「そうか……そういう事か」
「何じゃ、薄気味悪い顔で笑って」
「ご老体……我にも次はない」
「ん?」
「次に魔族が同じ手を使い誘惑をしかけてくれば、次は我もご老体の部下同様に鐘の音を聞き、魔族の宴に酔いしれて殺戮の限りを尽くし、そして、そのまま魔に堕ちるであろう」
 東国忍者は腰に差しているジャポネ刀を、ガルバに見せた。『ムラクモ』だ。振れば刀身から神秘の雨を降らせる、聖なる武器だ。今は鞘に収まっている。
「実は……抜けなくなった」
「『ムラクモ』を抜けなくなった?」
 東国忍者は頷いた。
「この刀の本当の名を知ってから、すぐ、我もこれを装備する資格は何か調べた……笑ってしまった、『無私無欲』じゃそうな。大魔王教徒で暗殺者であった我が、『無私無欲』であったとは、な! 忍として汚れ仕事もし、それなりに権力欲をもって里で立ち回っておったつもりだったが……本心では我は何も欲せず、何も求めず、『忍の里一の忍者』の役を演じていただけに過ぎなかったのだ」
「『無私無欲』と言うても……おぬし、女勇者様に惚れていよう?」
「いいや。心よりあの御方をお慕いしてはおるが、好いた惚れたの感情は無い。我は卑しき忍。あの御方と男女の仲になろうとは思わぬ。光輝く貴きあの御方に仕え、お役に立てれば、それで良かったのだ」
「……見返りは求めておらなかったのか」
 ガルバの心に、懐かしい主人(あるじ)の面影が甦った。昔は何も求めていなかった……主人を助け、主人と共に戦い、主人のお役に立てれば満足だったのだ。ただ側で仕える事だけが望みだった。
 けれども、三十数年前……自分は主人に置いてゆかれてしまったのだ。家族を持ち、身重となったが為に……。ナーダに仕えている今も、あの時に味わった絶望を忘れ去る事はできない。
 東国忍者が口の端をつりあげて、笑う。
「じゃが、どうも、アジャンのせいで我はおかしくなってしまったらしい」
「………」
「あの男を……殺したい。二目と見られぬ姿に斬り刻んでやりたい……」
「………」
「主人の為でもなく、任務の為でもなく、二つ名を高める為でもなく、ただ殺したい……我は、もはや『無私無欲』ではない」
 東国忍者が言葉を吐き捨てる。
 嫉妬……羨望……
 自分同様高貴とは決して言えない男に女勇者が恋心を抱いたが為に、この白子の忍者は平常心を失ったのだ。女勇者を女性として意識し、恋敵を憎み始めてしまったのだ。
「……それで、おぬし、どうするつもりじゃ?」
「しばらくは様子を見る。だが、この刀を抜けねば、魔族とは戦えぬ」
 苦しそうに、白い顔が笑う。
「セレス様のお役に立てぬのなら、側にいる意味はない。従者の列を離れ、何処(いずこ)かに去る」
「バッ! 馬鹿者! 早まるでない!」
 老忍者ガルバは強い口調で叫んだ。
「聖なる武器が無くとも、主人の役には立てる! このわしを見ろ! わしは御身様にお仕えし、勇者ランツ様の旅を陰ながら支えた! わしは大魔王退治を助けたのだ!」
「………」
「戦闘能力が衰えたとしても、諜報活動でご支援すれば良い! わしには聖なる武器も神聖魔法もなかった。一匹も魔族は倒せなんだが、わしの働きに御身様は満足してくださったぞ!」
「……ご老体」
「忍には忍の戦い方がある! 諦めるな、昔、御身様がおっしゃった事には」
「ご老体……その御身様とは、ナーダの事ではないな」
「う」
 老人は慌てて口をつぐんだのだが、もはや遅かった。
「以前、仕えておられた僧侶ナラカも、ナーダ同様、『御身様』と呼んでおられたわけか」
「ぐ」
「ムジャらに何度も繰り返し言われたのだが……ナーダの前では僧侶ナラカの話はしてはならぬ、と。あの坊主、たいそう伯父に対し思うところがあるとかで、二十年以上も伯父を怨み続けているとかなんとか……」
「むぅ」
「ご老体が二人を二人とも『御身様』と呼んでいる事……当然、ナーダは知っておるのだな?」
「む、むろん! ご存じじゃ!」
「ほほう」
 白子はにっこりと笑みを浮かべた。
「そうか……ナーダは知らんのか」
「ご存じじゃと言っておるではないか!」
「ご老体」
「何じゃ!」
「口止め料として、日に五人づつ部下を我に貸してくだされ」
「口止め料ぅ? 部下を貸せぇ?」
「さよう。このところずっと思っておったのだが……ご老体の部下はヘボすぎて部下として役に立たぬ。この王宮に居るうちに再教育をしてやりたい」
「うぬぬぬぬ」
「我が戦力ダウンした分、万分の一でもカス忍者に埋めてもらわねば、の。再教育は必須じゃ」
 ガルバは東国忍者を睨んだ。同情などするのではなかった! この男が従者をやめて女勇者の元を去れば、ナーダとの関係も終わったのに……厄介払いするまでもなく居なくなってくれたというのに……何故、この男を慰めるようなことを言って、引きとめようとしてしまったのだろう?
「お断りじゃ! きさまに預けては部下の性格が歪む!」
「忍者であれば、気立てよりも技量が第一のはず」
「うるさい! ムジャから聞いておるぞ! きさま、部下達の前で御身様を刀の鞘で叩いたそうじゃな! いずれはインディラ国王となられる貴き御身様に対し、そのような振る舞い、許されると思ってか!」
「その御身様とは……」
 白子の忍者は薄く笑った。
「ナーダの事か?」
「うるさい! うるさい! うるさい! やはり東国忍者は外道じゃ! キ印じゃ! きさまと分かり合おうなどど二度と思うものか!」  
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